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市民・現場の教員共同の力で             かけはし2009.10.19号

「つくる会」教科書の追放を

横浜市の教科書採択制度の問題点とこれからの闘い

 「かけはし」(8月31日号)や、各種メディアで報じられているとおり、横浜市で「つくる会」系の教科書である自由社版教科書が採択され、市内八区の中学校で来春から使用されることになった。自由社版教科書の問題点は、先日の「かけはし」の記事に書かれている通りであり、このような教科書の採択は到底許されるものではない。そこで本稿では、横浜市の教科書採択制度と今回採択の背景、そして今後について考えていきたい。

教科書採択制度のしくみと変遷


 横浜市では、横浜市教育委員会(市教委)に任命された「横浜市教科書取扱審議会」が、市教委の諮問を受け、各関係機関に調査・検討を依頼して、その結果を基に答申を出し、その答申を受けて市教委が採択するという手順を踏んでいる。この「審議会」による答申が出るまでの調査・検討にはふたつのルートがある。ひとつは「審議会」の推薦を受け、市教委に任命された「教科書調査員」による調査である。そして、もうひとつのルートが存在するのだが、それには近年様々な形で、権力側に都合の良い形で改変が加えられてきたのである。
 一九六四年以来二〇〇一年の採択までは、学校単位に「審議会」が検討を依頼して、現場の教員が実際に展示場に行き、実際の教科書を比較することによって、各校で「希望票」をまとめ、「審議会」に検討結果が提出されていた。しかし二〇〇一年二月に横浜市はそれまでの制度を変更し、従来十地域であった採択地域を十八地域(各区ごとの採択)にし、学校ではなく各区の校長会に検討を依頼することで、各校による「希望票」を廃止したのである。現場の教員は実際に教科書を検討することができなくなっただけでなく、産経新聞などによるネガティブキャンペーンのため、意見を封じ込まれていったのである。さらに、二〇〇五年の採択では校長会による検討結果報告すら廃止し、各区に市教委によって任命された「学習実態調査員」を派遣し、その調査結果を「審議会」に報告させるという制度に変更したのである。これにより、形式的ではあるが、校長会への働きかけというかたちで残っていた、教科書採択への現場の声の反映は、完全になくなってしまったのである。このように採択制度を変更することによって、現場の声を封じ込め、権力にとって都合の良い形で、採択を進められるようにしてきた横浜市、そして中田宏前市長であるが、二〇〇五年採択では「審議会」の扶桑社版教科書に対する評価は厳しく、「かけはし」(8月31日号)の記事に書かれているように、採択の場でも当時教育委員であった今田忠彦ただひとりが、優れていると主張したのである。その結果を受け、中田は制度を変更するだけではなく、今田を教育委員長に任命し、それまでの教育委員を一新することにより、「つくる会」教科書採択に向けて準備を進めていったのである。

今回の採択の問題点

 二〇〇八年十一月に、神奈川教育正常化連絡協議会が提出した、「教科書採択についての請願」が市教委によって採択された。この請願の内容はまさしく、「つくる会」教科書の採択をねらって出されたものであり、その後出された市教委による「基本方針」にも、その影響が色濃く見られたのである。二〇〇九年六月に市教委は、二〇一〇年の小学校での教科書採択から、現行の十八区から全市一区に変更する意向を表明した。しかしこれは、二〇〇九年三月の閣議決定による、「教科書採択は学校単位での採択を目指し、小規模化をさらに進める」とした、「規制改革推進のための三カ年計画」に逆行した流れであり、権力の中でも横浜市がズレているのが見て取れるのである。
 このように様々な形で自由社版採択に向けて、外堀を埋めてきた中田・今田・「つくる会」であるが、今回の採択における「審議会」の答申結果は、散々なものであった。六つある推薦項目のうち、全十八区で三つの項目での推薦を受け、圧倒的優位に立ったのは、帝国書院版であり、自由社版は九区で一項目の推薦を受けるにとどまったのである。しかもその推薦項目は、「広い視野から我が国の文化と伝統を考え、国民としての自覚を持とうとすることのできるもの」(8区)、「各時代の特色を我が国の歴史と関連のある世界の歴史を背景に理解し、その知識を身につけることができるもの」(1区)の二項目のみであり、「生徒の歴史的な事象への興味・関心をさらに伸ばし、学習する意欲を高めることができるもの」や、「様々な資料を収集・活用し、調査研究の過程や結果をまとめる力を一層伸ばすことができるもの」のような、生徒の学力に直結しそうな項目については、全く推薦されなかったのである。つまり、自分たちでつくったしくみの中で、自分たちの任命した「審議会」によって、自由社版教科書はとてもでないが「使えない」ということを証明してしまったのである。
 現場の教員、そして中学校社会科研究会や教職員組合、校長会の意見も反映されないしくみの中で、「審議会」からも推薦されなかった教科書を、無記名投票というかたちで、無理矢理採択したのであるが、その採択結果も非常に乱暴なものである。今回自由社版が採択された金沢区と緑区では、一項目も推薦されておらず、逆に一項目推薦されていた神奈川区、南区、泉区では東京書籍版が採択されているのである。金沢区、緑区は市内において「学力が高い」といわれている地域であり、一方、神奈川区、南区、泉区は「学力が高くない」といわれているうえに、「外国籍などのマイノリティの人々が多く住む」といわれている地域である。自分たちで諮問した「審議会」の答申を、何から何まで無視して採択を進めた背景にあるのは、「使えない」教科書でも、ほかの区よりも学力が低くならず、「差別的な」教科書に対する反発を、少しでもなくしたいという、「つくる会」そして中田の意向に他ならない。そして、全体の採択結果にもこの傾向が強く見られ、答申に関係なく、初めから採択される区が決まっていたことが容易に見て取れる。

