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                            かけはし2008.4.7号

早期解決決断を!36闘争団が国交省前で連日座り込み

JR採用差別問題で院内集会


これ以上先送り
してはならない

 国鉄・JR採用差別から二十二年になろうとする。その解決を求めて三月二十六日から三月末まで国土交通省前で、夜を徹しての五十五時間座り込み、四月一日の決起集会を予定している。三十六国労闘争団すべてが行動に参加し、家族も全動労の一人を含めて二十二人が参加している。
 そんな中、三月二十六日、衆院議院会館第一会議室で「JR採用差別問題の早期解決決断を求める院内集会」が開催された。最初に主催者を代表して、国労高橋委員長が「不採用問題が四月一日で二十二年になる。すでに闘争団員四十七人が他界した。これ以上救済利益がなくなるような解決の先送りはできない。高裁で三つの裁判が争われることになった。公正な判断を求めるとともに、人道的、人権保障の観点から政治決断を求める。民主党の四人の国会議員に政府の決断を求めるつなぎの役目をしていただいた。環境は整った。政府が政治決断をするだけだ。われわれは昨日から、闘争団や家族が北海道から九州まで上京して行動している。今日の院内集会を新たなスタートの一歩としたい」とあいさつした。

涙ながらに苦しさ
を訴える家族たち

 続いて、九州と北海道から参加した家族が涙ながらに、長く苦しい闘いの現状を訴えた。九州・博多から参加した家族。「夫とともに闘ってきた。座り込みをして改めて歳をとったと思った。小さかった子どもたちも二十七歳、三十歳になった。子どもたちも父親の背中を見て育った。つらいこともあったが、夫の闘いを理解していると思う。一日も早い解決をしてほしい」。
 北海道・美幌の家族。「夫が解雇にあった時、下の子どもを産むか迷ったが、三人の子どもたちを育てた。私は夫が国鉄で働いている時代を知っているが、子どもたちは見ていない。闘いを支えてきたのは子どもたちに、もう一度父親の国鉄マンとして働く姿を見せたかったからだ。二十二年も経とうとしていて、老後の生活が心配だ。採用差別は国家的不当労働行為なので、国の力で解決してほしい」。
 次に北海道、九州出身の民主党の国会議員がほとんど参加して発言した。最初に民主党を代表して鳩山由紀夫幹事長が連帯のあいさつをした。
 「家族の皆さんの訴えをしっかり受け止めて、父ちゃんがんばったと報告できるように全力で応援したい。喜びあえる環境をつくるようにがんばりたい。二十二年前に初めて国会議員になってから半年後に、国鉄が分割・民営化され、不当労働行為が行われ不採用になった。私は当時、自民党員であって、この問題の重要さに気づかなかった。今は後悔している」。
 「待ったなしの状況だ。政治解決にむけて、全力を尽くさなければならない。民主党がためされている。政府はもっと真摯な対応をすべきだ。奪われた幸せを取り戻すために、雇用・年金・解決金を回復しなければならない。解決の向けた気運が高まっている。『ごくろう様、よかったね』と言えるようにいっしょに闘いたい」。
 続いて参加した他の民主党議員がそれぞれ連帯・激励のあいさつをした。三井辨雄(衆院議員)、前田武志(参院議員)、松本龍(衆院議員)、高木義明(衆院議員)、金田誠一(衆院議員)、逢坂誠二(衆院議員)、石川知裕(衆院議員)、佐々木隆博(衆院議員)、大串博志(衆院議員)。
 最後に国鉄共闘会議の二瓶議長が「二十二年の苦労は並大抵のものではなかった。政治決断を求める院内集会に、鳩山民主党幹事長が参加して、全力で支え、闘うと決意表明してくれた。これは大きな成果だ。われわれの要求は雇用・年金・解決金だ。五十五時間の徹夜連続座り込みを成功させ、国交省に正式な解決のテーブルにつくようにせまっていきたい。大きな結節点にきている。裁判闘争と大衆闘争を組み合わせて闘っていく。がんばろう」と締めくくりのあいさつをした。      (M)


