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    かけはし2012.年1月1日号

深刻化する資本主義システムの危機脱原発を実現し21世紀の社会主義へ

停止原発の再稼働阻止! 生存権を守れ!

野田政権と対決し反資本主義政治潮流のための闘いを

「事故収束」宣言許すな

 二〇一一年三月一一日、マグニチュード9・0に達する世界最大規模の大震災が東日本を襲った。津波によって岩手、宮城、福島などの沿岸部は壊滅的な被害を受け、死者・行方不明者は二万人を超えた。それとともに福島第一原発は冷却機能が完全に停止した。核燃料はメルトダウンを起こし、1号機、3号機、4号機の相次ぐ爆発によって大量の放射能が東京など首都圏をふくむ広範な地域に飛散した。ソ連邦崩壊の引き金となった一九八六年のチェルノブイリ原発事故に匹敵する、あるいはそれを上回るほどの空前の原発事故が勃発した。
 地震と津波、そして原発事故によって数十万の人々が住む家、田畑、職場――あらゆる生活基盤を奪われた。大気、大地、河川、海は汚染され、原発周辺の住民は生まれ育ち、住み慣れた故郷を奪われ、地域社会は完全に破壊された。原発震災は「復興」の基盤を根こそぎにしてしまったのである。
 野田首相は一二月一六日に福島第一原発の原子炉の「冷温停止状態」と「事故自体の収束」を宣言し、工程表ステップ2の終了を確認した。その上で野田首相は「除染、健康管理、賠償」の三点に全力を上げるとしている。しかし実際には一号機の原子炉内には三九一・六度の数値を示した箇所もあることを東電自身が認めている。メルトダウンを起こした福島第一原発では溶けた燃料の場所や現状も不明のままであり、放射性物質も空、海、大地に放出され続けている。タンクに貯蔵された処理済み放射能汚染水も二〇一二年三月には満杯となり、東電はその処理水を海中に放出しようとしている。メディアの多くもこの「事故収束」に疑問の意を呈しているほどだ。そもそも事故の全容解明もなされないままに「事故収束」を宣言することほど欺瞞に満ちたことはない。
 「冷温停止状態」「事故収束」宣言は、原発事故処理に一区切りをつけ、現在停止中の原発を「再稼働」させ、原発輸出を強行していくための戦略に裏打ちされたものだ。それは世論の多数を占めるにいたった脱原発の気運に歯止めをかけ、「国策」としての原発推進路線を継続していくための世論工作としての色彩が濃厚である。野田の「事故自体の収束」というアピールは「失われた国際的信用」を回復し、輸出や観光に見られる経済的低迷から抜け出そうという財界からの強い要求に応えようとするものだ。そして被災者を切り捨て国家・電力会社の責任を可能な限りすりぬけるための布石なのだ。
 野田政権の「事故収束」宣言にかけた思惑はうまくいかないだろう。原発災害によって生活の再建・回復の展望そのものを奪われた被災者、そして子どもたちや妊婦に降りかかる放射能の恐怖にさらされている大都市部をふくむ労働者・市民の間には東電をはじめとする電力資本、政府、御用学者、マスメディアへの不信と怒りが渦巻いている。

