| 日米安保反対の闘いを かけはし2010.7.26号 |
横田基地に抗議の集会・デモ
「米軍再編」で強化される関東の基地と日米の一体化 |
空自航空総隊司
令部の横田移転
関東地方でも梅雨明けとなった七月十七日、広大な米空軍横田基地を抱える東京・福生市の福生市民会館で「横田にも辺野古にも普天間にも基地はいらない7・17横田行動」が開催され八十八人が参加した。
司会をつとめた立川自衛隊監視テント村の大洞俊之さんが、沖縄の米軍基地問題とは何よりも私たち自身の問題だ、と集会の趣旨を説明し、沖縄の闘いと連帯するためにも航空自衛隊航空総隊司令部が移転し、「日米共同統合運用調整所」が設置されて、米軍の指揮下に自衛隊が「融合・吸収」される「米軍再編」の現実が進行する横田基地への闘いが重要であることを強調した。
撤退を実現する
ための行動計画
メインの講演は軍事問題研究者の前田哲男さん。「日米安保と米軍再編」というテーマで報告した前田さんは、米軍再編の本質について@「第三次安保」としての性格を持ち、基地のリニューアルと自衛隊との一体化A「第二次関東計画」としての側面――「首都圏を再制圧」する米軍基地B「安保植民地」としての沖縄――普天間基地の辺野古移設、という三つの側面から問題を提起した。
「第二次関東計画」とは何か。「第一次関東計画」とは一九七三年以後に展開されたものであり、米軍はベトナム戦争後に首都圏の広大な基地を返還(立川基地、ジョンソン基地、キャンプ朝霞、水戸射爆場など)する一方、拠点化を推進し空軍の横田集中と第七艦隊の横須賀常駐化を実現した(米空母の横須賀母港化)。それは同時に自衛隊の移駐と「共同使用基地」の拡大とセットだった。
一方二〇〇五年以来の「米軍再編」の下で進められる「第二次関東計画」は、原子力空母ジョージ・ワシントンの横須賀配備、米陸軍第一軍団前方司令部の座間移駐、日米空軍が合同して「輸送ハブ基地」から「アジア・ハブ司令部」に変貌する横田基地、という形で進められている。「米軍再編」完了後の二〇一四年の姿は首都圏に二つの飛行場(横田、厚木)と一つの軍港(横須賀)を持ち、それぞれが自衛隊との「共同司令部」、訓練センターを保有し、「戦略目標」を共有して海外派兵態勢を取ろうとするものだ、と指摘した。
前田さんは、こうした中でまさに安保そのものを問題としていくために、「政権交代」後の具体的要求として、米軍撤退に追い込む具体的行動計画として今年末に期限切れとなる「思いやり予算協定」第六次延長をしないこと、「日米地位協定」の改定を申し入れ、「国内環境基準の遵守」、汚染除去のための「原状回復義務」を明記すること、「旧軍港市転換法」の沖縄基地への適用を要求し、「平和都市建設」に向けた修正案を国会で成立させ住民投票を行って、「跡地と施設の無償譲渡」を受けること、などを提案した。
申し入れ受け取り
を拒否する米軍
講演に続いて、沖縄・一坪反戦地主会関東ブロックの上原成信さん、辺野古への基地建設を許さない実行委員会の木村雅夫さん、横田基地被害をなくす会の塚本さん、元福生市議の遠藤洋一さんがアピール。座間のバスストップから基地ストップの会の原順子さんからの文書による連帯アピールも代読された。
アピールの中で遠藤洋一さんは、自衛隊航空総隊司令部の横田移転に伴って自衛隊用の住宅、隊員の子どもたちを想定した小中一貫校の建設などが横田基地周辺に計画されており、「航空自衛隊横田基地」という言葉も使われ始めている、と自衛隊側の「気分高揚」ぶりを紹介した。
集会後、広大な米軍横田基地に沿ってデモを行った。横田基地正門前では在日米軍司令官エドワード・A・ライスjr中将宛の申し入れ書も読み上げられたが、例によって米軍側は受け取りに現れることもなかった。
デモは、米軍のアフガニスタンでの戦争への抗議、普天間基地の即時返還、横田基地撤去などを訴えながら福生駅まで一時間半にわたって行進した。 (K)
いらないAPEC!神奈川の会結成
「自由貿易」と重なり合う
治安管理体制吹き飛ばせ
【神奈川】七月十五日「いらない(じゃん)APEC!神奈川の会」結成のつどいを横浜で行った。参加者は四十人あまりだ。まず司会の京極紀子さんが「いらないと会の名前をうっているが、わからないことが多いので学習などしていきたい」と切り出した。会の沿革として、「二〇〇八年TICAD対抗アクションを経て交流のあった東京の仲間などが先に立ち上げた『APECいらない民衆フォーラム実行委員会』と協力しながら神奈川で出来ることを主体的にやっていきたい」と宮崎さんが決意表明した。
真に持続可能な
社会のあり方を
この日の話にたったのは、実行委員会で活動する山浦康明さん(日本消費者連盟)と秋本陽子さん(ATTACジャパン)である。
