| 憲法を生かそう! 院内集会 かけはし2010.8.9号 |
比例区定数削減・非核三原
則見直しの動きを強く批判 |
七月三十日、参院選での民主党大敗をうけた臨時国会が八月六日までの予定で始まった。この日午後二時から、豪華に新築された衆院第一議員会館で、5・3憲法集会実行委員会が主催して「憲法を生かそう! 7・30院内集会」が開かれた。集会のメインスローガンは「憲法審査会を始動させるな!」「普天間基地撤去! 辺野古新基地建設反対」「国会の比例定数削減反対」の三本。集会には百三十人が集まった。
最初に共産党の市田忠義書記長(参院議員)が報告した。市田さんは、議席・得票の後退について党として真剣な討論を始めていることを紹介しながら、「巨大な護憲の勢力をつくるために奮闘する」と語った。民主党の敗北は同党が自公政権と同一の道に踏み込んだことへの国民の批判の表れだと述べ、「民主・自民の大連立へ向かう動きに警戒しよう」と訴えた。
市田さんはさらに「多数の国民は憲法改悪を求めていない。改憲手続き法案には有権者、過半数の規定、国民運動について重大な欠陥があり、憲法審査会を始動させることに反対しよう。始動させないだけないではなく、改憲手続き法自体の廃止を」と強調した。
市田さんは、さらに参院の比例定数を削減する動きを厳しく批判した。「比例定数の削減は民意を削ることだ。地方紙からは比例定数の削減への批判が続出している。むしろ小選挙区制こそ見直し、削減が必要であり、比例定数の削減については共産党、社民党、公明党だけではなく、自民党の石原伸晃氏やみんなの党の渡辺喜美氏も批判的な意見を選挙運動中に語っている。比例定数の削減は国民の多数意見を否定するものだ。立場の違いを超えて超党派で比例区定数削減を阻止しよう。比例定数の削減の表向きの理由は『議員自ら血を流せ』ということだが、秘書を含めて一人当たり七千万円の歳費・給与を削っても削減されるのは八十人で五十六億円だ。一方、政党助成金は三百二十億円も出ている。政党助成金こそ削減すべきだ。
さらに市田さんは、「普天間移設」問題にふれて「八月末までに工法等について合意、十一月のオバマ大統領訪日の際に最終合意を、というスケジュールはすでに崩れている。この中で米国からの追加負担要求に対し、仙谷官房長官は『誠実に対応したい』と語っている。沖縄には犠牲を押し付け、アメリカには『誠実に対応』なのか」と、菅政権の姿勢を糾弾した。
沖縄県知事選を
三党の共通政策で
社民党の福島みずほ党首(参院議員)は、「憲法三原則を大事にし、憲法理念の実現をめざす」という昨年九月の「連立合意」の意義を説明しつつ、首相の私的諮問機関である「安保懇」が非核三原則や武器輸出三原則の見直しを提言しようとしていることを批判し、「密約をなくす」のではなく「密約に合わせて三原則を否定する」動きを止めよう、と訴えた。
続いて出席した国会議員の発言に移り、赤嶺政賢衆院議員(共産党)、穀田恵二衆院議員(共産党)、田村智子参院議員(共産党)、吉田忠智参院議員(社民党)、山内徳信参院議員(社民党)、宮本岳志衆院議員(共産党)、服部良一衆院議員(社民党)が、それぞれ短く決意を語った。この中で、共産党の赤嶺政賢衆院議員は、十一月二十八日投票の沖縄県知事選では、共産党、社民党、沖縄社会大衆党の三党で協議し、共通の政策で合意した。八月にも革新統一候補を確定したい、と語った。
つづいて「5・3憲法集会実行委員会」を構成する団体から、平和を実現するキリスト者ネット、平和憲法21世紀の会、憲法を生かす会、憲法を愛する女性ネット、憲法会議、許すな!憲法改悪・市民連絡会がアピールを行った。最後に沖縄・一坪反戦地主会関東ブロックの上原成信さんが「名護の稲嶺市長、宜野湾の伊波市長が訪米し、オバマと直談判させる」「選挙を分裂させ続けてきたことを各党は早急に克服を」「陸自の沖縄派遣・増強に反対」と強く訴えた。(K)
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豊田直巳さんの疑問を読んで
SM
@エンゲルスは、共和制の国ぐに・または非常に大きな自由のある国ぐにでは、社会主義への平和的発展を想像しうることを認めています(レーニン、『国家と革命』)。「革命は、暴力でやるものではない。少なくとも、議会制民主主義が成立し、言論や結社の自由、表現の自由がそれなりに保障されているような社会では、武装闘争が革命を主導するなどということを考えることは出来ない」。日本革命的共産主義者同盟(JRCL)の高島義一(右島一朗)さんは、『かけはし』の2003年8月11日号で、そういう意味のことを述べています。私は、これらの考えを支持します。
