| アメリカ「人種」と階級 新政権と「抗議の政治」 かけはし2010.6.14号 |
黒人はオバマに圧力をかけ続けなければならない!
マリク・ミオー |
米国史上初の黒人大統領オバマの下で、その大きな支持基盤である黒人社会の脱運動化が急速に進んでいる。オバマ政権の政策への「待機主義」、オバマにとって都合の悪い要求を控えるという過度の「自制」が働いているのである。その結果、街頭での抗議闘争が、極右のレイシストの専売特許になっているという否定的な現実が広がっている。この論文では黒人運動の伝統とも言える「抗議(プロテスト)の政治」を復権させる必要性を、一九六〇年代の「公民権運動」の代表的リーダーだったマーチン・ルーサー・キング・ジュニア(1968年4月に暗殺)の主張をも復権させつつ、訴えている。「政権交代」と大衆運動の関係という側面から見た時、日本の状況とも共通する課題がそこには提示されている。(本紙編集部)
「ヘイトグループ」の劇的急増
現代のアフリカ系アメリカ人の政治に関する以下のような矛盾について考えてみよう。われわれは、幾百万人もの黒人労働者階級に希望を与えた初のアフリカ系アメリカ人大統領(彼は新しい調査用紙で「黒人」の項にチェックを入れた)を持っている。しかし「大不況」がこの数十年で最悪の打撃を黒人コミュニティーに引き起こしているにもかかわらず、長く闘ってきた公民権運動活動家たちの「抗議の政治」は衰退している。
あらゆる統計的データによれば、アフリカ系アメリカ人の機会の喪失に帰結している失業(とりわけ長期失業)、教育や住居の差別は、着実に増加している。さらに悪いことに、街頭での抗議行動は、最も極端な私兵勢力やレイシスト的要素をふくむ極右によって占められている。公式の共和党エリートたちは、いまや偏狭な白人至上主義のしっぽを振る犬である。
南部貧困者法律ゼンター(SPLC)によれば、オバマが大統領に当選して以来「ヘイトグループ」(訳注:「人種」的憎悪を駆り立てるグループ)の数は倍増した。その二〇一〇年春季報告は、次のように要約している。
「SPLCの記録では、二〇〇九年に反政府愛国グループの数は驚くべきことに二四四%も増加した。その数は二〇〇八年の百四十九から、二〇〇九年には五百十二グループに拡大した。私兵集団――愛国運動の準軍事組織――はこの増加の主要部分であり、二〇〇八年の四十二から二〇〇九年には百二十七と三倍になった」。
だがミシガン州の白人私兵組織「ハタリー」が起訴されたのは、警官殺害を計画したという容疑のためだけだった。黒人米国人への脅迫行為は、合衆国憲法修正第一条(訳注:宗教・言論・出版の自由)によって保護されていると見なされているのだ。こうした武装集団の多くは、オバマならびにすべての黒人への憎悪を彼らのウェブサイトで公然と宣言している。
「プロテスト」の終焉は前進か
しかしオバマ政権の対応は中道右派へとシフトし、アフリカ系アメリカ人に対してとりわけ何もしないという彼のやり方が長期的には成果を生むのだから、成り行きを見守れと、黒人指導者たちに語っている。オバマの新しい相棒はアル・シャープトン(訳注:公民権運動の活動家で牧師。2004年の大統領選で民主党の候補の一人にノミネートされたこともある。ラジオのトークショーのホストもつとめる。マイケル・ジャクソンの葬儀でも追悼スピーチをした)である。
問題はアル・シャープトン師である。
保守派の『ウォールストリート・ジャーナル』(2010年3月17日号)のトップ記事の見出しは「オバマの新しいパートナー、アル・シャープトン」だった。シャープトンは黒人社会内の批判的意見を押し戻すためにオバマの新しいパートナーとなった、と主張されている。
リポーターのピーター・ウォールステンは「波打つ髪と円形飾りのネックレスをつけたアル・シャープトン師は、アメリカ黒人を代表して政府に立ち向かうことで有名だった。今や彼は新しい役割を見出した。黒人指導者たちに対し、批判を抑えて大統領に機会を与えよ、と告げることだ」と書いている。
この記事は、オバマ政権が、とりわけ高い失業率とレイシスト的偏狭の新たな兆候が示されている時期にオバマがアフリカ系米国人に十分なことをしていないという批判に対して対処するようシャープトンに求めた、と注記している。思い起こす必要があるのは、シャープトンがオバマの選挙キャンペーン中に、彼のかつての戦闘的活動を主な理由として、アイオワ州には来ないよう言われていたことだ。
