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韓国 歴史教科書論難                  かけはし2009.1.12号

根本にあるのは韓国社会の未来をめぐる理念論争だ!



なぜ「歴史教科書」なのか

 2008年、イ・ミョンバク政権の登場によって資本家や保守諸勢力が大手を振っている。「10年前」に時代を引き戻そう、というのだ。その中で、教科書をめぐる論難が起きている。最近あわただしく、全国の保守勢力を動員して「反大韓民国教科書の追放市民連帯」を結成、「保守市民」らが本格的な行動をし始めた。
 なぜ「歴史」教科書なのか。歴史をめぐる論難は、過ぎ去った歴史をどう見るのかとして表れるが、その土台には現在の韓国社会をどう見るのか、将来の社会をどう作りあげていくのかの問題が根本的に横たわっている。つまり「韓国社会の未来をめぐる理念論争」だ。イ・ミョンバク政権や資本家勢力は現在の社会を資本家の世の中として認識し、それが未来にも永遠となるだろうという、「資本主義・マンセー(万歳)」として描きだそうというのだ。
 なぜ「教科書」なのか。韓国の入試体制の下で、教科書が試験問題の出題の基本となっている教育の現実にあって、教科書が歴史教育に及ぼす影響は極めて大きい。韓国人が最も多く読んでいる歴史書は、まさに教科書だ。歴史教科書は国民の歴史認識を左右することのできる「影響力」を持っているからだ。そうであるがゆえに歴史教科書論争は政治的、理念的に流れる。教科書論争に火がつくたびに政治界やメディアがまっさきに乗り出すのも、そのためだ。

右翼勢力の主張と問題点

 現在、使用されている歴史教科書に対して資本家集団や保守右翼勢力は口をそろえて「反国家的」統一教材として、甚だしくは北韓(北朝鮮、朝鮮民主主義人民共和国)の教科書を引き写したパンフレットだと規定するなど「左偏向」として決めつけつつ、自分たちの口に合うように修正することを要求した。
 まずもって3月30日、教科書とは全く関係のない資本家団体の「大韓商工会議所」が現行教科書を検討し、337件の修正を教科部に建議した。その核心内容は、「市場経済と企業活動に対する有無を言わさぬ信念の強要、イ・スンマン(李承晩)、パク・チョンヒ(朴正熙)政権に対しての免罪符の付与、歴史発展の過程での外勢依存的、社会主義と北韓に対する無条件批判、農民・労働・学生・統一・環境・人権のような市民運動を不当に評価、米国の役割に対する極端なほどの肯定と従属、開放経済、自由貿易、世界化を信奉する」ことだ。
 また9月18日、国防部(省)は「クムソン出版社」の韓国近現代史教科書に対して合計25カ所の内容を改善することを要求した(別表)。要求案の核心内容は「北韓体制に対する敵対感の強要、社会主義勢力の(日帝からの)独立運動や(1945年以降の)解放空間における民衆の抵抗を歪曲、米国に対する肯定的認識を強調、独裁者たちの過誤を隠そうとすること」だった。特に別表からも分かるように、教科書の小見出しにある政権の性格規定の変更を要求した。現在では常識となった「事実」を忘れ、歴史を歪曲して独裁者たちを復権させよう、というのだ。
 イ・スンマン政権は執権期間中ずっと、政権を維持するために韓国(朝鮮)戦争中に釜山で警察や軍隊、暴力団を動員して大統領直選制の改憲を行い、四捨五入までして強制的に改憲案の可決を宣言し、3・15不正選挙まで敢行し、結局は1960年の4・19革命によって権力の座から追われた。このようにイ・スンマン政権の行動は自由民主主義体制を完成させた大統領と言うには余りにも程遠い。
 パク・チョンヒ政権もまた5・16軍事クーデターによって政権を掌握した後、永久執権のために1972年に維新憲法を作り、国民がそれまで行使していた大統領選挙権を奪い18年間、独裁によって執権した者だ。
 チョン・ドゥファンは今さら言うまでもなく1980年、光州の民衆を踏みにじり政権を掌握した者だ。それにもかかわらず、独裁政権に対して自由民主主義体制の確立者だの、民族の近代化に寄与しただのと言いつつ歴史を歪曲している意図は何なのか。独裁者たちに「歴史的正当性」を付与することを通じて、独裁政権の庇護の中で成長した資本家勢力や保守諸勢力が自分たちの歴史的正当性を取り戻して現実を正当化し、未来を帰そうとするものだ。

