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フランス                        かけはし2009.2.2号

新しい共通の経験を基礎に
組織は刷新され建設される

LCRからNPAへ

 この寄稿は、(フランス)革命的共産主義者同盟(LCR)の二〇〇九年年一月大会準備のために書かれたものである。大会の議題には、反資本主義新党(NPA)の新しい挑戦のための段階を設定するための、LCRの政治的「解党」が含まれている。この原稿の筆者たちは、一九六〇年代および一九七〇年代の活動家世代に属する。したがって、主としてLCRのメンバーに呼びかけられたものであるが、他の多くの人々もこの記事に関心を持つだろう。この原稿の署名者:H・アダム、D・ベンサイド、F・クスタル、L・クレミヨー、J・ギヨタン、S・ジョシュア、A・クリビンヌ、O・マルタン、C・プパン、P・ルッセ、F・サバド、R・バシェッタ

より広い挑戦の
ために解党する

 これまで二十年間、三十年間、いや四十年間にわたって、われわれはLCRを建設してきた。
 今日、われわれはNPAの設立に向けた構成過程に全面的に参加している。われわれは確信を持ってこの新しい企図に向かっているが、この確信は、LCRが過去数十年間にわたって成し遂げたことにもかかわらずではなく、成し遂げてきたことのおかげである。これは重大な発展である。LCRがより広い挑戦を行うために自らを解党することは、フランスの労働者階級運動の歴史上かなり例外的な事件である。
 われわれがこのような賭けを行うことができるのは、ゼロから出発するわけではないからである。フランスの、あるいは国際的革命的左翼のあらゆるグループのなかで、このようなイニシアティブをとるのがLCRであることは、偶然ではない。われわれは特定の革命的運動の歴史、すなわち、トロツキズム潮流と一九六〇年代の若者の急進化の融合の産物である。われわれは、特に社会民主主義とスターリニズムとの関係において、労働者階級運動の歴史の継続性の基本的要素を保存してきた革命的マルクス主義の非教条主義的な潮流である。
 このような労働者階級運動の歴史の継続性の基本的要素には、即時的要求と社会主義に向かう過渡的要求の綱領の防衛、労働者とその組織の大衆的動員を目指す統一戦線政策、民族ブルジョアジーとのあらゆるタイプの戦略的同盟に反対する労働者階級の統一と独立性の政策、国家と資本主義経済を単に運営するにすぎない先進資本主義国における政府への参加に対する反対、そして不変の国際主義が含まれる。
 他の潮流とは異なり、われわれは広範な新しい要素をわれわれの政治的伝統に組み込むことに務めてきた。すなわち、資本主義の戦後の進化、植民地革命および東欧ブロックにおける反官僚主義運動との活発な連帯、女性の運動や今日のエコロジー的危機に直面してのエコ社会主義的認識の成長のような新しい社会的運動の分析、そしてとりわけ、テストと豊富化が進行中のわれわれの綱領のキー・ポイントの一つである、社会主義的民主主義である。

国際的レベルでの
多くの経験を糧に

 これは、LCRのトレードマークである。LCRは、スターリニズムに対する左翼反対派の闘争の継続性を確保してきた。それ以上に、フランスや他のすべての国における革命的左翼の大部分の潮流とは異なり、民主的複数主義的な組織と機能の原則と実践的適用を支持してきた。その歴史を通じて、全体として、この問題へのわれわれの感性とわれわれの民主的複数主義的内部機能は、出身や政治的文化が異なる一連の潮流や組織にLCRがホームを提供することを可能にしてきた。そしてこのことは、LCRが今や他の勢力とともに何かを建設する立場にあること、NPAの新しい挑戦を引き受ける立場にあることを意味している。
 NPAは、近年の政治的作業、特に社会的運動の革新へのわれわれの貢献とオリビエ・ブザンスノーの二〇〇二年および二〇〇七年の大統領選挙運動の成功の結果である。しかし、この考えは、さらにそれ以前にさかのぼる。
 一九九〇年代初頭以降、ソ連邦・東欧ブロック諸国の崩壊と新自由主義的資本主義的グローバリゼーションは、一つの歴史的サイクルを終焉させ新しいサイクルの開始をもたらした。「新しい時代、新しい綱領、新しい党」、これは新しい歴史的時代の思想を目指す三方向からのアプローチであった。政治的行動はパラメータの新しい組合せによって枠組みを与えられるであろう。今後は、十九世紀および二十世紀に生まれた多くの革命的・反資本主義的潮流を隔ててきた分裂を克服することが可能になるであろう。
 もちろん、新しい組織形態、特性、限界と力学についてわれわれは不確かである。しかし、国際的レベルと一国的レベルの両面で、問題は提起された。国際的には、国際会議を通じてわれわれはイニシアティブをとり、それぞれ独自の特殊性をともなった多くの経験をした。すなわち、ブラジルにおけるPTの経験の後のPSOL、イタリアにおける共産主義再建党の経験の後のシニストラ・クリティカ(批判的左翼)、英国のリスペクトとスコットランド社会党(SSP)とこれらの組織の分裂、ポルトガルの左翼ブロック、デンマークの赤と緑の同盟、である。
 これらの経験のそれぞれにおいて、いくつかの問題が決着した。特に、政治的権力との関係の問題および中道左派政府や社会自由主義的政府への参加の問題である。これらの問題が、PTからのPSOLの分裂と共産主義再建党からのシニストラ・クリティカの分裂をもたらした。また、この問題がわれわれとドイツの左翼党指導部の違いの基礎にある。ドイツの左翼党は議会内および連立政府問題における社会民主党との連係への支持を宣言している。

