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韓国哨戒艦「天安」沈没事故               かけはし2010.5.3号

西海の緊張に伴い機雷136個設
置、10年後、10%も回収できず…

 3月26日、朝鮮半島の西側、黄海(韓国名、西海)上の北方限界線(海上の38度線=休戦ラインに相当)近くにある白リョン島(ペンニヨンド)の沖合い約2・5キロメートルの所で行動していた韓国海軍哨戒艦「天安」(1200トン、乗務員106人)が突然、爆破し船体が中央部分からまっぷたつに裂け沈没した。乗組員のうち48人は救助されたが、残る人々は死亡、または行方不明となっている。爆発・沈没の原因は今なお解明されておらず、さまざまな憶測が飛び交っている。この事故について一切言及しなかった北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)当局は4月17日、初めてこの事故に触れ「この事故について我々は何のかかわりも持っていない」との公式の立場を明らかにした。(「かけはし」編集部)

軍合同調査団が映像を公表

 哨戒艦「天安」の沈没原因究明作業が事故発生13日ぶりの4月7日、民・軍合同調査団(合調団)の中間調査結果の発表と生存者たちの証言を起点として新たな局面にさしかかった。
 合調団はこの日、論難があった事故発生時刻を夜9時22分と確定した。船舶や航空機などの情報が表示される韓国型海軍戦術指揮統制体系(KNTDS)画面から「天安」の位置表示信号が9時21分57秒に消え、白リョン島地震波観測所と気象台観測所が9時21分58秒と9時22分に地震波を感知した、という根拠を挙げた。合調団はまた「天安」事故直後の様子が入った熱像監視装備(TOD)の新たな映像を公開した。この映像には「天安」の艦首と艦尾が真っ二つになった後、艦尾が沈没している場面(9時22分38秒〜9時23分39秒)と艦首が沈没している場面(〜10時7分23秒)が入っている。

米軍爆雷改造した円筒型機雷

 事故直後、緘口令の論難があった生存者たちは、この日、記者会見の形式で初めて口を開いた。船の後ろ側で強い衝撃とともに二度、「どかん」「どかん」という音が聞こえた。事故直前までは特別な状況はなく、正常な勤務をしていた、と証言した。
 合調団の中間発表と生存者たちの証言は「天安の真実」に迫る上でプラスとなったのだろうか? 結論から話をすれば「まだ」だ。事故発生時刻、沈没前の異常の徴候などについての論難を鎮めるだけの資料や証言などが公開されたものの、真相究明の核心部分である沈没原因は依然として迷宮に閉じ込められているからだ。
 生存者たちの証言を総合すると「天安」は爆発と推定される外部の衝撃は魚雷あるいは機雷による爆発を意味する。魚雷は推進体があって、ミサイルのように動き目標物に打撃を加える武器であり、機雷は地雷のように水中に固定されるのが特徴だ。
 問題は魚雷や機雷による爆発の場合に現れる諸徴候が「天安」にはなかった、という点だ。生存者たちは「火焔があったなら船に火が出て火薬の匂いがひどかったはずだが、その瞬間に火薬の匂いは全くしなかった」(オ・ソンタク上士・下士官クラスの最上級位)、「どかんという音と激しい震動を感じたが、水柱など特異な点はなかった」(コン・チャンピョ下士=下士官クラスの下位級)と語った。音波探知機を担当していたホン・スンヒヨン下士は魚雷音探知について「探知機に特別な信号はなかった」と語った。
 つまり、生存者たちは「外部の衝撃」を一様に証言しているが、まさに魚雷や機雷による爆発の際に現れる現象は何一つ目撃できなかった。船体を引き揚げて他の証拠が確保されるまでは、誰にとっても事故原因を断定的に語ることはできない状況、という訳だ。この日の午後、北韓(北朝鮮、朝鮮民主主義人民共和国)による魚雷攻撃説に重心をおいて報道してきた幾つかの新聞は、機雷爆発の可能性にも言及しつつ「今やこれ以上、無分別な観測や主張を慎み、船体の引き揚げとそれに続く事故原因の究明結果を待つ番」(〈朝鮮日報〉4月8日付、社説)だと方向転換した。
 「天安」沈没直後、取材チームを編成して事故原因を追跡してきた〈ハンギョレ21〉は、取材の過程で元・海軍最高位級の人士から事故原因と無関係とは思われない衝撃的な証言を開いた。匿名を条件に、この人士は「1970年中盤、西海(黄海)で緊張が高まるとともに1976年、パク・チョンヒ大統領が『白リョン島を要塞化せよ』と指示し、この命令に従って米軍の爆雷を改造した機雷136個を設置した」「10年後、安全事故を憂慮して回収をした際、全体のわずか10%も回収できなかった」と語った。彼の証言通りであれば、今回の「天安」沈没事故が起きた海域周辺で200キログラムの重さの円筒型機雷100余個が流出し、その流出した機雷などが「天安」の事故と関連することがあり得る。

魚雷よりは機雷が実質的?