脱原発運動のダイナミズム


 三・一一の衝撃は、労働者・市民の中に「自分たちに何ができるか」を問いながら津波被災者支援への自発的な参加の動きを作り出した。こうした救援ボランティア運動の拡大とともに、原発事故に関する東電と政府、原発御用学者とメディアの無責任極まる自己弁明のウソが次々と明らかになるにつれ、三月末から、反原発・脱原発のデモのうねりが全国的なレベルで急速に拡大していった。それは高齢者から若者まで「初めてデモに参加した」人々の連鎖的な広がりをもって増殖していった。
 二〇〇三年二〜三月のWORLD PEACE NOWを中心としたイラク反戦運動においても同様の現象が見られたが、今回の反原発の流れは、さらに多中心的・自発的であった。四月一〇日に東京・高円寺で「素人の乱」が呼びかけたデモへの一万五〇〇〇人の結集は、その典型だった。「ツィッター」「フェースブック」といった新しいソーシャル・ネットワークがそうした結集のツールとなった。それは「アラブの春」や、そこからヒントを得て世界を席巻している「オキュパイ」(広場占拠)アクションとの同時代性・世界性を持っている。「さようなら原発一〇〇〇万人アクション」の九・一九集会が、主催者側のあらゆる「楽観的」な予測をも超える六万人集会・デモとして成功したことも、そうした新しい時代的表現を体現している。
 しかし「三・一一」・福島第一原発事故の衝撃から直接的に導かれた反原発・脱原発の運動的ダイナミズムが、いま大きな岐路に立っていることも事実である。一般的に言って大衆的運動は長期間にわたって持続的に発展するものではない。そこでは運動を分断させ、弾圧しようとする権力の策動もあるし、疲労感もある。また運動内部の相違を深刻な対立へとエスカレートさせず、一つ一つ解決していく主体的成熟のプロセスが問われるだろう。
 そのためにも、一九八六年のチェルノブイリ原発事故から二年間をかけて高揚を見せた反原発運動が、大衆運動としては一九八八年四月の二万人集会以後急速に衰退していった経過の捉え返しが不可欠である。
 言うまでもなく今回の福島原発事故とチェルノブイリとは、その当事者性において格段の相違があることは間違いない。「チェルノブイリと日本の原発とは違う」という当時の政府や電力企業の逃げ口上は通用しない。原発建設を推進してきた政府・官僚・資本は決定的に追い詰められている。しかしそうであればこそ、日々放射能の脅威にさらされている被災住民の人権・生存権の要求に応える緊張した意識を呼び起こしながら、自らの置かれている現実との闘いと重ね合わせつつ共に要求を実現していこうとするという容易ならざる闘いを、自覚的に追求する必要があるのだ。

「国策」としての原発の犯罪性

 「絶対安全」のウソ、情報隠ぺい、脅しによって推進されてきた原発推進の国策は、米国の軍事戦略に従属的に組み込まれることによって急速な発展・成長を成し遂げてきた戦後日本帝国主義のあり方と一体をなすものだった。「原子力の平和利用」としての原発推進の裏には、「潜在的核武装能力」を確保しようとする支配階級の思惑が貼りついていた。
 それはまた原発立地、被ばく労働に典型的に示されているように、高度経済成長の中で構造化され幾重にも積み重なった、大都市と農漁村、正規労働者と流動的下層労働者間の差別と超搾取を存在の条件としたものだった。福島第一原発の大事故は有力な「原発帝国主義国家」となった戦後日本国家の歴史と現在をさらけ出すこととなった。
 震災と原発事故の衝撃は、少なくない人々にグローバルな政治・経済・社会システムが直面する危機を自覚させている。それはあくなき利潤のための経済成長、競争につき動かされている現代資本主義そのものに根差した危機への自覚である。
 われわれは当面停止中の原発の「再稼働」阻止を通じて二〇一二年春にももたらされる「運転原発ゼロ」状況を永続化させるとともに、「原発輸出」を阻止して、「原発延命」のための政府・官僚・資本が総がかりとなった逆攻勢に立ち向かわなければならない。そして「脱原発」のための法的・制度的保障や、エコロジーの理念に立脚したエネルギー多消費型経済・社会の根本的転換や労働時間の大幅短縮をふくめた、「脱原発社会」のための具体的なオルタナティブのためのプランと行動計画を展望することが求められている。そのためにもすべての原発を止めるための大衆的でラディカルな行動を広範に作り出すことが何よりも必要なのである。われわれはその闘いを利潤のための資本主義システムと断絶した反資本主義的方向性=「二一世紀の環境社会主義」へとして煮詰めていくための挑戦を開始する。
 そこで貫かれなければならない最も基本的な要素とは、震災・津波被災者と原発被災者の分断を許さない共通の生存権のための闘いなのである。

