| 高江住民とともにトーク集会 かけはし2010.6.21号 |
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辺野古新基地・高江ヘリパッド建設阻止の闘いに連帯しよう! |
7月工事再開
を止めよう!
六月十二日、早稲田大学で、ヘリパッドも基地もいらない! トーク集会「沖縄・高江 座りこみへの道」が、ゆんたく高江/沖縄・一坪反戦地主会関東ブロックの共同主催で行われた。最初に、やんばるからのメッセージとして、二〇〇七年七月〜八月のヘリパッド建設のために資材導入に反対する座り込みの様子を撮影したDVDが上映された。
沖縄本島北部の豊かな森に囲まれた地域をやんばる(山原)という。ヤンバルクイナ(飛べない鳥)など絶滅危惧種が多く棲息しているやんばるが映し出される。そしてそこに住む住民たちの豊かな表情。そこに突然、一九九六年SACO合意によって、北部訓練場の過半を返還する条件として、返還される区域から北部訓練場の残余の部分にヘリコプター着陸帯を移設することが、住民の合意や説明を一切しないまま決められた。一九九七年一月、高江住民は高江区民総決起大会で反対決議を行い、反対運動に立ち上がる。
爆音を発して低空で飛行したり、海兵隊員を何人も吊り下げたままで移動する巨大なヘリ部隊が高江の上空を飛ぶ姿が映し出された。二〇〇七年七月、防衛局は工事を着工し、機材の搬入を始めた。住民は座り込みでそれを阻止した。二カ月間の攻防で、工事は止まっているが、この七月から工事を再開すると、防衛局は公言している。
若者たちと高江
とのかかわり
司会の村上さん(ゆんたく高江)が「ゆんたく高江」とは高江に行ったことがある人など関東近郊に住んでいる人に高江のことを広めていこうというグループであることを紹介した。
トークの最初に、WWFジャパンの花輪伸一さんがスライドでやんばるの森は亜熱帯林で生物の多様性が保たれていることを紹介し、環境に配慮した基地建設などありえないと明らかにした。次に早稲田大学生など四人が高江にあるカフェ「やまがめ」で働きながら、座り込みに参加した経験を語った。初め基地問題はほとんど知ることなく、やんばるの自然に引かれ、また旅として高江を訪れた。自給自足の生活の中に基地がある。地元の人とのふれあいの中から、座り込み、基地問題を考えるようになった。東京に帰って、考えに幅が出てきた、デモにも参加するようになった、と報告した。
休憩を挟んで、金高望さん(ヘリパッドいらない弁護団)が「高江ヘリパッド問題―司法を利用した住民弾圧―」と題して、高江住民二人に対して、「反対のための通行妨害をやめろ」とする防衛局による本訴について報告した(別掲)。その後の質疑の中で、山口県上関原発反対運動に対して、「海上での工事妨害行動に対して、一日五百万円を払え」とする中国電力の訴えを裁判所が認めた判決を出したこと、それに対して反対する住民たちは、負けておらず、「払えないものは払えない。屈服はしない。阻止活動は普通に続けていく」と、語っていることが報告された。高江の裁判で、国は通行反対行動に対して、損害金を払えとまでは主張していないことが弁護士から報告があった。
座り込み続行
をめぐる葛藤
次に、ヘリパッドはいらない住民の会の男女四人のトークとミニライブが行われた。
家族で移住して野菜を作っている人。保育園の先生。本土から高江で知り合った人と結婚し、子どもができ移住した人。那覇市から、子どもの教育のために高江に移り住んだ人。
座り込みについて。大変だけど楽しんでいるという発言もあったが、別の人からは「ものすごく大変だ。二十四時間態勢でつきっきりとなると仕事ができない。子どもの面倒どうするか、家庭内で言い争うこともあった。日本全国そして海外からも支援に来てくれる。そうすると私たちの行動に自信がもてる」という発言があった。