シャープトンが、黒人に対してはなにも特別なことはしないというホワイトハウスのやり方の支持者だと見られることはありそうもない。しかし彼は定期的にホワイトハウスを訪れており、それほど辛抱強くはない他の黒人指導者を連れている。実際、シャープトンは自分の配信するラジオショー番組を使って、黒人コミュニティー向けの政策目標を進めているオバマ政権のトップの担当者を引き立てている。その黒人コミュニティーが圧倒的に大統領を支援しているのは不思議なことではない(『ウォールストリート・ジャーナル』とNBCの調査では、アフリカ系アメリカ人の間でのオバマ支持率は86%に達している)。
もちろんシャープトンは、もっと戦闘的だった過去とは異なったことをしているという見かたを否定している。彼は、スーツを着込みタイをつけた彼のプラグマティズムは「私を過小評価しがち」な敵対者たちから逃れるためだ、と語っている。しかしシャープトンのやり方の変化は、黒人コミュニティーの伝統的なリベラル派指導者たちの間の深刻な思想的分岐を反映している。
マサチューセッツ州知事のデヴァル・パトリックや、全国規模で新たに選出された多くの黒人議員など、黒人コミュニティーを超えた広範な支持に依拠して選挙に勝利した黒人たち――つまり「横断的得票」を必要とする人たち――は、「抗議の政治」の終焉を積極的前進と見なしている。この見解では、黒人はワシントン(米政府)の内部関係者や担当者の(少数の)一部である。「われわれの新しい政治権力をテコに使おう」が、その意味するところだ。
貧困、差別、不平等という現実は、経済的不利益よりも純粋のレイシズムによって引き起こされたという見かたは少ない。皮肉なことにこの新しいプラグマティズムは、黒人コミュニティーの直接行動に反対し、政府の積極的な役割を拒否する多くの保守派の展望の中で、黒人リベラル派を一致させるものではないようである。リベラル派は、医療保険問題をめぐる討論で見られたように「大きな政府」の役割をなお支持しているが、第一に「米国政府の枠内」のルールに沿って活動しようと望んでいる。
議会内の黒人議員グループでさえ、「抗議の政治」の役割、ならびにそれがいかにオバマへの批判に照準を合わせるのかという問題に関して分岐している。公職に選出された人々のほとんどは、彼らの「リーダーシップ」が黒人コミュニティーの利益を守る上で鍵となる役割を持っていると考えている。その多くは、ホワイトハウスを行動に押しやるために過去においては抗議活動を支持してきた。しかしかれらは現在ではもっと慎重である。
公職に選出された人々の多くは、おもに黒人からなる彼らの支持者に対してオバマが多くをなさず、以前の民主党大統領でさえアフリカ系アメリカ人に行ったことを実行するよう支持者が圧力をかけていることに混乱を深めている。極右が行っているような抗議行動をせまる積極的な動きは見られない。
「上げ潮はすべての船を押し上げる」という理論は間違いであることが分かった。制度化されたレイシズムは、社会の中で最も貧しく、最も差別された層を不均等な形で引き上げるという単純な理由からである。だれもがそれを知っている。しかし、以前は正当だと考えられていたこと――街頭で正義を求めること――によって、いかに前進をかちとるのかについて計算できないように思える。
不幸なことにコミュニティーは、「オバマを待つ」戦略の結果として自ら取りのこされてしまった。伝統的公民権活動グループと黒人議員グループのこうした機能不全状況の中で、ラジオ・TVのホストが、オバマ・チームに挑戦的疑問を提示して詰め寄るというありそうもない事態が起こっている。
再生されたキングの呼びかけ
ラジオやPBSテレビショーのすばらしいホストを務めるテーヴィス・スマイリーは、「抗議の政治」は死んだという理論、オバマ時代の「ポスト『人種』」政治への転換という理論を拒否し、自分のメディアを使ってそうしたことを行っている。スマイリーは、「よりプラグマティック」な戦術を採択したシャープトンのような元活動家に言及し、それは誤りだと言っている。スマイリーは「ウォールストリート・ジャーナル」でこう語っている。シャープトンにとっては「苦難の境遇にある黒人について権力に向かって真実を語ること」が一方にあり、「それから大統領執務室に駆け込み、飛び出して、大統領の政策を遂行しようとしたりホワイトハウスでの討論点を説明したり」するが、そんなことは不可能だ。
