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切迫するインド・パキスタン戦争           かけはし2002.1.21号より

インド亜大陸を貫く強力な平和運動を

ファルーク・タリク(パキスタン労働党書記長)


 昨年十二月十三日、インド議会に対するテロリストの武装襲撃が発生した。これをパキスタン軍統合情報本部(ISI)が引き起したものと主張するインド・バジパイ政権とパキスタン・ムシャラフ軍事政権との間で、全面戦争の危機が高まっている。以下は、第四インターナショナルと連携するパキスタン労働党・タリク書記長の論文である。パキスタン労働党は大衆的反戦闘争を組織するために闘いぬいている。




転換点を迎えたブッシュの戦争

 テロリズムに関わるブッシュの戦争は新たな転換点を迎えた。インドとパキスタンという二つの核保有国家の間の本物の戦争が勃発する可能性がある。それはアメリカの対アフガニスタン戦争のような一方的なものにはならないだろう。それは長年の間、世界でなかったような、双方の側に大量の流血をもたらす戦争になろうとしている。すでに国境での小規模な衝突が起こっており、両国の空軍は最高警戒体制に入った。両国の国境には大軍が集結していると報じられている。
 両国政府のスポークスパースンは戦争の言葉を語っている。最初の措置は、インド大使の召還、友好的バス便の停止、デリー・ラホール間の週四回の鉄道便をインド政府が停止したことに示されている。インドのバジパイ政権とパキスタンのナワズ・シャリフ政権は、一九九八年に両者がラホールで会談した後、両国間に新たに作りだされた友好関係を示すジェスチャーとしてこのバス便を創始した。このバス便は、一九九八年六月に起こったインドとパキスタンの間での二十八日間におよぶカーギル戦争の時も停止されなかった。

惨劇への道を歩む両国政府

 これは十二月十三日に起きた、インド議会に対する武装集団によるテロリスト攻撃への返答としてなされている。この襲撃では十四人が死んだ。インド政府は、この襲撃はパキスタン軍統合情報部(ISI)によってインド政府の指導層全体を一掃するために企てられたものだと主張している。この襲撃が行われた時にインド議会は開会中であった。襲撃者たちは議会に侵入しようとしていたが失敗し、インドの警備兵によって建物の外側で阻止された。この場所で六人の警備兵と五人のテロリストが死亡した。
 パキスタン政府とパキスタンのメディアは、いつものデマゴギーを駆使し、インドの諜報部RAWがパキスタンに対する陰謀を仕組んだとして、彼らを非難しようとした。こうした言い訳に対して、インドは国際社会に向かってパキスタンをテロリストをかくまう国家として宣言するだろう。パキスタン軍部のスポークスパースンは、パキスタンを軍事的に攻撃した時に起きる悲惨な結末についてインド政府に警告を発した。インド政府は、この態度は本気ではないと述べた。インドの主流派メディアからは、パキスタン政府に対して言葉ではない本物の行動を取るようにという興奮した訴えがあった。教訓を与えるためというのだ。
 十二月二十三日のパキスタンの新聞は、インド政府もインダス水利条約の廃棄とパキスタン民間航空機に航空施設の提供を停止することを主張している、と報じた。インドのアドバニ内相は、すでに国境線の遮断について語っており、バジパイ首相もインド政府にはあらゆる選択の道が開かれていると宣言した。彼は、最初に外交的努力を行い、それからインドが取りうる他の選択を討議する、と語った。それとは反対に、今回五日間にわたって中国を訪問したムシャラフ将軍は、インド政府の対応を、ごう慢で決まりきったものだと述べた。
 一九六〇年のインダス水利条約は、インダス川とその支流の水資源をインドとパキスタンに配分することについて決めたものである。もしこの条約が廃棄されたなら、パキスタンのパンジャブ州とシンド州だけではなく、パキスタン全土とアフガニスタンを飢餓に陥らせることになる。パンジャブ、シンド両州は、これらの川からの運河灌漑に深く依存している。進行中の気候変化のために、パンジャブ州の乾燥地帯は長期間にわたって渇水状態にある。パキスタンの食料需要は、おもにパンジャブ州とシンド州の運河灌漑地域によってまかなわれている。この二州にパキスタンの全人口の八〇%が住んでいる。
 インド・パキスタンの両政府は、惨劇への道を歩んでいる。両政府はおたがいに経済などの制裁をする以上のところに突き進みそうである。これは本物の戦争の道への最初のステップである。両国は過去に数回、相互に戦争を行った。最近の限定戦争は一九九八年に起こった。インドの逆上した政治家とパキスタンの軍事政権は、アメリカのアフガン戦争では国際社会とともに同じ側にいた。今や彼らは、カシミールの問題に関して武装した宗教的原理主義者を通じてテロリズムの基地になっていると、お互いに非難しあっている。
 彼らは自らのポイントを稼ぐためにアメリカに働きかけようとしている。唯一の解決策は戦争である――これがここ数カ月の出来事の後で、これら逆上した政治家たちが引き出した結論だった。アメリカのアフガニスタン戦争は平和をもたらさず、いわゆるテロリストからの解放をももたらさなかった。世界は歴史上、以前にもまして核戦争に接近している。