最良の革命的
伝統を引き継ぐ

 NPAは政治的に明確に定義されるだろう。その準備文書は、いくつかの誤解の余地のない条項を規定している。すなわち、階級闘争と搾取され抑圧されている人々のあらゆる闘争の支持、労働者とその組織の行動の統一、資本主義体制と手を切ること、エコ社会主義的プロジェクト、資本主義経済や資本主義体制の中央執行権力を管理する政策への反対、労働者の政府を目指す闘争、社会の革命的変革、社会主義的民主主義、そして国際主義的綱領と実践である。
 確かに、多くの問題は依然として未解決である。すなわち、二十一世紀の革命の性格、社会主義への移行の問題、そして社会主義的および共産主義的プロジェクトの再定式化に関する一連のその他の問題である。しかし、われわれはゼロから出発するわけではない。NPAは、新しい共通の経験を基礎にして自分の立場を集団的に決定するだろう。
 したがって、これは刷新されたLCRを建設する問題ではない。われわれはより広範な党を建設したいだけではない。われわれは、新しい社会的・政治的現実である党を建設したいのである。それは複数主義的なものになるであろう。労働者階級運動の、そしてエコ社会主義のような他の運動の、すべての革命的伝統の最良のものを引き継ぐであろう。その目標は、すべての反資本主義者を一つの屋根の下に結集することである。

NPAはFI
に加盟しない

 NPAは、国際主義的組織であり、国際的問題に関する独自の政策について責任を引き受ける。第四インターナショナルの支部にはならないだろう(第四インターナショナルは特定の国際的政治潮流である)。複数主義的政党として、NPAはそのような第四インターナショナル(FI)に加盟することはできない。新しいインターナショナルを建設する過程は、常に依然としてわれわれの目標であるが、それは長期にわたる複雑な過程である。個々の国における反資本主義的組織の建設は、新しい国際的組織の建設と同期して進むものではない。
 FIの規約に従って、われわれは依然としてFIのメンバーであり、FIの指導機関に選出されているLCRの同志たちとのきずなを持っている。インターナショナル内部でLCRが果たしてきた役割を前提にして、われわれは、LCRがFI内で担ってきた多くの任務をNPAが担い続けることを提案する。
 われわれは、また、われわれの政治的継承物の一部だけでなく、あらゆる指導部としての責任を、ほとんどの党が経験するような継承をめぐる混乱や危機をともなうことなく、新しい世代に受け渡したことを誇りに思う。この栄誉は、もっと古い世代、若者とその間のどこかに属する人々にも向けられものである。LCRはNPAに解消されるが、LCRメンバーの責任感に特に訴えたい。
 LCRメンバーの経験と訓練は、NPAの建設にとって決定的に重要である。それは新しい党の成功にとって、そして新しいものと古いものの統合の成功にとって、前提条件である。われわれがそうするように、みんなも全面的にかかわるべきである。疑いもなく、これはめざましい訓練となるだろう。すなわち、より広い人々と語ることを学ぶこと、われわれが使う語彙に特に注意すること、他の人々に耳を傾け尊重すること、われわれが彼らにもたらすものを過小評価することなく彼らから学ぶことである。NPAの設立大会後は、すべてのLCR出身の同志たちはこの新しいプロジェクトの建設に参加すべきである。このためにこそ、われわれは何十年も闘ってきたのだ。

