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反資本主義左翼は票を伸ばせず        かけはし2009.6.22号

初めて厳しい局面を体験

欧州議会選挙のバランスシート
ポピュリスト右派が側面から支える新自由主義体制と政策
フランソワ・サバド


解題
欧州議会選挙のフランスの得票結果
反資本主義新党、4・88%

各政党の得票率

UMP(国民運動連合、サルコジの陣営) 27・87%
民主運動(バイルの中道派)      
8・45%
国民戦線(極右派)          
6・34% 
社会党     16・48%
左翼戦線(共産党+左翼党=社会党左派)6・05%
NPA(反資本主義新党)       
4・88%
LO(労働者の闘争派)        
1・20%

 この得票結果は、今回のヨーロッパ全体の選挙結果の傾向と基本的に同一であり、その分析は、本号に掲載のサバド論文に委ねることにして、ここでは社会党の左に位置する左派潮流の選挙結果についてのみ簡単に触れてみよう。
 フランスでは二〇〇五年に欧州憲法条約の国民投票で反対が過半数に達して、新自由主義の欧州憲法条約に反対する勢力が勝利した。反資本主義新党を中心とする左派勢力の大きな政治的再編という今日の事態の直接の出発点はここにあった。この勝利に勢いを得た左派勢力は、二〇〇七年の大統領選挙に向けて反資本主義左派の統一大統領候補擁立を目指す運動を開始した。そこに結集したのは、国民投票で「反対」キャンペーンに加わった社会党左派、共産党、緑の党の一部、LCR(革命的共産主義者同盟)、左派労働組合勢力、グローバリゼーションに抵抗する運動などのさまざまな社会運動勢力であった。
 しかし、この運動は、最後には社会党との政治的独立性の問題をめぐって分解し、二〇〇七年の大統領選挙では、この社会党の左に位置する左派潮流からは、結果として三人の大統領候補を立候補することになった。LCRと共産党とジョゼ・ボベである。
 ここで、LCRと共産党、ボベとの主要な対立点は、社会党との政治的関係についてであった。LCRはこう主張した。新自由主義路線の枠内にある社会党との間では、政府と地方自治体政権の問題でいかなる政治協定をも拒否し、社会党に対する政治的独立性を明確にすべきである、と。共産党とボベは、社会党とのブロックの可能性を否定せず、LCRのこの立場をセクト主義として非難して、社会党との政治的独立性を明確にすべきであるとするLCRの提案を退けた。
 今回の欧州議会選挙では、以上の対立の性格がより鮮明なものとなった。共産党は、社会党から左派として分裂した左翼党と左翼戦線という連合を形成した。左翼戦線は、当然にも社会党との政権問題を含む協定の可能性を否定していない。つまり、社会党との連立政権に参加してきた従来の共産党の路線と何ら変っていないのである。
 ジョゼ・ボベは、今回は、コーンバンディ率いるヨーロッパの緑の陣営に参加して、当選した。コーンバンディの路線は、ボスニアへのドイツ軍の「介入」の支持、社会民主党との連合というヨーロッパの緑の主流そのものの立場であり、今回、ボベはこの緑の陣営に加わることによって、二〇〇七年の大統領選挙における政治的対立の性格を自らはっきりさせたのである。
 左翼戦線の得票率は、反資本主義新党を一%強上回り、四議席を獲得した。しかし、共産党と社会党左派のこのブロックは、ある意味では、反新自由主義左派統一候補を目指した左派勢力の中では潜在的には大きな多数派であるのだが、二〇〇四年の欧州議会選挙での共産党の得票五・八八%をわずかに上回っただけで、左翼党(社会党左派)勢力の「上乗せ」がほとんどなかったと言えよう。

反資本主義新
党の得票結果

 反資本主義新党の得票率は、得票率で四・八九%、海外県を除いてフランス本土だけでは四・九八%で(新党は海外県では立候補していない)、議席を獲得することができなかった。これは、前回の欧州議会選挙でのLCR―LO(革命的共産主義者同盟と労働者の闘争派)との共同候補の得票率よりも二・三%だけの増加である。
 今回の欧州議会選挙では、ヨーロッパ全体と同様にフランスでも、棄権率が五九・五%ときわめて高かった。これは、今日の新自由主義的EUが「われわれのヨーロッパでない」と人々が直感していることの反映にほかならない。棄権率は、とりわけ、反資本主義新党の一番の基盤である青年層と郊外の庶民居住地域ではとりわけ高かった。棄権は、十八歳から二十四歳までの層で七〇%、二十六歳から三十四歳までの層で七二%にのぼった。同様に、貧しい人々が多く住む庶民居住区ではしばしば八〇%であった。たとえば、パリ郊外のサンドニでは、反資本主義新党は平均得票率を大きく上回る七・一五%を獲得したが、棄権は七二%に達した。
 今回の新党の得票率は、四カ月前に結成されたばかりの政党としてはよい出発点であったし、今後の大きな発展の可能性を示すものであった。それは各選挙区での票を分析してみると明らかになる。
 今回の欧州議会選挙では本土は、七つの選挙区に分かれている。その七つの選挙区のうち四つの選挙区では新党は、議席を獲得した主要政党に続く得票率を獲得しており、「次点」に位置しているからである。残りの二つは農村・山岳地帯で、伝統的に右翼勢力が強固な地域であり、もうひとつのパリ首都圏である。パリは今や「金持ちの町」で、右翼の強い町となっている。庶民が居住していた古い建物は壊され家賃の高い新しい住宅を次々と建てられている。その方が、多くの税金を納める金持ちが居住するのでパリ市の財政が潤うというわけである。そのために庶民の多くが今やパリの街から追い出されている。以上の点を明らかにするために、具体的に二つの地区を得票率を見てみよう。