解雇撤回・JR復帰へハンスト
国家的不当労働行為の責任を取り即時の解決へ

 【大阪】三月二十六日午後一時から二十八日午後一時まで、JR新大阪駅石塔前で国鉄労働者の解雇撤回・JR復帰を求めてハンガーストライキが闘われた。ハンスト突入集会で、牛島時彦さん(熊本闘争団団長)、大串潤一さん(佐賀闘争団、兵庫常駐オルグ)、佐久間忠夫さん(東京闘争団)、蓑田浩司さん(熊本闘争団、大阪常駐オルグ)の四人のハンスト突入者が紹介された。
はじめに牛島団長があいさつした。
 「国鉄が分割民営化されて二十一年が過ぎた。二〇〇五年九月十五日の鉄建公団訴訟(第1次訴訟)の判決では、国鉄による差別的な名簿不登載を不法行為とし、消滅時効の成立を否定して損害賠償を認めた。〇八年一月二十三日にも同様の判決が出た。しかし、三月十三日に鉄道運輸機構を被告に〇四年十一月三十日に提訴された第2次訴訟の判決は、それまでの二つの判決の流れに逆行した不当判決だ」。
 「この判決は、不当労働行為があったか否かの事実認定すら一切行わず、損害賠償請求権は時効消滅したとした(当判決は、消滅時効の起算点は、JR不採用となった1987年4月1日だとしている。しかし、前2つの判決では、解雇の責任はJRにはないとした最高裁判決の出た03年12月22日だとしている)。この判決には怒りを感じる。年度末を迎え、この問題を一気に解決させるべくハンストに突入する決意をした」。

3・13鉄運機構
訴訟判決に抗議

連帯のあいさつの最初は、国労大阪地区本部坂本委員長が行った。
 「3・13判決に抗議する。現在も闘争団や家族が闘っている現実がありながら、不当労働行為の認知すら避けた反動判決だ。不当判決は出されたが、C型肝炎訴訟にも見られるように、複数の判決の内容に不一致があっても、政府の政治解決にまで持ち込んだ原告たちの闘いに学ばなければならない。四者四団体(国労、全動労、国鉄闘争共闘会議、中央支援共闘、鉄建公団訴訟団、鉄道運輸機構訴訟団)が団結して闘いを進めていくことが一番重要だ」。
続いて、国鉄闘争共闘会議常任幹事野坂さんがあいさつした。
 「現在の闘いの道を開いたのは、二〇〇五年の判決だった。この判決をテコにして闘いを進めてきて、今日の状況が生まれている。三月十三日の判決に右往左往することなく、要求を高く掲げ、あらゆる工夫を凝らしていこう。ハンガートライキもその一環だし、また国交省前の座り込みも同じだ。中野さんは自転車で広島から松山に向かっている。原告団の一人一人が知恵を出し合って闘っていく。その闘いこそが要求を前進させる力だ、その力が相手を交渉のテーブルに着かせていくことになる。また四月二十日に、尼崎事故三周年の集会とデモを計画している」。
あいさつの最後は、おおさかユニオンネットワーク代表の加来洋八郎さんが行った。
 「薬害C型肝炎訴訟団が一律救済を求め、政府の和解案をけって闘ったことによって、特別立法によって救済措置が講じられることになった。労働運動では薄らいでいた、万人は一人のために、一人は万人のためにという運動の一番大切な理念を思い出させてくれた。これを私たちの糧として行かなければならない。二十一年の間に、民営化しコスト削減のためということで、非正規職が正規職に取って代わられ、尼崎事故が起きた。中曽根は、国鉄民営化の目的は国労つぶしだったと公言した。分割民営化そのものが不当労働行為があったということだ。今後も連帯し共に闘っていく」。
鉄建公団訴訟原告団長酒井さんと国労闘争団全国連絡会議議長神宮さんからの連帯のメッセージが紹介された。
 続いて、ハンストに入る大串さん、佐久間さん、蓑田さんからそれぞれ決意表明があった。これで突入集会は終わり、この後参加団体からの連帯のあいさつがあり、午後四時から、ハンスト場所の裏のビルに入っている鉄道運輸機構西日本支社に対して申し入れ行動が行われた。  (T・T)



「指導力不足」教員
解雇は許されない!

