「君が代」不起立裁判最高裁不当判決について(上)
闘いによる一定の成果はあった
しかし処分の論理は維持された
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一月一六日、最高裁は東京における「君が代」不起立裁判で、河原井純子さんへの停職処分と渡辺厚子さんへの減給処分を取り消した。しかしその一方で、不起立処分そのものを取り消した東京高裁・大橋判決を破棄して、あわせて一六八人の戒告処分を容認した。さらに許せないことに、「学校の規律や秩序の保持等の必要性」を著しく侵害したとして根津公子さんへの停職処分を認める判決を下したのである。ここでは、一月一六日当日の様子をレポートするとともに、この判決の持つ意味、大阪での「君が代」不起立処分の条例によるルール化策動への影響などについて考えてみたい。
傍聴を求めて
「長蛇の列」が
一月一六日午後、最高裁南門周辺の歩道には、傍聴券を求める長い列ができた。この日は、一三時三〇分から根津公子さん、河原井純子さんへの停職処分およびアイム八九・東京教育労働者組合の組合員二人への戒告処分、一五時三〇分から「日の丸・君が代」不当処分撤回を求める被処分者の会・東京「君が代」裁判原告団一六七人の戒告・減給処分、それぞれの取り消し請求に対する最高裁判決が出されることになっていた。
このうち、アイム八九および被処分者の会あわせて一六九人に対しては、昨年三月、東京高裁において「処分取り消し」の逆転勝利判決(大橋判決)をかちとっていた。一方、根津さん、河原井さんの停職処分については、地裁、高裁のどちらでも処分を容認する不当判決が続いていた。しかし、これら三つの裁判について、最高裁が一一月に口頭弁論を開いたために、それぞれの高裁判決が見直される可能性が出ていたのである。
裁量権の濫用
か否かが争点
すでに、昨年五月以降、北九州ココロ裁判や東京の「不起立」処分撤回裁判の上告審において、最高裁は三つの小法廷すべてで、立て続けに不起立処分容認の判決を出していた。その理由は、東京に即して言うと、都教委一〇・二三通達にもとづく校長の職務命令は、憲法一九条の「思想・良心の自由」を侵すものではないから合憲であるというものだった。最高裁は、職務命令は不起立した教職員の「思想・良心の自由」を間接的に制約する部分があると言いつつ、公務員としては受忍すべき範囲内であるとしたのである。
そうした一連の判決に続く今回の最高裁判決は、憲法判断には一定の決着がついたとして、「不起立」処分が都教委の裁量権の範囲内なのか、それとも裁量権を逸脱ないしは濫用に当たるかどうかを争点とする性格を持っていた。
最高裁小法廷
の分断判決
第一小法廷ではまず一三時三〇分からの判決が行われた。傍聴者が最高裁に入るに当たっては、すべての荷物をまずロッカーに預け、金属探知器で身体を調べられる。その後ようやく小法廷に入り、傍聴券で指定された席にすわるという段取りになる。法廷では、多くのテレビカメラが法廷にレンズを向け、両側の記者席もほぼ満杯になり、判決への関心の高さがうかがわれた。上告人の席にはまず根津さん、河原井さん、弁護士が着席している。裁判官席の後ろの扉が自動的に前に向かって観音開きしたあと、五人の裁判官が入廷した。最初の二分間はテレビカメラが法廷の様子を撮影する時間帯で、テレビカメラがすべて法廷を出た段階で開廷が告げられた。
裁判長が主文を朗読する。「上告人河原井純子に対してした停職処分を取り消す」。エッ、逆転勝訴か、と気分が高揚しかかるが、次の瞬間「上告人根津公子の上告を棄却する」と根津さんの敗訴が告げられ、頭の中で絶句してしまった。傍聴席もしばらく茫然自失という状態だった。
減給処分は
取り消しに
続いて、裁判官がいったん退室し、上告人と弁護士が入れ替わって、アイム八九組合員二人の判決に移った。一人はピアノ伴奏拒否、もう一人が不起立での戒告処分である。こちらは双方が上告しているため、判決主文の内容がつかみにくい。しかし、戒告処分を取り消した大橋判決が破棄され、処分容認の逆転敗訴だということはわかった。
最高裁の外に出ると、すでに根津さん、河原井さんの判決に対して「分断判決糾弾」の旗が掲げられていた。そして、アイム八九組合員の代理人である内田雅敏弁護士が記者らの質問に答えていた。南門付近からは、一五時三〇分の判決を聞こうと再び長い列ができていた。
