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敦賀原発2号機冷却水漏出事故 かけはし1999.7.26号

最悪の事故は目の前にあった
とり返しのつかない大事故が起きる前に「原発の時代」を終わらせよう

高島義一

メルトダウンに至る可能性

 7月12日、福井県の日本原電・敦賀原発2号機(加圧水型軽水炉、出力116万BP)で、炉心溶融(メルトダウン)というスリーマイル原発事故のような最悪の事態に発展しかねない一次冷却水喪失事故が発生した。
 一次冷却水が大量に漏れ出して燃料棒が露出すれば、原子炉を停止させることに成功したとしても崩壊熱で炉心溶融に至ってしまう。一次冷却水の漏れ(読売新聞7月13日付は「漏水まるで滝」という大見出しで報じている)が確認され、原子炉を緊急停止させたのは12日午前6時だった。しかし、冷却水が噴出している個所はモニターカメラの死角となっていて外部からはどこかわからなかった。しかも格納容器内の温度が下がるまで、漏れた個所の調査に入ることはできなかった。
 調査を開始することができたのは、冷却水の噴出が始まっていることが確認されて何と12時間後、場所を発見し、その再生熱交換器の両側のバブルを締めて漏れを止めることができたのは、漏出確認から十四時間半後の12日午後8時30分だった。
 再生熱交換器のL字型配管に入っていた外側亀裂は、当初は長さ約八センチ、幅は〇・2@とされていた。その後、亀裂は長さ44@で、亀裂に至らない損傷部分とあわせて99lに訂正された。〇・2@の幅の割れ目など、日常生活ではほとんど気付かないほどだ。しかし内側を流れる冷却水の圧力は150気圧という超高圧であり、そのかすかな割れ目から文字通り「まるで滝」のように噴出した。
 91年2月、美浜原発2号機で国側が伊方原発訴訟などで「絶対に起こりえない」と主張していた蒸気発生器細管のギロチン破断(横にスパッと切れる)事故が発生し、55uもの冷却水が漏れる事態になった。蒸気発生器細管は一本の外径22@、厚さ1・5@の細いものだが、150気圧の高圧のために破断すると1分で1Iから2uもの冷却水が噴出してしまう。
 美浜の事故の時は、ECCS(緊急炉心冷却装置)が作動したが、炉内の圧力が高くて十分に注水できず、加圧器逃がし弁や主蒸気隔離弁の故障が重複して冷却水の流出が長引き、ECCSを切らざるを得なかった。そのため、炉心の沸騰を引き起こすとともに、希ガス約230億ベクレル(通産省の推計)をはじめ大量の放射能を外部に放出した。
 今回の敦賀原発2号機の事故で亀裂が生じたL字形配管は外径89l(肉厚11@)で、蒸気発生器細管より直径で四倍も太い。もしこの亀裂が美浜のような破断に至っていたら、手のほどこしようのない最悪の事故に陥った可能性は高い。
 そしてL字形配管が破断する現実性は存在した。事故後の調査で、配管の内側に生じていた損傷は長さ百44@に及び、さらにその反対側内面にも76@の損傷が確認された。また、敦賀原発2号機の再生熱交換機の別のL字形配管から1Iの一次冷却水が漏れた96年12月の事故では、配管を輪切りにするような方向で数ミリの小さなヒビ割れが7・5mの範囲で多数生じていたのである。

