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ユーゴ空爆 かけはし98.6.21号より

ユーゴ空爆はなぜ強行され、何をもたらしたのか(上)

松本龍雄

3万4千回の無差別爆撃

 6月4日、ユーゴスラビアの大統領ミロシェビッチは、コソボ紛争の解決のためにユーゴ入りしたフィンランド大統領アハティサーリ(欧州連合《EU》特使)とロシア特使のチェルノムイルジン元首相に対し、ユーゴ治安部隊のコソボからの全面撤退やNATO主導の国際治安部隊派遣などを軸とする米欧ロシアの和平案を受け入れると表明した。これに先立って開かれたセルビア共和国議会での和平案承認を受けたものである。
 これにもとづいて6月9日、NATO(北大西洋条約機構)とユーゴスラビア連邦軍は、ユーゴ軍と治安部隊がコソボ自治州から11日以内に完全撤退することなどで合意し、文書に調印した。撤退が開始されたことで10日、NATO軍は3月24日以来78日間に及んだユーゴ空爆を停止した。
 コソボ自治州のアルバニア系住民に対するミロシェビッチ政権の迫害をやめさせ、「人道的悲劇を防ぐ」と称して開始された大空爆は、すさまじい「人道的悲劇」を作り出した。
 NATO軍機の空爆は、合計3万4千回以上に達した。爆撃対象は、軍とその関連施設にとどまらず、民間施設全体へ拡大し、文字通りの無差別爆撃となった。工場・発電所などの施設200カ所が破壊された。学校だけでも300カ所が破壊された。数千の住宅が破壊された。市場、路線バス、ギリシャ行きの国際列車、老人ホームが爆撃された。教会、美術館、歴史的建造物が爆撃された。
 旧ユーゴ内戦でクロアチア・ツジマン政権の「民族浄化」戦争で故郷を追われてきたセルビア人難民施設が爆撃され、コソボで移動中のアルバニア系難民の列にミサイルが撃ち込まれた。罪もない多数の子どもたちや高齢者を含む民衆が、クリントン、ブレア、シュレーダーらによって大量虐殺されたのだ。
 爆撃は徹底的かつ執拗だった。一日の平均爆撃回数は、ベトナム戦争を上回った。ミロシェビッチが停戦受け入れを表明した6月3日から4日後の7日、コソボ南部のアルバニア国境付近のユーゴ軍に対して、B52戦略爆撃機が対人殺傷用のクラスター爆弾で攻撃、ユーゴ兵士800人から1200人が死亡したことを、6月9日付のワシントン・ポスト紙が報じた。一回の爆撃で出た死者としては、一連の爆撃の中で最大と言われている。
 ユーゴのタンユグ通信は、民間人の死者2千人以上、負傷者6千人以上と報じている。この数字が実際の被害者のごく一部である可能性がある。なぜなら、「コソボは渡さなかった。領土の保全は国連が保証した」としていまなおユーゴの「勝利」を強調しているミロシェビッチが、「大本営発表」と同様に、被害を小さく見せかけている可能性が強いからである。
 NATO軍側は、空爆によるユーゴ軍の死者約5千人、負傷者約5千人と発表しているが、ユーゴ側が発表した軍将兵の戦死者数は治安部隊もあわせて676人。NATO軍発表の十分の一程度である。6月7日のクラスター爆弾による死者よりも少ないのだ。民間と軍をあわせて、数万人の死傷者が出ている可能性は充分にある。クリントンらよる大量虐殺を、怒りを込めて糾弾しなければならない。

