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海自護衛艦のソマリア派兵反対!             かけはし2009.3.30号

平和船団が抗議の海上デモ

ピースリンク広島・呉・岩国が呉現地で連続行動


 【広島】一月二十八日、政府はソマリア沖の海賊対策を口実にして、ソマリア自衛隊派遣閣議決定後、浜田防衛大臣が派遣準備指示を出した。ピースリンク広島・呉・岩国は、二十九日政府に抗議文を送付した。二月三日、呉から護衛艦「さみだれ」「さざなみ」を派遣する旨の発表を受け、翌日四日、海上自衛隊呉総監部に中止を申し入れた。六人と少ない人数の行動にも関わらず、大きくマスコミにも取り上げられた。
 二月十八日呉駅前で街頭宣伝行動、二十日呉湾沖での海上保安庁と海上自衛隊の合同訓練に反対しての海自呉地方総監部へ申し入れ行動。二十七日広島本通りでの街宣活動。三月八日は海上での平和船団デモストレーションと申し入れを行った。海上デモはもともとピースリンク結成二十周年行事で企画したものだったが、大きく意味合いを変えた。

ピースリンク
20年のシンポ

 思い起こせばピースリンクは、中曽根政権との対決や反トマホーク運動を経て、一九八九年二月二十五日、嵐のような天気の中、旧勤労会館(現・ビューポート)での故山川暁夫さん記念講演を持って結成した。結成20周年を記念して、三月七日午後二時より、呉YWCAホールで、記念シンポジウムが開催された。参加者五十人。シンポジスト発言者は、湯浅一郎さん(呉の前世話人。「反トマからの25年をふり返り、ヒロシマの運動を考える」)、田村順玄さん(岩国世話人、岩国市議。「市職労時代からの反基地闘争を振り返る」)、宗像基さん(ストップ・ザ・戦争への道!ひろしま講座、元広島キリスト教社会館館長)の三人であり、続いて、リレートークとして、藤井純子さん(第九条の会ヒロシマ、ピースリンク広島前世話人)、中室茂さん(くれ「平和・人権・教育を考える会」)、長尾真理子さん(呉YWCA会長)、平岡典道さん(ピースリンク平和船団長)、星川洋史さん(関西共同行動)、都裕史さん(米軍犯罪被害者救援センター事務局長)、梶野宏さん(新しい反安保をつくる実行委員会、派兵チェック編集委員会)、西岡由紀夫さん(呉世話人)から発言を受けた。そして、大月純子さんから岩国爆音訴訟への支援要請、久野から「ソマリア沖への自衛隊派兵を許さない特別アピール」の提起。
 久保まさかずさんと新田秀樹さんが閉会挨拶をした。
 会場をビューポート呉に移して記念レセプション。呉の郵政ユニオンのメンバーや川岸行考さん(日本山妙法寺広島道場)、足立修一さん(弁護士)、三重県の柳本つとむさんらがスピーチをした。呉YWCAの永富弥古さんは、故・小田原栄子さんの思い出を語った。小田原さんは、全金労組の書記から呉YWCAの専従になり、硬軟両様のスタイルで呉の市民運動に欠かすことのできない活動家であった。ちなみに彼女は『週刊世界革命』を毎号、呉YWCAの新聞欄に綴じて置いてくれた。参加者一同が、彼女がいま、この場にいてくれたらとの思いを共有したのであった。
 翌八日朝から、海上自衛隊呉基地潜水隊桟橋前から平和船団による海上デモに出発。Eバースの先端にソマリア沖への派兵が予定されている護衛艦「さみだれ」と「さざなみ」を確認しながら、Eバース周辺の自衛隊員に湯浅さんらがマイクで訴えた。午後からは湯浅さんによる呉フィールドワークで二日間の行動を終えた。