最高裁近くの社会文化会館において、根津さん、河原井さんの解雇を許さない会および被処分者の会の判決報告集会が別々に開かれることになっていた。まず四時過ぎから、解雇を許さない会の報告集会が始まったが、その前に渡辺さんへの減給処分が高裁に続いて取り消されたとの速報が入ってきた。被処分者と支援者たちの闘いは、昨年三月一〇日の東京高裁・大橋判決(処分取り消し)を生み出した。今回の最高裁判決では、その大橋判決は破棄されたが、渡辺さんへの停職処分取り消しのみが理由は変えられたものの、何とか維持されたのである。
最高裁の至上
命題は秩序維持
それぞれの判決の判決理由を検討すると、最高裁の意図が見えてくる。それは次の二点に集約されるだろう。第一に、根津さんに対する停職処分がそのまま維持されたことに表現される最高裁の「学校秩序維持」の断固たる意志である。
根津さんについて、最高裁判決は、不起立以外での三回の懲戒処分が「日の丸」引き降ろしや再発防止研修における「ゼッケン着用をめぐる抗議による進行の妨害」など「積極的に式典や研修の進行を妨害する行為」であったこと、「校長を批判する文書の生徒への配布等により二回の文書訓告を受けて」いることを挙げて、「停職処分を選択することの相当性を基礎付ける具体的な事情があった」と断じ、都教委の裁量権の逸脱・濫用はなかったと結論づけた。
つまり、「学校の規律や秩序の保持等の必要性」を著しく侵害する行為については許されない、戒告以上の重い処分が出されてもやむを得ないというのが、最高裁の考え方なのである。
不起立だけの累
積処分は逸脱
第二点目として、そのことを前提とした上で、「君が代」不起立のみに対する処分については、戒告と減給との間に明確な分岐点を設けていることである。
最高裁判決はまず、戒告処分については、昨年の一連の最高裁判決を踏襲し、「学校の規律や秩序の保持等の見地からその相当性が基礎付けられ」「過去の同種の行為による懲戒処分等の処分歴の有無等にかかわらず、基本的に懲戒権者の裁量権の範囲内」であるとして容認する判断を示した。
今回の最高裁判決で新たな判断が示されたのは、減給や停職など戒告を超える処分をおこなう場合の基準についてである。
その場合は「本件事案の性質等を踏まえた慎重な考慮が必要となるものといえる」として、減給処分が「処分それ自体によって教職員の法的地位に一定の期間における本給の一部の不支給という直接の給与上の不利益が及び、将来の昇給等にも相応の影響が及ぶ」ことを指摘し、さらに「毎年度二回以上の卒業式や入学式等の式典のたびに懲戒処分が累積して加重されると短期間で反復継続的に不利益が拡大していくこと等を勘案する」ならば、「過去の非違行為による懲戒処分等の処分歴や不起立行為の前後における態度等」を見た上で、「処分を選択することの相当性を基礎付ける具体的な事情」が認められなければならないとしたのである。減給よりさらに重い停職処分についても同様であるとした。
こうした観点から、河原井さんへの停職処分、渡辺さんへの減給処分は、「過去の懲戒処分の対象は、いずれも不起立行為であって積極的に式典の進行を妨害する内容の非違行為は含まれておらず、いまだ過去二年度の三回の卒業式等に係るものにとどまり、本件の不起立行為の前後における態度において特に処分の加重を根拠付けるべき事情もうかがわれない」(河原井さん)という理由で取り消されたのである。
判決をどのよう
に評価するのか
この判決の評価については、二つの立場が考えられる。一つは、戒告処分の容認、さらには根津さんへの停職処分を取り消さなかったことは不当判決であり、処分の取り消しに恣意的な条件を付けることで運動の分断を図ろうとする判決であるという考え方であり、もう一つは不当判決ではあるが、東京都教委の加重累積処分に一定の歯止めをかけたことで、その点は評価できるというものである。「君が代」不起立処分撤回の裁判闘争を担ってきた被処分者の中でもさまざまな意見があるようだ。
しかし、少なくとも確認しておかなければならないことは、このレベルの判決ですら、被処分者とそれを支援する人々の粘り強い運動がなければ獲得されなかったであろうことである。その意味ではこの判決は闘いの成果である。
しかし同時に、この判決が昨年五月最高裁判決以来の「不起立は戒告処分」という流れをより確固にする意図があるのは間違いない。あわせて、「学校秩序維持」のためには累積処分も容認するという最高裁の姿勢は明確である。
われわれは、今回の最高裁判決の不当性を厳しく糾弾するとともに、判決内容を受けて、都教委が過去に行ってきた減給・停職処分の即時取り消しを強く求めなければならない。都教委の姿勢を変えさせるのは、最高裁判決の文言ではなく、大衆的な闘いの展開なのである。
橋下による不起
立処分の改悪
