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米英の侵略戦争開始から二年――          かけはし2003.10.20号より

アフガニスタンはいま

続く戦争、カルザイ政権の腐敗と人権弾圧


 十月十日、小泉政権はこの十一月一日に期限切れとなるテロ対策特別措置法(「報復戦争」参戦法)を二年延長する改定案の参院本会議での可決・成立を強行した。自衛隊は憲法九条に違反し、インド洋上でアフガニスタンとイラクで侵略戦争を続ける米英軍および、米軍のアフガン戦争を支援するフランスやドイツを含む多国籍軍の作戦行動に、「後方支援」という名目で参戦し続けることになる。



各地で戦闘が激化している

 〇一年十月七日、「9・11テロ」への報復と称して、ブッシュ政権がアフガニスタン空爆を開始してから二年が経過した。多数の気化爆弾デイジー・カッターやクラスター爆弾などの大量破壊兵器が投下され、数千あるいは数万人のタリバン兵やアルカイダ兵が殺害され、無差別空爆などで民間人も最も少なく見積もっても三千人以上が殺害された。
 そして〇一年十二月にタリバン政権が崩壊し、〇二年六月に緊急ロヤ・ジルガ(国民大会議)が開かれ、カルザイ大統領をトップに北部同盟の軍閥を中心とする「移行政権」が作られてから、すでに一年三カ月が経過した。しかしアフガニスタン情勢は、安定化するどころか、ますます混迷の度を深めている。
 昨年七月には副大統領が暗殺され、同九月五日にはカルザイ大統領自身が暗殺未遂事件に遭遇し、かろうじて難を逃れるという状態になった。利権と民族対立で反目する地方軍閥同士の衝突も続き、同八月には西部ヘラートでタジク人軍閥とパシュトゥン人軍閥が交戦し五十人が死亡、九月にも東部ホストでパシュトゥン人勢力と州軍との交戦が起きている。その後も各地で衝突や小競り合いが続いている
 カルザイ政権の支配が及ぶのは、米軍に加えて国連の承認した多国籍軍である国際治安支援部隊(ISAF)五千五百人が配置された首都カブールのみといわれており、そのカブール市内でさえ、しばしばテロが発生している。各地で戦闘や襲撃事件も増加し続けている。
 今年六月以降の戦闘や襲撃事件に限って、いくつか拾い上げてみよう。六月六日にはカンダハル州のスピンボルダック近郊で政府側部隊とタリバン部隊の大規模な交戦が発生し、双方で四十九人が戦死した。翌七日には首都カブールで国際治安支援部隊(ISAF)のバスが爆破され、ドイツ軍兵士など六人が死亡し十一人が負傷した。
 八月二十二日、中部ウルズガン州で国軍とタリバン部隊の激しい戦闘が起き、双方で八人が死亡した。翌二十三日には南東部ザブル州で約三百人のタリバン部隊が約千人の国軍を襲撃して激しい戦闘となり、二十四日からは米軍も空爆で国軍を支援、州政府報道官はタリバン兵五十人を殺害したと発表した。二十八日には南部スピンボルダクの国境検問所をタリバン部隊が襲撃、国軍司令官を拉致して兵士三人を殺害した。
 九月十四日から十五日にかけ、カンダハル州で国軍とタリバン部隊の激しい戦闘が起き、米軍の空爆でタリバン兵十五人以上が殺害された。同十九日には南部ザブール州で米軍機がタリバン部隊を攻撃中に遊牧民のテントを爆撃して八人を殺害した。二十九日には東部パクティカ州でタリバン部隊が米軍を襲撃し、米兵三人が死傷した。十月三日には米軍が駐留するバグラム空軍基地近くで爆発があり、市民ら七人が死亡した。アフガニスタンは、いまも激しい戦争状態にある。

カルザイ政権とは何なのか


 昨年六月に誕生したカルザイ移行政権は、多数派であるパシュトゥーン人を基盤にしたタリバンに対抗する少数派のタジク人などを中心にした、反タリバン軍閥連合である北部同盟の寄せ集め政権である。二年間の移行期間を経て来年六月に総選挙を行い、本格政権の発足をめざすことになっているが、果たして総選挙が実施できるのかどうか疑問視されている。
 カルザイ政権の統治は、九〇年代前半に互いに激しい内戦を繰り広げた軍閥が割拠する地方に全く及んでいない。各軍閥の総兵力は推計で五十万人とも七十万人ともいわれている。これに対してカルザイ政権の「国軍」は数千人にすぎず、首都カブールの治安さえ米軍と多国籍軍が維持している状態が続いている。
 カルザイ政権成立にあたって、東部ナンガハル州知事で軍閥を率いるアブドル・カディールが副大統領に就任したことは、国連関係者などに衝撃を与えた。カディールが麻薬取り引きや密輸を資金源にしていることは広く知られており、閣僚就任への国際的疑義が表明されていたからである。
 「(カディールの副大統領就任について)緊急ロヤ・ジルガ(国民大会議)に参加していた代議員の一人は『この国で麻薬取り引きや汚職を指摘していたら、閣僚の候補者はだれもいなくなってしまう』と述べた」(朝日新聞02年6月23日)。これがカルザイ政権なのである
 タリバン政権はアヘン栽培を禁止していた。当時、アフガニスタン産アヘンの世界に占めるシェア(〇一年)は一二%であったが、タリバン政権崩壊後の〇二年には七六%に激増したと報じられている。この問題を問われたラムズフェルド米国務長官が今年九月十五日、「需要があるからだ」と発言し、増大し続ける軍閥の麻薬取引を放置する無責任な姿勢がひんしゅくを買っている。
 九〇年代前半に利権をめぐり内戦を繰り広げ、いまも互いに反目する軍閥は、米軍がタリバン・アルカイダ掃討作戦を行わせるために提供した資金と、非合法の税収、麻薬取り引きでむしろ強大化しており、カルザイ政権の全国統治能力は相対的にますます掘り崩されている。地方に統治を及ぼすことができないカルザイ政権には軍閥の抗争を調停する力はなく、かつての内戦時代への逆戻りをかろうじて食い止めているのは、米軍の介入だけという状況が続いている。