何が起きたか分からなかった

 加圧水型原発には構造上、炉心の水位計がないという致命的欠陥がある。そのために、炉よりも高い位置にある加圧器によって間接的に炉心の水位を測定する。しかし、加圧器の水位が高くなりすぎると、加圧器逃がし弁から冷却水が外部に出てしまう。79年のスリーマイル島原発事故では、加圧器逃がし弁が開いたままになっており、そのため水位は十分と判断した運転員がECCSを切ってしまい、炉心溶融という重大事故に至った。
 美浜の事故の時も、同様の事態に至りかねない瀬戸際になっていた。今回の敦賀原発2号機の事故では、どこから漏れているのかが10数時間にわたって分からなかっただけでなく、どれだけ漏れ出したのかという発表も、二転三転した。最初の発表は「漏出量60〜70uでなお止まらず」というものだった。次は漏出量89uと正式発表された。その三時間後には「20u未満の可能性がある」と修正され、さらにその50分後には、「(どちらが正しいか)はっきりとは言えない」となり、格納容器内に漏出した一次冷却水の回収作業を行って、最後に「51I」という数字が確定した。
 すなわち、事故の進行中には、冷却水の漏出量が全く分からなかったのだ。スリーマイルでは、注入した水が多すぎると判断してECCSを切ったため、事故発生から2時間余りで炉心のメルトダウンが始まった。敦賀2号機では、事故発生から12時間以上も、どこから漏れているかも分からず、15日午後に回収が終わるまで3日間もどれだけ漏れたかを確定することができなかった。
 少なくとも事故発生から漏出を止めることができるまでの14時間の間、敦賀原発2号炉のコントロールルームは、スリーマイル事故の時のコントロールルームと同様のパニック状況が支配していたのである。われわれは「助かった」と言うべきなのだろう。これが、原子力発電という発電システムなのである。
 敦賀2号機は、87年に運転を開始してから、93年3月と96年12月に、二度にわたって一次冷却水漏出事故を起こしている。しかし、7月12日午後に記者会見を行った通産省資源エネルギー庁は、記者に度重なる一次冷却水漏出事故について質問され、「過去には起きていない」と述べて、管理能力以前の無責任振りを暴露した。
 「記者側が96年の事故の記事を示すと、同庁原子力発電運転管理室の森山善範室長は『確認させて下さい』とうろたえた」(毎日新聞7月13日付)。同様の「管理能力以前」の状況は、最近でもプルトニウム原発「もんじゅ」のナトリウム火災事故や東海再処理工場の爆発火災事故など、事故のたびに見せつけられてきた。
 無責任きわまりない、「管理能力以前」の連中がすでに崩壊した「安全性神話」だけにしがみついて「かろうじて」という事態を繰り返していれば、いつか必ず取り返しのつかない最悪の大事故が引き起こされる。チェルノブイリのような大惨事を引き起こす前に、すべての原発を止めなければならない。

「原発の時代」の終幕の開始

 「原発の時代」の終わりが始まっている。21世紀前半の、しかもその早い時期に間違いなく「原発の時代」は終わる。日本原子力産業会議が3月25日に発表した98年末現在の「世界の原子力発電開発の動向」によれば、世界で運転中の原発は422基、3億5850万BPであった。98年には2基が運転を開始したものの、6基が閉鎖し3基が運転を休止したため、この1年で7基の減、出力で620万BP減少である。
 アメリカでは79年のスリーマイル以来20年間、新規発注は1基もない。昨年12月にも、イリノイ州で事故のため27カ月にわたって停止していたクリントン原発を所有するイリノバ社が、同原発を売却もしくは閉鎖することを決定した。イリノバ社は、原子力事業そのものから撤退する。同様の事例はあとを絶たない。
 欧米では建設中や計画中の原発はほとんどなく、新たな計画はアジアに集中している。日本の「もんじゅ」は無謀にも動かしてしまったために、毎年何十億円もかけて永久に管理し続けなければならない巨大な核廃棄物のかたまりになり果ててしまったが、ドイツのカルカー高速増殖炉は、賢明にも核燃料搬入前に中止になったため、民間業者に買い取られ、現在テーマパークに改造中である。ちなみに、建設費は日本円で6千億円、買収価格は2億円だそうである。
 原発からの撤退を決めた国も、スイス、スウェーデン、イタリア、そしてオーストリアと続いている。ドイツ、フランスで緑の党が押し上げられたのも、脱原発への意志の広がりを示している。ドイツでは、国内の原発十九基をすべて20年以内に廃止することで、政府と電力会社が基本合意した(もっともこれは、寿命の来た原発から廃止していくことを決めただけと言えなくもないが)。
 日本でも、89年の福島第2原発3号機の再循環ポンプ破損事故、91年の美浜原発2号機蒸気発生器細管ギロチン破断事故、95年の「もんじゅ」ナトウリム火災事故、97年の東海再処理工場爆発炎上事故などの繰り返される大事故や、どこも引き取り手のないままたまりつづける膨大な核廃棄物、国際的な抗議の中をヨーロッパから運ばれてくる使い道のないプルトニウムや高レベル返還核廃棄物の問題がテレビや新聞で報じられるたびごとに、原子力が「未来のエネルギー」どころか、未来を閉ざしかねないものであることを、広範な人々が実感しつつある。
 原発推進派は、完全に追いつめられている。原発が危険であり、将来にわたって解決できない核廃棄物問題という決定的ネックをかかえていることが知れ渡っただけではない。天然ガスの資源量がきわめて豊富であることは、すでに明らかになっており、天然ガスから取り出した水素と大気中の酸素で発電する燃料電池は、すでに実用化の段階に入っている。最大の産業である自動車産業各社や電機各社は、競って開発競争を進めており、早いところは燃料電池車の量産化の目標を2004年と発表している。当分の間は、各家庭に電線をつないだ現在の電気配給システムの方が便利であろう。しかし効率の点でもクリーンさの点でも安全性の点でも、そして地方分権の流れから言っても、巨大火力発電や巨大原発はいずれにせよたちうちできなくなるだろう。
 東京電力はこの7月15日、ガス供給事業に2001年から参入すると同時に、ガスを使うコジェネレーシ(熱電力供給)事業に参入する計画を発表した。電力にこだわらない総合エネルギー企業をめざすという。すでに転身を開始しつつあるのだ。