独裁打倒したアラブ革命


 「三・一一」が起こった二〇一一年は世界史的な転換の年として歴史に記憶されるだろう――こうした言葉がマスメディアでも飛び交っている。湾岸戦争とソ連邦の崩壊から二〇年、米ジョージ・W・ブッシュ政権のアフガニスタン―イラクに対するグローバルな「対テロ」戦争の口火を切った「九・一一」から一〇年の節目の年となった二〇一一年は、新自由主義的な世界資本主義システムの危機の深まりと瓦解の始まりを刻印した年となった。
 二〇一一年の経験は、イラク戦争の失敗と、新自由主義の制覇による貧困・不平等・格差に対抗するグローバル・ジャスティス運動の中で予兆として感じ取られた時代の転換を次の段階へと決定的に移行させるものとなっている。
 二〇一一年はチュニジア、エジプトにおけるベンアリとムバラクの長期独裁体制を巨万の民衆決起で打倒した「アラブの春」で始まった。失業と貧困にあえぐ若者たちを中心としたチュニジアの「ジャスミン革命」は瞬く間に全アラブ地域へと波及した。リビアでも二月に始まったカダフィ独裁打倒の決起が勝利した。チュニジアとアラブの革命は中東地域で帝国主義とイスラエル・シオニストの支配を支える独裁体制が崩壊したことを意味していた。「アラブの革命」は終わってはいない。それはイエメン、シリア、そしてバーレーンなど湾岸の王制諸国にも波及し、米・イスラエルによる中東産油地域への帝国主義的支配秩序を根底的に揺るがすものになっている。
 新自由主義の力学に統合されたアラブの開発独裁体制に抗して「自由と尊厳」を掲げて民衆が抵抗と反乱に立ちあがった「アラブの春」の行方は決して容易なものではない。チュニジアにおいてもエジプトにおいても、若者たちや民衆の反乱は軍部のイニシアティブによる「秩序」へと回収されるかのように見えた。チュニジアでもエジプトでも新しい選挙で第一党の位置を獲得した、あるいは獲得が確実となっているのは、決して民衆反乱の中で大きな役割を果たすことがなかったイスラム主義的政治勢力だった。しかしエジプトにおける軍部主導の新政治体制への移行に対して民衆は再び抗議の行動に立ちあがっている。「革命は継続している」。
 米国やEU諸国は、「アラブの春」による民主化への「支持」を表明した。そしてカダフィの民衆虐殺に対してフランス、イギリスを先頭にして空爆による軍事的介入を行い、反カダフィ勢力の「国民評議会」を支援した。そして今また、シリア・アサド独裁体制の反乱する民衆に対する残虐な大量虐殺に対する「制裁」を科し、イランの「核開発」計画に対して軍事的脅しをかけている。
 一部の左翼グループは帝国主義諸国のリビア・カダフィ体制への軍事介入に対して、むしろリビアのカダフィ独裁体制を擁護し、反カダフィ勢力を帝国主義に育成されたカイライ勢力であるかのように評価した。しかしこうした評価は、二〇〇三年以後米国などの推進するイラク侵略戦争の中でカダフィ政権が帝国主義の「対テロ」戦争に協力し、アフリカからの欧州への移住労働者を追い返すイタリア・ベルルスコーニ政権の「水際作戦」のパートナーとなり、さらに欧米の石油資本の利権を認めたという事実を完全に無視している。カダフィは「イスラム・テロリスト」弾圧において米CIAと組んでさえいたのである。
 われわれは帝国主義諸国によるリビアへの軍事介入に反対する。しかし何よりも強調しなければならないのは、独裁打倒に決起した民衆の大衆的反乱を支持し、かれらと連帯することでなければならない。さらにわれわれが注目すべきなのは、チュニジア、エジプト、リビア、そしてシリアなどの反独裁・自由と尊厳を求める闘いの中で、アメリカ帝国主義の中東における軍事的・政治的覇権が決定的に衰弱しているという事実である。
 オバマ政権は一二月一四日、「イラク戦争の終了」を宣言した。これは中東・アフガニスタンに軍事戦略の最大重点を置いた「対テロ」戦争の事実上の敗北宣言に他ならないのである。
 われわれはこの流動する中東情勢の中でシオニスト・イスラエルの占領支配と対決するパレスチナの闘いと「アラブの春」の合流の可能性に注目しつつ、連帯の戦線を準備しなければならない。