金権腐敗と人権弾圧の深刻化

 そして今年九月、カルザイ政権自身の深刻な腐敗が表面化した。首都カブールで広大な国軍の駐屯地跡に高級住宅街を建設する計画が進められ、駐屯地跡周辺の貧困層の住宅街を警官隊のブルドーザーが強制的に取り壊し始めた。国連住宅問題担当官の圧力で、約二百九十世帯の貧困層の住宅のうち三十戸が取り壊されたところで中止となり、カルザイは抗議する住民に銃を突きつけて住居の撤去にあたったカブール市警長官を解任した。
 ところが、この高級住宅地建設計画には、カルザイ政権自身が関与していた。すでに約三百区画で住宅の基礎工事が始まっているが、これらの土地が政府閣僚や軍の高官、軍閥関係者、カルザイの親族や側近らに実勢価格の約八十五分の一という極端に安い価格で払い下げられ、土地分譲を受けた後にすぐ転売し、巨利を稼いだ閣僚もいたというのである。土地の払い下げを受けたアハディ中央銀行総裁は、記者会見でカルザイの勧めで購入したことを告白した(朝日新聞10月4日)。
 カルザイ政権のもとで、報道の自由、表現の自由、結社の自由も迫害されている。今年六月、独立系週刊紙「アフターブ」が「聖なるファシズム」と題する記事を掲載した。北部同盟のイスラム原理主義者たちに対して、「貧しい人にロケット砲を撃ち込んでいいと、コーランのどこに書いてあるのか」と述べ、「イスラム教を悪用する指導者たち」として厳しく批判した。この記事に対して最高裁は、カルザイ大統領の同意を得て編集長と副編集長の二人を逮捕、「アフターブ」を発行停止に追い込んだ。
 来年夏に予定される総選挙に向けて、新しい政党の旗揚げが相次いでいるが、この八月にカブール市内で結成集会が開かれた「国民統一党」は「旧共産党勢力」であるとして、結成集会の翌日にはカリミ司法相が記者会見で非合法化を宣言、その翌日には最高裁が緊急協議で「非合法」という一方的な決定を下した。
 統一的統治能力の欠如、金権腐敗、そして人権弾圧。これが「清貧」なイメージを国際的に振りまいて成立したカルザイ政権の現実である。

人道援助を破壊する米軍の行動


 全土で治安は極度に悪化しており、NGO関係者は「タリバン政権が成立する前の、軍閥の内戦が続いて社会の疲弊が最も深刻だった時代」に戻りつつあると言う。
 タリバン掃討に手を焼く米軍は、米軍地域復興チーム(PRT)による「人道復興支援」で政情を安定化させようとしており、学校建設や井戸掘り、巡回医療などを開始している。これがNGOの人道援助を破壊している。
 日赤医療チームは昨年夏から、赤十字国際委員会(ICRC)のもとで北部クンドゥズで国立病院の技術指導や機材の援助を続けてきた。ところが同病院の新築工事を米軍地域復興チームが援助することになり、そのため日赤は七月末、撤退を決めた。「米軍による復興支援」は中立の人道支援と政治的目的を持つ軍による支援の境界をぼかし、独立したNGOも含む援助機関がアメリカの戦争政策の一部であるようにみなされてしまう事態を作り出しているからである。
 今年三月から八月までの半年間に、国連機関やNGOに対する襲撃事件は八十件に達した。その前の六カ月間では、十三件だった。襲撃事件は激増している。九月八日には、東部ガズニ州で難民帰還支援のデンマークNGOの車が襲撃され、四人が殺害されている。
 約一万人の米軍が掃討作戦を続けているにもかかわらず、タリバンの最高指導者オマル師もアルカイダの最高指導者ビンラディンもいまだ捕らえられておらず、南東部カンダハル州やパキスタン国境地帯をはじめとして、今年に入って各地でタリバン再結集の動きが広がっている。
 タリバン再結集の基盤になっているのは、昨年七月に南部ウルズガン州で米軍機が結婚披露宴中の民家を爆撃して四十八人を殺害した事件や、タリバン政権消滅後も東部や南部で続けられたすさまじい無差別爆撃など、米軍の暴虐に対する反米意識の広がりである。カルザイ政権は結婚式爆撃虐殺事件に対する米軍の責任すら追及しようとせず、自らの身辺警護を米軍に要請しており、多くのアフガン民衆、とりわけ多数派であるパシュトゥン人はカルザイをブッシュ政権の操り人形だと考えるようになっている。
 「タリバーンの再結集について、記者会見で問われたアフガン駐留米軍のデービス報道官は楽観論を振りまいた。『大勢には影響ない。敵が集まるのは結構なこと。だって、まとめて殺せるだろ?』」(朝日新聞9月11日)。アフガニスタン人を人間とは考えてもいないこのような姿勢は、反米意識を確実に広げている。アメリカ帝国主義の「対テロ戦争」は、テロの基盤を自ら作り出しているのだ。
 小泉政権は、「テロ特措法」の二年延長を強行することによって、この何の道理もないばかりか解決の見通しもないブッシュ政権のアフガン侵略戦争に「後方支援」という名目で参戦し続ける決定したのである。
(10月13日 松本龍雄)


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