b沖縄では五十六年間新しい基地はつくらせてない。沖縄で闘っている人たちが差し入れをしてくれたり、いざという時は行動の前面に出てくれる。話はするが、行動をたきつけるようなことはない。われわれは「飛行ルート、ヘリの種類、健康への影響」の説明を求めているのだ。あくまで非暴力で説得行動。
b女性だけの当番の時は恐い。体を張って、寝そべったり阻止した人もいた。
b一度、高江に来て現実を見て欲しい。いっしょに座り込みをしましょう。
b子どもの将来のために運動を続けたい。
b六世帯のうち、二世帯に子どもが生まれる。こうして代をつないで高江で生きていきたい。
b高江だけでは運動がつくれない。全国で運動の広がりをつくってほしい。
このような発言が続いた。
辺野古と高江の
協力した行動を
最後に沖縄・一坪反戦地主会関東ブロックの外間三枝子さんが「八月に、名護新基地建設の場所と工法を決めるとしているがこの動きの一環として、七月からの高江でのヘリパッド建設工事の再開もある。こうした局面でなにかできないかということで、今まで別個に行っていた集会を共催という形で、とりわけ若者たちとコラボできたことがうれしい。お互い支えあって励ましあっていきたい」と発言した。質疑応答があり集会を終えた。
東村にある高江は人口百六十人ほどだ。そんな中で、高江の人たちを支援しようという心のこもった集会になった。翌日は第三回、ゆんたく高江LIVEが行われた。高江への支援を強めよう。 (M)
金高望弁護士の報告から
国は住民弾圧をやめろ
訴訟を即時取り下げろ
二〇〇八年十一月二十五日、国、高江住民十五人を相手に仮処分申立(後に1人取り下げ)。二〇〇九年十二月十一日、那覇地裁決定(12人却下、2人について一部認容)。十二月十四日、住民二人、起訴命令申立。十二月十六日、那覇地裁、起訴命令。二〇一〇年一月二十九日、国、二人を被告として本裁判提訴。
本仮処分申立の目的
国は個々人の行為を特定せずに、「反対派は……」「集団的組織的に」という主張。ブログやインタビュー記事まで証拠として申請する。運動に参加した人は多数いるのに、なぜ高江住民ばかりが選ばれたのか? なぜ「八歳の女の子」が債務者(被告)にされたのか? それは市民運動に対する萎縮をねらったどう喝だ。
本仮処分のずさんさ
b 現場にいた事実すらない債務者b人違い多数b行為の特定がないb「債務者」=「反対派」。この結果、十二人については全面却下。
スラップ(SLAPP)
訴訟
b 公衆の関心事について表現の自由を行使した者に対して起こされた戦略的訴訟。日本でも「不当訴訟」が起こされている。大企業が運動をつぶすために高額のカネの損害賠償請求する。
高江通行妨害禁止裁判の
本質
本来、民主的な過程において解決すべき紛争。裁判を起こすことは一般国民にとっては精神的な負担を伴うものであり、萎縮効果大である。民主党を中心とする新政権が、自公政権が着手した「司法を利用した住民弾圧」を引き継ぎ、そして自ら本案提訴に至った。
今からでもよい。国は訴訟を取り下げよ!
裁判は現在口頭弁論の第三回まで進んでいる。ここでも国のズサンさが目に余る。例えば、第二回目に、証拠の原本と弁護側に寄こしたコピーが違っていた。第三回目で、また三ページ目が違っていることが明らかになった。
新しい裁判官が「この訴訟は裁判になじまない。債務者側が違法なことはやらないと言っているのだから、それでいいのではないか」とし、現場を見に行くとも発言した。五月二十六日、裁判所は和解を求めた。
われわれは工事着工そのものが平和的生存権を脅かすものであり、違法であると主張していく。
反安保実連続学習会第3回
日米安保体制と違憲判決
砂川からイラク派兵まで
4つの判決を例に
問題点を分析する
五月一日、新しい反安保行動をつくる実行委員会が主催する連続学習会「60年安保から50年 もうやめよう!日米安保条約」の第三回が、東京・文京区民センターで行われた。三回目のテーマは「日米安保体制と違憲判決――砂川からイラク派兵」で、ピープルズ・プラン研究所の山口響さんが報告した。