死と困窮と荒廃が支配する

 被害は今後さらに拡大する。ドナウ川沿岸の化学肥料工場が爆撃されて炎上し、大量の有害物質が周辺を広く汚染し、さらにドナウ川にも流出した。工業はほとんど壊滅状態と言っていいほど破壊された。ニューズウィーク(6月16日号)は「セルビア共和国経済は19世紀の水準に逆戻りしてしまった。セルビアの失業率は60%といわれる」とさえ書いている。
 電気、水道だけでなく、石油精製所、暖房用燃料タンクが破壊されたため、「燃料のない冬」を予想してまきストーブの値段が3、4倍にはね上がり、品切れ状態が続いているという(朝日新聞6月4日付)。ユーゴの復興には500〜1500億ドルと数十年の歳月が必要と言われている。貧しい人々、子どもたち、高齢者、病気の人々など、弱い立場の民衆ほど、数カ月後に迫った冬に向けて、より一層、悲惨な状態に追い込まれていく。
 空爆は、コソボのアルバニア系住民を「守る」という口実で行われた。ところが空爆開始前には18万人といわれていたコソボ難民は、いまや110数万人にふくれ上がった。一気にエスカレートしたユーゴ軍の「民族浄化」作戦による破壊に加え、NATO軍の空爆そのものによってコソボは焼け野原と化した。
 国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)は、3カ月間で周辺国にいるコソボ難民80万人のうち40〜50万人が帰還すると予測しているという。しかし帰る家も、仕事場もなく、水道、電気、通信、交通などのインフラも壊滅状態になっている。その上コソボでは、劣化ウラン弾が集中的に使用されたため、土地そのものがウラン238(半減期45億年)で永久に汚染されている可能性がある。
 コソボ自治州には、人口の約10%、20万人のセルビア系住民がいた。そのうちすでに6万人が空爆によってコソボを脱出して難民となっていたが、空爆停止とユーゴ軍の撤退を受けて、セルビア系住民のコソボ大量脱出が始まった。コソボ解放軍のテロやアルバニア系住民の報復を恐れているからだ。セルビア系住民がすべて難民となって脱出すれば、逆の側からコソボの「民族浄化」が完成する。
 すでにセルビアには、クロアチアとボスニアを追われた難民60万人が悲惨な生活を強いられている。ここに、コソボからの大量の難民が加わる。苦しみと怒りは倍加する。とりわけセルビア人にとって「発生の地」とされる「聖地」コソボへの思いは深く、それを事実上、失う事態に直面して、民族主義的憤激が高まらないわけはない。
 軍の内部にはコソボからの撤退に強く反対する声が多かった。右翼民族主義政党セルビア急進党党首シェシェリは、今回の和平合意に強く反対し、セルビア共和国副首相を辞任、全閣僚を引き上げてミロシェビッチ派との連立を解消した。
軍内部にセルビア急進党の強力なシンパが存在することから、軍の一部が政府に対して反乱する可能性まで取りざたされている。
 78日間にわたるNATO軍の空爆後に残されたのは、より一層の激しさを加えた民族的敵意と対立であり、産業基盤も社会生活に必要なインフラを徹底的に破壊されたセルビアであり、コソボであった。
 「死と困窮、荒廃がバルカンを支配している」。ギリシャの首相シミティスは、空爆を非難してこう述べた。