 北韓の魚雷攻撃の可能性に反ばくしている過程で出てきた彼の機雷発言は極めて具体的だった。彼の証言を充分に聞いて見よう。
 「爆破があったということから考えると魚雷や機雷以外にないが、魚雷はそれを発射できる母体がなければならない。350トン級の潜水艦は充分な水深が確保されなければならないし、150トン級の潜水艦は(機動性から弱いため)『天安』の航路を予め正確に分からなくては(攻撃が)不可能だ。白リョン島から2・5キロメートル離れた所であれば島と極めて近いが、潜水艦作戦を指揮する人であれば(そのぐらいに近付くのは)あまりにも無謀な接近だ。また魚雷は普通40〜50ノットで動く。音波探知士たちが行う仕事はスクリュー音を聞くことだ。潜水艦は逃がすことはあり得る。ところが自分たちに向かって飛んでくる魚雷音を聞けなかったのか? その可能性は、ほとんどない。
 1974年から北韓が西海に危機を作り出した。『西海クライシス』と呼ばれ延坪海戦の状況とも似た緊張感に襲われた。1976年、パク・チョンヒ大統領が『白リョン島を要塞化せよ』と指示した。海岸には地雷を、水中には機雷を設置した。海兵隊6旅団が増強配置されたのも、この時だ。
 米軍が第2次大戦の際に使っていた機雷(潜水艦を攻撃するために船から水面下へ落とす爆弾)を改造した機雷を136個、埋めた。バケツ2つ分を結びつけた形の円筒型で、重さが200キログラムぐらいだった。火薬の量は『これ1つあればマッチ工場も作ることができる』と言っていた。一定の水深まで下ろしていけば作動する(機雷式)雷管をはずし、電気式の雷管を入れ、上陸する敵を見て爆発する方式に改造した。
 1986年、安全事故を憂慮して海軍と海兵隊が回収した。地雷は70〜80%回収した。だが機雷は10%も回収できなかった。その時、回収してみると6・25(注、朝鮮戦争を指す)時に設置された北韓の機雷も幾つか出てきた。流出した機雷を探す作業は最近まで続けられた」。
 彼は、このような事実を伝えながらも、流出した機雷による「天安」沈没の可能性については慎重だった。水中で30年以上になる、製作年度の基準ではその2倍以上となる流出した機雷が「天安」に出合い事故をひき起こした可能性が高いとは考えなかった。
 機雷がその間、火薬の機能に損傷がなかったとしても「天安」との衝突、あるいは電気的作用による爆発を推定するには複雑なさまざまな段階の説明が必要だからだ。例えば、魚を採るための網や筌(うけ)を結ぶラインが「天安」のスクリューに巻き込まれ、その過程で海底の岩や砂に埋もれていた機雷が巻きあげられ衝突したり、電気的作用によって爆発した可能性も考えることはできる。彼はこのように偶然に偶然が重なる式の機雷爆発の可能性が、少なくとも北韓の魚雷攻撃の可能性より高い、と語った。