二〇〇八年十二月十五日

▲ ダニエル・ベンサイドは、フランスの最も著名なマルクス主義哲学者の一人で広範な著作がある。LCR(第四インターナショナルフランス支部)の指導的メンバー。
▲ アラン・クリビンヌは、LCRの主要なスポークスパーソンの一人である。
▲ ピエール・ルッセは、国境なき欧州連帯(ESSF)のメンバー。長年にわたってアジア連帯運動にかかわってきた。
▲ フランソワ・サバドは、第四インターナショナル執行ビューローのメンバーで、LCRの全国指導部のメンバーである。
(「インターナショナルビューポイント」)09年1月号


書評

宮本なおみ著/オーロラ自由アトリエ/2800円+税
『革新無所属』
目黒区を拠点に眼差しは世界へ


彼女の生活と
闘いの集大成

 一九七一年から九一年まで東京都目黒区議を五期二十年間にわたってつとめた宮本なおみさんの「自分史」でもある『革新無所属』が出版された。昨年十一月二十七日には百七十五人もの人びとが集まって出版を祝う集いが開催された。
 「革新無所属」という言葉は、一九七〇年代から八〇年代に当時の社会党や共産党の枠に収まらないラディカルな反戦運動や地域住民運動に支えられて登場した無所属自治体議員の総称として大いに流通したが、今や「死語」となっている。昨年にはこうした議員たちの連絡・交流の場としての役割を果たしてきた「革新議員会議」も解散することになった。
 しかし私たちの運動の歴史は、宮本さんや立川の島田清作さん、静岡の白鳥良香さんなどを草分けとした「革新無所属自治体議員」の苦闘をぬきにしてはありえなかったことを思い起こす必要がある。今後の運動についても、この経験は新しい挑戦にとって豊富な教訓を提供するものだろう。
 宮本さんは、この本を構想してから十年、実際に書きはじめてから五年の歳月をかけたという。その意味で彼女のこれまでの生活と闘いの集大成である。できるだけ丁寧に本書を読んだ。「出版を祝う会」へのメッセージに「デモの中に宮本さんを見かけると、とても安心します」と書いたところ、それがそのまま本書の「オビ」の中に使われることになったという「責任」もある。しかし読み進むうちに、予想以上に「なおみワールド」に引き込まれてしまった。
 小泉元首相みたいに「感動したっ!」なんて言ったら、なおみさんからいつもの口調で「あんた、何言ってんのよ」と怒られるだろうな。しかし、実際のところとても読みごたえがあり、学ぶことや考えさせられることが多く、ぜひこの同時代的経験をまわりの人びとや若い人たちも汲み取ってほしい、という思いに駆られる本だ。


圧巻は20年
の区議活動

 四百ページの厚さのある本書は、大きく言って三つの部分に分けることができる。第一は、福島県三春町に生まれた宮本さんが上京して貧困や結核の病と闘いながら政治活動に深く関与していく、いわば「青春時代」である(第一章、第二章)。第二は、一九七一年に反戦派として社会党を除名され、目黒区議選挙に立候補して当選を果たしてからの五期・二十年にわたる議員活動・地域運動の記録である(第三章〜第九章)。この部分は分量的にも一番多く、本書のハイライトといっていい。そして第三は、区議をやめてからソ連の崩壊などを背景に旧来の「保革対立」の政治構造が根本的に再編される中で、新しい「市民の政治」の模索に踏み出した一九九一年から現在にいたるまでの記述である(第十章〜第十二章)。
 最初の「生い立ちの記」は、分量から言えば本書全体の十分の一にも満たないが、とりわけ高校を卒業し、地元の洋裁学校を経て上京してからの、厳しい工場労働と結核療養所での体験はその後の宮本さんの政治意識の目覚めと、既成の政治党派から自立した運動への関わりの前提となっているものだろう。宮本さんは目黒地区反戦青年委員会や侵略=差別と闘うアジア婦人会議を通じて一九六〇年代後半から一九七〇年代初頭の激闘の渦をくぐり、目黒区議選に挑戦していくことになる。
 目黒区議としての地域での二十年の活動の記録は本書の圧巻だろう。「議員バッジ」の着用拒否によって被った徹底した「イジメ」に宮本さんは新人議員の時から絶対に屈しなかった。高層マンション建設に反対し日照権を守る住民運動、議員報酬引き上げ反対、保育園への障がい児入園差別反対運動、入学時検診反対や金井康治君の「地域普通学校」への通学を求める運動への支援、コンピュータによる住民管理反対の闘い、区制の基本構想(コミュニティー構想)への批判、リサイクル条例制定、在日外国人指紋押捺拒否運動への支援、インフルエンザ集団予防接種廃止運動など、宮本さんの闘いは、議会の中での「孤軍奮闘」と地域住民の自治的運動との徹底した結合、という点で、この時代の自治体議員活動の典型的モデルを切り開いたものだったことを実感する。
 宮本さんは書いている。
 「地域の人びとと協力しながら闘い、その先にオルタナティブなものを見出した。撤回させること、まずは白紙に戻し話し合うという場づくりが、オルタナティブを創るきっかけとなった。私のオルタナティブとは、そのことに切実な住民たちがよってたかって議論し具体化するものである。そうすることによって、主権者としての意識を高めながら、広い裾野を形成することができる」。