強風と高波を
ついてアピール

 三月十四日の朝を迎えた。海上から直接派兵反対を訴えるために三月一日から十五日まで連日デモ申請をしていた。約一週間前に十四日であろう情報が流れた。が、この日はピースリンクが呼びかけて実行委員会を作った「湯浅一郎さんを送る会」を予定していた。通常午前中に出港するのでと思っていたら、麻生首相出席のため異例の午後出港。海上デモにこだわり続けた湯浅さんの思いを汲み、ピースリンクは現地行動を優先することとした。結果、「講演会、送る会」と海上デモ二つの行動を同時に成功させた。
 前日の雨は上がったものの、強風と高波。呉基地潜水隊前(アレイからすこじま公園)に集まり準備開始。
関西共同行動やピースアクションあいちの仲間も結集した。十一時からはこの付近は通行止めにして封鎖される。海上保安庁の職員がやってくる。許可条件は風速七メートル以下、波は五十センチ以下(根拠は不明)である。現在海上は十メートルの風速なので出せないと通告。港内であれば条件で十二時前、ボートを下ろした。海上でアピールを始めてしばらくして、五隻の平和船団のうち一隻が転覆。海上保安庁に助けられ、無事だったが以後の海上デモを中止し、四隻のゴムボートは撤収し、エンジン付きの「青いぞ」号一隻のみで約三時間、派兵反対を訴え続けた。
 午後一時麻生出席の下での式典開始。陸上では抗議の声をあげた。「麻生の対テロ戦争の一環としての米軍戦略下への自衛隊組み込みを許すな。武器使用・武力行使・集団的自衛権の行使反対。海自特別警備隊の解散。ソマリア派兵反対」を久野がマイクで訴えた。
 十四時五分、一隻目の「さざなみ」が汽笛を上げ出港、続いて「さみだれ」が出て行った。海上の荒波は続き、近づくことはできなかったが、「青いぞ」号の拡声器から怒りを込めた「行くな!」との声が響き渡った。
 十四時三十分には撤収、広島の「湯浅一郎さんを送る会」に合流した。
 午後五時半からの湯浅さんの送別会には、運動の各分野の闘士七十人が結集し、この四十年を振り返りながら明日からの展望を語りあった。
 さらに、十七日には護衛艦「あけぼの」が対テロ作戦アフガン占領軍支援のための補給艦「ときわ」の護衛のため、呉を出発した。立て続けの派兵に怒りを覚えるとともに、抗議文を首相官邸に送付した。
 このインド洋海上給油作戦とソマリア海賊対処作戦は連動していることを今後も追及し、海賊対処新法案なるものの成立を許さない闘いに力を入れよう。(久野成章)



辺野古実が抗議の集会
海兵隊がグアム移転協定反対!
辺野古新基地建設を断念せよ

 三月十一日、永田町・星陵会館で「グアム移転協定の成立を許すな!辺野古への基地建設を断念せよ」3・11集会が辺野古への基地建設を許さない実行委員会の主催で開かれ、百五十人が参加した。
 辺野古新基地建設の断念を求める請願署名が十三万三千余筆集められた。檀上左に未提出分八万五千筆が積み上げられた。右側の席には民主、社民、共産、無所属の国会議員十一人が並んだ。
 主催者を代表して古荘斗糸子さんがあいさつを行った。
 「昨年七月に、沖縄県議会で辺野古基地建設断念決議が可決された。それを受けて、国会請願署名を始めた。最初の提出には五十二人の国会議員が紹介議員になってくれたが、今回は六十六人に増えた。辺野古新基地建設を十三年間止めてきた。クリントン国務長官の訪日で、グアム移転協定が結ばれた。これは沖縄に基地を永久に押しつけるものだ。この協定の国会での批准を阻止しよう」。

