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欧州議会選挙総括 ――                       かけはし2004.08.30号

革命派にとって厳しい選挙結果

フランスLCR(革命的共産主義者同盟)



 EU各国で六月に行われた欧州議会議員選挙は、革命派にとって厳しい結果に終わった。とりわけフランスではLO(労働者の闘争)│LCR(革命的共産主義者同盟・第四インター・フランス支部)統一リストで、前回獲得した五議席を失う結果となった。その原因はなにか。ここに掲載するのは、ギローム・リエールが執筆し、六月に開催されたLCR全国指導部会議で採択された欧州選挙の総括文書である。

 欧州議会選挙の結果は、LCR(革命的共産主義者同盟)にとって失敗であったことを示した。欧州議会選挙の結果(革命派の得票は四三万二千票、二・五八%、選挙法ではこの数字では議席を獲得できない)は、欧州選挙自身の特殊性を無視するならば、二〇〇四年三月地方選の結果(革命派の得票率はほぼ五%)を確認し、さらにそれを拡大するはずであった。

労働者と青年の記録的な棄権

 まず第一に、棄権率が五七%に迫るという記録的なレベルに達したという点を強調しておかなければならない。
 三カ月前の地方選について言うと、棄権率は四%だけ減少した。だが、欧州議会選挙がわれわれにあらためて思い起こさせた事態は、主要に民衆と若者の間での棄権がいぜんとしてすべての選挙に貫徹している永続的な現象であるということであった。社会からの排除や個人のアトム化や政治に対する不信は、政治からの排除につながっている。さまざまな要因に助けられて、政府と大政党は棄権を促す雰囲気を作り上げることに成功した。政府は選挙を消し去りたがっているのである。
 欧州憲法をめぐる交渉がなされているまさにその瞬間において、右翼政党も左翼政党もヨーロッパの問題をめぐって分裂していた。論争は棚上げされてしまった。真の争点が隠されているのに、権限が限定された議会を選出することに、何の意味があるのか? このような疑問を抱いて、労働者の七五%が、青年の七八%が投票を拒否した。右翼政党も左翼政党もすべての政党がその票を大きく減らした。
 再度、政府の政策が退けられた。同時に、単一の政党=UMP(国民運動連合、シラク大統領の右翼与党連合)の枠内に右翼を統一しようとする試みは、敗北した。右翼は、ヨーロッパ改革の内容とテンポ、労働者階級との関係などの主要問題をめぐって、分裂し、ばらばらになっており、依然として三つの政党に分かれている。極右の国民戦線は、地方選に比べて一部の票を失った。だが、それでもなお一〇%という高いレベルにとどまっている。

政府与党への懲罰票が社会党に

 政府に懲罰を与えるという有権者の意識は社会党に有利に働いた。投票した人々は、右翼を敗北させる手段として社会党を選択したのである。有権者と社会党との間の関係は、社会党が政権の座にあるかどうかという事実によって、変わってくるのである。
 そのような情況のもとで、欧州憲法案への支持に見られるように、社会党は新自由主義への順応を深めている。社会党のこのような新自由主義へのよりいっそうの傾斜は、民衆が自由主義路線に対して反対を表明することを妨げたのであった。
 だからといって、そのことは、民衆が社会党の政策に同意していることを意味するものではない。選挙での社会党の回復は、民衆の中でこの党がいささかでも根本的な成長を成し遂げていることを意味してはいない。さらには、それは、社会運動とこの党の結びつきの再建を意味するものでもない。社会党と同盟した政党もまた後退した。
 これらの政党は現職議員の一部を救うことができたが、一九九九年の欧州議会選挙に比べてその票を失った。緑の党と共産党の得票率は、それぞれ四%と一・五%だけ減少した。この後退に革命派の後退を加えると、社会党外の選挙上の基盤は縮小しつつある。
 LCRと「労働者の闘争派」の共同候補者名簿は、一九九九年の欧州議会選挙よりも、また予想よりも少なく、悪い結果に終わった。