労働者と「教科書論難」

 教科書論難に歴史学界や歴史教育者など660余人が合流して起ちあがった。いまや教科書論難はイ・ミョンバク政権を中心とする資本家勢力と保守右翼勢力対「進歩」的歴史教育者と民主主義勢力の対立として現れている。ところで、この論難は労働者・大衆とは関係がないのか。

 実際、労働者の歴史である労働運動関連の内容は、教科書においてキチンと述べられてはいない。1990年の教科書に労働運動という項目はあったが、それはたった2行の叙述だった。1996年9月の教科書には労働運動の項目が24行に増えただけだ。これは労働者を未だこの社会の主体として、歴史変革の主体として認めていないということだ。
 現在の教科書の体系を作ってきた、イ・ミョンバク政権から「左派」と決めつけられている「民主主義」勢力でさえ労働者・民衆の歴史が全面化するのを恐れてもいる。これは別の言い方からすれば労働運動の力が充分ではなかったことの反映でもある。これまでの韓国の歴史において労働者・民衆の力が社会の政治的民主化を作る土台となりはしたものの、労働者・民衆の「教科書」を作るほどの政治勢力化が実現できなかったからでもある。

 今回の教科書論難に労働者たちも関心を持って参与しなければならない。労働者の子どもらが学ぶ教科書であり、将来は労働者となる世代たちが学び「常識」となる歴史だ。現在、繰り広げられている教科書論難に参加し、資本家や保守右翼勢力が、さまざまな問題点があったにせよ、この10余年間のそれなりの政治的民主化の成果をひっくり返そうとする行動を阻止することに乗り出すべきであり、他方、労働者・民衆が主体となる教科書を作るように声をあげていかなければならない。(「労働者の力」第152号、08年11月21日付、ユ・ギョンスン/会員、歴史学研究所会員)


(別表)クムソン出版社教科書の補完・改善要求

277頁:イ・スンマン政府の独裁化
    →自由民主主義体制を確立させたイ・スンマン大統領
288頁:憲法の上に存在する大統領
    →民族の近代化に寄与したパク・チョンヒ大統領
293頁:チョン・ドゥファン政府の強圧政治と抵抗
    →チョン・ドゥファン政府の功過と民主化勢力の成長

2008年教科書論難の経過

3・24 ニューライト系列の教科書フォーラム『韓国近現代史』出版。
3・30 大韓商工会議所、初中高校の社会・歴史教科書の間違い337件の是正を建議。
5・15 キム・ドヨン教育科学部長官、外部講演で「初中高校教科書の左偏向」を指摘。教科部、教科書の修正検討に着手。
5・18 10個の歴史(教育)団体が抗議声明発表。
7・ 1 キム・ドヨン長官、国務会議で「偏向した歴史教育によって青少年らが反米、反市場的性向を示しているようだ」と発言。
9・ 1 全国市道教育監協議会、「理念偏向教科書を採択しない」と宣言。
9・11 全国歴史教師の会、全教組が市道教育監協議会の宣言に反ばく声明。
9・17 教科書フォーラム、教科部に近現代史教科書の修正を建議。
9・18 国防部がチョン・ドゥファン政権の美化など高等学校近現代史教科書の修正要求。
9・21 政府・与党、教育課程の全般的改編を示唆。
9・29 自由教育連合など11の保守団体が教科部に近現代史教科書の修正要求・陳情書を提出。
10・6 アン・ビヨンマン長官、教科部の国政監査で「教科書で国家の正統性を損ねる内容がある」と答弁。
10・8 イ・ミョンバク大統領、在郷軍人会会長団懇談会で「教科書の間違った部分は正さなければならない」と発言。
10・16 国史編さん委員会、近現代史教科書の修正ガイドラインを発表。
10・30 教科部、国史編さん委員会のガイドラインを土台として作成した近現代史教科書の修正勧告案を発表。
11・ 5 教科書の執筆者たち、教科部が勧告した教科書内容の修正を拒否。
11・10 ソウル市教育庁、市内高等学校の校長・学父母に歴史教科書の教育。
11・11 全国および海外の歴史学者660人が宣言―ハンギョレ新聞に広告。
11・12 青瓦台イ・ドングワン代弁人、「教科書の改編は、本来の場所に戻すこと」。
11・12 教科部、政府の修正勧告案を受けいれない場合は教科書の発行を停止させる、と決定。
11・12 「反大韓民国教科書の追放市民連帯」発足。反大韓民国的内容を盛りこんだ韓国近現代史教科書の退出運動宣言。



