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「財政再建団体」となった夕張市             かけはし2007.1.29号

「自治体破綻」の責任を誰が取るべきか

大企業のための「開発主義」の失敗
国家・資本による住民切り捨てと犠牲の押しつけを許すな

自治体「破たん
法制」の導入

 昨年六月、北海道・夕張市が「財政再建団体」への移行を発表した。一九八二年に福岡県赤池町が申請して以来十四年ぶり。負債総額は六百三十二億円。市民一人当たりの負債額は約四百八十万円に上る。夕張市は今後二十年をかけて三百六十億円を返済していく財政再建計画を立案した。それに伴い住民サービスは大きく切り下げられた。一方で負担は限界を超えて引き上げられ、市外への転出者が相次いでいる。
 このような悲惨な事態を繰り返さないためにも、「新しい再建制度」として自治体「破たん法制」の導入が必要だとされている。自治体「破たん制度」を導入するということは、財政力の弱い自治体、財政の悪化した自治体を「市場」の荒波の中に放り出すことになる。こうなれば地方自治体の運営は「市場」や銀行の監視の下に置かれ、地方自治と民主主義は崩壊するだろう。自治体「破たん法制」の導入を許してはならない。

「放漫経営」が
理由ではない

 地方自治体の財政危機が拡大している。昨年読売新聞が全国市町村に行ったアンケート(回収率97・6%)でも、回答した二十四都道府県の五十二市町村(回答全体の2・9%)が「(このままでは)財政再建団体に転落してしまう」と回答している。なぜ多くの地方自治体が財政危機に陥ってしまったのだろうか。危機の原因は「財政規律の欠如」や「経営感覚の欠如」のためではない。地方財政危機の原因を、スキーリゾートなどの放漫経営(経営感覚の欠如)により財政破綻に至ったかのように報道されている夕張市の問題を考える中で検証してみたい。
 夕張市の成り立ちを抜きに夕張問題を考えることはできない。なぜなら夕張市は、国策により生まれ、国策の変更によって投げ捨てられた都市だからである。一八九一年に採炭を開始して以来、炭鉱の町として開発された夕張は、戦前・後を通じて国の石炭需要を支えた。最盛時の一九六〇年には二十四の炭鉱、約十二万の人口を数えた。主要企業は北海道炭鉱(北炭・三井系)と三菱大夕張炭鉱。しかし国のエネルギー政策の転換に伴い七〇年代に三井・三菱は次々と夕張を出て行った。八六年「前川レポート」により「政策閉山」が決定、その結果九〇年には三菱南大夕張鉱山が閉山し市内から炭鉱がなくなった。この過程でもともとは炭鉱会社が設置した社会的インフラを夕張市が買い取ることになる。
 八二年夕張炭鉱病院の市への移管に対して夕張市は四十億円を負担している。さらに北炭は、北炭夕張新鉱での事故を口実に、鉱山税六十一億円を踏み倒して逃げ出している。三井・三菱は炭住五千戸や上下水道設備なども夕張市に買い取らせ総額は、百五十一億円に達した。エネルギー政策の転換による閉山にもかかわらず国・企業の責任は根本的に問われることなく、夕張市は路頭に放り出され、「炭鉱閉山処理対策費」は総額五百八十三億円に達した。夕張市は観光産業に手を出して破たんしたわけではない。国策と企業の身勝手が夕張市を追い込み、夕張市は観光にすがるしか道が残されていなかったのである。

軒並み破産した
地域振興計画

 八〇年代、夕張市は炭鉱から観光事業に活路を見出そうとする。テーマパーク「石炭の歴史村」、スキーリゾートとホテル、映画イベント「夕張ファンタスティック映画祭」。しかし、これら事業に対する積極的な財政支出がさらに借金を生み出していくことになる。さらに二〇〇一年産炭地危機振興臨時措置法が期限切れとなり補助金が打ち切られた。
 テーマパーク、リゾート、地域おこしイヴェント。八〇年代末にこれらに望みをかけた地方都市は夕張ばかりではない。全国の地方自治体が同じ政策に手を染めている。背景には、八七年の推進政策としての「リゾート法」が、さらには自治体に第三セクターをつくらせ無謀な投資事業を行わせる「民活法(86年)」があった。シーガイヤ(宮崎県)、志摩スペイン村(三重)などリゾート法と第三セクターを利用した地域振興は軒並み破産した。
 九二年に夕張市は松下興産にホテルを売却、経営を委託したが、九九年松下興産は一方的に営業停止を決定。夕張市は地元商店街への影響を考え約二十億円でホテルを購入、〇二年、さらに松下がスキー場経営から手を引くと、市はスキー場を二十六億円で買い取るはめになった。当時の地方自治体の経営戦略として、スキーリゾートを維持しようとした夕張市首脳陣に「経営感覚の欠如」が突出していたわけではない。夕張市はリゾート法の適応を受けていなかったが、むしろ国の政策に積極的に適応しようという点では「有能」だったのである。
 巨大開発による地域振興は、大企業を潤おすことはあっても、地域を振興させることはない。炭鉱と同じく、農業の切り捨てという国策の変更に対して闘い続けてきた三里塚闘争。夕張市においても、「三里塚四十年の・たすきわたし」集会で反対同盟世話人・柳川秀夫が力説したように、リゾート開発や企業誘致ではない、「新しい物差し」による地域振興が求められていたのである。しかし夕張市を始め多くの地方自治体が飛びついたのは、企業誘致や様々な手法による大規模開発だった。その結果、「第二、第三の夕張」予備軍が全国に広まったのである。鉱業、農業、漁業。衰退する地域産業に代わるのは観光産業であり、大きなハコモノをつくればよいという「古い物差し」により設計されたこれらの事業は、地域を活性化させることは出来ないばかりか、「リゾート法」による無制限な開発により、本来の魅力である地方の景観を破壊した。それは地方自治体に重い負債を残すことになった。

