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フランス 反資本主義新党の結成原則(3)        かけはし2009.6.22号

21世紀の社会主義をめざす
闘いと到達するための戦略



3 やつらの利潤ではなくてわれわれの生活を

 今日の闘争においてわれわれが提案している目的を通じて、われわれは、社会的、民主的、エコロジー的な緊急課題に応えたいと思う。
 それは、トーンダウンした最小限綱領ではなく、体制を見直しわれわれが望む社会主義を準備する一連の大衆動員目標であり、政策である。
 われわれは、当面の必要に応えるために、生産手段の資本家的所有を問題にし、賃金や退職年金や社会的最低生活費を引き上げ、民衆の必要を満たすために資本とその利潤に手をつける緊急要求綱領を擁護する。
 この綱領は、主要四十社をはじめとする大資本家グループの無償没収を通じた労働生産物ならびに基幹部門のサービスの、労働者と民衆による管理下での社会的所有を主張する。
 医療、教育、水、エネルギー、交通、電気通信、郵便、育児、高齢者への保障のような一定の分野は、世界の公共共有資産とみなされなければならないし、平等の利用と給付による万人の社会的必要全体を満たすという唯一の目的に沿って労働者と利用者によって管理され、統制される公共サービスでなければならない。
 労働は商品ではないし、労働者は調整変数ではないのだから、解雇は、解雇する企業が賠償請求に応じるという条件がなければ禁止されるべきである。賃金は、総合的な社会保護によって失業中にも病気期間中も定年後も見習い期間中も維持されるべきである。
 われわれにとって民主主義は企業の門前で停止しはしない。自らの労働条件や労働の編成を決定するのは労働者である。
 今日組織されているような労働は、労働者の健康を消耗させ、その健康を損なっている。大量の失業は経営者にしか利益をもたらさない。失業をなくすレベルまでの労働時間の短縮と分配が必要である。

エコロジーは
緊急的課題

 エコロジー、フェミニズム、LGBTI(レズビアン・ゲイ・バイセクシュアル・トランスジェンダー・インターセクシュアル)の闘い、反人種差別、反ファシズム、インターナショナリズム、あらゆる形態の差別と抑圧に反対する闘い、障がい者や病人の排除、世代相互間の連帯は、第二義的なポーズなどはなくて、われわれのプロジェクトの核心部分に位置している。
 エコロジーの緊急性は、自然に対する人間領域の無制限な破壊の拡大の、したがって、あらゆる形の生産力主義、の考えを退けることを意味する。気候、エネルギー、食糧の問題に関して、地球破壊の論理を覆すには民主的計画化が必要になる。現在の生産・消費方式に反対し、われわれは、経済の再配置、富の再分配、再生不可能な資源の消費の削減を、そしてエネルギーを食ったり無駄であったり公害を生み出したり危険であったりする活動部門、とりわけ原子力、の見直しを提案する。
 水、大気、大地、生き物は私有化(民営化)できない共有の資産である。
 それらの利用を統制することがわれわれの中心的関心事である。
 そのためには、社会的必要を満たし、資源を節約し、環境を保護することを目指して、運輸、水、エネルギーは、労働者と利用者によって統制される公共サービスによって管理されなければならない。
 われわれは、核エネルギー利用からの早急な離脱のために闘う。
 農業は、アグリビジネスと農業投機の利益のために全世界至る所で農民を犠牲にしている資本主義の破壊的影響を免れてはいない。
 土地と農村空間との尊重にもとづく健康で高品質の改善された食材の生産という使命を農業地域に対して再び与えて、食糧主権を確立することが緊急に必要である。
 活気に満ちた農村における労働で生活する数多くの農民を維持することは、農村世界における社会的ネットワークの再建を促進するだろう。
 NPAは、いっさいの遺伝子組み換え作物の生産に反対する。