社会党への票のUターン現象

 これらの出来事のバランスシートを明らかにするには、政治情勢によって生み出された結果と、われわれ自身の路線や政治的選択や選挙キャンペーンによってもたらされた結果とを区別する必要がある。これらすべての問題が討論されなければならない。だが、選挙での社会党への支持の大きなうねりにわれわれが直面しているのだから――社会党への投票は投票数の三分の一に達した――、その主要な理由を説明するには、政治情勢の分析に焦点を当てる必要がある。
 われわれは政治的展望について間違っていたのであり、政治的変化を予測していなかったのである。
 一九九五年の大統領選挙結果(「労働者の闘争派」ラギエ候補への五%以上の得票率)、一九九九年の欧州議会選挙結果(革命派の共同候補に五%以上の得票率)、二〇〇二年の大統領選挙の成功(革命派の複数の候補への得票率合計が一〇%を上回る得票率)を受けて、われわれは選挙面での力学が発展するだろうと期待していた。もちろんそれは一〇%に達するほど十分ではないが、よい成績をおさめるだけの十分な結果が得られると期待していたのである。数十万人の有権者と革命派の政党(「労働者の闘争派」やLCR)との間の関係にある種のUターン現象が起こったといえる。

社会運動の現段階と選挙結果

 二つの大きな事態を強調しなければならない。
 最初の事態は、われわれが前回の大統領選の「四月二十一日のトラウマ」(極右の国民戦線のル・ペンが社会党のジョスパン候補を抜いて、第二回決選投票に進み、右翼のシラクと争うことが明確になった)と呼ぶものである。一九九五年〜二〇〇二年の時期に、LCRと「労働者の闘争派」の候補者に投票した人々の多く――主として若者――は、たとえ社会党の政策に同意していないとしても、社会党に投票するようになった。この現象は、将来にも、たとえば二〇〇七年の次の大統領選挙でも、残り続けるだろう。
 第二の事態は、二〇〇三年の五月と六月に起こった年金をめぐるストライキ闘争の矛盾した結果(労働者のストライキ闘争はほぼゼネスト寸前まで拡大したが、フランスの第二位のナショナルセンター・CFDT指導部の裏切りだけでなく、最大のナショナルセンターのCGT指導部も闘いの拡大に消極的であり、その結果、闘いは敗北した)である。社会の抵抗は依然として今日の時期を刻印する大きな特徴であり続けている。労働者は、自由主義路線の右翼政府を拒否するという自らの意志を表明した。だが、この十年間にわたって、続いてきた闘争の波は、勝利を勝ち取ることなく、敗北に終わって来た。
 この状況は、多くの労働者の士気と意識に影響を及ぼしている。労働者は、棄権するか、あるいは、よりましな悪として「社会自由主義的」「左翼」(社会党)に票を投じることをむしろ望んでいる。これらの労働者は、この「左翼」が政権の座に戻ると、支配階級のために仕事をするだろうことを知っているが、それでも投票するのである。
 以上すべての事態は、より本質的な現象に関連している。政治的、社会的危機は依然として進行している。「実際の社会」が政治の面にはそのまま表現されてないのである。実際の社会の運動とその政治的表現(選挙結果)の間の不一致は、社会的爆発につながるかもしれない。
 だが、われわれは、反資本主義的意識の表現を阻むこの大きな障害に、すなわち、資本主義と手を切る運動を妨げるこの大きな障害に直面しているのである。われわれはまた、広範で大規模な反資本主義的運動を建設するという問題にも直面している。
 もし、われわれの困難がわれわれの政治的選択と路線の結果だけのせいであるのなら、他の政党がたとえ歪曲されたやり方であれ、われわれに代わってわれわれの場を埋めることになるだろう。そして、他の政党がいくつかの成功をおさめることだろう。だが、このような事態は起こっていない。
 「もうひとつのグローバリゼーションを目指す」候補者を擁立する計画は陽の目を見なかった。共産党は、その伝統的な機構および社会党との同盟と結びついたその制度上の地位を利用することによって現職議員を救うことができたが、それでもこの党は票を失った。共産党の路線は、ある種の機構のバランスの安定性を保持したいとする意志によって導かれていた。われわれ自身は、慎重でなければならず、こうした傾向とATTACなどの運動が直面している諸困難や労働組合の否定的方向への動きとが関連し合っていると認識しなければならない。
 以上がわれわれの失敗を説明する主要な要因である。