債務危機がEUを直撃

 二〇一一年は、二〇〇八年のリーマン・ショックによる金融・経済恐慌に次いで、米国のデフォルト危機、アイルランドやギリシャから、ポルトガル、スペイン、イタリア、そしてEU全体に波及する債務危機・国家破産に資本主義中枢が襲われた年となった。
 膨大な国家財政(住民の税金)を投入して破綻した金融資本を救済したリーマン・ショック以後の回復過程は、救済された当の国際金融資本による各国国債への投機を通じて国家財政のなだれを打った破綻に転化した。ギリシャ危機にあたって一〇月二七日のユーロ圏一七カ国首脳会議は@ギリシャの債務損失負担を五〇%に増加させるギリシャ支援拡充策A欧州金融安定化基金(EFSF)を一兆ユーロ規模に拡大する強化策B欧州銀行資本増強策を柱とする債務危機克服のための「包括戦略」を打ち出したが危機は収束しなかった。
 一一月から一二月にかけて開かれたEUサミットなどの一連の対策会議においても有効な解決策は見いだせず、危機はイタリアからさらにドイツにまで飛び火しようとしている。
 「欧州の銀行は一二年、一兆ユーロ相当の債券が償還を迎え、政府も国債などの償還に対応するために一兆ユーロを超える資金が必要となる。つまり欧州の銀行と政府は総額二兆ユーロの資金をめぐって、生き残りを懸けた熾烈な競争に入ることになる」。
 「一二月五日、S&P(米国の格付け会社スタンダード&プアーズ)がドイツを含むユーロ圏一五カ国の国債を格下げ方向で見直すと発表するなど、時間稼ぎの間にも危機は進行している。抜本解決に至らなければ危機の連鎖はさらに続き、一段と深刻化する可能性が高い。〇八年の危機は積極的な財政支出と非伝統的な金融政策で乗り切ったが、今は財政政策も金融政策もその余力はほとんどない。支えがなければ予測できないカオス(混沌)が起きる。一二年はいよいよ『ユーロ崩壊』という悪夢を目のあたりにするかもしれない」(草野豊巳「欧州債務危機―危機の連鎖は止まらない ユーロ崩壊の悪夢もありうる」、『エコノミスト』一二月二〇日号)。
 二〇一〇年から一一年にかけて深刻化したギリシャ、スペイン、ポルトガルなどの債務危機は、旧来は過剰資本の貸付先となった「南」の諸国の返済不能の重債務の問題としてクローズアップされてきた事柄が、欧州の資本主義中枢を直撃したことを物語っている。
 この債務危機は、「利益の私有化、損失の社会化」という言葉に表現されるように、利益を独占し、損失を国家財政投入によって救済されながら、そのツケをすべて労働者市民に押し付ける資本の行動様式をあからさまなものにしている。債務危機に襲われた欧州諸国では、戦後の高度成長の中で獲得した「福祉国家」体制の残存を一掃しようとする攻撃がかけられた。
 若者たちが高い失業率にあえぐ中で、医療・教育・年金など社会的支出の大幅な切り下げ、公共サービスの民営化、賃金の大幅カット、諸権利の剥奪が「財政危機」を口実に進められている。「権利にあぐらをかき、働こうとしない公務員」などというキャンペーンが張られる中で、「損失の社会化」は社会民主主義者を含めた既成の議会内勢力の共通の政策となってきた。二〇〇八年、金融グローバル化の中での「カジノ資本主義」の破綻があらわになって以後、ケインズ主義的な、国家による金融市場への規制が新自由主義の破綻に対する処方箋として浮上したのもつかの間、国家債務危機の深刻化を通じて、再び新自由主義的な原理が「緊縮政策」の看板で大手を振ってまかり通ろうとしているのだ。