差別に反対し完全
な平等を要求する

 資本主義の抑圧はとりわけ貧困地域に存在している。そこでは恵まれない住民が集中して居住している。これらの住民は、その一部が移民家庭の出身である場合が多く、差別され、社会から烙印を押され、警官の暴力の犠牲者となっているが、こうした困難の直面しているのは若者だけではない。
 あらゆる形の性差別主義と女性に対する不平等と暴力に反対し、自分の身体を意のままにする女性の権利(自由で無料の堕胎と避妊の権利)、質の高い公共サービスの発展、女性の抑圧や伝統的な役割分担と闘う団体の組織化、を目指す非妥協的な闘いは、われわれの綱領の不可欠の部分である。多かれ少なかれ内部の対立を抱えている異なるさまざまな社会運動をひとつにまとめ、自らの権利を目指す女性の自主的組織化だけが男性支配から解き放たれた社会を準備し、促進することができる。しかしながら、数世紀にわたって歩んできた女性の解放のための闘いの春はいまだ実現されていず、社会主義社会の枠組みのもとでさえ、なお先の将来に残された課題になると想定することができる。
 党のあらゆるレベルにおいて、女性は、それが有効であると自ら判断した場合には、常に男女混合でないやり方で集まることを選択する権利をもっている。限定された期間だけかそれとも常設かにかかわりなくこの種の女性だけの会議は、党内の反女性差別主義的文化の発展にとって重要な手段となりえる。
 われわれは、レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー、インターセクシュアルの人々が受けている抑圧、差別、暴力と不当な仕打ちに反対して非妥協的に闘う。われわれは、LGBTIの人々の権利の全面的で完全な平等を要求する。
 これらの抑圧は、ヘテロセクシュアル的基準やジェンダーに合致しないセクシュアリティとアイデンティティに対する憎悪を表現している。
 われわれは、社会生活の中で障がい者にかけられている差別に反対して闘う。障がい者は、就労の権利、教育を受ける権利、住宅への権利、公共交通の利用の権利、治療を受ける権利、文化を享受する権利をもたなければならない。

政教分離の原則
人種差別の一掃

 われわれは、政教分離の原則、とりわけ教会と国家との厳密な分離の原則、を強く求めていることを確認する。
 われわれは、青年のための無料の非宗教的な知識、研修、教育への自由な利用を擁護する。だが、われわれは、社会の諸階級の再生産をイデオロギー的に育成したり、固定させたりするような学校制度や教育制度を弾劾する。
 解放の要素としての万人への教育の機会は、財源の増加だけに限られるものでも、抽象的な権利によって決められるものでもない。それが有効になるためには、同時に各人がいかなる年齢であろうと、向けられた関心の分野がどのようなものであろうと、そのすべての分野で勉学を行い、各人が勉学を継続したり再開したりする自由を妨げている財政的制約や収入から解放される可能性を伴わなければならない。
 われわれは、いわゆる少数派言語とそれらの言語の保存と発展を目指す政策の実施を承認する。
 われわれは家庭や職場での青年への抑圧と闘う。働く青年は、不安定雇用(CDD=期間限定の雇用、派遣、無給の見習い、望まないパートタイム、失業)の驚くべき増大の影響をもろに受けている。これは、企業にとっては実に好都合な事態であり、企業は、経営者に有利な力関係の結果として、どのような労働条件や給料をも受け入れる用意がある自由に使い捨てできる労働力を見い出せるのだ。
すべての害悪に責任ある存在として貧困地域の青年や移民家族出身の子供たちにレッテルが貼られていて、差別とレッテル貼りの犠牲となっている。こうした差別とレッテル貼りをわれわれは糾弾する。
 人種差別主義の一掃は、人種差別主義や排外主義やそれらに由来する差別のすべての形態に反対する大衆動員と根本的な政策が、社会の内部で醸成されるこの毒に対処できるレベルにまでなることを前提としている。投票権、すべてのサンパピエ(滞在許可証を持たない人々)の往来と定住の自由および滞在許可証の正規の発行を含むフランス人と移民との間の平等が必要である。
 移動生活を送る住民の生活様式は承認され受け入れられなければならないし、移動許可証は廃止され、投票権がそれらの人々に与えられなければならない。
 NPAは、その抑圧が人種差別的か、性差別主義的か、反ホモセクシュアル的か、排外主義的かにかかわりなく、それが消滅するに至るまで、抑圧された人々が共通して抱えている抑圧の名のもと自ら結集する自立的な組織化の形態を支持する。
 反人種差別主義。それは同時に、植民地支配下におかれた諸民族とその抵抗の歴史を伝えることでもある。
 NPAは、他の抑圧と搾取の形態に加えて、フランス植民地主義をはじめとする植民地主義に根本的に反対する。フランス植民地主義は、最後の直接的な植民地の中でいぜんとしてのさばり続けており、権力はこれを公式にDOM―TOM(海外県ならびに海外領土)と呼んでいる。NPAは、これら植民地の諸民族の無条件の自決権を支持する。NPAは、当該諸民族の民族解放闘争を留保なしに支持するであろう。NPAは、とりわけいっさいの搾取と抑圧からの人類の解放を目指すわれわれの価値観の不可欠な部分を共有している同志たちとの間で、尊重と平等にもとづく連帯の緊密な結びつきを発展させるだろう。