スマイリーは、最も抑圧された人々の利益を前進させるためにオバマ大統領にもっと圧力をかけることを支持している。彼は、「ニューヨークタイムズ」のアフリカ系アメリカ人コラムニストのボブ・ハーバートとともに、オバマのホワイトハウスがもっと行動するよう圧力をかけろ、と主張している。彼は、悪辣な攻撃や「共和党とその手先たちのとどまるところを知らない醜悪さ」からオバマを擁護しつつ、そう語っているのだ。
スマイリーは最近、マーティン・ルーサー・キング・ジュニア(MLK)の教訓に関する、私が見た中でベストの作品の一つと言えるドキュメンタリーを制作し、ナレーションをつけた。その作品「MLK:良心の呼びかけ」(http://video.pbs.org/video)は、アフリカ系アメリカ人の完全な平等を達成するためにもっと多くの活動が必要だったにもかかわらず、米国のベトナム戦争に反対することをキングが決めた――それはベトナム反戦が多数派の感情となる以前のことだった――ことを描いたPBSの番組である。キングは一九六七年四月四日に「ベトナムを超えて」という有名な演説を行った。それは彼が、衛生関連労働者のストライキを支援するために訪れたメンフィスで暗殺される一年前のことだった(訳注:キングが暗殺されたのは1968年4月4日)。
スマイリーの解説は力強いものだ。彼は、インタビューや、公民権運動の既成組織全体が公民権に関する課題を前進させる助けにはならないとしてキングの立場に反対したにも関わらず、どうして最初に彼が戦争に反対するようになったのかという、キングの発言を描いている。事実キングは、戦争は道徳性の問題であり、この一点においてアメリカ人は戦争に賛成することはできない、と語っている。
キングの組織である南部キリスト教指導者会議は、一九六五年にキングが最初に戦争反対を示唆した時、それを押し戻した。
逆風に抗しての反戦の選択
画期的な公民権法や投票権法に署名したリンドン・ジョンソン大統領に対して、キングはどのように反対することができたのか。キングは戦争に反対しなければならないと答えた。彼はまたわれわれがその下で生活している利潤システムについて問題提起し、「レイシズム、極端な物質主義、軍国主義」に反対すると語った。一九六七年のリバーサイド・チャーチでのスピーチで彼は自らの内的闘争について述べた。
「この二年間、私は私自身の沈黙という裏切りと決別するようになり、私自身の心の炎の声を上げ、ベトナムの破壊からのラディカルな離脱を訴えるにつれて、多くの人々は私の歩みの賢明さについて疑問を呈するようになった。かれらの憂慮の核心点において、この疑いはしばしば不気味に広がり、かまびすしいものとなった。『キングさん、なぜ君は戦争について語るのか。なぜ君は少数意見に与するのか。平和と公民権はいっしょに混ざらない』。彼らはこう語り、『君は民衆の大義を傷つけているのではないか』と問うた」。
「私はそれを聞き、彼らの憂慮の原因をしばしば理解したが、それでも大きな悲しみを感じた。こうした疑問は、質問した者が私、私の責任、私の使命を本当には知っていないことを意味したからである。こうした悲劇的な誤解に照らして、私はそれを、デキスター通りのバプティスト教会――私が牧師を始めたアラバマ州モントゴメリーの教会からの道が、はっきりと今夜のこの礼拝室につながっていると私がなぜ信じているかを、明確に述べようとすることが重要であるしるしと考えた」。
平等を可能とする道は何か
テーヴィス・スマイリーは、黒人差別の隔離主義に終止符を打った新法の採択以後も、キングが抗議の継続を理解し、支持したことに留意している。キングは貧困と戦争への公然たる抗議が必要であることをしっかりと確信していた。彼の側近たちは、彼がメンフィスなどに行くことを望まなかった。
キングが最も傑出したアフリカ系アメリカ人公民権運動の指導者として、また彼の多くの個人的資産を賭けていっそうの抗議を促し、ジョンソンの戦争に反対したことは、彼がどのようなタイプの指導者だったかを示すものだった。
当時の左翼の多くは、キングを穏健派と見ていた。二大政党や「自由市場」システムに挑戦していた、より戦闘的な民族主義者やブラックパワー潮流と対比した彼の非暴力戦術ゆえである。しかし彼をよりラディカルな立場に押しやったのは、より戦闘的な若い世代(とりわけSNCC[全米学生非暴力調整委員会]指導者のストークリー・カーマイケルのような)や革命的夢想家マルコムXの見解ではなかった。
