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                 かけはし2010.7.12号

雇用確保実現へさらに奮闘

「JR不採用」係争事件の一括和解成立

 六月二十八日、JR一〇四七名不採用事件の「裁判上の和解手続き」が最高裁で行われ、和解が成立した。この手続きの場には、鉄建公団訴訟の加藤晋介弁護士をはじめ五つの訴訟の弁護士が参加し、被告側代理人も出席して和解条項が確認された。和解手続き終了後記者会見が行われ、4者4団体と訴訟弁護団による共同声明が発表された。和解成立は当事者の長年にわたる闘いの成果である。「共同声明」を掲載する。(編集部)

資料
「JR不採用」係争事件の一括和解成立に伴う共同声明

 本日(6月28日)最高裁判所において、国鉄「分割・民営化」によって生じた「JR不採用」問題を巡って、独立行政法人鉄道建設・運輸施設整備支援機構(鉄道・運輸機構)との間で係争していた訴訟の一括和解が成立した。

 今回の最高裁判所における一括和解の成立は、本年4月9日に「人権・人道」上からの解決に向けた政府と当時の与党3党(民主党・社民党・国民新党)及び公明党のご尽力により合意された政府解決案に基づき実現したものである。
 これまでにも国鉄改革の「負の遺産」として、政府に解決を促す全国836自治体の「意見書」の提出や日本政府に人道的見地からの解決を促し続けたILOからの度重なる働きかけがあった。
 本日、JR不採用事件の労働争議が和解解決を迎えることができた意義は計り知れない。私達は本問題の解決にご尽力をいただいた全ての政党及び関係国会議員の皆さんに、あらためて衷心より厚く御礼を申し上げる。

 国鉄改革にあたって「一人も路頭に迷わせない」「組合差別があってはならない」との大臣答弁や参議院付帯決議にもかかわらず、組合差別により解雇されて23年、当事者とその家族は、被解雇者という屈辱、そして働き盛りの人生の大半を費やしてしまった苦悩の中で筆舌に尽くせぬ苦難の道を歩んできた。

 当事者が求めていた「路頭に迷わない解決」に沿った政府解決案によって、ようやく本日、最高裁判所において原告らが待ち望んだ解決の日を迎えたことは感慨無量のものがある。
 しかし、一方、無念にも家族を残して鬼籍に入った国労、全動労の被解雇者63名の原告と共に解決を喜び合うことが出来なかったことは痛恨の極といえるものである。

 過ぎ去った日々は、もはや取り戻すことはできないが、本日の和解解決を契機としながら、原告らはむろんのこと、家族や遺族もそれぞれが積年の思いに一つの大きな区切りをつけて自らの道を進み、人生の再出発がはかられるものと固く信じてやまない。
 そのためにもいかなる場合であっても、かかる不幸な紛争は将来にわたって二度と起きることのないよう心から切望するものである。

 「4者・4団体」は、これまでご尽力いただいた関係者・関係団体の皆さんに重ねて御礼申し上げるとともに、今後積み残されている雇用確保が実現されるまで全力をあげて奮闘する決意である。引き続き関係者の更なる支援・ご協力をお願いする次第である。

2010年6月28日

4者・4団体・関係訴訟弁護団

【4者】
国労闘争団全国連絡会議、鉄建公団訴訟原告団、鉄道運輸機構訴訟原告団
全動労争議団鉄道運輸機構訴訟原告団
【4団体】
国鉄労働組合、全日本建設交運一般労働組合、国鉄闘争支援中央共闘会議
国鉄闘争に勝利する共闘会議
【関係訴訟弁護団】
採用差別国労訴訟弁護団、採用差別横浜人活訴訟弁護団、鉄建公団訴訟弁護団
鉄道運輸機構訴訟弁護団、全動労争議団鉄道運輸機構訴訟弁護団




