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中国  二重の抑圧――新疆短評(上)          かけはし2009.9.7号

民族矛盾は何故深まるのか

 新疆ウィグル自治区で騒乱が発生してから二週間後の七月二十一日、国家民族事務委員会の呉仕民副主任は記者会見でこう語った。「中国の民族政策の本質は、各民族の団結、各民族の平等、各民族の調和を促進させる政策であり、それゆえに暴力事件とは何ら関連がない」。一言で言うと、共産党には何ら落ち度はなく、過ちはすべて別の人間、つまり三つの勢力(過激宗教勢力、民族分裂勢力、国際テロ勢力:訳注)の側にあるというのだ。

民族自治が間
違っていた?

 だが深刻な過ちを犯してきたのは中国政府のほうである。まず、政府は自らも承認している民族自治という約束すら守っていない。そして信仰の自由もない。政府がこのような政策を進める背景には、じわじわと進められる漢化の強制がある。
 徐暁萍と金 という国内の学者が執筆した『中国民族問題報告』では、中国共産党の民族政策に対する根本的な疑問は見られないが、一九八四年に制定・施行された民族区域自治法については「この法規は漠然とし過ぎている」と指摘し、その後の法改正で関連条例を補足したが、基本的には「婚姻、相続、選挙、計画出産、義務教育など」についてのみ言及しただけで、「自治地域が特に必要としている税源、金融、外国貿易、資源開発などの経済領域の補足的規定については依然として欠如している」と指摘している。また、自治法が規定する自治権について、「実際のところ、これらの権利は、他のすべての非民族自治地域でもすべて享受できていることに議論の余地はない。一部の沿海地域にいたっては、その経済的自主権の権限は民族自治が実施されている地域を大きく上回っている。とくに資源開発に関しては、民族自治が実施されている地方の権限は制限されている」(原注1)。後者の指摘については、我々が今日の民族危機を理解する上で極めて重要である。
 新疆での七月五日の騒乱事件の後、一部の漢民族の評論家は、その思想傾向のいかんに関わらず、民族衝突について語るさいに、民族自治が絵に描いたモチのごとく実現されていない現実を批判するのではなく、骨抜きにされている民族自治の現状に妥協し、さらに進んで民族自治それ自体に罪をなすりつけようとする。かれらは申し合わせたようにこう主張する。
 「民族自治が民族の隔たりをつくりだし、民族対立を深め、民族融合を阻害した。民族自治は実際には民族隔離、民族分化である」(署名「華北電力」)(原注2)。
 「これまでの経験から、民族自治制度はあまりに理想主義的である。理想主義的すぎる民族政策は、国家の整合性と民族の融合に不利なだけでなく、逆に、絶えず民族分離に転化する制度的基礎になっている」(鄭永年、シンガポール国立大学東アジア研究所所長)(原注3)。
 民族自治が民族融合に不利だという理由で民族自治に反対するという極めておかしな論理展開である。まず、民族融合とは、歴史上の各民族が日々の密接な交流や相互に同化するという状況を形容した言い方である。それゆえ、民族融合にかかる時間は極めて長期にわたり、また特定の一時期の支配者が人為的に達成することに依拠することはできない。われわれの世代が採りうるのは、せいぜい融合を促進することであって、この世代で融合を完成させるという幻想を持つことではない。そして、促進政策においては、少数民族の権利を十分に尊重するという前提にたつことであり、民族自治はその最低限の権利である。促進政策には、民族統合(ethnic integration)を含めることができる。それは、各エスニックグループが職業、教育、居住などの各方面において統合を行い、それによって機会の平等を保障し、かつ一切の隔離政策に反対するというものである。かつてのアメリカ、あるいは現在の中国は、異なる程度であるが隔離政策を実施していた(例えば学校においては、チベット族クラス、ウィグル人クラス、漢人クラスなど)。民族自治を否定して「民族融合」を実現しようとする者は、実際には民族融合に背を向ける者であり、「民族融合」の旗を掲げながら漢民族化を強制しているに過ぎない。
 鄭永年は「完全な自治の実現は、自決とほとんど大差ないことであり、自決とは独立と同等である」と述べているが、これは更にひどい主張である。大学教授からこれほど常軌を逸した発言が飛び出すとは。小平の一国二制度は、香港に「高度の自治」を認めている。では小平は香港の独立を主張したということになるのだろうか。小平は台湾に対する高度な自治について、台湾が自らの軍隊を維持したままでもかまわないとまで述べたが、それによって台湾独立を画策したということになるのだろうか。
 鄭永年はこう反論するかもしれない。「わたしは、完全な自治は独立に転化する、と言ったのであり、高度な自治がそうなるとは言っていない」。しかし、鄭が独立とイコールだと主張する「完全な自治」という用語を使ったのは、われわれの方ではなく、鄭永年のほうである。「完全な自治」とは一体何なのか。もし学者が自分で発明した無制限の誇大広告的用語を用いて対立者にレッテルを貼ることが可能なのであれば、「完全な民主主義は無政府主義と同じ」という主張を用いて民主主義の実現が不可能であることを証明することができるだろう。これでは真剣な議論などできるはずがない。
 さらにおかしなことに、一部の評論家は、中国の民族自治政策は、中国共産党がかつてのソ連から学んだものであり、中国の実情に合わないと述べている。だが中国共産党による有名無実の「民族自治」などは、誰に習う必要もないシロモノである。当初のソ連邦において民族問題に関して採用した最も重要かつ大胆な政策とは、民族自治ではなく民族自決であることは、当時の歴史を少しでも学んだものであれば誰でも知っている。この原則のもと、帝政ロシア支配下の各民族が、ソビエト社会主義連邦に加盟する権利、あるいは離脱する権利を有したのである。それは分裂を促すのではなく、ソ連邦の各民族の連合を真の自発的で非強制という原則の上に建設するということであった。
 その後、スターリンの独裁主義によって、ソ連邦の民族自決権は有名無実化した。中国共産党は、抗日戦争の早い時期に、当初掲げていた民族自決の主張を撤回し、民族自治の主張に後退させた。新中国建国後、中国共産党はそれさえも骨抜きにした。いま、一部の漢人評論家たちは、原則を裏切った中国共産党を非難するのではなく、民族自治が現実離れしたものであったと主張しているが、それは悪の側に加担することに他ならない。
 民族自治に反対するこれらの人々は、嬉々としてアメリカの事例を持ち出す。アメリカは民族自治など行ってこなかったが、結果として民族のるつぼになったし、分裂主義もない、と。そのとおりである。人口の八〜九割もを殺害されたネイティブアメリカンにとって、「融合」以外にどんな道が残されたというのか。大漢民族主義者にとってはアメリカ合衆国はまさに模範中の模範なのである。
 民主主義の原則では、人類の社会的コミュニティの連合による国家の形成は、自発的な同意を基礎におかなければならない。少数民族、とくに明らかに一つの区域に集住する少数民族には、当然、民族自決権を行使する権利がある。もし民主的な交渉を経た後に、少数民族がその国家に加盟を望み、しかしその地区における自治を要求することは、きわめて情理にかなったことである。中国共産党は少数民族の極めて低水準の自治さえも否定しているが、それは民族抑圧と漢民族化の強制であり、過ちは中国共産党の側にある。