交付税による
公共投資誘導

 さらに地方自治体財政を追い込んだのは、バブル崩壊以降、国が景気回復のために地方交付税措置のつく地方単独の公共事業を必要以上に行わせたことによる。交付税措置により、最終的には国が財政責任を取るといわれて公共事業を行った地方自治体を待っていたのは、三位一体改革による地方交付税削減であった。
 このように、鉱業・農業・漁業など地域産業の衰退を「古い物差し」である国の開発誘導で解決しようとした地方自治体は、夕張市だけではない。その結果が、「52市町村が財政再建団体」に落ち込むかもしれないという、全国の地方自治体財政危機に共通する問題なのである。そして今日の自治体破産の種をまいたのは、鉱業・農業・漁業など地域産業を切り捨ててきた国の政策の結果なのである。ちなみに現在日本は、石炭自給率〇%、食糧自給率(カロリーベース)は四一%である。
 負債六百三十二億円。標準財政規模四十五億円の夕張市にとって、その大きさは「天文学的」などと評されている。人口流出と高齢化が進むなか、どこにも逃げることができなかった夕張市民が六百二十三億円を背負い続けていかなければならないのだろうか? 
 本間正明などは、こんな首長や議員を選出した住民にも責任があるのだから、住民も財政破たんの責任を負うべきだなどという暴論を展開していた。冗談ではない。まず国の、次いで三井・三菱、松下の企業の責任が徹底的に問われなければならない。夕張市が負担した「炭鉱閉山処理対策費」五百八十三億円、北炭の踏み倒した税金六十一億円、さらに撤退した松下興産の負債四十六億円、総額六百九十億円。夕張市の現在の負債総額を越えている。
 夕張市民に責任はない! まず三井・三菱・松下の大企業の責任を追及しなければならない。同時に夕張市・道の行政責任が問われなければならない。行政が、住民ではなく企業の利益に屈服してきた結果が六百三十二億円の負債である。
 このように夕張市の財政破たんの種をまいたのは、まず国であり、いち早く夕張から逃げ出した炭鉱資本である。ところが国・企業の責任を追及しようとせず、夕張市の放漫経営を問題にする論調がほとんどである。たとえば夕張市がすでに財政難に陥っていた〇一年、十二億円をかけて「郷愁の丘ミュージアム」を建設したことなどが批判されている。
 しかし真に問題なのは、膨大な負債を抱えていてもこのような事業が出来てしまう国の財政誘導政策にある。夕張市の場合は「過疎債」が財源とされた。「過疎債」は、元利償還の7割が国から地方交付税で手当てされる。「過疎債」は当初、道路などの基盤整備事業にしか使えなかったが、適用が緩和され「地域おこし事業」にも使えることになった。
 これにともない全国で「過疎脱却」をかけたハコモノの建設が行われた。「平成の大合併」においても、合併を誘導するために、国の方針に応じて合併を選択した自治体には「合併特例債」の起債が認められた。ハコモノ建設にしか使えない「合併特例債」も「過疎債」同様元利償還の七割が地方交付税で手当てされることになっている。これにより全国で約十一兆円が起債された。これらの大規模自治体が行う大規模事業費は、中小地元企業を入札から弾き飛ばし、大手ゼネコンとIT企業に流れ込んだ。