決定的な画面、本当にないのか

 〈ハンギョレ21〉が彼の証言に注目する理由は、彼がこのような事情に充分に明るい地位にいたし「少尉として任官して機雷を設置したし、艦長として西海岸を随時、行き来していた時、回収過程にも参加した」と語ったからだ。白リョン島・ヨノア里沖合いの機雷問題は軍関係者はもちろん、白リョン島で勤務していた多数の海兵隊経験者や白リョン島住民の言葉を通しても確認できる。けれどもキム・テヨン国防部長官は「天安」の事故から4日目の3月31日に開かれた国会・国防委で「過去に爆雷を改造して(白リョン島付近に)敵の上陸を拒否するための施設をしておいたが、すべて取り除いた」と答弁した。その2日前には「米軍や海軍が設置した機雷は全くない」と答弁した。流失した機雷の存在が確認されたのは「天安」沈没の原因究明とも関連するが、今後の白リョン島沖合いの安全問題ともかかわっているだけに軍が正確な実態を公開し、除去作業に乗り出さなければならない、との指摘だ。
 「天安」の沈没原因に立ち戻れば、問題は改めて生存者たちの証言だ。機雷による爆発も魚雷と同様に火災を伴ったり、火薬の匂いがして水柱が噴き上がる現象が現れるのに、生存者たちはこれらを目撃したことはない、と語った。
 ところで、合調団の中間発表や生存者たちの証言以降である4月8日、生存者たちの目撃とは異なった証言が出された。〈ハンギョレ(新聞)〉4月9日付は「白リョン島海岸哨所の熱像監視装置(TOD)を運営している海兵隊哨兵が『どかんという音を聞いて(TODを撮る前に)音のした方を見たところ船が真っ二つに裂け空中に上がり逆V字の形になっていた。その後、逆V字形が平らになった』と語ったものと承知している」という軍高位関係者の発言を報道した。この哨兵の発言を「真実」だと見るならば、魚雷や機雷が艦艇の真下の海底で爆発する時、強い衝撃波と高圧のガスのバブルが生じるが、このバブルが膨張と収縮を繰り返す時、艦艇が上下に弓のようにしなるとともに船体が真っ二つになる「バブル・ジェット」効果が沈没の直接的原因となり得る。この哨兵は調査の過程で「天安」の絵を描きながら説明し、折れた左側と右側の船体の角度まで記憶していたことが知られている。バブル・ジェット現象は機雷や魚雷による爆発の両者はいずれにもあり得るために、正確な爆発原因を明らかにするための「天安」艦の船体や残骸、破片の分析作業が一層、重要になった。正確な事故原因が明らかになるまでは慎重な態度を維持するという青瓦台(大統領府)の立場は、いつになく良さそうに見えるところだ。
 この時点で生じている疑問点や心配がある。はたしてイ・ミョンバク大統領と国民が手にした情報に違いはないのか? もっと具体的に、既存の動映像に続き、新たにTODの動映像が公開されたが、事故原因を推定できる事故当時の画面は本当にないのか、だ。合調団は「通常、哨所勤務者たちは手動でTOD録画をするが、新たに公開されたものは各哨所と状況室に映像を伝達・公有する映像電送システム装備によって撮影され、勤務者たちが(「天安」艦の沈没直後の姿が撮影・貯蔵されているのか)分かっていなかった」と解明した。だが自動録画システムを遅ればせながら分かった、との説明は納得しがたいとの批判が多い。
 白リョン島でTOD業務を担当していた経験者やデジタル映像記録装置(DVR)の専門家らは「一線哨所のTOD監視画面が小隊から旅団まで中継されているのに、すべてのそこつ者が一斉によそ見をしていたのでないならば、「天安」の沈没場面を見ることができなかったというのは理解しがたい」と語った。「天安」の事故当時の映像が確保されているのなら、爆発原因の分析作業がある程度、流れをつかむこともできる。

米国政府と軍の異例な動き

 疑問点との関連で心配されることは、沈没の事故原因の把握以降に予想される波長が逆に原因分析の作業に影響を及ぼしかねない、という点だ。北韓の魚雷の痕跡が出てくる場合、断固たる対応が必要となるはずだが、韓(朝鮮)半島の緊張の高まりは北核問題を解決するための6者会談や、イ・ミョンバク政府が骨折ってきた先進20カ国(G20)会談の悪材料として作用しかねない。わが国側の機雷による事故である場合にもそれに劣らぬその後の暴風が予想される。
 「天安」事故の初盤から北韓がかかわっている可能性を強く否認してきた米国側の異例な動きも注目してみるべきところだ。キャスリン・スティーブンス駐韓米国大使とウォルター・シャープ韓米連合司令官は4月7日、白リョン島海上で「天安」の引き揚げ作業を指揮している「独島」艦を訪問した。これに対して、ある安保専門家は「カート・キャムベル米国務部東アジア太平洋担当次官補の訪韓、スティーブンス米国大使の「独島」艦訪問などを見れば、米国が「パブリック・ディプロマシー」(注、交渉経過や交換文書などを国民に公開しながら外交政策を進めるやり方)を始めたものと見ることができる」と語った。韓国国民を意識した政治広報活動だという話だが、彼は「表明的に押し立てた『友邦にして同盟国である米国政府レベルの支援の意志』以上のメッセージが込められたようだ」と見越した。米国政府は現在、公表されたもの以上の情報を持っており、韓国政府が「天安」問題を自分たちが持った情報とは異なった方向へ持って行く可能性を警戒する動きを示している、というのが彼の分析だ。
 〈ハンギョレ21〉に「機雷原の証言」を行った元・海軍最高級幹部は「どのみち船体の破片を引き揚げれば原因は出てくるはずなのに、今は原因識別以降を悩むことが現実的」なのであり、「国益と国家が進んでいく方向を考慮するならば、方法がないのも一つの方法たり得る」と微妙な話をした。事故原因が明確に現れた後の対応策が適当でない場合、解決されないナゾとして残すことがよい場合もあり得るとの解釈が可能だ。
 「天安」の引き揚げ以降、一切が明々白々に明らかになるだろうと期待するけれども、複雑な計算が入り込めば実際の「天安の真実」は船体引き揚げ以降にも、一定の間、海底に沈んでいることもあり得る。(「ハンギョレ21」第806号、10年4月19日付、キム・ホヒョプ記者、イム・インテク記者、ハ・オヨン記者)


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