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「被疑者取調べ」に関する中間報告批判          かけはし2010.7.5号

「可視化」妨害する法務省

えん罪生み出す構造を断ち切れ


国家機構防衛
という使命感

 法務省は、六月十八日、「被疑者取調べの録音・録画の在り方について〜これまでの検討状況と今後の取組方針〜」中間報告を明らかにした。報告は、「全事件の可視化は多大な負担」、「現実性にも欠ける」などと可視化実現にブレーキをかける内容となっている。
 〇九年八月の鳩山政権の成立時、千葉景子議員(参議院・民主党)が法相に就任後、省内に可視化実現のための検討を指示し、十月に法務省政務三役を中心とする勉強会及び加藤法務副大臣を座長とするワーキンググループを設置した。しかし法務省官僚、検察・警察官僚は、可視化検討の指示に対して表面的に対応しつつ、その本音は人権軽視・破壊を強行しながら日本帝国主義国家機構をなんとしてでも防衛しなければならない階級的任務のために敵対策動を繰り返してきた。その「成果」として押し出してきたのが、この中間報告である。

人権無視する
密室の取調べ

 報告の第一の欠陥は、歴史的に冤罪事件を引き起こしてきた権力犯罪についての反省と掘り下げが全くないことである。報告は、「録音・録画による被疑者取調べの可視化については、事後の検証を可能にすることにより取調べの適正を確保し、ひいては、誤判の発生を防ぐとともに、裁判員制度の下における自白の任意性の判断を容易にするなどのメリットが指摘されてきた」などと権力犯罪の主犯であるにもかかわらず「他人事」のポジションから述べ、「誤判の発生を防ぐ」の一言だけで冤罪事件を作りだしてきたことの原因、結果、方針を展開することもしないのだ。憲法違反・人権侵害に満ちた裁判員制度の維持さえも主張する。
 そのうえで「年間に検察が受理する約200万件の事件の75%が、道交法違反や自動車運転過失致死傷などの交通事件で、起訴(公判請求)される事件も6%にとどまる」し、「容疑者の供述の任意性が争いにならない事件が多い」から、「膨大な事件のすべてで可視化するのは、多大な負担となる」「全事件可視化の必要性は疑わしく、現実性にも欠ける」と可視化否定の結論ありきだ。
 さらに、可視化されることで(1)報復の恐れや羞恥心から被疑者が真実の供述をためらう(2)供述が記録に残るので不利益な真実を述べるハードルが高くなる(3)調書の作成を前提としない情報の獲得が困難になる(4)取調官が萎縮する―などと列挙するが、その根拠となる具体的事実、検証、評価を示すこともなく可視化阻止のための検察・警察にとって都合がよく、手前勝手なでっち上げ「小話」を掲げ、「可視化が可能な範囲の検討が必要」だと言うのだ。
 だめ押しとして、捜査関係者だけでなく弁護人や裁判官・裁判員も長時間の視聴を強いられるし、機材購入や増員費用が相当額に上るからだめだというのである。供述の任意性が争点となれば、録画ビデオチェックは重要な立証作業の一つとなる。この検証過程も裁判員裁判だと短期間で審議終了・判決を出さなければならないから可視化によって「無駄」な時間が費やされてしまうからだめだと言うのである。
 費用問題に関しても裁判員制度を強行するために広告代理店と組んで裏金作りのために膨大な公開ヒアリング代を使ったくせに可視化のための支出はだめだというのだ。しかも裁判員裁判用のための法廷改築に膨大なカネを使ったくせに冤罪事件を作り出さないための最低限の支出はできないと言うのだ。可視化のための支出は、税金を払っている民衆の人権を自己防衛するための当然の権利主張なのである。
 足利事件、布川事件、志布志事件、氷見事件のように密室での取り調べが、自白を誘導、強要し、実質的な「拷問」に近い脅迫などによって冤罪を生み出してきたことをもう忘れてしまったようだ。密室だから取調官は、やりたい放題であり、警察・検察に都合がいいように調書を作成し、勝手に作文してしまうのが実態だ。だから国連の国際人権規約委員会は、日本の取り調べに対して被疑者取り調べが厳格に監視され、「電気的手段により記録されるべき」だと何回も勧告しているのだ。だが法務省は、こんなことは一切無視らしい。

