もどる

札幌・女性自衛官人権裁判 東京報告集会         かけはし2008.2.4号

強かん未遂被害者に退職強要




「問題を起こした
お前が加害者」

 一月二十四日、アジア女性資料センターと女性自衛官の人権裁判を支援する会は、渋谷で「札幌・女性自衛官人権裁判 東京報告集会」を行い、五十人が参加した。
 「女性自衛官の人権裁判」とは、北海道の航空自衛隊通信基地に所属する女性自衛官が、男性自衛官Aから受けた強かん未遂事件と、その後の上司たちから繰り返し退職強要が行われたことの抗議として国を相手に国家賠償訴訟を起こした裁判のことである(07年5月8日)。
 事件の概要は、こうだ。二〇〇六年九月九日午前二時半、原告は、泥酔のAから宿舎の三階事務室に呼び出され、「夜中に呼び出さないで欲しい」と言うために入室した。Aはドアに鍵をかけ照明を消し、暴行・強かん未遂を強行した。
 事件発生直後,原告は部隊上司に被害を訴え病院への診察を求めたが、上司を含む複数の男性隊員の同行を条件にしたので原告はそれを拒んだ。その後、上司は、深夜に無断で犯行現場(ボイラー室)に行ったとし、あるいは飲酒をした疑いがあるとして原告を懲戒処分の対象として取り調べたり、外出制限などの不利益、いやがらせを繰り返した。上司たちは、原告に対して「お前は被害者だと思っているかもしれないが、お前は加害者だ」「お前は問題を起こしたから外出させない」「Aは男だ。お前は女だ、どっちを残すかといったら男だ」などと恫喝し、退職を強要するまでにエスカレートしていった。また、Aを事件後九カ月にわたって異動させることもなく同職場に勤務させていた。
 このような不当な圧力に抗して原告は、精神的に辛い状況に追い込まれたが、弁護士に相談し、退職の強要を許さず、国賠訴訟を取り組んでいくことを決めたのである。原告は、@犯人Aによる原告への暴行・強かん未遂行為は勤務時間内の行為であるA上司たちによる退職強要・嫌がらせが、自衛隊の指揮・服務指導を名目にして行われたB人権や尊厳が著しく踏みにじられた││ことの責任が国にあることを明確にさせ、「自衛隊には、事実を確認して、一刻も早く私の働く環境を整備することを強く要望」(原告のメッセージから)している。

女性自衛官への
性暴力を謝罪せよ

 弁護団(81人)の主任は、イラク派兵差止め北海道訴訟を取り組む佐藤博文弁護士で、「彼女の事件は、イラク戦争を契機に日本が本格的な戦争国家へ変貌しようとするいま、必然的に生起した『兵士の人権』問題」(『軍縮』07・10/佐藤論文)という観点から弁護活動を開始した。
 また、イラク派兵差止め訴訟に参加している七尾寿子さんたちは、「女性自衛官の人権裁判を支援する会」(共同代表:影山あさ子、清水和恵、竹村泰子)を立ち上げ、「暴行・わいせつ行為の被害者として提訴した女性自衛官への組織的嫌がらせをすぐにやめて下さい」という要求を柱に@自衛隊は女性自衛官に対する性暴力の事実を認め謝罪することA加害者と上司を厳正に処分し、女性自衛官の勤務環境、生活環境を抜本的に改善することB自衛隊におけるセクハラ被害の実態を調査し、その結果を自衛隊員と国民に公表し、徹底した隊員教育と防止対策を行うことを求める署名運動を取り組んでいる。会のブログは、
http://jinken07.10.dtiblog.com/

加害者を不起訴
にした札幌地検

 なお〇七年十二月二十七日、札幌地検は、空自千歳地方警務隊が強制わいせつ容疑で書類送検した男性自衛官を「証拠不十分により不起訴」と不当な決定を下している。原告は性暴力事件について上司に報告したが、なんの措置もとられず、警務隊にいたっては、自衛隊防衛のための保身的サボタージュを続け、事件から半年もたった〇七年二月二十七日に原告の被害届を受理し、ようやく捜査を開始したほどだった。
 しかし、当初から「この事件が強制猥褻であって、強姦未遂ではない」(会の声明から)という判断のうえで「性暴力被害者当事者の声や気持ちに注意を払うことなく、加害者側の言い分を一方的に取り上げた大変偏った判断であった」(同)。事件の検察官送致も原告が国賠訴訟の提起後の五月末だったことが明らかになっている。札幌地検は、このような警務隊の事件隠蔽策動といいかげんな捜査を認めたのである。原告と弁護団は、検察審査会に不服申し立てをおこなっている。
 国賠裁判において国は、重大な人権侵害があったことを認めず、居直り続けている。国は、自衛隊員は「精強さ」と「規律保持」が求められ、隊員個人の人権を否定するというとんでもない論理を強調したうえで、事件は「私的な行為」であり、「Aの職務行為との密接な関連性は全くないことは明らかである」などと開き直るほどだ。つまりセクハラ・性犯罪があっても自衛隊の責任はなく、被害者と加害者の当事者間で解決すればいいのだと言いたいのだろう。まさに改正均等法とセクハラ防止法の否定だ。国の暴論を許してはならない。