「労働者の闘争」との選挙協定

 もしわれわれが実際に可能であった事態を冷静に分析していたならば、われわれは、われわれの可能性を過大評価していた自らの定式の行き過ぎたいくつかの点を修正していただろう。
 おそらく、われわれは一〇%をめぐる論争(フランスの地方選の選挙規則は反民主的であり、第一回投票で五%を超えなかった候補者は自動的に第二回投票に進めない。五%から一〇%までの間の得票率の候補者は、もし他の政党の協力を受けて他の政党と得票率と合計して一〇%を超えることができるなら、第二回投票に進むことができる。「労働者の闘争派」は、第二回投票において、社会党や共産党や緑の党などの他の左翼政党とのこの面でのいっさいの協力を拒否するという立場である。この「労働者の闘争派」の強硬な主張のもとで、LCRは、選挙前に第二回投票において左翼政党のこうした協力をしないと声明した)についてもっと慎重になっていたことだろう。だが、すべての人が忘れてはならないのは、「労働者の闘争派」がその問題に関する明確な立場を取るようわれわれに要求していたという点である。だが、以上すべての修正はわれわれの根本的な選択――選挙戦術、政治的基軸――を再考するよう求めているのだろうか? われわれはそうは思わない。
 「労働者の闘争派」との選挙協定は二重の問題に対する回答であった。「労働者の闘争派」との何らかの合意がなかったとすれば、革命派の分裂は、二つの党とわが党自身をさらに不利な立場に追いやっていただろう。社会党への支持を促す選挙のうねりに直面して、われわれはもっと多くの票を失っていたことだろう。
 二〇〇二年の大統領選挙でのオリヴィエ・ブザンスノーに投票した有権者に関するすべての調査は、その有権者が「労働者の闘争派」のラギエ候補に投票した有権者よりも「有効票」に対して敏感であることを示している。「労働者の闘争派」の合意がなければ、すべての選挙に、すべての選挙区に候補者を立てることができなかっただろう。なぜなら、われわれには単独でそうするだけの必要な組織的、財政的手段がなかったからである。
 「労働者の闘争派」との同盟は、政治的代価を伴った。われわれにはその点は承知済みであった。この代価がどれほど大きいかを論議することはいつもできるが、「労働者の闘争派」と合意を結ばないということもまた政治的代価を伴ったのであり、そうすれば今度はまた別の問題が提起されることになっていただろう。

われわれのキャンペーンの総括

 われわれのキャンペーンの主要テーマのせいでこのような選挙結果になったのか? 
 一部の同志たちは、われわれの地方選のキャンペーンが社会問題を余りにも中心に置きすぎた結果であって、われわれが「急進化のあらゆる問題」を取り上げることができなかった、と主張している。
 もちろん、われわれの地方選と欧州議会選挙の期間中には弱点もあった。たとえば、政治的危機の問題を取り上げることはそれほど容易ではなかった。だが、われわれの選挙結果は、これらの弱さの結果だけではない。すべての人が、ポスター、リーフレット、集会、デモへの参加、テレビ番組でのインタビューなどといったわれわれの選挙キャンペーンのバランスシートがプラスであるという点に同意している。それはよいキャンペーンであった。だが、結果はわれわれが期待したものではなかった。
 実際、一方ではオリヴィエ・ブザンスノーの人気(ブザンスノーは、二〇〇二年の大統領選挙のLCRの大統領候補である。選挙戦開始時にはまったく無名だった二十七歳の郵便集配労働者の彼は、若い郵便労働者として、新しい労働組合SUD―PTTの組合員として、反グローバリゼーションの活動家として、「政治家」ではない自分たちと同じ若者として、急激な人気を得て、四・二五%の票を獲得し、この選挙戦は大成功をおさめた)やLCRへの支持が存在しており、他方では、LCRは政治的論戦の中で決定的役割を果たすことができるような段階に達する上でまだまだ困難を抱えているし、選挙の分野での人々の信用を勝ち得ていないのである。われわれが注意深く考察しなければならないのは、この二つの事態のギャップなのである。
 われわれに投票する有権者は安定していない。LCRは、とりわけ職場での集会や会議のキャンペーンを通じて、労働者階級と良好な結びつきをもっている。だが、このLCRは、選挙と諸機関に影響を及ぼすことができる政治運動としては登場しきれていない。われわれは二〇〇二年の大統領選挙では非常にすばらしい結果を獲得したが、それは、進むべき長い道のりの第一歩にすぎなかった。

反資本主義的左翼の形成へ!