山口さんは、@一九五九年三月の砂川闘争についての東京地裁・伊達判決と同年十二月の最高裁「差し戻し」判決、A一九六七年三月の恵庭裁判(北海道・恵庭で酪農業者の兄弟が被害に耐えかねて陸上自衛隊の通信線を切断した事件)・札幌地裁判決、B一九六九年八月の長沼裁判(北海道・長沼で航空自衛隊のナイキ・ミサイル基地設置のための保安林指定解除の無効をもとめて住民が提訴)・札幌地裁判決と札幌高裁逆転判決(1976年8月)、最高裁判決(1982年8月)、C航空自衛隊イラク派兵違憲・名古屋高裁判決(2008年4月)の四つの例を検討して、問題点を明確にした。
統治行為論まで
憲法判断会費
日米行政協定に基づく刑事特別法違反(米軍施設・区域への侵入)が争点になった砂川裁判・伊達判決は、「日本が米軍駐留を許容していることは、日本が米軍への指揮権を持っているか否かに関わらず、憲法違反」であり、刑特法は違憲として被告に無罪を言い渡した。この判決に対して米大使館はただちに政府・最高裁に介入して、異例の「跳躍上告」(高裁を飛び越えて最高裁に上告)を行わせ、最高裁は「米軍は憲法が保有を禁じる『戦力』にあたらない」、「日米安保条約は『高度の政治性』を持ち、違憲かどうかの判断は司法の審査になじまない」「一見極めて明白に違憲無効でないかぎり、違憲立法審査権の範囲外」という「統治行為論」を持ち出し、伊達判決を棄却した。その後、この「統治行為論」は安保の違憲性訴訟をはねつける論理として「判例」になってしまった。
恵庭裁判では、通信線の切断が自衛隊法一二一条の「防衛の用に供する物」の損壊に対する処罰によって起訴され、被告側は自衛隊の違憲性を問う裁判として闘ったが、結局札幌地裁判決は憲法判断を回避し、「通信線は防衛の用に供する物」ではないとして被告を無罪とした。検察も控訴をやめて同判決は確定することになった。憲法判断を回避したこの判決は「肩すかし判決」として批判されることになる。
長沼裁判の札幌地裁・福島判決は、レーダー施設建設によって攻撃の第一目標となる可能性があるかぎり、平和的生存権の侵害の危険性があるとして、原告には「訴えの利益がある」と判断し、保安林指定解除処分を取り消した。そして裁判所が憲法判断を積極的に行う義務があるとし、自衛隊は「戦力にあたり違憲」としたのである。この判決をくだした福島裁判長に対して、札幌地裁平賀所長の「森林法違反に対しては慎重な判断を」とする書簡による介入(平賀書簡)があったことが明らかになり、大きな問題となった。しかし一九七六年八月の札幌高裁控訴審判決では、「平和的生存権には裁判規範としての具体性がない」として一審福島判決を取り消し、「統治行為論」によって自衛隊についての憲法判断を避けてしまった。最高裁は住民側の上告を棄却し、住民は敗訴した。
われわれの記憶に新しい二〇〇八年四月のイラク派兵違憲・名古屋高裁判決は、空自のイラクでの空輸作戦はイラク特措法にも違反し、かつ憲法九条違反と認めた上で、「平和的生存権には具体的権利性がある」とした(ただし本件には権利侵害があったとは認めず)。イラク派兵違憲訴訟は、「イラク派遣差し止め」「平和的生存権侵害への損害賠償」を求めた原告の訴えは認めず、形式的には「原告敗訴」だったが、イラク派兵の違憲性・平和的生存権の具体的権利性を認めた点で、画期的なものだった。
反戦平和運動と
裁判闘争の結合
このように安保・自衛隊の違憲性を問う裁判は、成果と後退を繰り返してきたが、「統治行為論」の壁を崩すにはいたっていない。しかし、自衛隊の海外派兵の現実と憲法が決定的な矛盾を拡大している今日、具体的な反戦・平和運動や憲法改悪に反対し「憲法を生かす」闘いと裁判闘争を結合していくことの意義、そして司法制度の官僚的壁に穴をうがつ作業の重要性はいっそう重要になっていくだろう。
討論の中では、学習会に参加していた政治学者の石田雄さんが、「平和的生存権」を論じる際に九条と二五条(生存権)を結合する運動がいっそう重要になる、と強調した。 (K)
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