北西部選挙区(ノルマンジー地方)
国民運動    24・22% 4議席
社会党     18・09% 2議席
ヨーロッパ緑  12・10% 1議席
国民戦線    10・18% 1議席
民主運動    8・67% 1議席
左翼戦線    6・84% 1議席
反資本主義新党 5・80%
 
東部選挙区(アルザス・ロレーヌ地方など)
国民運動    29・18% 4議席
社会党     17・24% 2議席
ヨーロッパ緑  14・27% 1議席
民主運動    9・43% 1議席
国民戦線    7・57% 1議席
反資本主義新党 5・65%
……
……
左翼戦線    3・89%

 反資本主義新党は、こうして社会運動のレベルだけでなく、政治のレベルにおいても大きな飛躍が可能な出発点に立つことができている。
 (本紙編集部)

 六月四日〜七日に欧州議会選挙の投票が行われた。仏NPAを先頭に欧州のラディカル左派は欧州反資本主義左翼として連携した選挙キャンペーンを行った(本紙5月18日号7面参照)。NPAの得票は四・八八%で議席獲得に必要な五%にわずかに及ばない残念な結果になった。一方ポルトガルでは第四インターを先頭にした左翼ブロックが得票一〇%を越える飛躍をかちとった。(本紙編集部)

60%近い有権者
投票所に行かず

 第一に今回の欧州選挙で確認されたことは、広範な民衆の棄権であった。六〇%近い有権者は投票所に赴かなかった。この棄権は欧州における真の力関係についての歪められた見方を与えるだけである。しかし今回の選挙結果は、この枠組みの中で自らの政策を進めてきた欧州連合と政府与党の正当性の危機を確証するものである。
 登場した大きな流れは、まず全欧州規模での右派の台頭である。
 右派は現在政権を担当している大国、ドイツ、フランス、イタリア、ベルギー、オランダ、ポーランド、オーストリアで勝利を収めた。ブルガリア、リトワニア、ラトビア、スロベニア、キプロスでも右派の政党が第一党となった。
 右翼のうねりは、一連の諸国におけるポピュリスト右派、あるいは極右勢力の台頭を伴っている。とりわけオランダではギールト・ヴィルダースを代表とする極右の嫌イスラム・反欧州政党が得票の一六・四%を獲得し、四人の欧州議員を得た。オーストリア、フィンランド、ハンガリーでも反移民キャンペーンに関わってきた極右勢力が支持を集めた。英国では、英国民党(BNP)が六・七%の得票で二人の欧州議員を獲得した。ギリシアでも極右組織のLAOSが躍進し、七・二%を得た。
 社会民主主義政党は、とりわけ政権についているイギリス、スペイン、ポルトガルで後退した。ドイツでは社会民主党が最悪の選挙結果の一つであるわずか二一%しか得票できず、文字通りの大敗北となった。フランス社会党の破綻については言うまでもない。社会民主主義政党が成果を収めたのはギリシア、スウェーデン、デンマーク、スロバキア、マルタだけである。
 右派や社会民主主義の巨大な伝統的機構が危機に見舞われている諸国では、全体としての左翼改良主義を通り抜ける形で、緑からラディカル左派に至る勢力にとってのスペースが創出された。