「軍隊の論理」と
人権否定の構造

 集会は、冒頭、会の共同代表である影山さんがインタビュアーとして参加している「アメリカ│戦争する国の人びと」が上映された。イラク戦争で出兵し戦死した親たちの怒りの証言、帰還兵たちの証言、イラク派遣を拒否した最初の将校、アーレン・ワタダ中尉の証言などのシーンを次々と映し出し、「殺人マシーン」作りの軍隊の本質を暴き出した。
 佐藤弁護士は、事件の概要と裁判経過を説明し、「自衛隊は厳格な上命下服社会であり、公私の区別もないこと、数的に圧倒的な男性社会である。女性を大量に採用しているが、家族・地域から隔絶した『密室』の中に置かれ、本件のように人間として女性としての尊厳が無視され、侵害されやすい社会のままだ。この通信基地は百八十人の隊員のうち女性は五人だけで、しかも宿舎は相部屋生活だった。施設や『セクハラ対策』が自衛隊では遅れているという問題にとどまらないところに本件事件の本質がある」と問題提起した。
 さらに入隊時、「躾」というタイトルのパンフにもとづいて自衛隊員の私生活、プライバシーまで踏み込んだ規律徹底教育が行われていることや、若者層の自衛隊員を対象にしたパンフレットが家父長制と女性差別に貫かれた内容であり、「軍隊の論理」による人権否定が温存、再生産していく構造が続いていることを批判し、あらためて原告の人権を守るために闘う決意を表明した。
 会の七尾さんは、原告との出会いと交流、裁判の取り組みを報告した。そして、国、自衛隊が原告に対する人権侵害をいまだに認めず、居直り続けていることを厳しく糾弾した。
 最後に、署名運動への協力、第五回口頭弁論への傍聴(二月七日〈木〉午後三時半/札幌地方裁判所8F第5法廷)、二十五日の防衛省申し入れ行動と国会院内集会への参加が呼びかけられた。
 また、インパクション一六一号で「特集 軍隊と人権 軍隊と金権」で会のメンバーが参加した座談会「私たちはなぜ女性自衛官を支えるのか」が掲載されていることが紹介された。(Y)




防衛疑獄追及へ討論集会
防衛利権を暴く──「米軍再編」と軍需産業

 一月十九日、東京・中野商工会館で「グループ 武器をつくるな! 売るな!」が主催した集会「防衛利権を暴く!――『米軍再編』と安全保障で儲ける人々――」が行われ五十人が参加した。この集会は、守屋前防衛次官の軍事商社「山田洋行」や「日本ミライズ」との癒着・汚職が大きくクローズアップされる中で、その背景にある「米軍再編」=日米軍事同盟のグローバルな再編・強化、日米軍需産業と政府との構造的な疑獄関係にメスを入れようと企画されたものである。
 最初に元共同通信ジャカルタ支局長で「人権と報道・連絡会」の浅野健一さん(同志社大学教員)が報告。浅野さんは「イラクを見てもすでに日本は戦争している。憲法九条の下でもこれだけのことをやっている。日本は今でも米軍の占領下にあり主権はない」という認識の下に、とりわけ二〇〇一年の「9・11」とアフガニスタン攻撃以後のジャーナリズムの「戦争責任」について厳しく批判した。そしてメディア企業内部の記者たちが自らの信条に従って権力への批判と監視という「大道」を貫き、市民が積極的にメディアに参加することの重要性を強調した。
 次に天野恵一さんは、守屋問題を追ったこの間の週刊誌報道を詳細に検討しながら、この間の「米軍再編」をめぐる積算根拠不明の予算支出が、西山太吉氏が『沖縄密約』(岩波新書)の中で明らかにした「沖縄返還」にあたっての米軍への「つかみ金」に端を発する「思いやり予算」の構造に根拠を持っており、米軍がらみの予算支出がすべて利権がらみであることを明らかにした。そして「米軍再編」と防衛省汚職を連動させ、一体のものとして追及していく必要性を訴えた。
 「戦争利権のの温床=『日米安保戦略会議』とは何か」と題して報告した杉原浩司さんは、二〇〇三年五月に日米の軍需産業、商社、ゼネコン、官庁、新聞社などによって出発した「日米安保戦略会議」が軍事政策の戦略中枢として機能していることを明らかにした。
 その中ですでに達成されたことは、MD(ミサイル防衛)共同開発と武器輸出の部分的解禁、GSOMIA(日米軍事秘密包括保全協定)、軍艦の武器輸出などである。確かに「日米安保戦略会議」を実質的に主催する秋山直起が、この間の守屋・防衛疑獄の究明の中で浮上していることにより、「戦略会議」は大きな打撃を受けているが、それでもMD配備は進んでおり、武器輸出の全面解禁の動きは政財界全般に広がっている。
 このように述べた杉原さんは、「本丸」としてのMD、三菱重工、米国の巨大軍事産業、石破茂・現防衛相、宇宙軍拡に参画する宇宙基本法案などに迫る闘いが必要であり、そのための客観的条件は作りだされつつある、と述べた。
 フロアから発言した渡辺鋼さん(人権回復を求める石川島播磨原告団長、重工産業労組書記長)は、日本の巨大軍事産業と言えども売り上げに占める軍需生産の割合はまだ一〇%以下であり、そうした産業の中で働く技術者の中にも良心的な人たちがおり、軍事生産からの転換を求めることは可能である、と語った。
 集会の最後に、戦争に反対する中野共同行動の中村さん、2・11反「紀元節」行動実行委の新さん、辺野古への基地建設を許さない実行委の上原さんが行動アピールを行った。 (K)