戦争そのものが目的だった

 「50年前、ドイツの名のもとに、多くの人が悲惨な目にあった。いま、同じような悲劇が起きている。われわれが何もしないでいることは許されない」。ドイツ社民党の国防省シャーピングはこう議会で演説し、空爆支持を訴えた。緑の党もこれを承認した。
 この恥知らずなダブル・スタンダードを許すことはできない。90年から91年の旧ユーゴ崩壊の過程で、クロアチアの極右民族主義者ツジマンの政権掌握を支援し、ユーゴスラビアからの分離独立を承認し、ヨーロッパ各国に独立を承認するよう外交的圧力を加えたのはドイツであった。
 ツジマン政権は、クロアチア内でセルビア人が多数派であったクライナ・スラボニアで、残虐な「民族浄化」戦争を遂行し、セルビア系住民50万人を難民化してセルビア内に追い出した。コソボにおけるアルバニア系住民追放と同じことが、ドイツが支援するツジマン政権によってほんの数年前に行われたのだ。ドイツ政府はこの時、指一本動かそうとはしなかった。当時野党だった社民党も緑の党も、クロアチアを空爆せよとは主張しなかった。むしろドイツを後見人とするツジマン政権の暴挙こそ、かつてナチス・ドイツに支援されたクロアチアのファシスト集団ウスターシを思い起こさせるものだったのだ。
 トルコはクルド民族の独立や自治を認めないどころか、クルドという民族の存在さえ否定し、独立運動に対して流血の弾圧を加え続けている。クリントン政権は、クルド労働者党を「テロリスト」と規定し、トルコ政府の暴虐な弾圧を容認し、支援してさえいる。
 ロシアからの独立をめざすチェチェン共和国の武装闘争に対し、94年にロシア軍が総攻撃をかけて鎮圧した。この時もクリントン政権は「ロシアの国内問題だ」として容認した。コソボはユーゴ連邦の自治州であり、その意味ではチェチェン問題と同様、ユーゴの「国内問題」である。コソボ問題にだけNATOが全面的な軍事介入を行うことを正当化することは絶対にできない。
 ブルジョア平和主義の観点からしても、空爆を正当化するものは何ひとつなかった。今年2月のランブイエ交渉では、コソボが憲法や議会、裁判所や警察を持つ権利を保証する「高度の自治」の導入で合意していた。しかし、コソボに駐留する国際部隊を「NATO軍主導にせよ」と要求するアメリカなどにユーゴ側が「それでは占領に等しい」として反発していたのである。
 3月にパリで再開された交渉では、NATO側はアルバニア系住民代表団に先に調印させた和平案の受け入れを、強くユーゴに迫った。それには、コソボだけでなくユーゴスラビア全域でのNATO軍の活動の自由も認める内容も含まれていた。まさに占領そのものである。ユーゴ側はこんな要求を受け入れるわけにはいかない。しかし、78日間にわたる空爆の後にミロシェビッチが受け入れた和平案には、NATO軍のユーゴ全域での活動の自由という項目はない。
 すなわち、ユーゴが絶対に飲めない要求を出し、飲まないことを理由に空爆を行ったのだ。「人道的悲劇を防ぐ」ことではなく、戦争を行うことこそが目的だったのである。

NATOの戦略概念の一新

 昨年12月、ベルギーで開かれたNATO外相理事会に出席したオルブライト米国務長官は、ワシントンで四月に開かれるNATO50周年首脳会議で「戦略概念を一新する」と述べた。外部から侵略を受けた時に「共同防衛」するというNATOの建前を根本的に変更し、自らが攻撃されていなくても、NATO域外諸国の民族対立や紛争あるいは「ならず者国家」のけしからぬ振る舞いに対して、先制的に攻撃を加えるというものである。
 しかもそれを、国連安保理の承認なしに、アメリカとNATOの判断で行えるようにしようとするものだった。オルブライトは述べた。「NATOと国連が協調できる時はいい。しかし同盟国は、ある作戦に対し、あれこれの拒否権の人質になるわけにはいかない」。
 すなわち、開始されたユーゴ空爆という既成事実の中でNATO首脳会議を開き、その力によってNATO戦略の「新概念」を押しつけることが、空爆の最も直接的なねらいであった。言うまでもなくそれは、安保「再定義」のもとでの新ガイドラインと一体のものである。アメリカの一方的判断で行う侵略戦争に、安保やNATOなど「目下の同盟者」との軍事同盟を全面的に動員し、それを「人道的介入」の名のもとに正当化しようとする世界戦略を、21世紀に向けて確立することこそが、その最大のねらいだった。
 手間ひまかかる国連安保理決議などにかかわっているヒマはない。国連には難民処理などの後始末だけさせておけばいい。これがクリントンとアメリカ帝国主義の考えである。
 この新しい軍事戦略は、冷戦構造崩壊後、「平和の配当」の名のもとに縮少され続けてきた軍産複合体の権益を、21世紀に向けて再び盛り返そうとするものでもある。すでに米議会は5月下旬、巡航ミサイル用などの追加戦費を含む150億ドルの補正予算を決めた。クリントン政権が今年2月に発表した2000年度防衛予算は、前年度から102億ドル増えて総額2808億ドル(エネルギー省の核兵器開発関連予算も含む)に達した。2005年度までの6年間に、1120億ドル増加する見込みになっている。
 このような目的のもとに、空爆開始へのシナリオが書かれたと想定することができる。(つづく)


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