全市1区採択をさせない闘いに向けて

 このような初めから答えありきで採択したのは、二年後の教科書採択時に自由社版の全市一括採択に向けた、権力側の強い意向の現れである。今回の採択の結果、「学力が高い」といわれている地域だけで、自由社版を使うことによって、「使えない」教科書を「使える」教科書に偽装して、全市一括採択の根拠にしようとしていることは明白である。日本最大の政令市での一括採択を皮切りにして、「つくる会」教科書のシェア拡大への道を広げてしまうことは、絶対に阻止しなければならない。
 林文子新市長は、教育政策(主に教科書採択)に関する質問において、「一般論として、教科書の採択区を小規模化することは、保護者や教員の意見が反映されるうえで必要なことだと考える。横浜全市を採択区とすることは適正規程とは言えず、理想的には各学校ごとの採択へ段階的に移行することが望ましい」と答える一方、「各区の諮問機関である教科書取扱審議会の答申と、教育委員会の採択結果が区によって相違している部分があるように思われる。教育委員会の採択結果については、教育委員の独立性が発揮されたものと認識しているのでコメントをひかえたい」と答えており、状況は消して楽観できるものではない。そして、「使えない」教科書を市民に押しつけただけでなく、Y150(横浜開港150年祭)の失敗も市民に押しつけて逃げ出してしまった、中田の無責任さは到底許されるものでなく、その責任は辞職したからといってなくなるものではない。
 中田の政治生命の息の根を止め、権力の暴走を粉砕し、民主的な教育を実現するために、市民、現場の教員、教職員組合と連帯して、今回の採択撤回を求め、「つくる会」教科書を横浜市、そして世界から追放しよう!  (仁志泰裕)

 【訂正】前号(10月12日号)3面派遣法抜本改正院内集会記事下から2段目左から7行「阿部誠」を「安部誠」に、同4面鳩山政権政策検証下から3段目右から8行目「行い」を「行わない」に訂正します。



紹介
「Anti20 第5号」
〈天皇即位20年奉祝〉に異議あり!
え〜かげんにせーよ共同行動
ブログ:
http://www.ten-no.net/anti20s/

機関紙の第5号ができあがりました。ご購読をお願いします。

【5号/目次】
たけもりまき(北九州がっこうユニオン・うい)「はみ出すことから見 えてくる『絶望』という名の抵抗線││この二〇年は豊かだったのか」
深田卓(死刑廃止国際条約の批准を求める「死刑廃止運動の二〇年 韓国と日本」
藤田卓也(釧路在住)「『富山妙子の全仕事展1950-2009』に寄 せて」
桜井大子(反天皇制運動連絡会)「とても豊かな場となったハンテン展 ││たくさんの人の手で成功!
[特集]「ハンテン展のトークから 〈まつろわない宣言〉」
池田恵理子(女たちの戦争と平和資料館)・井上森(立川自衛隊監視テ ント村)K介(パペティスタ)・小山和久(東京にオリンピックはいら ないネット)・島袋陽子(琉球センターどぅたっち)・戦闘的ゴジラ主 義者(靖国解体企画)田中宏(自由人権協会代表理事)田野新一 (フリーター全般労組)・渡辺厚子(都立養護学校教員)(わたなべ・あつこ/都立養護学校教員)[ただいま行動中!]森理恵(日本女性学研究会)「おんなの幸せに手本はいらない」
[ただいま行動中!]渡辺つむぎ(荒川・墨田・山谷&足立実行委員会)「関東大震災時朝鮮人虐殺を忘れない!」
[ただいま行動中!]野村洋子(「奉祝」やめろ!行動)「やめろ!行動集会『部落差別と天皇制』」
よびかけ団体から(「日の丸・君が代」の法制化と強制に反対する神奈 川の会)
コラム「鳥の目・虫の目」(金食虫)
共同行動から(中川信明)
 主に首都圏で活動している様々なグループ・個人が集まり、「式典」当 日に向けて横断的に、多彩な行動を積み重ねていくことをめざしています。
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「共同行動から」転載
「天皇制はいらない」と、言い
続けること、思い続けること
中川信明