信仰の自由
の保障はない

 信仰の自由に関しても基本的に同じである。例えば、十八歳以下の公民(ウィグル人を含む:訳注)がモスクに入ることを禁止しているが、これは信仰の自由に反する。政教分離の原則というのであれば、公立学校の必修科目にいかなる宗教的な科目を設けないというだけで十分である。未成年(中国では18歳が成人年齢:訳注)の信仰の自由にこのような制限を設ける理由は全くない。
 中国共産党の政府文書では、つねに自分たちがどれだけ信仰の自由を尊重しているかと、うそぶいている。だが具体的な状況を一瞥すれば馬脚が露わになる。現場では、紙の上での「尊重」すらも存在しない。王力雄(訳注1)の『私の西域、君の東トルキスタン』には、彼が新疆ウィグル自治区のとある村の学校で見かけた宣伝ポスターとスローガンが紹介されている。ポスターのタイトルは「非合法宗教活動の二十三種の表れ」。その二十三種に含まれる項目は以下のとおりである。
一、私設のコーラン学校を運営する
二、伝統的な形式で婚姻を行う
三、学生の礼拝を放置する
四、政府以外にメッカ巡礼を組織する
五、勝手に宗教地点を建設する
六、政府の許可なく宗教活動を行う
七、地区をまたいで宗教活動を行う
八、宗教宣伝物を印刷発行する
九、国外の宗教団体から支援金を受け取る
十、国外で宗教活動を行う
十一、自由に信者を勧誘する
十二、愛国宗教者を攻撃する
十三、国外の宗教の浸透
十四、政府と異なる言論を散布する
十五、集会デモ行進などを行う
 これら十五の活動のどれ一つをとっても基本的公民権に違反することは何一つない。これがウィグル人が日常的に享受している「信仰の自由」なのである。(原注4)   (つづく)

原注1:『中国民族問題報告』、中国社会科学出版社、二〇〇八、九九頁。
原注2:「民族分裂事件と中国民族政策を考える」、署名「華北電力」、烏有之郷ウェブサイト
http://www.wyzxsx.com/Article/Class17/200907/94870.html
原注3:「中国少数民族政策の問題点は結局のところどこにあるのか」、鄭永年、「聯合早報」ウェブサイト
http://www.zaobao.com/special/forum/pages7/forum_zp090721.shtml
原注4:『私の西域、君の東トルキスタン』二〇〇七年十月、台湾大塊文化出版、二百三十二〜二百三十三頁。
(訳注1)王力雄氏についてはインタビュー「新疆の危機は臨界点を超えた、根本解決は民主と人権の保障に 漢族作家、王力雄氏インタビュー」(日刊ベリタ)参照。http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=200907272034091


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