「三位一体改革」
という締めつけ

 このように国は様々な経済誘導政策を用い、地方財政を景気浮揚のために動員し疲弊させてきた。疲弊した地方財政をさらに追い込むことになったのが「三位一体改革」である。
 「三位一体改革」の三年間で、四・八兆円の財源が地方から削減された。さらに〇七年度から、税の算出法が「簡素化」された新型交付税が一割程度の自治体に導入される。交付税の総額も四・四%の減額になる。
 交付税の「簡素化」とは、現在五十三項目ある測定単位に自治体の置かれた状況を反映させる補正係数をかけて算出されている交付税の算出方法を、人口と面積を中心とした「簡素」な方法に変更するものである。同じ人口・面積の自治体であっても、除雪費用がかかる寒冷地の自治体や、高齢化の進んだ自治体では、そうではない自治体に比べ当然必要とされる住民サービスに差が出てくる。このように人口と面積だけでは、自治体の財政需要を的確にとらえることはできない。また「簡素化」された算出法では、ほとんどの自治体が交付税の減額になり、その影響は小規模自治体ほど深刻となる。交付税の「簡素化」は、確実にナショナルミニマムを破壊し地域間格差を拡大する。
 〇六年十二月に地方分権推進法が成立した。これは三年以内を目途に「地方分権改革一括法」を制定し、今まで国が地方に課していた、義務付けや基準を取り払おうというものである。これは、現在全国一律に行われている公共サービスの実施が、自治体任せになってしまうということを意味する。財政力の弱い小規模自治体の住民は、公共サービスを受けることができない事態が発生し、機会不平等が拡大するだろう。
 国による地方財政締め付けの下、全国の自治体ではアウトソーシングが進んでいる。〇三年九月に指定管理者制度により、市民会館、公園、体育館、プールなどの管理に営利企業が参入してきた。
 さらに昨年、「市場化テスト法」が成立した。「市場化テスト法」とは、すべての公共サービスを競争入札により民間に開放していくことにより、公務員と公共サービスにかかる予算を削減し、企業に五十兆円のビジネスチャンスを与えるものである。財政危機を口実に、このまま無原則に公共サービスが民間に開放されれば、住民のプライバシーや安全が脅かされるような事態が全国で多発しかねない。昨年だけでも、耐震強度偽装問題やふじみ野市プール事故など深刻な問題が発生している。ふじみ野市はプールの管理費を民間業者に委託することで五年間で四割削減することに成功したが、その結果があの痛ましい事故だ。

市場主義による
地方自治の破壊

 政府は夕張の事態を受けて、現行の財政再建制度に代わり、自治体「破たん法制」を導入しようとしている。現行の財政再建制度は、前年度決済の赤字比率が五%以上の都道府県、二〇%以上の市町村が自己申告する制度である。それに対して自治体「破たん法制」とは、自治財政をある一定の指標で評価し「財政破たん」とする制度である。財政破たんした自治体は、金融機関から債権の一部を放棄してもらい公共サービス等を縮小して出直すことになる。
 自治体「破たん法制」は、これまで国が保証していた地方債調達の完全自由化と一体のものである。地方債調達の完全自由化とは、自治体が市場から直接資金調達を行うことであり、自治体活動が常に市場から監視を受けることを意味する。例えば、自治体が公共サービスを直営で守り抜こうとしても、市場が「非効率な自治体」と判断すれば、金融機関はその自治体に低利で融資を行うことはないだろう。革新首長が誕生したら市場から資金が調達できなくなるような事態も起こりうる。IMFが債務国に「構造調整プログラム」により公共サービスの民営化を強制したことと同じメカニズムである。このように自治体「破たん制度」は地方自治の根幹に関わる問題である。

住民参加による
民主的な統制を

 「三位一体改革」による地方交付税のなんら根拠のない削減は、ますます地方自治体財政を危機に陥れ格差を拡大する。「美しい国」日本のあちこちに、第二、第三の夕張が誕生する可能性がある。今後、公共サービスを守ろうとする運動に対して、「夕張のようになってもいいのか」という恫喝がかけられることは確実である。しかし地方財政は住民自治を保障する手段でしかない。したがって、財政危機や財政再建団体移行を口実にした公共サービス切り捨てには道理はない。財政再建団体になったからといって、一方的に公共サービスを切り捨てて、住民に負担を押し付けていいわけがないのである。国にはナショナルミニマム、生存権を保障する義務がある。今回の夕張の事態は、国が住民の生存権を侵害する憲法違反の事態である。
 「天文学的」といわれる夕張市の負債も、「みずほ」など都市銀行の不良債権に比べたらわずかなものである。九八年、国は銀行の金融犯罪と失敗した投機の後始末のために、ろくな責任追及も行わず国家予算にも匹敵する六十兆円もの税金を投入した。ところが今回、国は地方財政のモラルハザードが生じるという理由で、夕張救済を拒否している。「美しい国」は銀行は救済しても、罪もない夕張市民一万三千人を切り捨てる。
 国は、夕張市に対する見せしめ的財政再建プランの押し付けをやめ、今すぐ夕張市を救済しろ! 夕張市が負債を抱えたのは、人口規模に比べて職員数が多かったからではない。地方財政危機の責任は国にある。
 自治体「破たん法制」導入を許すな! 市場による統制ではなく、住民参加による民主的統制を!(矢野 薫)


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