コラム

災禍のあとの現実の「ユートピア」

 阪神淡路大震災から十三年がたった。いつもこの時期になると、くっきりと思い起されることがある。
 あのころ、ぼくは自分の会社を立ち上げる準備に追われていた。そして、会社に出資を約束してくれた友人のひとりが神戸に住んでいた。安否を確認したくて、出資の件はあきらめると伝えたくて、何度も電話をかけたがつながらない。連絡がついたのは三日ほどしてからだった。
 「テレビもなにもかも宙に舞い上がり、コナゴナに壊れて部屋中に散らばっている。壁の隙間から空が見える。エレベーターが止まったままなので、水を取りに十六階を降りてまた上がってくるのが少しつらい」。こんなことを、友人はまるで他人事のようにつぶやいていた。そして「二、三日もすれば元に戻るだろうから、約束どおり振り込む」とつけ加えた。情報から切り離された被災者は、災害の現場にいるがために全体の惨状がつかめていないようだった。
 数日して、銀行口座に振込があった。お礼の電話をすると、「大阪に行ってきた。何もできない状態だから、何かができてかえって良かった」という返事。大変な苦労だったにちがいないが、そんなことはひとことも言わない。
 数カ月後、神戸に出張することになった。三宮駅に降り立ち街を歩くと、馴れ親しんでいた風景は一変し、途方もない暴力によって破壊されつくされた街並みが押し迫ってくる。ぼくは、尖ったガラス片がつぎつぎと胸に突き刺さってくるような感触に襲われて歩けなくなり、道ばたにへたりこんでしまった。
 なんとか精神と肉体をつなぐスイッチを切ったぼくは、無理やり身体を動かしてバスに乗った。後乗り前降りのバスは超満員だが、目的地が終点なので問題はない。だが、最後に乗ってきた老女は二つほど先の停留所で降りようとするが、なかなか前に進めない。
 すると、ひとりの若者が「通したれや〜」と声をかけ、その声は前へ前へとリレーされてゆく。彼女は、ゆっくりと、ゆっくりと出口に進み、しっかり地面に降りてさらにひと呼吸おいたところで、バスは発車した。だれもが、ひとりの人間が安全に降車することがなによりも大切だ、と思っているようだった。ぼくの精神と肉体をつなぐスイッチはいつの間にかオンに入っていた。
 災害心理学では、災害の衝撃からしばらくすると、同じ災害を切り抜けた者どうしが無事を喜びあう「多幸症段階」とか「災害後のユートピア」と呼ばれる状態が訪れるという。そういうことかどうかはわからないが、このバスの中に人と人の濃密な連帯感があったことだけは確かである。
 自然災害と違って、政治の災禍は人の力で根絶できるはずである。新自由主義の災禍をともにこうむってきた人たちが、「この境遇は自分の個人的な責任ではない。同じ境遇の人はたくさんいる」という実感の共有のなかから連帯しあい、その力をもって共通の敵に立ち向かう時は始まっている。      (岩)


もどる

Back