新しい抵抗運動の登場

 しかし「危機の連鎖」は止まろうとしない。「リーマンショック」に端を発した金融・経済恐慌に次ぐ、さらに大規模な大波が押し寄せている。この間、ポルトガル、ギリシャ、スペインで相次いで社会民主主義政権が崩壊し、労働者に対する露骨な攻撃、労働組合運動への解体攻撃を看板に掲げた右派政権に交代した。イタリアでは右派のベルルスコーニが政権を投げ出さざるを得なかった。EU諸国全体において政治システムの機能マヒが発展している。債務危機を乗り切る「強力な政治的リーダーシップ」が失われているのである。この間隙をついて極右レイシストが議会選においても伸長している。他方、ギリシャ、イギリスなどでは公務員労働者を中心にしたストライキ動員が大衆的に展開され、ギリシャに顕著に見られるように街頭での激しい攻防が続いている。
 それはEU諸国にとどまらない。二〇一二年は米国大統領選の年である。すでに二〇一〇年の中間選挙ではオバマ与党の共和党が大敗し、下院では野党・共和党が多数を占める「ねじれ議会」が出現していた。二〇一一年七〜八月の米国の「デフォルト(債務不履行)危機」は、こうした「上下院ねじれ」の帰結だった。共和党は大統領選においてオバマ民主党に対し、「アメリカ原理主義」に回帰する極右排外主義の「ティーパーティー」運動に依拠しながら大企業・高所得者への減税、社会保障給付の打ちきり、低所得者向け補助金カットを政策の柱として打ち出そうとしている。
 二〇一二年は、オバマ再選の是非を問う米国の大統領選挙(一一月)だけではなく、ロシア大統領選挙(三月)、フランス大統領選挙(四月・第一回投票)と下院議員選挙(六月)、韓国大統領選挙(一二月)など選挙日程が目白押しである。この中で旧来の政治システムの機能マヒが明確になり、債務危機の深まりの中で旧来の「右派」(ブルジョア保守政党)も「左派」(社会自由主義化した社民主義政党)も、社会的支出を大幅に切り捨て、膨大な国家財政赤字のツケを労働者・市民にさらに強制して、資本を救済するきわめて攻撃的な「緊縮政策」という点において、共通の土俵に立たざるを得ない。欧州において「緑・エコロジー」の勢力が一定の批判票を獲得する可能性があるにしてもである。それは旧来の議会政治システムの不安定と無力化をさらに促進することになる。
 こうした中で、大衆、とりわけ新自由主義政策の犠牲を、失業・不安定雇用・貧困という形で最も集中的に受けている若者たちの間で、街頭や広場における直接行動を自らの政治的表現と要求の場としていく傾向が二〇一一年を通して発展してきた。エジプトの「タハリール広場」占拠の闘いはムバラク独裁体制を打倒した。
 このダイナミズムはスペインの「五月一五日運動」、ギリシャの国会前占拠行動、さらにはアメリカの「ウォールストリート」占拠運動へと国際的に波及した。この闘いは「一%の特権的カネ持ち」に対する「九九%の民衆」という対比を通じて、きわめて直接的に「反資本主義」意識を表現するものとなった。ここでは、「反資本主義的左翼」のための闘いを主張してきたラディカル左翼(仏反資本主義新党を含めて)や、新旧の社会運動(オルタ・グローバリゼーション運動を含めて)、NGOなどをも迂回する形で、きわめて多様かつ未定型でしかも急進的な行動が自発的に取り組まれたのである。
 一九六八年世代を主導した第四インターナショナルの指導部であるピエール・ルッセは述べている。
 「重要な社会運動と闘争の多くが今世紀への転換以来生み出されてきたが、それはこの間のほとんどにおいて、恒常的な諸組織(労働組合、社会運動、左翼とラディカル派の政党……)の顕著な強化に結び付かなかった。新自由主義秩序への新たな体系的批判が形成され、現在それは反資本主義的領域と結びつくことが多いのだが、絶望、未来への恐怖、オルタナティブの欠落といった感覚もまた存在している」「一九九〇年代以前と以後の経験の政治的・世代的ギャップは大きい。教訓や問題(未回答のものでさえ)の伝達はほとんどなされていない。かなりの範囲で政治的熟考・反省が全くの初めのところから再開しているが、それはきわめてスローペースである」「政治的回答が姿を現すには時間がかかるだろう。危機の深化とともにすべてが可能になる。より冷静に言えば、すべてが不可能ではなくなる。しかしすべてが困難、そう、きわめて困難であることは確かである」(P・ルッセ「欧州連合の危機と抵抗の力学」本紙二〇一〇年一一月二八日号)。
 日本でもイラク反戦運動、貧困と格差・権利の剥奪に抵抗する運動、「反グローバリゼーション」運動、そして今回の福島第一原発事故を契機にした反原発・脱原発運動の高揚の中で若者たちによる新しい運動参加が見られた。そこでもルッセが指摘していたのと同様の特徴をわれわれは経験している。この可能性をふくんだ困難さという同時代的経験の中で、われわれは資本主義システム総体の深まりゆく危機に挑戦する革命派としての闘いを、不断の自己刷新の意識的努力をもって続けていかなければならない。