社会運動の最
大限広範な統一

 われわれの綱領はまた、弾圧機関(警察、司法、刑務所、軍隊)の行き過ぎや逸脱、貧困や社会運動を犯罪視する治安・刑務所に関する政策に反対し、公共の場での監視や統制や制限を引き上げる論理に反対して闘うための徹底した民主主義の要求をも含んでいる
われわれはまた、第五共和制の反民主主義的諸制度(議員のリコール制、国民議会における比例代表制などにかかわる諸問題に関係する諸制度)を一掃したいと望んでいる。
 既存の制度と訣別する綱領を掲げる政府が取るであろう政策はもうひとつのヨーロッパを目指す大衆動員の不可欠な一環であることはまったく明らかである。それは、EUの諸制度と完全に手を切ったヨーロッパであり、民衆の社会的必要を満たすことを目指し、南北関係を根本的に変革することを熱望するヨーロッパである。
 資本主義は、労働者と民衆の利益に敵対する役割を増大させている全一連の諸機関のもとに国際的レベルで組織されている。それだけに、国際的レベルでの大衆動員と闘争を発展させることはよりいっそう必要になっている。欧州中央銀行、OECD(経済協力開発機構)、IMF(国際通貨基金)、世界銀行、WTO(世界貿易機関)、NATOなどがそれである
 われわれはこれらの国際機関の廃止を望んでいる。
 歴史のコースを変えるためには、民衆の多数派、すなわち労働者と多様な民衆層が、民主的権利を発展させるために、政治のレベルにおいても職場と地域とにおいても、労働組合やアソシエーションへと自らを組織することによって、自分たちの力を自覚することが必要である。これらすべての機関の中で、NPAの活動家は、闘争における統一と反資本主義の闘いが促進されることを目指して闘う。この活動はこれらの機関の独立性を誠実に尊重しながらなされる。
 その自覚が前進して、新しい世界についての考えが練り上げられ、民衆の要求が社会を指導するのは誰かという問題を提起するようになっているのは、社会運動の分野においてである。これらの要求の収斂(しゅうれん)は、企業と社会の運用に対する労働者と民衆による管理の問題を提起する。
 われわれは、すべての政治的、労働組合的、アソシエーション的潮流を連合させた社会運動の、可能な最大限広範な統一的な大衆動員を支持する。
 こうした大衆動員において、われわれは自主的な組織化の原則を擁護する。その路線と自身の闘争形態と自身の指導部を決めるのはそこで活動している者であるということが不可欠なのである。
 われわれが攻撃を阻止し、要求を認めさせることができるのは、闘争や全面的な長期ストライキの発展と拡大を通じてである。体制と手を切った急進的な政策を導入し、社会の革命的変革を実施する政府を樹立することを可能にするのは、大衆動員から生まれる力関係である。
 資本主義体制に終止符を打つということは、長期にわたる強靭な意志と数の力と支配階級に奉仕している国家や体制の諸機関やヨーロッパの諸機関や国際的諸機関との訣別を同時に前提とする。
(つづく)
(見出しは本紙編集部)