 「天皇在位二十年奉祝」決議が、各地の県議会で採決されているという。十月一日段階で、秋田、神奈川、新潟、富山、石川、和歌山、岡山、広島、福岡、長崎、宮崎の十一県であがったとのこと。この十一と いう数字が多いのか少ないのか、議論の分かれるところだが、私の印象では、決議が粛々と形式的にあがっているだけで熱気は感じられない(もしかしたら、現場は熱いのかもしれないが)。
 そもそも、国会においては、奉祝決議どころか祝日法案も通っていない。敵ながら、十月二十六日開会の国会で、祝日法案が間に合うのか、もし、間に合ったとしても、役所や公立学校はともかく、民間企業や私 立学校は、そう簡単に休めないのではないか、と思ってしまう。しかしながら、形式であろうが、心がこもってなかろうが、「天皇陛下のことだから」と、「奉祝決議」に賛成しまったり、喜んで休んでしまう心性がこわい。これは、「君が代を心をこめて歌う」「日の丸に向かって礼をする」心性と共通しており、それは厄介なことに子どもをはじめとす る私たち民衆に強制されてくるのだ。
 それは、「天皇・皇后・皇族」(および、そのシンボルとしての「日の丸・君が代」)は「特別」であるという意識を前提としている。その ことは、二十年前の「天皇代替わり」期に突出し、それが「御見舞」「自粛」「服喪」「奉祝」ムードを作り出した。あの空前の盛り上がりに比べて、「即位二十年」の現在は、たしかに盛り上がってはいないが、導火線に火さえつけば盛り上がる装置であることは変わらない。
 しかも、あの時は、私たちも、空前の闘いを挑んだ。「御見舞」「自粛」「服喪」「奉祝」ムードに対して、「天皇制はいらない」という声を全国各地であげた。それぞれの声は小さく、少数派であったが、あの「服喪」「奉祝」列島と化した日本社会において、「天皇制はいらない」という声を公然としてあげ、「市民権」を獲得していったのだ。残念ながら、あの時各地で闘った仲間で継続して「天皇制はいらない」と言い続けているものは少ない。しかしながら、「天皇制はいらない」と思い続けている者は少なくないと信じている。
 なぜならば、この二十年間、「天皇・皇后・皇族」の「特別」扱いは何ら変わっていないどころが、ますます増幅しているのではないか、と思われる。天皇の孫である児童や幼児や乳児までも「様」がつけられ、マスコミは、気持ちの悪い敬語で書きたてる。東京都は、天皇即位の時、皇太子結婚の時、祝賀式典・祝賀事業を行い、税金を湯水のように使ったが、「天皇在位二十年」で再び祝賀式典を行おうとしている(12月25日「天皇陛下御在二十年東京都慶祝の集い」於:東京芸術劇
場)。
 私たちは、このような「天皇・皇后・皇族」の「特別扱い」を我慢できない。なぜなら、それは憲法でうたっているはずの「法の下の平等」に反し、差別そのものであるからだ(第十四条「法の下の平等」は、憲 法の中にあって「天皇条項」を撃つものであると私は考える)。「尊い者」を仕立てあげまつりあげる時、かならず「差別される者」が作り出される。「貴族あれば賎民あり」の意識は脈々と生き続けている。かつて、私たちは「皇太子結婚」祝賀事業違憲訴訟において、そのことを真っ向から訴えたが、裁判所は無視をし、「皇太子夫妻の特別扱い」を容認してしまった。しかしながら、私たちは、言い続ける。「天皇・皇后・皇族」の「特別扱い」はおかしい。「奉祝」などはもってのほか だ。それは差別そのものだ!したがって「天皇制はいらない!」と。
 共同行動では、十月十二日「え〜かげんにせーよ!天皇在位二十年」フォーラムを開き、この二十年を様々な視点から総括をし、「天皇制はいらない」ことを再認識する作業を行う。
 私たちは、天皇代替わり期においても二回にわたりフォーラムを行い、そのフォーラムを通じて「天皇制はいらない」という共通認識を深め、それぞれの運動へとつなげていった。今回のフォーラムは、その後の十一月十二日にいたる闘いだけではなく、「天皇制はいらない」と思い続け、言い続けて、ついには「天皇制廃止」をかちとる長い闘いへとつなげていければと願っている。そのためにも是非多くの方々の参加を願うものである。
(なかがわ・のぶあき/靖国・天皇制問題情報センター事務局)


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