原発延命をはかる野田政権

 二〇〇九年八月の総選挙における民主党の圧勝によって実現した「政権交代」への期待は一年をたたずして崩れ去った。鳩山から菅へ、そして野田政権へとわずか二年のうちに三人もの首相の首のすげ替えが行われた。そのたびごとに、政権の基調は日米同盟への従属的依存と大資本の利益を第一とした新自由主義路線の色合いを濃くするものになった。社民、国民新党との「三党合意」から自民、公明両党との「三党合意」へ。今や「政権交代」の意義は完全に失われ、議会制度の機能喪失の中で「大連立」に向かう政党再編への力学が作りだされつつある。それは二〇〇七年に安倍政権の改憲強行策の挫折の中で、一度は後景に退いた憲法改悪プロセスが再起動するところにまで至っている。
 もう一度、この二年間の流れを振り返ろう。
 鳩山首相は「対等な日米関係と沖縄普天間基地の県外移設」をあっという間に裏切り、自公政権時代の「日米合意」に基づく辺野古新基地建設推進に逆行することで、自ら政権を投げ出してしまった。鳩山に代わった菅政権は、発足早々から二〇一〇年七月の参院選で大敗し、参院での「与野党逆転」に直面した。
 菅政権は中国を重視した「東アジア共同体」構想の放棄と「日米同盟深化」への傾斜、「税と社会保障の一体的改革」という消費税大幅増税方針、新自由主義的な「新成長戦略」の採用という財界主導路線に回帰することで、鳩山政権当時の「中道左派」的体裁をかなぐり捨て、基本政策においては自民党とほぼ同一の立場を採用するに至った。「派遣法の抜本改正」「子ども手当」、「選択的夫婦別姓」「永住外国人の地方参政権」といったリベラル派的色合いの公約は「お荷物」として投げ捨てられた。菅政権は二〇一〇年参院選の敗北後、政策遂行能力を喪失してしまった。
 菅政権による二〇〇九年民主党マニフェストの事実上の清算は、排除された小沢一郎グループの激しい反発を招き、民主党内の抗争が激化した。支持率が二〇%を割るに至った菅政権は「三・一一」以前にすでにいつ倒れてもおかしくない段階に入っていたのである。
 その一方「尖閣諸島」海域での海上保安庁巡視船と中国漁船の衝突事件をきっかけにした「中国脅威論」の台頭の中で、菅政権は米国の対中軍事戦略と一体化し、米軍の「海空一体運用戦闘」(ジョイント・エア・シー・バトル)に対応した「動的防衛力整備」を打ち出した「新防衛大綱」を決定した。この戦略の下で自衛隊の南西諸島配備も進められ、中国の海洋進出に対抗する日米共同作戦態勢が進められている。TPP(環太平洋パートナーシップ協定)交渉への参加も、菅政権時代の昨年一一月にAPEC横浜首脳会議で打ち出されたものだった。官民一体となった「原発売り込み」も菅政権時代に政策化されたものだった。
 「三・一一」は菅政権の政策遂行能力の崩壊状況をあらためて露呈させるとともに、「復興策」をめぐる民主党と自公両党との「三党合意」への圧力を強める結果となった。その一方で菅首相はパフォーマンス的に「脱原発」に傾斜することで官僚・財界そして民主党内部からもいっそうの孤立を深め、まさに「四面楚歌」状況で首相の座を降りなければならなかった。

沖縄基地強制とTPP


 民主党政権三代目の野田首相は、前の二人と比べても生粋の「保守派」と言うことができる。野田はまず菅政権末期の「脱原発」色を「脱色」した。大切なのは「『脱原発』対『推進』の対立」ではなく、「幅広い多角的な議論」と「革新的技術開発」だと語って、原発推進の本音をさらけ出し、「再稼働」での巻き返しを図る。「安全性を厳格にチェックした上で、安全性が確認された原発については再稼働していく」というわけだ。もっと露骨なのは原発輸出推進方針である。
 「日本は唯一の被爆国として原子力の平和利用の技術を蓄積してきました。ベトナム、トルコといった各国は日本の技術と国柄を信用して原発購入の相手先として選んでくれたのです」「世界を見渡せば依然として、新興国を中心に原発導入の流れが加速しています。日本は今回の震災事故を契機に、原発安全の新たな技術を蓄積し、また、しなければなりません。相手国が求める限り、その危険性と安全対策を伝えることは、震災後の日本だからこそできる新しい国際貢献でもあります」(野田「わが政権構想」、『文藝春秋』二〇一一年九月号)。
 沖縄基地問題に関しては、鳩山的動揺をのっけから排して「日米同盟は最大の資産」という立場をゆるがせにしてはならないことを強調する。野田は米軍の「トモダチ作戦」を賛美し、中国の海洋戦略の「脅威」を煽りつつ、前掲「わが政権構想」では「沖縄」という単語がまったく出てこない。彼は沖縄基地の県民への重圧についての何の関心も持ってはいない。彼の頭の中にあるのは「日米同盟」と中国だけだ。リップサービスとしても沖縄に言及しない彼だからこそ、一川という「素人」を防衛相に起用し、田中前沖縄防衛局長の差別暴言に代表される防衛省官僚の沖縄無視・切り捨てを許してしまっているのである。
 野田はまた、こうした「日米同盟」にひびが入ることを恐れる観点からのみ、あらゆる反対論を押し切って一一月のAPECハワイ首脳会議で、アジア太平洋の経済統合と軍事的対抗戦略をめぐる米中間の角逐において、アジア太平洋を最重点地域とした米国オバマ政権にすりよりTPP交渉への参加を打ち出したわけである。
 菅前政権が明治維新と戦後改革に次ぐ「第三の開国」とアドバルーンを上げたTPPは、日本の支配階級にとって、貿易・農漁業・労働・医療・教育・金融など社会生活のあらゆる部分における規制を取り払い、グローバル資本の搾取・収奪の場に「開放」しようとするものである。
 グローバル資本主義システムの世界的破綻と不況の深化、総額で九〇〇兆円を上回り、対GDP比において二〇〇%を超える先進資本主義国において突出した公的債務を抱えた日本帝国主義は、震災・原発事故からの「復興」と合わさって、さらに決定的な危機に直面している。「税と社会保障の一体改革」構想は、一五%にまで税率が引き上げられる大衆増税としての消費税、年金・医療改悪、社会的支出のさらなる切り捨てを通して、労働者民衆を資本の自由な搾取のための素材として差し出すものだ。
 われわれはこうした攻撃のエスカレートに立ち向かわなければならない。

