| 天安艦事件の幕引きをはかるハンナラ党 かけはし2010.7.19号 |
科学者らの真実追究に逆行
特別委の閉鎖をねらう政府 |
天安艦は選挙用だったのか? 天安艦の真実は完全に明らかになったのか?
前者の質問に「まさか」と、後者には「まだだ」と答える人々は首をかしげることだろう。イ・ミョンバク政府やハンナラ党は、天安艦の真実を追跡する作業を「もう、やめよう」と言う。4月28日の国会本会議を経て作られた「天安艦沈没事件真相調査特別委員会」が、然るべき活動もできないまま幕を下ろす危機に直面している。
〈ハンギョレ21〉は第815号の特集記事で、かつて米国で爆発事故の原因を隠し犠牲の羊を作り出して事件をでっちあげようとし、米国議会の粘り強い調査の末にその全貌が明らかになった米軍艦アイオワ艦の事例を挙げ「アイオワ艦の教訓から学べ」と報道した経緯がある。政府・与党はこれに忠実に従っているようだ。ただし、全くあべこべの方向に。
5月20日、民軍合同調査団(以下、合調団)が天安艦沈没の決定的証拠だとして提示した魚雷の部品と船体の吸着物質の分析結果が、科学者たちによって否定されている。合調団は北韓(北朝鮮、朝鮮民主主義人民共和国)のヨノ級潜水艦が浸透し、爆発装薬250キログラムの重魚雷を撃って天安艦の船体下部で爆発させるとともに、バブルジェット現象によって天安艦がまっぷたつになった、と発表した。けれどもイ・スンホン米国バージニア大学教授やヤン・パンソク・カナダ・マニトバ大学博士らは合調団が提示した資料を科学的に検証しながら、「爆発の証拠を見つけることはできなかった」と主張する。
科学者たちの合理的疑いは、天安艦事故直後、および合調団の発表以後に疑惑を提起してきた政界人やメディア・ネット上で交わされている様々な主張などとはレベルが違う。そうであれば国会の天安艦特委は科学者や船舶事故の専門家らの意見を聞いて検証しつつ実体的真実を求めることに主力をおくべきだろうに、ハンナラ党の立場はむしろ反対だ。天安艦特委のハンナラ党幹事であるファン・ジナ議員は「すでに監査院の監査を通じて、明らかにされるべきものはすべて明らかにされたのではないのか」とし、特委の活動延長に反対した。だが監査院監査は天安艦事故以降の軍の対応が適切だったのかについての監査だったのであって、天安艦の沈没原因を明らかにする監査ではなかった。ファン議員は天安艦特委の延長を主張している野党に向かって、「7月の国会議員補欠選挙に天安艦事件を政治的に利用しようとする目的だと見るほかはない」と攻撃したりもした。
突然、「白色閃光」の陳述書
天安艦特委所属のチェ・ムンスン民主党議員が最近公開した生存将兵58人の証言書を見ると、魚雷による爆発やバブルジェット現象があったのならば当然に伴わなければならない水柱を目撃しただとか火薬の匂いをかいだという人が、ただの1人もいない。陳述書は国防部が1対多数のやり方で自筆陳述書を受けた後、必要な部分では1対1方式で追加陳述書を得るやり方で作成された、とチェ議員は語った。
爆発の証拠物である水柱の有無について、軍の立場は大きく変わったものがある。3月26日の天安艦沈没直後、そして4月の生存者将兵の記者会見のときまで、巨大な水柱は存在しなかった。
ところが5月20日の合調団発表の際は、水柱と解釈できる「白色閃光」が登場した。チェ議員は、この「白色閃光」に関する陳述書も公開した。ペンニョン島の哨兵であるパク某上等兵は3月28日に書いた自筆陳述書で「午後9時23分ごろ、哨所の4キロ地点で突然、落雷の時のような『ど〜ん』という音と共に白い閃光が見え、2〜3秒後に消えた。『前方に落雷聴取』と中隊状況室にインターフォンで報告した」と語った。
パク上等兵の「閃光陳述」は事件初期には「水柱」だとは解釈されなかったのに、合調団発表の際は水柱の証拠に変わる。軍はこの「閃光陳述」に関連して4月8日「ペンニョン島の哨兵1人が何か白いものが跳ねあがるのを見たようだと語ったが、艇の見張りが水柱を見たことはないと言っているだけに信頼性に乏しい」と発表した経過がある。ところがそうこうして5月20日の合調団発表では「衝撃によって倒れた左舷の見張り兵の顔に水がはねたという陳述と、ペンニョン島の海岸哨兵が2〜3秒間、高さ約100メートルの白色閃光の柱を観測したという陳述内容などは、水中爆発によって発生した水柱現象と一致する」と発表した。4月8日の軍の発表と5月20日の合調団の発表を重ね合わせると、当初は信頼性が乏しいとしていた「閃光陳述」が6・2地方選挙に臨迫した合調団の発表では水柱爆発の決定的証拠である「水柱」に変わった、という訳だ。
合調団が爆発の武器とみなした北韓産CHT―02D魚雷は爆発装薬が250キログラムだ。オーストラリア海軍が1999年に爆発装薬295キログラムの米国産重魚雷で2700トン級の退役護衛艦を対象に火力試験を行った。この試験の場面を考えれば、合調団がそうみなした問題の魚雷が爆発した場合、天安艦全体を覆うほどの、最小限100メートル以上の水柱が発生するのは常識だ。
爆発後も残るペイントの謎
爆発があったのかどうかをキチンと糾明できなければ、合調団が決定的証拠だとして出した「イルボン(1番)魚雷」の実体もまた疑わざるをえない。