山浦さんは「APECって何?」という題目で、APECの設立経緯、WTO、FTA、G8,G20との関連を解説した。山浦さんが強調していたのは、APECが非公式会合であるのに、政治的にはかなり重要な役割を果たしていることである。
国家間自由貿易の拡大という名目で、大企業同士のビジネス会議の外観をもちながら、九・一一テロ以降は軍事・治安の問題を確認することが前面に出てきているのは最近の傾向であるという。農産物等の「自由貿易」によって膨大な数の社会的弱者が生み出され、エネルギー対策をうたっていても原発の「自由貿易」によって核の危険をかつてなく拡散する装置としてのAPECが、人々にとって決してありがたい場所でないということは、参加者も共有できたに違いない。
秋本さんは、APECが推進しようとする社会への対抗軸を打ち出しながら、その新経済成長戦略とAPEC宣言の類似に見られる民主党・菅直人政権の無能力、軽佻浮薄を批判した。@雇用においてその企業優遇政策が労働者の福利につながらないのは明らかA金融を主流産業にするという言及は、二〇〇八年「リーマンショック」以降の財政支援投入と投機マネーの肥大、アジア各国の投機規制の実態を全く見ていないB東アジアの中間層をターゲットにした海外進出という戦略も、中国の人民元決済の浸透、東南アジアの経済自立発展の度合いを見誤ったものである、C三菱商事がマニラで水の管理を請け負うような動きは許さないと、菅政権がさっそく犯している誤りを指摘した。
その上で、成長という概念、「お金」による豊かさの見直しを念頭に、「反グローバリゼーション」、「新自由主義反対」という当たり前の言葉を掲げるのではなく、持続可能な社会を作る行動を作ろうと呼びかけた。
二人の話の間に、神奈川の会の仲間がAPECにまつわる治安問題を話した。神奈川県警はAPEC警備としてすでに様々な訓練を行い、イギリスから専門家を招いてシンポを開く予定もあるようだが、実際には九・一一テロのアルカイダ、サリンをまいたオウム真理教、一昔前の左翼団体の印象を混ぜ合わせて、APECはテロ対策の場であることを宣伝している。神奈川の会の仲間はその設定のこっけいさに触れながら、桜木町駅前での野宿者排除、地域住民協力体制の形成を考えれば、APECを利用した監視体制を許さないという何らかの行動が求められると呼びかけた。
二〇〇九年十一月の民主党の事業仕分けでもAPECに費やす国家予算の二〇パーセント削減という判定が出たりしたが、税金無駄遣いの実態にも迫りたいという発言もあった。
この他、APEC民衆フォーラム実行委員会から十一月の行動概略説明があり、「『ザ・コーブ』上映を支持する会・横浜」、「辺野古への基地建設を許さない実行委員会」、「沖縄の自立解放闘争に連帯し,反安保を闘う連続講座」のメンバーからアピールを受けた。
この集会に対しても、多くの公安警察が入り口で監視に励んでいたが、こういった人たちへの批判が、APEC批判の主軸になることは確かである。同時に世界的規模で進む資本の再編にAPECがどう活用されるのかを見極め、横浜、神奈川からもAPECの矛盾を感じる人の存在を発信しなければならない。(海田)
移住連・連続講座「移住者のリアリティ」
自覚なきレイシズム国家日本をどう可視化するか
ナショナリズム
とレイシズム
本紙でも随時伝えているが、ここ二、三年、過去の街宣右翼とは明らかに異なる、「市民の自発的運動」の形態を身にまとい、レイシズムを意識的積極的に発信する「在特会」を典型例とする右翼が活発化している。これらの勢力は、移住者のまったく保護のない現実に対し移住者の権利回復のため各地で行われている活動にとっては、フィリピンのカルデロンさん一家の場合を端的な一例として、現実の敵対者となっている。
一九九〇年代以降移住者の権利回復運動に重要な役割を果たしてきた「移住労働者と連帯する全国ネットワーク」(移住連)は今年、在日韓国人問題研究所と在日韓国YMCAと共催で、「連続講座・移住者のリアリティ/レイシズムを考える」を開催してきたが、そこでは、前述のような憂慮すべき事態への対抗の必要性が意識されていたと思われる。
七月十日、その第三回目が鵜飼哲さん(一橋大学大学院教授)を講師として開催された。題名はそのものずばり「ナショナリズムとレイシズム」。明確に「在特会」などの現象に焦点を当て、その歴史的位置や思想的性格、またそれらの現象を可能とする日本国家の性格などを、国際比較やレイシズムに関する思想的探求の現在に照らして明らかにしようとの内容だ。
筆者は、自分が住む地域で、移住労働者が直面する諸問題の相談に応じるボランティア団体に長く関ってきた。その活動を通して移住連もなじみ深い団体だった。そのため今回も、移住労働者の現実問題と密着した議論があるものと考え参加したのだったが、実際の内容はやや意外感のあるものではあった。しかしそれでも、非常に考えさせられることの多い企画だったことは間違いない。