県議会で移転
協定反対決議

 次に参加政党の代表があいさつした。
 近藤昭一さん(民主、衆院外務委員)は「グアム移転協定は軍事力を軽減するのではなく、米軍が自衛隊との連携を強めて強化するものだ。普天間基地の移転(新基地建設)とグアム移転がセットとなり、二十八億ドルの負担を日本に強いるものだ。平和によって国際貢献をしていかなければならない」とグアム移転協定を批判した。
 福島みずほ社民党党首は「グアム移転協定をこの時期に結ばせたのは、日本の政府が変わっても政策を実行させるというタガハメだ。人を殺すために税金を使うな。海上基地を作るな」と訴えた。共産党赤嶺政賢衆院議員は「グアムへ八千人の海兵隊と九千人の家族を移動させるとしているが、それでは沖縄に海兵隊はいなくなるのかと、中曽根外相に質問すると『変化があり、実数がどうなるか分からない』と答えた。日米安保がある限り、日本は無条件に基地を提供しなければならない。こんな理不尽な新基地建設を許さない」と決意を語った。
 参加した民主党の今野東参院議員、喜納昌吉参院議員、社民党の渕上貞夫参院議員、近藤正道参院議員、山内徳信参院議員、無所属の川田龍平参院議員がそれぞれ発言した。そして、最後に沖縄出身の照屋寛徳さん(社民、衆院議員)が次のように提起した。
 「三月九日に、負担を押しつける三つのことがあった。@三月十三〜十五日に嘉手納基地で、米軍のF22戦闘機と自衛隊のF15戦闘機が共同訓練をするA米軍が米軍掃海艦二隻を石垣港に入港させると発表した。石垣市は民間の港の軍事利用を拒否し、労組を中心として大きな闘いが起きているB那覇警察は二〇〇八年十月に、米軍セスナ機事故のパイロットを送検すると発表したが、そのパイロットは本国に帰ってしまった。これをどうするか。沖縄の苦悩は深まるばかりだ。基地の押しつけを許さない」。
 次に安次富浩さん(ヘリ基地反対協)が講演を行った。
 「二月二十七日〜三月二日にワシントンで、在外基地を抱える市民団体の会議があり参加した。この会議で沖縄を日本の運動と分けてひとつの独立したポジションとして紹介してくれた。これは沖縄の反基地闘争の重要性をアメリカの団体が分かっているからだ。韓国、ハワイ、沖縄と共に闘っていこう、アジア・太平洋の平和をつくるために、連帯をつくっていこうと確認した。会議の後、国務省の若い役人と会った。彼は『新基地建設は環境に配慮して進められるだろう』と言い、県議会の反対決議やジュゴン裁判のことも全部知った上での政策だ。ノーと言わない日本政府により負担増を要求し、軍事力を維持していこうとしている。敵の戦略を的確にとらえ、運動をつくっていかなければならない。野党が多数の県議会で『グアム移転協定』反対決議をあげ、この問題をもっと政治焦点化させる必要がある。今の政府を運動の力で倒さないと何も変わらない。今こそ内閣打倒を!」。
 続いて、当山栄さん(平和市民連絡会)が一九七二年沖縄返還によっても、米軍基地はなくならず、反基地闘争にずっと続けられてきた経過を述べた。そして、当山さんは「@危険な普天間基地は一日も早く閉鎖すべきだA代替基地はなぜ沖縄でたらい回しなのかB保護すべき環境があり、住宅地から五百メートルしか離れていない辺野古になぜ新基地を作らなければならないのか。防衛省の答えは唯一、名護市長が賛成したからだというものだ。V字型滑走路なら、民家の上空を飛ばないからと市長は賛成したが、その後、上空を飛ぶこともあることが明らかになった。こんなウソで塗りかためた、だまし打ちの基地建設を厳しく追及していかなければならない。三月二十四日、県議会でグアム移転協定反対決議をあげ、国会へ攻め込もう」と提起した。
 次に、平和フォーラム、全労協が連帯あいさつを行った。最後に、一坪沖縄反戦地主会関東ブロックの木村さんが「今後、三月十八日、二十五日に外務委員会の審議が始まる。グアム移設協定が取り上げられたら、その日の午後六時半から国会前行動を行う。さらに沖縄から上京団がやってきて、国会包囲行動を取り組むだろう」と行動提起をし、団結がんばろうで集会を終えた。     (M)


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