キングは、レイシズムや不平等を根絶するためには立法的行動以上のものが必要である、と真剣に確信していた。彼はまた、公民権法のゆえにジョンソン大統領に「借り」があるとも考えなかった。民衆運動がこの法律を勝ち取ったのである。
キングは、ベヤード・ラスティンのような一部の公民権運動活動家がそうしたように、路線を変えたり、戦争を支持することもできたかもしれない。彼は、支配体制によって「偉大な愛国的アメリカ人」として絶賛されたかもしれない。ハリー・ベラフォンテがPBSの番組で説明したように、もしキングが戦争に賛成するようになっていたら、彼は真のアメリカ人のヒーロー、そして「政治家」と見られていただろう。
ホワイトハウスや他の公民権運動指導者に敢然と立ち向かうというキングの決断は、われわれが今日見ているバックボーンの欠落を考えれば、注目すべきことだ。(彼が亡くなった当時、約75%のアメリカ人はベトナムについてのキングのスタンスに反対だったということは注目に値する。反戦運動の高揚により、こうした感情は短期間で変化した)。
オバマのアフガニスタンでの戦争は「正しい戦争」であり、「テロリストとの闘いが必要」という主張は、キングの戦争と政治に対するもっとラディカルなアプローチを通じた教訓に反している。選出された公職者や国会議員に依存しない抗議の政治は、公民権運動や労働者の政治の中で、今日では失われたものになっている。
指導部の怠慢は、「抗議の政治」を組織された極右に引き渡すことになった。とりわけ白人労働者階級や、政府運営の医療介護プログラムの下で生活している高齢者が、「人種」抗争によって誤った方向に導かれ、もてあそばれ、ついには自らの利益に反して大企業、巨大保険カルテルの立場を支持するところにまで行き着いている。
ティー・パーティー(オバマ政権に反対する極右草の根運動)、共和党エリートたちは、貧困者、マイノリティー、労働者階級にかかわる課題への支持を公然と拒否している。誤った方向に誘導された人々への進歩派による最も強力な対応は、かれらに真実を語り、あらゆるレイシスト的・性差別的・反ゲイ的な言辞を拒否することである。
「労働者階級を誤った方向に導く白人たちは点を上げた。かれらは政府とウォール・ストリートに逆上しているからだ」と語ってもなにも得るものはない。
進歩的な「抗議の政治」は、マーチン・ルーサー・キングのリーダーシップの最高の模範である。それは黒人コミュニティーのより戦闘的な階層が採用するものだが、黒人たちが「ディープ・サウス」(訳注:最も黒人差別が露骨な形をとっていた南部の諸地域)の中で生活していた警察国家的現実のほとんどの部分においては適切だった純粋非暴力よりも戦闘的な戦術を支持し、さらに先に進んでいった。
キングは、指導者たちは人気があることではなく正しいことをしなければならない、と述べて討論に付した。たとえ「友人」であったとしても、権力に圧力をかけ続けることによってのみ平等は可能となる。これは現在の公民権運動や労働運動指導者の世代が忘れてしまった(あるいは学んでいなかった?)教訓である。それに続いて街頭の右翼からの奪還、あるいは極右が止められない着実な変化がなされなければならない。
実際、オバマのホワイトハウスはあらゆる問題――医療、沿岸の石油採掘、原子力の問題でも――で、ビル・クリントンやジミー・カーター時代よりも右翼的である。「黒人」のオバマに右翼は反対しているが、彼の実質的な中道右派的政治に反対しているわけではない。彼の唯一の「勝利」は、医療は権利であるべきであって「特権」ではないという認識を打ち立てたことだった。もっとも彼の新医療法案は、それを達成していないのだが。
「抗議の政治」――戦略としての――は、黒人コミュニティーと労働者階級が必要とするものである。われわれは、黒人社会、そして社会全体の利益を推し進めるために、いますぐもっと多くのことをするよう(歴史的な公民権法が採択された後にキングがしたように)オバマに圧力をかけ、挑戦しなければならない。
▼マリク・ミオーは米国の社会主義・フェミニスト組織「ソリダリティー」の機関誌「アゲンスト・ザ・カレント(流れに抗して)」の編集者。
▼「アゲンスト・ザ・カレント」2010年5・6月号初出、「インターナショナル・ビューポイント」10年6月号に再録
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