可視化は必要
最低条件だ

 報告は、権力の意図を隠そうともせず、わざわざ「取調官に与える影響」という項目を設定し、「証拠収集手段が限定されている中で、被疑者の取調べにおいて、必要に応じて、時間をかけて被疑者を説得し、真実の供述を得るよう努めている。そのため被疑者の取調べは、事案の真相を解明するための最も有効かつ重要な捜査手法として機能してきたと評価できる」と自画自賛する。長期勾留、密室の取り調べによってでっち上げの供述書という「作文」を作り上げ、冤罪事件、不当弾圧を繰り返してきたにもかかわらず、このように居直るのである。これ以上の人権侵害を許してはならない。そして自白偏重の人質司法を支える代用監獄制度の廃止、人権防衛のための取り調べ時の弁護士の立会い制度の実現が求められている。
 検察庁(2006年5月)・警察庁(2008年9月)は、裁判員裁判の強行を踏まえて裁判員裁判対象事件・少年事件などにおいて取調べでの「自白」部分、「供述調書を被疑者に読み聞かせ、署名・押印させ、自己の供述内容に間違いないと語っているような状況を録音・録画する」(警察庁)という「被疑者の取調べのうち相当と認められる部分」に関して試験的に実施しているにすぎない。要するにそれは取調べ側の立証に都合がいい「よいとこ撮り」のレベルであり、自白の誘導と強要、「拷問」に近い脅迫を隠蔽する装置となっている。調書裁判主義の弊害を克服していく途上として可視化実現は必要最低条件なのである。

官僚に妥協
する千葉法相

 千葉法相は、報告公表後の記者会見で「現実的な検討をする」などと述べ、取り調べ可視化の対象事件を限定して法制化する意向を示した。明らかに千葉法相は官僚らの筋書きに便乗し調停・妥協主義へと踏み出そうとしている。民主党は、「取り調べの全面可視化を実現する議員連盟」を発足させ、〇九衆院選でも「取り調べを全面可視化」することをマニフェストに掲げて取り組んできた。議連は、千葉法相の逆行に申し入れをあわてて行うほどだ。だが民主党は、一〇参院選マニフェストでは可視化実現について全く無視だ。日本弁護士連合会の宇都宮健児会長は「取り調べの全過程の録画が不可欠なのは、足利事件などの冤罪事件から見ても明らかで、同省の方針は可視化を後退させる議論だ」と抗議声明を出し、速やかに立法作業を開始すべきだと強調するほどだ。
 今後、法務省は、中井洽国家公安委員長と協議した上で、一一年六月に最終報告を提示する方針だ。中井は、国家公安委員長就任後、「取り調べの全面可視化には、おとり捜査や司法取引などの本格的な導入が必要だ」などと表明し、司法関係者らによる有識者研究会を開始している。私的勉強会と称しているが、可視化問題を利用しておとり捜査、司法取引、通信傍受法の対象拡大、DNA型データベース拡充などまでも検討し、警察官僚の治安弾圧システム強化路線を強化していくことを狙っている。中間報告は、「必要に応じて、新たな捜査手法の導入などについても検討する」と明記し、中井イニシアチブと連動しながらバックアップしていくことも明記しているのだ。
 悪乗りした中井のパフォーマンスは、これだけではない。「文芸春秋09年12月号」に掲載された吉村博人・前警察庁長官の警察の取調べ適正化に関する取り組みの弁解を中心とした「取り調べ全面可視化に反対する」と題する論文に対して、「極めて単純、感情的反対のように感じた。何の資格があってああいうことを書くのか」「現在の政権内での議論は、もっと現実と現行制度の欠点を踏まえた真摯なものだ」と大声で批判した。中井の狙いは、すでに検察・警察が試行しているインチキな「限定」可視化制度の延長の定着を取引材料としながら旧自民党・公明党政権下によって育成されてきた警察・司法権力機構の人脈系列の再編、取り込みを押し進めつつ新たな治安弾圧体制の構築を目的としている。
 法務省は、最終報告に向けて外国の可視化制度を調査するといっているが、その構成員が刑事局長を責任者とする刑事局担当者だけだ。裁判員制度を強行するために日弁連の推進派と共闘してきたが、どうやら今回のケースでは可視化を推進する日弁連を構成の一員に参画させないようだ。諸外国では可視化の流れが進行中だが、日本の刑事局は中間報告の延長の上で調査報告を出そうと画策していることは明らかだ。
 これまで被害者をはじめ人権を守り抜く運動は、権力犯罪を糾弾し、当然の結論として全事件・全過程の取り調べの可視化の実現にむけて粘り強く取り組んできた。中間報告の反動的内容を厳しく批判し、全事件可視化を否定する一一年最終報告を阻止していこう。可視化実現運動を強めていこう。(遠山裕樹)