NTT企業年金減額訴訟、最高裁で勝利
企業利益のために労働者福祉
切り捨てる「構造改革」に痛打


「赤字転落」の
キャンペーン

 最高裁は六月二十日、NTTの「年金減額不承認処分取り消し請求」について「上告棄却」「上告審として受理しない」との決定を行い、NTTの敗訴が確定した。
 この決定は「企業が経営上の必要性から年金の減額を行う」ことを許さないとともに、「受給権者の保護」のため「国の役割・関与」の必要性を確認するものであり、NTTが主張してきた「企業の自主性」「労使合意」に対する法的制約を明確にした。
 NTT構造改革は、ありもしない「NTTの赤字転落」の危機を叫び、中高年齢労働者五万六千名を退職再雇用に追い込んできた。同時に十四万人の年金受給者、受給権者の企業年金についても、このままでは膨大な積立金不足の中で「年金制度が潰れる」として年金減額を打ち出した。当時、NTT労組定期全国大会(03年7月)は年金制度見直しを決定したが、「退職再雇用制度導入時における既受給者、措置者などの拡大など考えれば、当然、責任準備金不足は事前に想定できたはずだ」という意見が代議員から出された。執行部は「…退職再雇用制度導入時、積立金不足となる状況は把握していた…」と答えている。その意味するところは、NTT構造改革攻撃により八万人にも及ぶ「退職者」を生み出し、それによって意図的に「積立金不足」を作り出し、企業年金制度を改悪して「企業負担を軽減」し、労働者福祉を後退させる意思が経営協議会のなかでの合意としてあったということだ。

NTTの敗北は
経営者全体の敗北

 「(経営者の)力の及ぶ範囲の中で構造改革を実現する」。当時のNTT社長は構造改革攻撃をそのように述べている。その最大のものは「成熟部門の労働者のコスト削減」であり、「五〇歳雇用選択」の導入による労働条件の破壊だった。同時に、企業年金受給者に対する攻撃も周到に準備され、OB管理者組織である「電友会」、電電公社時代から続く「退職者の会」等々の役員によって「同意取り付け」の戸別訪問などが陰湿に展開された。
 このようなNTT労使の動きは、経団連をはじめとする経営者たちの全面的な支持のもとに行われてきた。現在、確定給付企業年金を運用している企業は八千社ほどあるが、景気後退、運用利回りの低下の中で給付減額をもくろむ企業が増えている。企業年金制度には税制優遇措置が図られている。しかし、運用益が縮小すれば、不足した積立金を企業が拠出して準備金を適正な額にしなければならない。
 NTTは、現役世代の企業年金制度を「確定給付型」からキャッシュ・バランス・プラン導入による規約型年金制度に変え、同時に年金受給者の給付額減額を行おうとした。NTTの主張は、受給者の三分の二の合意という「手続き」さえ取れば「減額」は可能であり、労使合意に対する国の関与は「労使自治」の原則に対する不当な介入である、というものだ。しかし、退職金の一部を企業年金化して将来にわたって「約束した給付」を「多数決によって決めて良い」などという主張は無謀としかいいようがない。
 退職金は「賃金の後払い」であり、年金化した原資は個々人の「財産」であり、少なくとも同意しない人の「財産権」を「侵害するか否か」を多数決によって決めることなどできるはずがない。
 しかも「NTTの赤字転落の危機」は全く存在してこなかったばかりか、世界一の企業の称号まで戴く企業となった。NTTグループは「減収」「増益」を繰り返し、巨大な利益を蓄積してきた。労働者には「減収」を意識させて雇用の流動化と徹底したコスト削減を強要する一方、「増益」によって役員報酬を引き上げ、株主配当を膨れ上がらせてきた。
 今回の勝利判決は、こうしたNTTをはじめとする経営者の手法に対して「受給権者の保護」と「国の関与」を明確にした。この裁判に当事者として参加してきた八百名の訴訟参加者、怒る年金受給者・受給権者、構造改革攻撃に反対してきた労働者・労働組合の勝利である。