 いまや、われわれは失敗を克服し、われわれの財政的キャンペーンを成功させ、われわれの党を建設し、新しい社会的、政治的情勢の中でわれわれの活動を再配置すべき時である。われわれの選挙結果が反資本主義的意識の登場の困難さだけに関係するものではない、とわれわれは考えている。もしそうであるとすれば、社会の抵抗は次の時期、主要な現象であり続けるだろう。われわれはこの運動の外部にいるわけではない。われわれは社会闘争に参加している。われわれが右翼政党と政府に反対する勢力であると認められていることは明白である。政府に反対する闘争の展望が、社会勢力、労働組合、左翼政党に開かれた統一戦線の基礎となるだろう。この枠組のもとで、われわれは医療サービス制度の改革と欧州憲法案に反対する共同行動を提案するだろう。
 革命派は、フランス共産党に向けた特別な提案をもつ必要がある。そのことは、共同行動と政治的論争を意味する。この党は社会党との戦略的同盟かそれとも反資本主義的政策かという選択を余儀なくされるだろう。
 われわれの主要なアウトラインは、資本主義とその制度を運営するにすぎない社会党、緑、共産党などの新自由主義的「左翼」から独立した新しい広範な反資本主義的左翼の建設を助けることである。だから、われわれが共同行動を討論するとき、政府の問題を明確にしなければならない。われわれは、資本主義システムとその制度を単に統治するだけの政府を支持すべき――あるいはそれに参加しさえすべき――か? われわれはそのような政治的連合に反対である。われわれは労働者政府を支持する。もちろん、地方選と欧州議会選挙を受けた現時点で、いかなる勢力も政府に参加するようわれわれを誘おうとはしていない。フランスの左翼内でのそして国際的規模の左翼内での討論と再結集は、不可避的にこの問題を焦点にすることだろう。
 したがって、反資本主義の運動の建設へと進む基礎とイニシアチブを明確にすることが主要な問題なのである。反資本主義の綱領にもとづいて、社会闘争に積極的に参加するためには、改良主義政党から独立した政策を実施することが不可欠である。(出典「ルージュ」より抄訳04年6月24日号)


二〇〇四年欧州議会選挙結果について
LO―LCRの宣言

 LO―LCRの共同候補者名簿は、六月十三日にわれわれに投票してくれた有権者に感謝の意を表明する。
 欧州議会選挙の結果は、一般有権者がUMP(国民運動連合)に対して与えている拒否の意志を強く確認するものである。シラク=ラファランの党はよりいっそう後退した。この点が、今回の選挙の最も重要な意味である。
 一般有権者の一部は、与党を拒否するために最も効果的であるかのように見える手段を行使し、社会党に大量に投票した。社会党は投票数の三分の一の票を獲得した。
 LO―LCRの結果について言うと、それは地方選挙の結果よりもさらに悪かった。われわれの有権者の一部は、棄権するか、社会党に投票することによって右派に対する自らの拒否の意志を表明するかした。しかしながら、社会党は、政権に就くとその政策が右派の政策と違わないことを立証してきている。もし社会党が再び政権に復帰するようなことになったら、かつての社会党主導の連立政権から三年も経ってもいないのに同じことをやるだろう。
 選挙の翌日から、政府はフランス電力公社とガス公社の民営化と社会保障破壊の政策を追及していくだろう。まさにそれゆえに、労働界が経営者と政府の攻撃に抵抗するために結集しなければならないのは、社会闘争の分野をめぐってなのである。これらの社会闘争の中で、革命派には果たすべきまさにその役割があるだろう。(04年6月13日)
オリヴィエ・ブザンスノー/アルレット・ラギエ


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