鵜飼さんは詳細なレジュメを用意し約一時間半、非常に中身の濃い提起を行った。その後の質疑も時間が足りないほど活発だった。参加者は五十人ほどと思われたが、若者が多かったことも印象的。ナショナリズムやレイシズムの問題は若者たちにとってはホットな問題なのかもしれない。実際鵜飼さんは、自分が主催した講義の感想として寄せられた学生の一本のレポートを読み上げることから、今回の提起を始めた。
市民権を中心
に据える展望
ここで鵜飼さんの提起を詳細に紹介することは、内容の広さと深さ、また筆者自身の素養の問題から困難なので、いくつか印象に残ったものだけに留めたい。一点目は、「在特会」に代表される主張や運動形態が、イスラエルやヨーロッパなどを含め、世界的にかなり類似性があるという点。その意味で現代のレイシズムは、現実社会に進行している危機、人びとの生活現場に生まれている希望の縮小、さらにその現代的な現れ方と、明らかに結びついていると思われる。
二点目は、近代日本が極めて多面的な人種主義を内に構造化したレイシズム国家として形成されながら、それが国民多数に意識されていない、可視化されていないことを特徴とする特異さが指摘されたこと。鵜飼さんのレジュメでは、雑誌『インパクション』一七四号に寄せられた李孝徳さんの論考から「近代国民国家が不可避に持つ人種主義体制の側面を考えるとき、日本はきわめてユニークな人種主義のスペクトル―カースト制、先住民支配、海外民族国家の併合、帝国主義と植民地主義―を持つ」という規定が引用されている。鵜飼さんはこの現実から、民間レイシズムと国家レイシズムを国民多数に可視化することの重要性を指摘した。
三点目は、ナショナリズムとレイシズムの微妙な移行関係。この問題に関しては、ナショナリズムへの「代補」としてのレイシズムの位置が切り出された。「代補」という概念については、デリダの「本体の不足を補いつつ過剰、余分をもたらし本体を変質させたりそれに取って代わる作用」という規定が紹介された。こうしてレイシストは自分たちの活動、主張を、不完全なナショナリズムの「正しい補足」として押し出す。その底には、ナショナリズムが希望を基礎として国民を統合する力を空洞化させている状況があり、それをレイシストたちは、自分たちの権利の不足を被害妄想的に他から(端的に移住者から)奪われたものと描き出す。確かに「在特会」は名前からしてその典型かもしれない。
四点目は、現在のレイシズム批判の基準が、一九五〇―五一年のユネスコ声明に源をもち、知―権力複合によって構築された法的概念としてのレイシズムだ、という指摘。その限りで、レイシズムの克服は、「偏見」、「無知」、「神話」の普遍的人間主義による啓蒙という水準で進められるという基本性格が色濃く、知識の恣意的集積を手段として科学=普遍を一つの武器に使う現代の新しいレイシズムに対しては「空回り」するきらいがある、とも指摘された。この問題を現実の問題意識として、現代の思想の領域では、レイシズムをさらに掘り下げることが強く意識されているという。
最後に、提起全体を総括する形で、「血と大地」を超えるものとして、国籍と区別された「市民権」を権利の中心に据える展望が提起された。そしてこの「市民権」は、歴史による権利、また現に労働していることによる権利とされるべき、と主張された。
「パイの奪い合い」
をどう乗りこえる
これらの議論に日頃触れていない者にとっては難解な部分も多い提起だったが、提起自体は、ナショナリズムとレイシズムに対しては思想の側面での対抗も重要な位置をもっていることを考えさせるものだった。特に日本の場合は、「意識されざるレイシズム」が重要な位置にあり、それは意識的に問題化しない限り可視化できないものである以上、運動に突き付けられているものは大きい。
最後に、質疑の中で実践の場から出された問題を一つだけ紹介する。それは利用できるものが限られている中で実際に遭遇する素朴な「ジャパニーズファースト」の反応、要するに「パイの奪い合い」をどう乗り越えるかという問題だ。これはある意味で筆者にもなじみのある問題であり、おそらく現場が共通に抱える重大課題だ。鵜飼さんは、分配される人全体を見えるようにする、分配の基盤そのものを変える、と方向提起した。方向としてはおそらくそうだろう。しかし問題は、そのような方向、変革を具体的に引き出すための国籍を超えた団結・連帯の創出と強化として、やはり運動の側に投げ返される。
マーチインマーチや各地での移住労働者を包み込む運動など、団結・連帯への挑戦は現実に積み重ねられている。移住連もその中では小さくない役割を果たしている。今回の提起と現場で重ねられている実践をどうかみ合わせるか、現場にも一つの宿題が提起された。 (谷)
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