地域住民の自治に
こだわった活動

 宮本さんは、そのように地域住民の自治にこだわりながら、憲法、平和、アジアの人びととの連帯などつねに全国・世界の動きに視野を広げながら活動を積み重ねていくことを決して忘れなかった。宮本さんの問題意識の中では、地域の問題と全国の政治、日本とアジアとの関係は切り離せるものではなかった。
 本書の末尾に収録された宮本さんへのインタビューで、インタビューアーの山口泉さんは宮本さんについて「東京二三区のある区の区議会議員というスケールを超えて、目黒区に根拠地を置きながら、日本全体・世界を見るという構図になっている。それを、しかもあくまで地域の皆さんと足並みを揃えてやっておられるということに感嘆します」と評している。私もその通りだと思う。
 そのことは、本書の第三部に書かれている一九九二年の内田雅敏さんを擁立したPKO選挙、一九九五年の「平和・市民」選挙、そして宮本さん自身が新社会党の候補者として闘った衆院選の経験という一九九〇年代の私たちの模索として記されている。
 私自身が、宮本さんとの討論に何度も加わり、一緒に活動したり意見が違ったりしたこの時期について、本書を読んで改めて思い出したことが幾つもある。新しい「市民の政治」を作りだそうとしたこの挑戦は、結実することはなかった。「社会主義政治連合」を形成して、宮本さんたちと歩みを共にしようとした私たちをふくむ新左翼系政治グループの問題意識も分岐しており、政治的流れとして合流することはできていない現状にある。
論議する課題
をえぐり出す

 世界を席巻した新自由主義的なグローバル化と、米国の一元的な覇権が確立する中で、改憲・「派兵・戦争国家」に向けた流れが強まり、貧困・格差社会の重圧が人びとの生活と意識にのしかかる中で、私たちは反転攻勢の抵抗を組織することに成功しなかった。
 いまその矛盾が露呈し、いたるところにほころびが広がっている状況に対して、さまざまな闘いの芽が登場している。しかし、同時にこの新しい可能性を「多様性と連携」に基づいた労働者・市民の政治的流れに凝縮していくためには、苦渋に満ちた一九九〇年代の経験を総括し、今後に生かしていくための作業が欠かせない。
 宮本さんは、九〇年代の経験を本書の中で率直に語っている。なおみさんは「あとがき」で「書かねばならないことは多岐にわたり、国政と地方自治体との関係性や在り方に検討も加えたかった。一つ一つのテーマを掘り下げ、検証が加えられなければならない側面もあった。政治や政党(ローカルパーティー)などについても追求してみたかった。しかし私の力量を超えたそうした領域は、専門の学者に任せたい」とも書いている。
 だが宮本さんは、少なくとも本書の中で、いま論議しなければならないことがどこにあるのかという問題の所在をえぐり出してくれた。私たちが、危機の深まりの中で、「断絶」を超えて、次の世代といっしょに新しい労働者・市民の運動と政治を作りだしていくためには、当事者である私たち自身が、宮本さんが本書の中で提起した課題について私たちなりの総括と整理の作業を進めていくことが必要なのである。本書の最大の意義は、同時代を闘ってきたものとして、そうした共通のテーマに取り組むべきことを改めて突きつけていることにあるだろう。(国富建治)


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