投書

尼崎脱線事故・最終局面へ
JR西本社と社長宅を捜索

結城 守保(元小田急労研)


 五月二十七日、神戸地検は、百七人が死亡、五百六十二人が負傷した二〇〇五年四月の尼崎脱線事故で、JR西本社と社長宅を捜索した。
 「業務上過失致死傷容疑でJR西本社と山崎正夫社長の自宅を家宅捜索した。本社への捜索は昨年十月以来二度目で、山崎社長宅への捜索は始めて。
 事故から四年余りが経過、捜査が大詰めの局面を迎える中での捜索は異例。地検は結論を出すためには捜索が不可欠と判断したとみられる」(5月28日付神奈川新聞)という。
 また、「兵庫県警は一九九六年に事故現場を急カーブに付け替えた際、自動列車停止装置(ATS)があれば事故を防げたと判断。……山崎社長ら五人はカーブ付け替え時の安全対策担当幹部だった」(同紙)という。

輸送の原点、安全
規範を、確立せよ

 尼崎脱線事故とは、どういうものだったのか、検討してみよう。
 少し長いが、元国鉄労働者、佐久間忠夫さんの本から引用したい。「JR福知山脱線事故に思う」でいう。
 「国鉄のころは、すべてのことに安全が第一だった。輸送業は何より、お客や荷物を安全に正確に送るのが最大の使命だった。しかし、JR西日本の支社報を見ると、まず『儲け』でしょ。企業として収益が第一で、阪急や南海など私鉄との競合に勝たなければならない。これが事故を引き起こした背景だと思う。
 分割・民営化による競争心理は、輸送業務にとって大きなマイナスなのだ。快速電車で停車駅を一つ増やしたけど、運転時間は同じ。こんな馬鹿げたことはないよ。停車時間は二十秒、私鉄から客を奪うための時間だ。止まって動き出すまでの時間も必要。しかも、目いっぱいのダイヤを組んでいる。国鉄時代は七〇から八〇%で余裕をみていた。この福知山線では事故が起きないのが不思議なくらいのダイヤだ。
 俺も運転士だったから分かるけど、本格的に遅れを出しちゃいけないという職人根性というか気質が強い。今回は遅れを回復するために起きた事故だ。
 なぜ無理して回復しようとしたか。前に一回処分を受けているから。二度やると運転士を外されるかもしれない。その恐怖感かな。前の駅でオーバーランし一分三十秒の遅れ。それを回復しようとしたことに基本的な問題があったと思う。
 事故の電車に二人の運転士が乗っていた。『救出活動せずに出勤』とあったが、とんでもねえ」(佐久間忠夫『人らしく生きよう』P267より)。
 佐久間さんは、ここで四点言っていると私は思う。第一は、今回JR事故の根本にあるのは、国鉄分割・民営化である。第二は、私鉄(阪急や南海)に、勝たなければ ならない。労使一体の小田急は、特別だが。教育の違いです。私鉄には、勝てないと私は思う。第三は、「一分三十秒」の遅れ。回復しようとした。これが事故へ。第四は、世の中人間疎外だからしょうがないかもしれないが事故の電車に乗っていた、二人の運転士が救助に動いてくれたら、数人の客は助かったかもしれない。残念だ。

JRは「日勤教
育」を廃止せよ

 「事故の遺族らは、『国鉄』とともに安全を葬り、『人材活用センター』による強権 支配を『日勤教育』へと引き継いだ歴代幹部らの立件を強く望んでおり、再三、神戸地検への働きかけを行ってきました」(インターネット・黒鉄好・安全問題研究会より) という。「日勤教育」問題だ。
 かって私も、私鉄労働者として四十二年間、安全問題に取り組んできました。敗北の連続でした。
 だが最近、「派遣切り労働者」が、組合をつくり立ち上がっています。まわりにいる 私たちが、こうした人々を支援していこう。そして勝利しよう。
(5月29日)


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