まず合調団が「1ボン魚雷」が北韓産だと言う証拠として言及した「海外に武器を輸出するために作った北韓産武器紹介パンフレット」は誰も見た人がいない。チェ・ムンスン民主党議員とイ・ジョンヒ民主労働党議員が特委でパンフレットの存在の有無を問いただして資料請求をしたが、軍が提示したのは出所も分からない書類が数枚、これがすべてだった。
では、公開された設計図面はどうか。設計図には「プロペラ」(注、これは韓国式表記)という表現が登場する。我々とは標準語の表記法が異なる北では「プロペルラ」と表記する。設計図面に登場している意味のない日本語表記についても、軍は何度も説明を変えた後、「設計図面上の表記は日本語ではなくコンピューター・プログラムの互換上の問題から発生した無意味な記号」だと発表した。これは原資料である北韓産武器紹介パンフレットを公開しさえすれば消えさる論難だ。
魚雷部品に残っている文字「イルボン(1番)も爆発の有無を糾明する『カギ』のうちの1つ」だ。合調団は当初「魚雷の動力装置は鉄、アルミニウム、ステンレスなどで構成されており、材質によって腐食の程度に違いが生じる」と説明した。けれども「爆発を経たのであれば1ボンという文字が残っているわけがない」「1ボンと書かれている部分は腐食していなかった」などの疑問が示されると、「1ボンの文字は腐食を防止するために鋼鉄に塗っておいた銀色ペイントの上に書いた」と言葉を変えた。匿名を条件とした、ある金属専門家は「合調団の構成や『1ボン』についての説明を見ると、鉄鋼についての専門家の検証を経ていないものと思われる」「今からでも専門家の検証を受けて金属の材質を明らかにし、実際に海水や高熱でペイントや魚雷の部品にいかなる変化が生じる金属なのかを判断しなければならない」と語った。多くの国策研究所があるのに、同じ条件、つまり同じ材質の金属の上に書かれた油性ペンの文字が同じ温度の水中爆発でどんな影響を受けるのかを明らかにする実験が、そう難しいものだろうか。
「事故の瞬間」が消えた映像
事実、これらすべての論難に終止符を打つことのできる決定的証拠は熱像監視装備(TOD)の映像だ。魚雷による被撃と爆発の映像があれば、天安艦が爆発によって沈没したという決定的証拠となる。軍は3月30日、〈ハンギョレ〉がTOD映像に関する報道を行った直後から、さまざまなバージョンの映像を公開した。軍が発表した事故の時刻に合わせてキム・テヨン国防長官がTOD映像の編集を指示した事実が監査院監査の結果、あらわになりもした。
軍が最初に公開した1分20秒ほどの映像(9時33分31秒)から事故発生36秒直後から撮影された最後の公開分まで、これまで公開されたTOD映像の特徴は、「軍がないと言っていた映像が、新たに公開されるたびごとに事故発生時刻に近づいた場面が盛り込まれている」という点だ。最初の公開TOD映像には艦首だけが浮かんでいる場面がある反面、4月7日の生存将兵記者会見当時に公開した映像には9時4分ころの正常起動場面、艦首と艦尾が分離された場面(9時24分18秒〜9時25分19秒)、艦首沈没場面(9時25分20秒〜10時9分3秒)などが含まれている。国会・天安艦特委で公開された一番最近のバージョンには事故時間帯の姿が盛り込まれたが、事故発生時刻から36秒が経過した、天安艦が右側に傾いた姿が映っている。魚雷の被爆とバブルジェット現象があったのならば、これを明確にさらけ出してくれる「事故の瞬間」の映像は巧妙にもない。本当にないのだろうか。
米国だけに渡った詳細報告書
北韓魚雷による沈没という合調団の発表に解き明かされない疑惑が多いにもかかわらず、イ・ミョンバク政権は、今やもう天安艦特委の扉を閉ざそうとしている。万が一、ハンナラ党の主張通りに天安艦特委が、たった2回の会議の末にその活動を終了するのであれば、わが国の国会議員たちは「パジ・チョゴリ(何の役にも立たない、でくの坊の意)」となる。
政府が天安艦の沈没原因に関連して天安艦特委の委員たちに提出した調査報告書は7ページがすべてだ。5月20日の合調団の駐韓調査発表の際の報道資料だ。ところがヒラリー・クリントン米国務長官が5月26日、「400ページ分の調査報告書」に言及した。キム・テヨン国防長官は、特委の委員たちがこの「詳細報告書」の存在について訊ねると「クリントンに聞いてみろ」という趣旨の答えをしたことがある。
ところが、詳細な報告書は存在した。国会の天安艦特委の委員らは一度も見たことのない251ページ分の詳細報告書を駐韓米国大使館は持っていた。しかも国防部は米国大使館側に「この報告書は国会に報告しないものだから、外部には知らせないでくれ」との注文までしたことが伝えられた。6月21日、米国大使館が特委所属の民主党議員補佐官を相手に開いた非公開説明会で、このような話が行き交ったという。ハンナラ党の議員らは、この詳細報告書の存在を知っていたのだろうか。国民を代表せよ、として国会に送った議員たちは見物さえできない詳細報告書を米国大使館側が持っているという現実を、わが国民はどう受けとめるべきなのだろうか。それにもかかわらず、「天安艦沈没事件真相調査委員会」は、その扉を閉じなければならないのだろうか。(「ハンギョレ21」第817号、10年7月5日付、キム・ボヒョプ/ハ・オヨン記者)
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