「青年戦線」最新号より

2000年4月1日・No.154より

|●治安諸法の発動を許さず、学園・地域・職場をむすんだ闘いのうねりを!…大仲 恵
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●共青同アピール
|● 山谷越冬闘争に参加して…………………………………………………………板橋道雄
|●寿越冬闘争に参加して……………………………………………………………海田 昇
|●1.15 日雇全協総決起集会報告

|●反失業闘争と野宿労働者…………………………………………………………遠山裕樹
|●アジアにおけるゲイ・レズビアン運動と私たち
|●私自身のノートから 男性の当事者運動と男のあり方………………………鈴木和久
|●座談会 青年論を語る―2
|●学習ノート ローザ・ルクセンブルクの組織論………………………………中野新一
|●読書案内「中国香港特別区最新事情」…………………………………………早野 一 
|●連帯を求めて(29)………………………………………………………………萩原邦彦 


山谷・寿 99〜2000越冬闘争に参加して

板橋道雄


 12・26 〜 1・4 山谷越年越冬闘争
 新たな出会いと支援の広がりを実感

 年末から年明けにかけて、今年もまた全国各地で越年越冬の闘いが行われた。
 十二月十七日、厚生省は野宿者が全国で二万人を突破したこと、大都市からその周辺に広がる傾向にあることなどの調査結果を発表した。
 野宿を強いられる人々が増大する中で、国と六自治体は「ホームレス問題連絡会議」を設けているが、何ら有効な施策を打ち出していないばかりか、むしろ公園など公共施設からの排除という基本的な姿勢は変わっていない。

 右翼のピンハネ許す行政

 このような中で「日本人権連合会」と名乗る右翼が「ホームレス入所施設」を各地に作り野宿者を収容している。生活保護法では居住地が定まっていることが原則である野宿者を、施設に収容することで生活保護をとり、本人に支払われる生活保護費の中から、住宅費、食費、光熱費などの名目で金を徴集するというのが彼等のやりくちである。現在施設は十七カ所、入居者は約六百人と言われており、今後も増やしていく方針だと言う。
 この施設は「社会福祉事業法」に基づく「第二種社会福祉事業」にあたり、許認可の必要のない届け出制であるため法的な問題はないというが、行政の無策こそが、この右翼団体の跳梁を許しているといわなければならない。
 しかしながら昨年十月十五、十六日の両日行われた全国行動では、二十六団体、延べ千二百人以上の野宿者、支援者が結集するなど全国の野宿者団体の闘いの前進は成果も生み出している。
 全都野宿労働者統一行動実行委員会の闘いによって、東京都は自立支援センターの九九年内開設を約束したが、受け入れ側の各区の反対によってずるずると引き延ばされて来た。これが年末になってようやく「特別冬期臨時宿泊事業」という名で始まった。
 年末になって区長会が臨時に招集されるなど、全都実との約束を反故にすることのできない都に各区が押し切られる形で、今回の事業は開始された。既にある施設を利用しながら本格実施までの臨時の施設である。
 しかし、入所出来るのは三十人で各区の割り当ては一人か二人であり、都内五千人を超える野宿者への対策としては余りにもお粗末と言わざるをえず、また施設に住所を置き原則二カ月で仕事をさがすといっても、戦後最悪の失業率の中では簡単ではない。
 本格的な施設の設置とともに、本格的な就労対策を勝ち取っていかなければならないだろう。

 各地の運動と合流して

 今年は山谷、新宿、渋谷に続いて池袋でも本格的な越冬闘争が始まった。
 この数年の全都的な運動の展開によってパトロールで出会った労働者が「全都実・池袋」として活動を始めていたが、この間学生を中心とした支援者が「ふくろうの会」を結成し、両者が合同で実行委員会を結成して今年初めての越冬にこぎ着けた。三十日から四日までと他よりは少し短かったが、池袋で約二百人といわれる野宿者とともに六日間を闘い抜いた。
 山谷では二十六日、二十七日と炊き出しを行い、城北福祉センターの閉まる二十八日からはセンター前路上で野営体制をとった。四日の朝まで山谷、新宿、池袋分の炊き出し拠点として、また隅田川、上野などで餅つきや水族館劇場の路上芝居が行われ、各地にパトロールがくり出された。
 前回越冬に向かう過程で、労働者による毎週木曜日の「寄り合い」が行われるようになり、この一年で定着して来た。山谷労働者福祉会館で毎週行われる寄り合いの後にはパトロールが行われ、この間の争議もこのメンバーを中心に行われている。越冬実行委員会はこの寄り合いのメンバーが中心となって組織された。
 また、二十三日の朝日新聞に掲載された記事がきっかけとなって、米と衣類を中心に多くのカンパが寄せられた。さらに昨年から活動を始めた「山谷(やま)に学ぶ会」の仲間も多数参加し、期間中には初心者向けのガイダンスも行われるなど、支援の広がりも感じさせるものとなった。
 昨年十月の全国行動の成功を受けて今年は「国」に攻め上る闘いが確認されている、寄せ場、野宿労働者の闘いに、注目と、さらなる支援を。