大沢ゆたかさん4選かちとる
貧困をなくし公正な社会の
実現へ、これからも全力で


 六月二十日投票の東京都立川市議選で、本紙でも紹介した無所属の大沢ゆたかさんは、定数が前回より二議席減って二十八に対して立候補者三十七人という厳しい選挙戦の中で千四百十七票を獲得し、最下位ながら当選し、四選を勝ち取った。次点の候補との差はわずか八票だった。投票率は前回(2006年)の四八・八〇%から微増して四九・一三%。
 党派別議席は公明党が七、民主党が六、自民党が五、共産党が四、市民の党が一、生活者ネットが一、無所属が四。民主系が前回比で一議席増やしたのに対し、公明党は現状を維持し、自民党は二減、共産党も一減。前回一議席獲得した社民党は現職と新人の二人が立候補したが共倒れでゼロとなった。
 障がい者支援運動、野宿者・ホームレス支援運動を軸に「格差よりも公正を」をメインのスローガンにかかげ、環境保護・人権・反戦平和の運動に着実に取り組んできた大沢さんの地道で継続的な活動が、「あまり選挙が好きではない」大沢さんのたたかいをギリギリのところで支え、最後のところでヒヤヒヤながらの「最下位当選」を勝ち取った力であったことは間違いない。
 大沢さんの当選は、新自由主義が作り出す格差・貧困・差別、そして環境と民主主義の破壊や戦争への道に反対する運動の橋頭堡が守られたことを意味している。大沢さん、おめでとう。四期目の活動に期待します。       (K)



コラム
「ケセラセラ」


 コンピュータ組版などで生計を立てていた友人Cの話だ。
 「印刷・出版業界は数十年にわたる不況が続き、組版は外注ではなく、社内で編集者がこなすようになった。仕事を受注していた会社も三年前に廃業した。そこで、住宅ローンを抱えているのでなんとか仕事を見つけなければならないということで、早朝の掃除のバイトに就いた」。
 「ところが五月に入って、マンション管理の契約を打ち切られた、今働いている場所がなくなるとバイト会社から告げられた。当然、別の場所での雇用の継続を求めた」。
 Cさんの話は続く。「探してみますとは言ってくれたが、本当に次の仕事があるのか不安になり、インターネットで仕事を探した。求人そのものがものすごく少なく、条件に合うものがない。さらに驚いたのは駅の無料配布の求人誌が極端に減っていることだ。数年前までは何種類かの分厚く地域割りもしていたものがあったが、薄っぺらの一種類しかなかった。以前見つけたのは新聞求人折込だったことを思い出し新聞広告を探した。するとその地域の新聞には求人折込はなかった。目の前が真っ暗になった」。
 それから、Cさんは解雇問題についてインターネットで調べた。
 「会社にとっては比較的代替性のある生産手段の削減或いは交換に過ぎない解雇は、労働者にとっては、代替性に乏しい生活の糧を得る手段である労働の消失という極めて重大かつ深刻な問題である以上、会社の都合による解雇は容易に認められるものではない」。
 「民事上の過去の裁判例は、権利の濫用という概念を用いて『客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当とは認められない解雇は、権利を濫用したものとして、無効とする』という解雇権濫用法理という判例法理を確立した」。
 Cさんはユニオンの友人に相談した。「まず、会社都合なのだから、別の場所での雇用の確保を求める。万が一、五月末で雇い止めとなるなら、不当解雇だから闘える」ということだった。
 「これで少し気は楽になったが、職を失うことの恐怖は耐え難いものがある。自殺者三万人と言われるが、自分が悪いわけではないのに、惨めな気持ちになっていく。そんな時、支えになったのは昔からの親友に言われた『ケセラセラ』(なるようになるさ、くよくよするな)の言葉だった」とCさんは言う。その後、彼は雇い止めにならずに、他の所で働くことができるようになった。
 広島のマツダで期間工が会社への恨みをはらすために、車で多くの人を跳ねるといういたましい殺人事件が起きた。秋葉原事件を再現しようとしたとも報道されている。リーマンショック以降の雇用不安は時間とともにひどさを増している。成長戦略と消費税増税を強調する菅政権に、「弱者」は絶望的な怒りを蓄積していっている。いかに団結し、どのように闘うのかが問われている。  (滝)

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