原発推進派の展望喪失と無謀

 しかし原発推進派は、未来への展望を失って追いつめられれば追いつめられるほど、無謀で無責任なその場しのぎやコスト削減、民衆への負担の押しつけに走っている。

たまり続ける核のゴミをどうするか

 今年1月、四国電力は伊方原発で、はじめて使用済み核燃料の構内移送を行った。2号機の使用済み燃料貯蔵プールが満杯となり、容量が大きい3号機の貯蔵プールに移さなければならなくなったのだ。1号機のプールも飽和状態で、3号機のプールへ移送する。全国各地の原発も、大同小異の状況である。そして小渕政権は、原発と再処理工場の敷地外での使用済み核燃料の貯蔵を認めていなかった原子炉等規制法を改悪して、敷地外での貯蔵を認める方向を決定するとともに、5千u規模の中間貯蔵施設の建設に2010年の運用開始を目途にとりかかろうとしている。しかし原発のない地域にこのような核のゴミ捨て場を作るのはきわめて困難である。
 通産大臣の諮問機関である総合エネルギー調査会原子力部会は今年1月、原発の使用済み核燃料から出る高レベル核廃棄物の処分費用を、電気料金に上乗せして消費者に負担させるべきだという報告書をまとめた。報告書では、2015年までに発生する高レベル核廃棄物ガラス固化体を4万本と予想し、それを収容する処分場の建設と運営に2・7兆円〜3・1兆円かかるとして、その分を電気料金に上乗せすべきだとしている。
 日本原電東海1号が昨年3月に商業運転をやめて廃炉となり2006年ごろから解体が始まる。百万BP級原発を解体すれば約55万Iの廃棄物が出る。現行の原子炉等規制法では、放射線管理区域内で発生する廃棄物はすべて核廃棄物となり、ドラム缶に入れて固化したりして厳重に管理・保管することが義務付けられている。
 原子力安全委の放射性廃棄物対策専門部会は98年12月、低レベルのものは一般産廃として扱っていいという報告書をまとめた。新しい規準では、廃炉で生じる廃棄物の9割は一般産廃扱いになり、核廃棄物として扱わなければならないのは2万u程度になるとされている。核のゴミが産廃として捨てられる時代が始まろうとしている。

ボロボロ化する老朽原発の延命

 古い原発の老朽化は著しい。原子炉炉心隔壁(シュラウド)を交換する大工事が、97年7月から福島第一原発3号機で始まった。1号機、2号機、5号機のシュラウドも交換される。シュラウドは原子炉圧力容器内の高さ七r、直径四r、重さ30uのステンレス製で、圧力容器内を空っぽにしてその中に労働者が入って交換作業を行う。放射能が高すぎるために、一人当たり一分から二分しか現場にいられないというすさまじい被曝労働だ。
 シュラウドはそもそも交換するなど想定していなかったが、老朽化にともなって多数のヒビ割れが生じたため、ただちに廃炉にしないとすれば交換するしかなくなったのだ。
 加圧水型炉の蒸気発生器細管に、次々に応力腐食割れによる損傷が生じ、損傷したものは栓をして運転している。しかし、あまりにたくさんの細管に栓をしてしまうと機能を果たさなくなってしまうため、六千本から1万3千本の細管を持つ蒸気発生器全体を取り換えてしまうという、これも想定外の大工事が行われている。すでに9基の原発で取り換え工事が行われ、2001年には今年新たに68本の細管の損傷が発見された九州電力玄海2号機の取り換え工事が始まる。
 強烈な中性子線や高温高の冷却水の熱衝撃にさらされ続けて劣化が進行しているのは、シュラウドと蒸気発生器だけではない。老朽化にともなって、圧力容器そのものの中性子脆化が急速に進んでおり、緊急炉心冷却装置(ECCS)が働いて一気に外部から冷たい冷却水が注入されるような場合、熱衝撃で圧力容器自身が破壊される可能性がある。測定のたびに各原発の脆性遷移温度が高まっており、圧力容器がモロくなっていることが明らかになっている。