コラム
ゆたかな闘いの世界


 管制塔占拠闘争から三〇年という昨年、三〇周年記念出版編集委員会によって『1978・3・26 NARITA』(結書房)が出版され、テレビなどでも「管制塔襲撃事件から三〇年」とか「開港から三〇年」とうたった特集が組まれていた。
 そんななか、もういちど『管制塔に赤旗が翻った日』(三里塚を闘う全国青年学生共闘編、柘植書房刊、一九七九年)を読みたいと思ったが、どうしたことか手元にない。ネットで古本を検索すると、すぐに見つかった。元の定価は一二〇〇円だが、古本は一二六〇円。消費税分の六〇円高くなっている。
 通常、物を買うとき値段が安いのを喜ぶが、この場合は値が下がっていないこと、つまり価値が下がっていないことが嬉しい。古本市場では、「三・二六」は風化していないのだ。しかも、ぼくが購入した本には「第二刷」とあり、初刷から半月ほどで重版になっている。けっこう売れたにちがいない、と二度喜ぶ。
 目次を見てみよう。第一部「新山の死を乗り越えて」、第二部「ドキュメント・管制塔に赤旗が翻った日」、第三部「戦士の手記」、第四部「獄中でも闘いは続く」、第五部「家族との連帯は広がる」。時々、なぜか読みづらくなる。歳のせいで目が悪くなったのかと疑ったが、目から出る液体が文字を追うのを妨げていた。
 管制塔占拠の血路を切り拓きながら火に包まれ、生への必死の闘いのかいなく斃れた新山幸男同志への哀悼、「戦士」たちのおおらかで周囲を気遣うやさしさにあふれた「手記」、獄中での挫けることを知らない闘い、獄中にそそがれる家族の温かいまなざし……。激闘を担った「主体」がどれほど人間味にあふれていたかが、三〇年という歳月を越えてよみがえる。
 ドキュメントは、全国の文化人・労働運動家・住民運動家によって「三里塚廃港要求宣言の会」が結成され、他方で福田(赳夫)内閣が発足した一九七六年に始まり、一九七八年六月の新山同志の悲しい野辺送りまで綴られている。そこでは、開港阻止決戦に向けて青年共闘が約二年間にわたる系統的な準備を進めていった姿と、その闘いをあくまでも三里塚芝山連合空港反対同盟のものとし、全国各地で闘われている住民運動、労働組合運動、部落解放運動との結びつきを意識的に追求していった姿があざやかに描き出されている。
 三・二六闘争は、そうした全国の労働者・住民の運動の広大な広がりと結びついた大衆的実力闘争をもって勝利した。だからこそ、強行開港から三〇年経ったナリタが「欠陥空港」のままであることが、今なお闘いの成果が生きていることが、この本を読めば、腑に落ちると思う。
 二〇〇八年は、労働者の大量解雇と、イスラエル政府のパレスチナへのジェノサイドをもって暮れた。二〇〇九年、ただ生存するためにも、団結して闘う以外にないこの新しいうねりのなかで、ぜひこの本を読んで、ゆたかな闘いの世界を実感して欲しいと願う。(岩)

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