 【岡山】三月十一日、岡山地裁で、二〇〇六年四月に岡山県教育委員会によって指導力不足を理由に分限免職になった安東さんの第四回解雇撤回裁判が開かれた。前年の県人事委員会の異議申し立て闘争は残念ながら却下され、司法の場に闘いが移された。
 安東さんの所属する岡山県教組は、昨年までは指導力不足教員問題を教員個人の問題として放置してきたが、定期大会で三役の入れ替えにともない顧問弁護士が県教組の依頼により受任することになり、予算が倍に増額された。まだ内部に支援に反対する意見もあるといわれ、組織全体での取り組みになっていないが、裁判には毎回役員が傍聴に参加し、前向きに取り組む姿勢が見え始めた。これまで個人の問題は、所属組織の決議がない限り取り上げないとしていたため、多くの人が組合から脱退したり、泣き寝入りしてきたが、これからは、個人の相談を受けつけることになった。どう闘うか戸惑っているようにみえるが、手探りは開始された。
 岡山では指導力不足と認定された教員は、二〇〇五、〇六年度で十三人が研修センターに送られ、うち十一人が退職または解雇になっている。このなかで、研修センターに送られようとした女性教諭が、退職強要のパワハラを受けたと裁判を起こすなど闘いは広がりをみせている。
 この日の裁判でも、理科の授業中の事故の実態が明らかにされる中で、はるかに重大事故が起きているにもかかわらず、一方は不問にふされ、他方は免職になるなど、校長の対応によって極端な不公平が生じていることが明らかとなった。裁判には指導力不足教員問題を考える会など三十人が傍聴にかけつけた。(吉村隆一)



コラム
サブプライム・ローンの犠牲者


 マリオの一家は、10年ほど前メキシコからアメリカのカリフォルニアに移住した。機械工の仕事に就いたが、5年後には自己破産してしまった。クレジットカードなど持ったこともなかった。
 ある日、マリオのもとを訪れたひとりの男は「弱者の味方」を装い、言葉巧みに語った。「アメリカは不可能を可能にする国です。あなたも家を買うことができますよ」。英語でびっしり書かれた契約書の内容がよくのみこめないまま、マリオはサインした。給与明細の提出を求められることもなく、50万ドルがすぐに融資された。
 金融上の信用度の低い人びとをねらったこの住宅ローンは、最初の2、3年間の比較的利子の低い時期を過ぎると、利率は10%〜15%に跳ね上がる。マリオの一家5人は、借金を払うために、身を粉にして働いた。
 3年後の昨年7月、ローンの支払いが滞ったマリオの家には「差し押さえ物件」の札が貼られ、一家は住む家を失った。この町では7月だけで同じような家が30軒におよび、街はゴーストタウンと化した。マリオたちは、無一文になっただけではない。一生かかっても払いきれない莫大な借金を背負わされてしまったのである。
 以上は、堤未果著『ルポ 貧困大国アメリカ』(岩波新書)のプロローグのあらましである。この本は、アメリカのミドルクラスといわれた人々が急激に底辺へと追いやられ、多くの若者が軍隊に入る以外に生きるすべを見いだすことができない状態に追い込まれている姿をいきいきと伝えている。今も大型書店に平積みされているので、読んだ人も多いと思う。
 ところが、マスメディアは、サブプライム・ローン問題をもっぱら金融市場不安定化の側面だけで報道している。たしかにグローバルな金融の舞台では、過剰なハイリターンを求めてハイリスクのサブプライム・ローンを担保にしたさまざまな金融商品がつくられ、さらにそれを担保にした金融システムが動くという複雑な無限連鎖ができあがっていた。乾いたタオルからさらに搾り取ろうとするサブプライム・ローンの滞納による焦げつきがあまりに膨大なため、無限連鎖のどこで、どのように金融破綻が生じるか、だれにもわからなくなったのである。
 それは、貧困苦にあえぐ人びとを食いものにする「貧困ビジネス」のために借金地獄から一生抜け出せなくなったマリオのような人びとが、どれほど多くの数にのぼっているかを雄弁に物語っている。サブプライム・ローン問題の中で目が向けられなければならないのは、なによりもマリオのような無告の人びとの生活である。そして、打ち倒されなければならないのは、「貧困ビジネス」と手を結んだ金融資本を野放しにしている仕組みそのものである。 (岩)

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