 12・26〜1・6 寿越年越冬闘争
 勝ちとった成果と問われる今後の展望
                       
                               
海田 昇

 横浜・寿町では、一九九九年十二月二十六日から二〇〇〇年一月六日にかけて第二十六次越冬闘争がたたかわれた。
 まず、十二月二十六日に、生活館四階で突入集会が行われた。横浜屠場労組、神奈川県共闘の連帯アピールに続き、「一人の死者も出さない」という基調文提起、寿日雇労働者組合をはじめとする、越冬闘争実行委を構成する諸団体からの決意表明があり、その後、朗々たる集会宣言、スローガン採択を終えてから、寒空を切り裂けとばかりに気合いの入った団結ガンバローをもって越冬突入を確認した。

 プレハブ自主管理二十四時間体制を貫徹

 そして、十二月二十九日から寿公園と松影公園に建てられたプレハブでの宿泊が始まり、一月六日の朝までのプレハブ自主管理二十四時間体制を貫徹した。期間中は、例年と同じく、医療班による医療生活相談、もちつき大会なども含めた炊き出し、労働センター三階における横浜市臨時相談窓口への監視行動、藤沢、横須賀なども含めた人民パトロールなどを行った。
 中でも、年々配食数が増加する炊き出しと、新たに桜木町コースを開始した人民パトロールにおいては、通年で活動を担う仲間に加え、新しくプレハブに宿泊する仲間たちの積極的な参加が見られたおかげで、より実り多き越冬を作り上げることができた。

 川崎市の予算削減に抗し

 今回の越冬は、構造的な不況の深刻化により、ますます多くの労働者が路上へと押し出されていくなか、こういった現状に逆行するかたちで、例えば九九年十月に川崎市が「パン券現物支給」に踏み切るなどといった、行政による予算削減の圧力を度重なる交渉ではね返しながら迎えた越冬だった。寿のプレハブにおいても、前回まではプレハブの仲間に対してパン券が手渡されていたが、今回から越冬実が弁当の現物支給を手伝うというかたちをとった。
 この「現物支給」が結局、何を意味するかといえば、仲間たちの購買の権利が制限されることにより、仲間たちが手にできるものが一層目減りしていくということに他ならないことは、川崎の仲間たちに対するアンケート、寿での聞き取り調査の結果から見て明らかだ。
 だが、こうした状況に直面する仲間たちの間では、かえって反撃の機運が高まっている。十二月二十九日の交流学習会「被曝労働を考える」では藤田祐幸さん、広瀬隆さんを話し手として迎えたが、被曝労働を経験した仲間からの質問、問題提起が相次ぎ、一月二日、三日の交流学習会でもプレハブ宿泊の仲間から「自立支援センターを神奈川にも作ってほしい」などの切実な要求が出され、仲間同士の議論する光景がそこかしこで見られたのが印象的だった。
 また、川崎越冬闘争も川崎市民体育館で行われた。川崎も「パン券現物支給」にとどまらない各項目で、仲間の要求を飲ませる交渉をたたかい抜き、「地域住民」の苦情を団結の力ではねのけながら越冬を貫徹した。ただ期間中に、川崎水曜パトロールが長年付き合ってきた仲間を一人失った。慎んで冥福を祈る。
 二〇〇〇年はこれまで対神奈川県、対横浜駅、対中区福祉事務所などさまざまな局面でかち取られてきた成果を、九九年十月の反失業全国集会で確認した通り、国に対してどこまで突きつけることができるのか、可能性を問われる年になる。寿で三回目を迎える越冬実も、どのような展望のもとに、越冬で力をつちかった仲間たちと行動をともにできるのか、関係性を模索しつつ闘い抜くつもりだ。