国境を超える活動のために

 野田政権の支持率は急速に低下し、マスメディアの世論調査において軒並み「不支持」は「支持」を上回る「危険水域」に近付いている。民主党内の分裂ぶくみの抗争が消費税率の引き上げをめぐって再燃し、二〇一二年通常国会の冒頭から「解散」の可能性を抱えた状況が到来することも予想しうる。
 もはや安定政権は不可能である。最大野党の自民党もまた、政策面において野田民主党政権に対置しうる内容を持ち得ない。危機を打開する「強力なリーダーシップ」はどこからも見いだせない。ブルジョア国家の議会を通じた統治・統合機能のマヒがさらに進行する中で、あらゆる既成政党不信の感情が人々の中に渦巻いている。
 橋下前大阪府知事・現大阪市長率いる「大阪維新の会」の一一月ダブル選挙における圧勝は、愛知における河村名古屋市長の「減税日本」の勝利と共通の現象である。それは「敵」を指示して攻撃を集中するパフォーマンスを通じて、「強いリーダーシップ」への期待を抱かせるポピュリスト的人格へのなだれを打った支持へとつながる危険性を明らかにした。
 不信を突きつけられた既成政党の分解、再編・統合が進行するだろう。諸政党の「連立」、その「分解」、新たな再編という政治的不安定が構造的なものとなる時期が再び訪れようとしている。
 まさにこのような時代の中で、二〇一一年秋の第一七九臨時国会から憲法審査会が始動している。憲法審査会の審議は震災事態を利用して「国家緊急権規定がないことは現行憲法の最大の欠陥」とする自民党委員の主張が先導している。自民党は二〇〇五年に策定した自民党改憲草案の修正を準備している。新たな政党再編の流れは「改憲大連立」への急速な結晶化につながる可能性を醸成している。改憲情勢の胚胎とセットになって「日米同盟深化」を媒介に武器輸出三原則の見直し、PKOにおける武器使用原則の柔軟化も日程に上っている。一月に予定されている南スーダンへの自衛隊PKO派兵はそのステップとなるだろう。
 こうしたグローバルな資本主義システムの危機と米中関係、朝鮮半島情勢の緊張は、排外主義的な極右潮流の活性化をうながす土壌になっている。われわれはこうした排外主義的ナショナリズムに敏感に、大衆的な運動をもって反撃しなければならない。
 原発の再稼働阻止、震災・原発被災者の地域における生存権をかけた闘いへの支援をベースにした脱原発社会実現のための闘いの広がり、さらに沖縄の基地撤去・新設阻止のための闘い、TPP反対の闘いの発展を通じて、われわれはトータルな反資本主義的ビジョンの構築を目指し、この危機に立ち向かう新たな政治的・組織的結集の条件を目的意識的に追求していこう。
 この挑戦は言うまでもなくインターナショナルな思想と活動によってのみ保障されるのである。
       (平井純一)

 


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