「構造改革」を打ち砕く闘いの発展を

 企業年金減額攻撃は、NTTの構造改革攻撃の大きな柱であった。これが成功するか否かを固唾をのんで見守っていた経団連を始めとする経営者は、NTTの敗北後、「より明確な年金減額のためのガイドラインを作れ」と主張している。NTT労使の「密接な労使一体関係」をもってしても「成功」しなかったことに対する資本の苛立ちが表れている。
 私たちは「NTTの企業年金改悪に同意しない会」を組織し、訴訟に参加してきた。全国的には「NTT企業年金減額反対訴訟参加団」を「同意しない会」「NTT企業年金改悪に反対する会」「電通労組全国協議会」「NTT関連労働組合協議会」の四団体で組織し、八十三名の訴訟参加団で反対運動を展開してきた。全労連・通信労組の訴訟参加団を含めると八百名の年金受給者が当事者として、NTTが国を訴えた裁判に訴訟参加したのである。
 NTTリストラは、労働者分断を推し進めながら階層化、低賃金構造を作り出している。NTT本体、各県のアウトソーシング会社、その子会社、協力会社、パートナー……。多重化された組織構造のなかで現場に近いほど非正規雇用労働者が拡大し、全体を見渡すと経団連が「新時代の日本的経営」の要として策した雇用構造がくっきりと表れてくる。私たちは今回の年金減額反対闘争の共同の闘い、取り組みをより一層強化発展させ、新自由主義路線のもとで繰りだされるNTT構造改革の数々の攻撃を具体的に打ち砕いていきたい。
 最後に、この構造改革・年金減額の攻撃に心底から怒り、同意しない会のメンバーとして訴訟参加した電通労組初代委員長である故菅野征二さんに勝利の報告を捧げます。きっと、にっこり笑って勝利の美酒に酔いしれることでしょう。
(電通労組・高橋記)




コラム
第五の権力?

 言うまでもなく第四の権力とはマスメディアのことである。影響力の強弱の差はあれ、この現象は世界的だと思われる。この日本では、ある時は「メディア選挙」という造語を造り、自らの影響力を誇示。またある時は、頻繁に「世論調査」を行い、政府の支持率、不支持率を公表し、その命運を左右してきた。
 第五の権力が、アメリカで顕著に登場し始めるのは、一九九〇年代後半である。ソ連邦の崩壊によって、米ソ対決を軸とした世界の基本構造が終焉し、時代そのものが流動化の波に飲み込まれていく過程である、もう一つは、インターネットの急速な広がりと、その能力の発展と軌を一にしている。
 日々、流動化、複雑化する世界の諸情勢をデータベースとして集約・分析し、それを基礎に研究・立案する様々な政策の質を向上させるためには、インターネットの発展を媒介とすることなしには有り得なかったという。
 大統領選ともなれば「アメリカ進歩研究センター」(民主党系)や「ヘリテージ財団」「AEI」(共和党系)などのシンクタンクの名を度々目にすることになる。民主党が政権を取れば、「アメリカ進歩研究センター」の研究員は政府のブレーンとなり、その研究の成果は現実の政策となる。共和党が政権を握れば、逆のことが起きる。まさに理論的支柱の役割をになっている。
 他方、アメリカのメディアは、このシンクタンクへの依存度を深めることになった。ニュースの作成の際に、シンクタンクが提供する情報は貴重であり、それを使って記事を書き、研究員たちのインタービューなどで紙面を組み立てているそうだ。かくして、アメリカのメディアはその独自性を弱体化させ、第四の権力としての位置を失なったという。メディアの危機である。シンクタンクが「第五の権力」と呼ばれるようになった。
 シンクタンクの起源は、イギリスのフェビアン協会(19世紀後半)だと言われている。今日では、中国の社会科学院もよく知られている。
 現在、日本でも数多くのシンクタンクが存在している。が、アメリカの第五の権力に匹敵するようなものは皆無である。最大、最強で、永遠に不滅の「霞が関の官僚集団」に対抗する力もなく、そのつもりもないと言っても過言ではないのではないか。この現状では、政権交替が、政権交替でなくなるのも、けだし当然と言うべきなのかも。それだけではない。大手メディアもまた「霞が関」への依存度を深めてきた。様々な「記者クラブ」を通して流される情報で記事を書き、関係者への有形無形のインタビューを使って紙面を組み立ててきた。これを独自取材と言うらしい。足腰が弱くなるのもうなづける話ではある。節目、節目の社説や論説も独自性はほとんど見られなくなった。日本のメディアの危機はもっと深刻である。メディアが果たすべき、独自の社会的役割について、見なおす時ではないか。国家権力の監視という観点から、政界通であることも結構だが、社会に存在する差別や格差、不正義に目を光らせ、社会的弱者に寄り添うという独自の役割も忘れてはならないのではないか。
 世界の一極支配を誇ってきたアメリカの時代が終焉しつつある新たな時代の幕開けの中で、もう一つの世界をめざす独自の模索が問われているのではないだろうか。(灘)

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