 1・15 日雇全協総決起集会報告
「屋根と仕事」を獲得する闘いのために

 一月十五日、山谷・玉姫公園で「佐藤さん虐殺十五カ年、山岡さん虐殺十四カ年弾劾! 国粋会金町一家解体! 一・一五日雇全協総決起集会」が全国日雇労働組合協議会の主催によって行われ、大阪・名古屋・川崎・横浜・東京から四百人の仲間たちが結集した。
 仲間たちは、昨年十月の「反失業全国集会」に取り組んで以降、各地で「仲間の命は仲間で守りぬく」を合言葉に越年越冬を闘いぬいてきた。今年は「屋根と仕事を獲得」するための中央闘争を柱に、昨年を上回る形で就労保障要求・生活保障要求・居住地防衛・労務供給支配体制との闘いを一体のものとして押し進めようとしている。大失業状況がますます深刻化するなか日雇・野宿労働者運動にとって正念場だ。
 さらにこの日の闘いは、土建産業の利権と山谷地域の暴力支配をねらい、「天皇と日の丸」を掲げて武装登場した国粋会金町一家によって、映画監督の佐藤満夫さんが八四年十二月二十二日、そして日雇全協の山岡強一さんが八六年一月十三日に虐殺されたことを絶対に許さず、二人の無念の死をともに「やりかえしていく」ことを打ち固めようとするものだった。

各地から力強い闘いの報告

 山岡さん・佐藤さんの意志を引き継ぎ、新たな闘いにむけた黙祷が行われた。
 日雇全協から集会基調が提案された。基調は、反失業全国闘争を予定調和的スケジュール闘争や、日々の闘いの単純な延長線上に陥らないように指摘しながら、「旧来の発想をいま一度点検し、どうすればこの現状を打破できるのか。野宿\野垂れ死にを断つために何が必要なのか、その闘いの中で寄せ場を出撃拠点にするとは何なのか」について集中した議論を行い、大衆行動を大胆に組織していくことを強調している。
 次に連帯労働者組合、全日建連帯労組関西地区生コン支部、統一獄中者組合から連帯あいさつ。
 この間の越年越冬闘争の取り組みや対行政闘争など、全国各地の闘争報告が次々と行われた。釜ケ崎医療問題連絡会は、行政の生活保護カット・不適応を強化していることを批判し、「厳しい状況であるからこそ安易に行政と妥協するのではなく、山岡さん、佐藤さんが体を張って闘ったように、われわれも大阪の地で闘っていく」と発言。
 続いて、大阪北越冬実行委、川崎水曜パトロールの会と野宿者有志の会。全都野宿労働者統一行動実行委員会に参加している新宿連絡会は、昨年五・一メーデーに六百人のデモを行い、小規模ながら三十人枠の自立支援事業を開始させるという成果を獲得していることなどを力強く発言。さらに渋谷や初めて越年越冬闘争をやりぬいた池袋の仲間たちがいきいきと闘争報告を行った。
 発言は日雇全協各支部に移り、野宿者の怒りを政府にたたきつけようと訴える釜ケ崎、プレハブ自主管理闘争を貫徹した寿、上野や隅田川の仲間たちとともに闘いぬいた山谷争議団から力強く行われた。
 笹島日雇労働組合の仲間は、一月四日、名古屋市の不誠実な越冬対策に対して、百人の仲間たちの怒りが爆発したことを報告した。仲間は「名古屋市は、他都市と比べて福祉行政は垣根が高いし、パン券・ドヤ券を出さないし、越冬期間中開設される船見寮は九日朝までだ。市庁舎玄関を陣取り、二階の民生局長前へと抗議行動を行った。役人どもは、仲間たちの怒りの前に反論ひとつできず、青ざめてうろうろするだけだ」と批判し、今後も実力で対行政闘争、福祉要求行動を強化していくことを表明した。
 集会の最後に参加者全体で「俺たちに屋根と仕事をよこせ! 今年は政府に攻め上るぞ! 政府の強制排除策を粉砕するぞ!」とシュプレヒコールを行い、デモに移っていった。デモ途中、機動隊に守られた国粋会金町一家事務所前で「佐藤さん、山岡さん虐殺弾劾! 国粋会金町一家解体!」と抗議のシュプレヒコールをたたきつけ、解散地点ではワッショイデモによって機動隊の壁をけちらしていった。(Y)

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