Aでも、ビルマの軍事独裁政権は、ひどすぎます。ビルマの軍事独裁政権は、非暴力のデモに参加する人びとに対して、暴力を振るっています。非暴力のデモに参加する人びとを殺りくしています。「合法的な集会やデモ、ストライキなどによって、民衆の主張を打ち出し、世の中のあり方を変革する条件を持たない社会、すなわち警察や軍隊の厳しい弾圧によって合法的な意思表現が許されていない社会――そのような社会においてのみ、武装闘争が選択肢になることを、ゲバラは明確に言っている」。太田昌国さんは、『チェ・ゲバラ プレイバック』(現代企画室)の中で、そういう意味のことを述べています。ビルマのような国では、人民が武器をとって立ち上がることも、頭から非難されるべきではないのではないでしょうか。「ビルマVJ 消された革命」(アンダース・オステルガルド監督作品/2008年/デンマーク映画)を観て、私は思わずそう思いました。もちろん、どのように闘うかは、ビルマの人民が決めるべきことです。ビルマ人民に「武器をとって立ち上がれ」などということを、私は要求しているわけではありません。
B「不当な暴力は、許されない。だが、正当防衛なら、許される。革命的非暴力主義者は、革命的暴力(やむにやまれぬ暴力)は認めている。『娘と話す 非暴力ってなに?』(ジャック・セムラン著、山本淑子訳、現代企画室)を読めば、そのことが分かる」。私は、そう書きました。「武器も持たず、むざんに殺されようとしている人びとを助けにいく場合は、暴力を用いても正当化出来る。「人道に対する犯罪」又は「虐殺」と呼ばれる、組織的な恐ろしい犯罪の犠牲者を守る場合だ」。ジャック・セムランさんは、『娘と話す 非暴力ってなに?』(山本淑子訳、現代企画室)の中で、そういう意味のことを述べています。レイプされそうになった女性が男性を撃退するために暴力を振るうようなことまで非難するのは、間違っているのではないか。アウシュヴィッツに囚われた人びとを解放するための暴力まで非難するのは、間違っているのではないでしょうか。日本軍国主義をアジア太平洋から撃退するための暴力まで非難するのは、間違っているのではないでしょうか。私は、そう思います。
Cでは、「不当な暴力」か「正当な暴力」かは、誰が判断するのでしょうか。普段は、それは裁判所が判断するのかも知れません。でも、裁判所の判断が常に正しいとは限りません。それに、独裁政権に対して人民が武器をとって立ち上がったとします。「独裁政権下の裁判所」が人民の抵抗を「やむにやまれぬ暴力」として肯定するようなことは、ありえないでしょう。でも、歴史と人民は、「独裁政権下の裁判所」とは異なる判断をするかも知れません。歴史と人民は、革命を支持するかも知れません。歴史と人民が、人民の抵抗を支持する例は、たくさんあります。
D内ゲバには、私は絶対反対です。『かけはし』派が中核派に報復するなら、私は『かけはし』派を支持しません。「三里塚『3・8分裂』と第4インターへのテロによって、中核派は『革マルと同じ』と忌み嫌われる党派になってしまった」(元中核派・編集局員 黒田・白土・刈谷著、『狂おしく悩ましく――『前進』編集局員の事件録』)。そう主張する人もいます。でも、良心的な内ゲバ殺人集団など、そもそも最初から存在しえないのではないでしょうか。存在しえなかったのではないでしょうか。内ゲバそのものが、間違っているのではないでしょうか。間違っていたのではないでしょうか。私は、そう思います。
Eレーニンは、『プロレタリア革命と背教者カウツキー』の中で、「ソヴェト権力は、もっとも民主主義なブルジョア民主主義の百万倍も民主主義的である」と主張しました。「北朝鮮」(朝鮮民主主義人民共和国)のどこがブルジョア国家の「百万倍も民主主義的」なのでしょうか。中国のどこが他のブルジョア国家(ただのブルジョア国家)の「百万倍も民主主義的」なのでしょうか。私は、疑問に感じます。レーニンは、「ソヴェト権力は、もっとも民主主義なブルジョア民主主義の百万倍も民主主義的でなければならない」と主張するべきだったのではないでしょうか。「ソヴェト権力は、民主主義的である」ではなく、「ソヴェト権力は、民主主義的でなければならない」と主張するべきだったのではないでしょうか。
左翼は、暴力に甘過ぎたのではないか。民主主義を軽視し過ぎたのではないか。革命党派といえども、「間違った判断」を一〇〇パーセント防ぐことは出来ないのではないか。民主的左翼は、この問題をどう考えるべきか。私には、良く分かりません。
F豊田直巳さん。「『やむにやまれぬ暴力』も正当化されない」(『かけはし』2010年8月2日号)を読みました。ご指摘ありがとうございます。「日本革命は、暴力でやるべきだ」などいうことを、私は主張しているわけではありません。豊田直巳さん。分かりにくい文章だったら、ごめんなさい。勉強不足のために、何か間違ったことを言っていたら、ごめんなさい。
(2010年8月1日)
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