最高裁判決の報告集会の中では、橋下による「君が代」不起立三回で免職という攻撃に何らかの歯止めになるのでは、という期待感が原告や弁護団から表明されていた。しかしながら、橋下の対応は最高裁判決の持つ問題点を巧みに利用しつつ、処分規定を更に改悪していこうとするものだった。
つまり、同一の職務命令違反(「君が代」不起立以外には想定し難い)に対して、三回違反で原則分限免職という規定は残しつつ、一回目から学校での勤務から外し、別の場所で指導・研修を受けさせ、二度と違反しないという誓約書を書かない限り現場には戻さないとしたのである。府議会に提案されている条例案では、二回目には指導・研修を受けさせるとあるだけで、誓約書についても規定されていなかった。一回目から指導・研修、誓約書の提出を義務づけることで、これらを拒否したものには「公務員としての資質に欠ける」という理由で、分限免職できるようにしたものだ。
これは、被処分者に対して、最高裁も間接的制約があると認めている「思想・良心の自由」にかかわる部分について、直接「踏み絵」を踏ませようとするもので、絶対に許すことができない。 (つづく) (大森敏三)
竪川・野宿者排除を許さない
話し合いに応じろ 暴力
やめろ 江東区役所デモ
緊迫した攻防
が続いている
二月一日、竪川河川敷公園の野宿者排除に対して江東区役所包囲デモが行われた。
一一時より東陽公園で行われた集会ではまず実行委の仲間がこの間の経過を説明する。昨年一二月に江東区が竪川河川敷公園の五の橋付近に住む仲間たちに対して「弁明機会通知書」を突きつけ、行政大執行の手続きが始まったこと、その場所はA工区の工事に伴ってA工区に住む仲間たちが区によって集められた場所であること、一月二一日に仲間たちはその場所から不本意ながらも出ていき、工事の終わった所にある「多目的広場」に避難したこと、そして今、その場所で区との緊迫した攻防が続いていること、五の橋には体の悪い仲間一名の小屋が残っており、その仲間に対して区は「代執行令書」を出したこと、などが報告された。
多目的広場では一月二三日にさっそく、江東区土木部水辺と緑の課が荒木課長に率いられてやってきて、威圧をしている。話し合いを求める仲間の声にはいっさい声を傾けることもなく「お前たちと話すことは何もない。」と言い放った。
二七日には公園を封鎖するフェンスを設置するために土木、業者、そしてガードマンが導入され、抗議する仲間たちを暴力的に排除し、フェンス設置工事が強行された。
その際、何人もの仲間がガードマンと土木の暴力によってけがを負っている。そしてその際ガードマンは排除の直前、胸につけた社名のワッペンをベリベリと剥がし、暴行に及んでいる。
しかし、この明らかな警備業法違反行為の一部始終はビデオ画像に記録され、ネットに流されている。(山谷労働者福祉会館ブログ参照)
フェンスを張られたことによって、竪川のほとんどの仲間が従事しているアルミ缶集めのための自転車やリヤカーが公園の中に持ち込めないなどの事態が生じている。そして今も竪川現地では強制排除の危機が続いている。
金もうけのため
の公園にするな
続いて竪川の仲間が「団結してがんばろう!」「みなさん遠くからありがとう」と一人ずつ発言。
次に宮下公園のナイキ公園化に伴う行政大執行、美竹公園脇の東京都児童館での耐震工事工事を名目とした排除などと闘ってきた渋谷・のじ連の発言。三多摩からは夜回り三鷹、立川サンキュウハウスの仲間が発言。
江東区で生まれ育ったという女性は「地域住民として子供の頃から遊んでいた竪川河川敷公園が、金儲けのための公園になることに反対です」と発言。
次に反原発戦線から経産省前テントから駆けつけた仲間とたんぽぽ舎が発言。たんぽぽ舎の仲間は山谷の越年に支援を呼びかけ、全国からたくさんのカンパが集まったことを報告し、「みなさんの闘いは全国の人が支持しています」と発言した。
続いて荒川堀切で国土交通省による排除と闘っている仲間、一月二一日から支援に来て常駐体制をとっている関西の仲間の発言を受けて、江東区役所に向けたデモに出発した。
平日にも関わらず一〇〇人近くの結集。大阪の仲間たちの見事なパーカッションの演奏もあって道行く人々から大いに注目されるデモとなった。歩道でもたくさんの人々がビラを受け取り、アパートの窓から手を振る姿も確認できた。
しかし、江東区役所ではどういうつもりなのか、そろいのジャンパーを着た職員がスクラムを組み、緊張した面もちで出迎える。
区役所前ではいっそう大きな声で「排除反対!」「区は話し合いに応じろ!」「暴力をやめろ!」とシュプレヒコールを行った。
デモの後は区役所前で情宣活動を行い、この日の行動を終えた。 (板)
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