「えい、やっ」で原発寿命を2倍に

 これまで原発の設計上の耐用年数は「30年程度」とされてきた。しかし70年3月に運転開始した敦賀原発1号機、70年11月に運転開始した美浜原発1号機、71年3月に運転開始した福島第1原発1号機は、まもなくその30年を迎えようとしており、2010年までに20基の原発が運転30年を迎える。
 これらの老朽原発は、シュラウドや蒸気発生器の取り換え工事などの大改修を次々に行っており、その工事には何十億、何百億円のカネがかかる。巨費を投じて交換工事をやったばかりですぐ廃炉にしてしまってはあまりにももったいない。そこで原発の「寿命延長」が浮上した。
 通産省・資源エネルギー庁は、蒸気発生器交換工事が各原発で進められ始めていた96年4月、「60年間の安全運転は可能」という報告書を出しており、電力各社もそれにもとづいて技術評価を行い、「60年間の運転に問題はない」という報告書を作成している。原発の「寿命」は一挙に二倍になった。
 「そもそも、60という数字に根拠はあるのか。エネ庁の報告書には『工学的に無理のない範囲で、できるだけ長期間の健全性を評価するために、仮定した数字』とあるが、エネ庁の担当者は『特に根拠のある数字ではない。`えい、やっaで決めたが、電力会社の見解とも期せずして一致した』とあけすけに語る」(東京新聞2月13日付)。

定期点検も手抜きでいつか大惨事に

 ボロボロの原発なのだから、定期点検ぐらい十分にやってよさそうなものだが、コスト削減と稼働率アップのために定検期間は当初の半分の40日間前後に減らされている。6月17日から、関西電力大飯原発3号機が定検に入った。5月に通産省の定検見直しによって、蒸気発生器細管の検査は全数検査でなく一年おきの半数検査となった。燃料集合体も全数検査から一部抽出検査となった。今回、大量の一次冷却水漏れを起こした敦賀原発の事故発生場所は、10年に一回検査すればいいことになっていた所だった。前回の検査は92年の2月であった。とり返しのつかない重大事故の危険性がますます高まっていることは、あまりにも明らかである。
 われわれは、「徹底的な検査を」と要求する。しかし放射能にまみれた原発内で検査するためには、過酷な被曝労働が必要になる。今回の敦賀原発事故の際、漏出場所の調査に入った労働者は一人当たり15分しか中にいることができなかった。
 日本原電は事故から3日後の7月15日、前日の発表で原子炉格納容器内の放射能レベルを一平方m当たり一千ベクレル以上としていたのを、4万6千ベクレルに訂正した。保安規準の上限値の1万1500百倍である。原電は「発表段階で担当者がおらず、正確なデータを確認できなかった。限定された部分であり、注意すれば作業には問題はない」と語った(毎日新聞7月16日付)。汚染された床の冷却水をぞうきんでふき取る作業員の姿は、テレビでも放映されている。「問題はない」という原電の冷酷な放言に、怒りをおさえることはできない。
 「コンピューター2000年問題」で、原発に埋め込まれた安全管理系や制御系の無数のコンピューターチップが誤作動を起こし、大惨事を引き起こしかねないことも指摘されている。「原発の時代」が終わりに近づけば近づくほど、取り返しのつかない大事故が発生危険性が急激に増幅している。
 もし日本で、あるいはどこか別の地域で、第二のチェルノブイリが起きれば、「原発の時代」はその瞬間に終わる。大事故で終わる前に、民衆の力で「原発の時代」を終わらせなければならない。すべての原発をいますぐ止めよう。
(高島義一)


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