米帝の主張の虚偽性を暴露

 インドとパキスタンの間での新しい戦争の脅威とともに、アメリカ帝国主義のすべての主張の虚偽が明らかになった。彼らは、アフガニスタンへの爆撃とタリバンの政権からの追放が、テロリズムの脅威を抑制する上で役に立つと主張した。インド議会への襲撃、失敗に終わった十二月二十三日の航空機テロ、十二月二十二日にカラチで起こったパキスタン内相の兄弟の殺害事件、そして現在行われているパレスチナでの武力紛争は、国家が支援するテロリズムによってはテロリズムは止まらないことを示している。
 アメリカは戦争に勝利したのかもしれないし、タリバンの政権からの追放をきわめて喜んでいるのかもしれない。しかしテロリスト攻撃の危険は消え去ったわけではない。事実として、それは戦争の哲学と戦争の政治を促進してきた。タリバンの追放は、決して宗教的ファナティシズムの終わりではない。パキスタンの新聞に掲載されている一つの調査によれば、タリバンは最後まで戦うという言葉通りにしなかったにもかかわらず、彼らは依然としてパキスタンの住民の四三%の支持を得ている。
 別の苦い現実は、タリバンの主要拠点に降り注いだ爆弾の雨にもかかわらず、タリバンの中心的指導部のだれも殺されたり逮捕されたりしなかったということである。いまやタリバンは、だれも殺されたり逮捕されたりしないという約束で、完全な同意のもとにアメリカが支持するカルザイに権力を委ねた。カルザイは今までこの約束を守ってきた。その主な理由はアフガニスタン内部のエスニック的紛争であろう。カルザイは、ウズベク人、ハザラ人、タジク人の民族主義指導部と問題を起こした場合は、パシュトゥン人のタリバンの支持を利用することを依然として望んでいる。
 アフガニスタンにおけるアメリカの戦略は、湾岸戦争の勝利直後の戦略と対比することができる。アメリカ帝国主義は、敗北したサダムが権力の座にとどまるのを助け、彼がシーア派ムスリムの民衆蜂起を抑制することを助けた。当時彼らは、もう一つのイランが登場することを阻止しようとした。いま彼らは、内部的対立と矛盾に膝を屈している。
 しかしこの戦略は、宗教的原理主義を抑制する助けとはならなかった。パキスタン軍部がアメリカの戦争を助けてきたという事実にもかかわらず、彼らは以前と同じカシミール政策をいまなお保持している。宗教的原理主義グループはパキスタンで彼らの活動を公然と組織している。宗教的原理主義のキャンプはどれも閉鎖されてはいない。労働者階級出身の失業青年を獲得する彼らの活動は禁止されてはこなかった。それはいつものことである。しかしそれは長続きすることはできない。
 軍事政権は、これらいわゆるムジャヒディン組織に対する政策を変更しなければならない。現在の政策はインド政府との全面戦争を求めるものになる。インド政府の社会的基盤はヒンズー排外主義に依拠している。彼らはヒンズー民族主義をかきたてるために、こうした口実を必要としている。それこそまさに現在進んでいることである。
 これはテロリズムに対する戦争ではない。もしそうであるなら、彼らはカシミールでの大規模な人権侵害にふけるべきではない。カシミールの人びとは独立を望んでいる。宗教的原理主義者はこの民族的闘争を宗教的闘争に転換することを望んでいる。パキスタンISI(軍統合情報部)の一部は、自らの目的を達成するためにこうした宗教的原理主義者を支援している。