ポルトガルで
左翼が躍進

 約六十人の欧州議員をかちとった緑派は、今回の選挙で勢力を拡大した。最も目立った躍進の一つの例は、フランスでコーンバンディ率いる連合によるものである。
 デンマークの組織「EU反対民衆連合」は、キャンペーンの中心をEU反対、実際には反欧州に設定し、「赤と緑の連合」のメンバーであり第四インターナショナルのメンバーでもあるソーレン・センデルガードの欧州議員再選を勝ち取った。
 ドイツの左翼党、オランダの社会党、フランスの左翼戦線(訳注:社会党から離党した部分と共産党で構成)といった諸党は、新たな躍進はなかったものの選挙での位置を維持ないし増大させた。
 イタリアの共産主義再建党は三・二三%を獲得したが、欧州議会での議席を得られないだろう。
 イギリスでのラディカル左派の結果は失望をもたらすものであり、NO2EUリストはアーサー・スカーギル(元炭労委員長)のSLP(社会主義労働党)と同様に一%の得票にとどまった。
 ギリシアのSyrizaは四・七%の得票で欧州議会に一議席を得たが、目標の三議席を達成できなかった。
 フランスのNPA(反資本主義新党)はその選挙基盤を確保した。NPAは前回二〇〇四年の欧州議会選挙でのLCR―LOリスト(革命的共産主義者同盟と労働者の闘争派の共同リスト)に比べれば前進した(2・3ポイントの増)が、欧州議会の議席を得られなかった。
 多くの反資本主義左翼にとっては、今回の選挙は初めての厳しい体験だった。ポーランド労働党、スペインの反資本主義左翼、スウェーデンの労働者イニシアティブ、ベルギーのLCR―PSL(革命的共産主義者同盟―社会主義闘争党)、スコットランド社会党(SSP)は立派な選挙運動を闘ったが、結果は一%を超えることはなかった。
 反資本主義左翼については、リスボン条約反対運動につづいて今回の欧州議会選挙で一議席を獲得したアイルランドの社会党、そして一〇・七三%を得票し三議席を獲得して真の飛躍――ラディカル左翼あるいは反資本主義左翼にとって唯一の飛躍――をなしとげたポルトガルの左翼ブロックの特筆すべき成果に、われわれは焦点をあてるべきである。

伝統的指導部から
の独立が必要だ

 約六〇%の棄権という数字から社会的・政治的力関係についての全般的な教訓を引き出すのは、つねに難しいことである。しかし、危機――過剰資本、失業の爆発的増大、購買力の低下――の最初の社会経済的影響は、左翼あるいは反資本主義的な意味での選挙におけるラディカル化の動きを生み出さなかった。ポルトガルの左翼ブロックの躍進は例外である。
 ポピュリストや極右によって側面から防御されて反社会的な攻撃をけしかけている右翼の新自由主義政治組織が欧州選挙で強化されたというのは逆説的事態である。われわれは、危機が反資本主義的思考に有利に働くと考えてきたかもしれない。しかし情勢はもっと複雑である。いまだ被雇用者や青年の全般的な闘争をもたらしていない社会的抵抗は、機械的に反資本主義的オルタナティブを生み出すわけではない。
 社会民主主義は危機のぬかるみにはまっており、新しいスペースを解き放っている。しかし反資本主義左翼の発展は、いまだ不均等である。一連の諸組織の始まりは有望なものがある。いまや経済的・エコロジー的危機に対決する社会的動員を刺激する政治と、反資本主義的解決策をいっそう信頼されるものとする力の蓄積を追求することが必要である。そしてそれを伝統的左翼の古い指導部からの完全な独立によって進めていくべきである。

▼フランソワ・サバドは第四インターナショナル執行ビューローのメンバーで、フランスNPAの活動家。彼は長きにわたって仏革命的共産主義者同盟(LCR)全国指導部のメンバーだった。

(「インターナショナルビューポイント」09年6月号)


欧州議会選挙結果を受けてNPAの宣言

われわれは全国政治勢力として確認された

 六月七日の欧州議会選挙結果は、非常に高い棄権率によって、EUの体制に向けられている拒絶、あるいは少なくとも無関心を明確に示した。
 多くの有権者は、とりわけ青年と庶民階級は、投票に出かけないことによって、明確なメッセージを送ったのだった。このヨーロッパはわれわれのものではない、と。
 この憤りと反感を増大させるようなありとあらゆることがなされてきた。社会党を含む体制内諸政党は、二〇〇五年の欧州憲法条約案をめぐる国民投票での「反対」(ノン)の結果を無視し、今度は議会を通じてこの憲法条約と瓜二つの条約を可決させた。民衆にどのようにはっきりと言うことができるのか、国民投票に表現された民衆の意見はなんと大切にされないものであることか、資本主義ヨーロッパの問題は余りにも深刻すぎて民衆に委ねることができないというのか。これは、社会党が今回もそのツケを払うことになっている政策でもある。
 今回の選挙から生まれた欧州議会は正当性を欠いている。それは、各国のそれぞれの政治組織の比重の実際を正確に映し出していない。
 しかしながら、選挙の四カ月前に誕生したばかりのNPAは、五%近くという最初の評価を有権者から獲得することによって、全国政治勢力として確認された。
 権力側は今回の選挙の決着を経て強力にはならなかった。権力の側は、治安問題とトルコのEU加盟問題という形を取った不安と幻影に乗じることによって、今回の選挙から経済危機の問題を回避したいと考えた。しかしながら、危機という決定的問題と社会の動員がサルコジとMEDEF(フランス経団連)の前途に待ち構えている。権力と経営陣からもたらされる今後倍加するであろう攻撃は、断固とした対決と反資本主義的政策の防衛を必要とする。欧州の諸機関から地方自治体に至るまで資本主義体制を共同管理する左翼ではなくて、戦闘的左翼を必要としている。われわれは、すべての反自由主義的、反資本主義的左翼組織に対して、かつてないほどさまざまな闘争の収斂(しゅうれん)を促進するために、来るべき時期の政治的、社会的決着において、有効な持続的協定を提案する。

  モンライユ、二〇〇九年六月七日二〇時一五分


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