苦境に立つムシャラフ将軍

 ムシャラフ将軍は、とりわけ難しい立場にいる。彼は何度もカシミール政策を公然と防衛してきた。彼はまさにこの理由から、よく知られた二〇〇一年八月のアグラ首脳会談から退席しなければならなかった。インドのバジパイ首相は、その時、カシミール問題が中心であることを受け入れなかった。バジパイは国境を開放し、二国をおたがいにより密接にするために、いっそうの貿易関係やその他の経済的措置を提案した。しかしムシャラフ将軍はこうした提案をすべて拒否し、カシミール問題が解決されるまでは永続的友好関係は存在しないと単刀直入に語った。
 バジパイ政権の下でのインド支配階級は、彼らの社会的基盤を損なうカシミール問題の解決を受け入れようとはしなかった。そこで彼らは拒否し、アグラでの首脳会談は失敗した。それからわずか一カ月しかたたない九月十一日以後、ムシャラフ将軍はタリバンを支持してきた政権の政策をUターンさせ、アメリカの側に立つことを決定した。それはムシャラフ将軍のもう一つの矛盾となった。彼らは一方では、インドのカシミール占領に対するカシミール・ムジャヒディンの「聖戦」を支援した。他方で彼らはタリバンに対してアメリカを支持したのである。
 インド議会への今回の襲撃を遂行したのは誰か。インドは、それがムスリム原理主義者の「ラシュカル・タヤバ」(聖戦)と「ジャイシュ・ムハンマド」(預言者ムハンマド軍)の仕業だと述べている。ムシャラフ将軍は証拠の提示を求めている。タリバンがアメリカにオサマを引き渡すための証拠を求めたようにである。アフガニスタン戦争の後には、いかなる事件にも証拠を提供することの道義性は関係ないということになった。それは自らの戦略を導く特定の国家の利害と優先性にかかわるものとなり、本物の証拠は不必要になったのである。

双方から強力な平和運動を

 パキスタンとインドの労働者階級は行動しなければならず、しかも今日の状況の中で断固とした行動を取らなければならない。彼らはいま行動しなければならない。彼らは戦争に向かう支配者の口実を拒否しなければならない。戦争を始める口実など存在しない。彼らは戦争にノー、平和にイエスと言わなければならない。インド亜大陸における平和運動の必要性は、現在、歴史上他のどの時点よりも大きくなっている。
 インドとパキスタンの戦争での真の敗者は、両国の普通の市民であろう。彼らは戦争の代価を支払わなければならない。富者と資本家は戦争によってカネを儲け、労働者は高額の現金だけでなく自分の命をも支払わなければならないだろう。彼らには安全な場所はなく、国を離れるカネもない。
 インドとパキスタンの経済は、一人当たり四百ドル以下である。両国の人口はあわせてほぼ世界の五分の一になる。両国には世界の貧しい人びとの七〇%がいる。この戦争の経済的影響は、両国にとって悲劇的なものになるだろう。パキスタン経済はすでに、国際的支援の要求にもかかわらず経済的崩壊の瀬戸際にある。すでにアフガン戦争はパキスタン経済を破滅させた。インドとパキスタンの戦争は、大衆の生活水準をかつてないレベルにまで引き降ろすだろう。
 インドとパキスタンの戦争は、本当に起こりうるものとなった。それはムシャラフ将軍がカシミールに対する彼の政策をもう一度Uターンさせることによってのみ回避できる。もし彼がそれを行わなければ、彼は権力も生命も失うかもしれない。パキスタンのどの支配者も自発的に権力の座から離れない。インドの支配階級はすべて戦争を求めている。それは国境での衝突から起こりうるが、ただちに国境線全体に広がるだろう。
 アメリカ帝国主義はこうした戦争を望んではいないかもしれない。しかし、状況は彼らの統制を外れたものになりうる。彼らはアフガニスタンを攻撃することで混乱を作りだしてしまった。すべての問題は戦争によって解決されるというのが、アメリカ人が教えた教訓だったのだ。
 双方の側での強力な平和運動は、この戦争への興奮状態を変化させる決定的な影響を持ちうる。パキスタン労働党は前線に立ち、パキスタンにおけるこうした平和運動を主導するだろう。(二〇〇一年十二月三十一日)(パキスタン労働党のホームページより。)


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