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    かけはし2012.年4月16日号

諸勢力共同し連帯した抵抗の共通欧州政綱を

欧州危機:エリック・トゥサンへのインタビュー

かつてのラテンアメリカと同じ
ショック療法通す債権者絶対化

 エリック・トゥサンはエクアドルの公的債務統合監査委員会(CAIC)メンバーだが、その委員会の調査結果はエクアドルの債務に対する返済の取りやめを導いた。かれは、ギリシャは債務返済を取りやめ、トロイカ(欧州中央銀行、IMF、欧州委員会)に立ち向かわなければならない、そうしなければギリシャは、永続的な不況という停滞状態に沈み込むこととなる、と主張する。カルロス・アロンゾ・ベドイアによるこのインタビューは、ペルーの日刊紙「ラ・プリメラ」に掲載された。以下はそのエリック・トゥサンによる修正版。(「インターナショナルビューポイント」編集部)

危機通し債権者への屈服強要


――ギリシャのように巨額の公的債務を抱える欧州諸国の苦境について、あなたはどのようなものと定めますか。

 これらの状況は、一九八〇年代後半のラテンアメリカの状況に比べることが可能だ。

――どのような意味でしょうか。

 ラテンアメリカでの債務危機は一九八二年に勃発した。米国と欧州における私有銀行部門の危機は、二〇〇七〜八年に始まり、二〇一〇年までに国家債務危機へと転化した。その引き金を引いたものは、(中でも)私有銀行の損失の社会化(銀行救出の費用は欧州諸政府によって引き受けられた。債務の影響が最も深刻となっていた国は、アイルランド、英国、スペイン、ベルギー、そしてオランダだった。他の国における銀行への財政支援は、近い将来問題になる)であり、危機の結果としての税収低下だった。ラテンアメリカにおけると同様欧州では、私的債権者とその代表者たちは危機の始まりから数年後に、すべての政府に返済条件を押しつけることに何とかこぎ着けた。彼らが諸政府に強要したものは、公的支出の削減やほとんどの人々の購買力下落に帰結する、残酷な調整諸政策の実行だ。これはひるがえって、永続的な不況への経済的沈み込みを意味する。
 それでもラテンアメリカは、危機の最悪の時期にあってさえ、ほとんどのユーロ圏諸国において今われわれが見ているレベル(GDPの一〇〇%以上)に比較可能な債務のレベルには、全く達していなかった。欧州が達したレベルは実際衝撃的だ。それはギリシャでGDPの一六〇%となり、他のEUの数ヵ国が直面している公的債務は、それらの生産の一〇〇%、あるいはそれを超えるところにある。二つの危機の間には明らかに違いはあるが、私の比較にとってそれは本質的ではない。

――その意味は、あなたの比較の焦点は二つの危機の政治的結末に当てられている、ということですか。

 まさにそうだ。欧州の状況を八〇年代後半のラテンアメリカの状況と比べる場合、私は次のことを指摘したいと思っている。つまり、債権者――欧州の場合では、欧州の諸銀行とトロイカ――が、八〇年代終わりのラテンアメリカにおけるブレイディ・プラン(訳注一)を強くしのばせる諸方策を、ギリシャに(そして疑いなくすぐに他の諸国に)押しつけている、ということだ。

絶対的要求はあくまで債務返済


―もっと詳しく説明できますか。

 八〇年代終わりにラテンアメリカの債権者は、つまり米国財務省並びに銀行家たちのロンドンクラブ(私有銀行によるそれらに対する債務の繰り延べを調整する会議――訳者)に加えて世界銀行、IMF、そしてパリクラブ(訳注二)は、彼らの計画と諸条件を押しつけることに成功した。私的な債権者たちは、証券化を通して、すなわち銀行貸し付けを有価証券に転換することを通して、彼らの貸し付け部分を多国間の諸制度と諸国家に移し替えた。他の銀行貸し付けは減額され、新たな固定利率証券に転換された。このようにしてブレイディ・プランは、銀行家たちの利益を守ることと永続的な緊縮策を強要することの双方で、重要な役割を果たした。
 ギリシャに対する救出計画は同じことを行っている。つまり、その計画は積み上がった債務の総額は減額する。次いでそれは、ブレイディ・プランにおけると同様、新たな債券と交換されることとなる。私有銀行はこうして、ラテンアメリカで彼らが行ったように、彼らが身をさらしているギリシャ(ポルトガル、アイルランド……)からの危険をへらす。
 徐々にしかし巨額を、公的な債権者が引き継ぎ、そしてこの債権者は、諸銀行によって保有される新債券が完全に返済される(元本と利子)ことを確実にするために、強力な圧力を行使する。ギリシャに対する貸し付けはその一滴にいたるまで、債務返済に使われるだろう。その一方、公的債権者(トロイカ)は、六五年前の第二次世界大戦終結以来経験したことがないような類の、社会的支出の削減、大量の私有化、経済的権利と社会的権利に関する縮小という、これらの点での永続的な緊縮策を要求する。そして、不幸なことにそれらからの貸し付けにあまりに頼っているそれらの諸国において、主権の重要な部分の明け渡しも要求する。
 ラテンアメリカでは、この時期は「新自由主義の長い夜」と呼ばれた。

――ラテンアメリカ諸国に対しても債権者は、賃金や退職手当や社会支出の切り下げを、また債務は返済されなければならないという絶対的要求に従うことを強制しました。

 それこそ、われわれが似たような状況にいると私が言う理由だ。まだすべての欧州諸国が巻き込まれているわけではない。巻き込まれているのは、ギリシャ、ポルトガル、アイルランド、イタリア、スペイン、ハンガリー、ルーマニア、バルト海沿岸諸共和国、ブルガリアといった、最も弱い環だけだ。しかしながらこれらの諸国を合わせれば、その住民は、EU人口の総計五億人のうち、およそ一億七〇〇〇万人になる。そしてほとんどの他の欧州諸国もまた、残酷さの程度はより小さいとはいえ、保守的な社会政策を実行している。例を挙げれば、英国(住民六二〇〇万人)、ドイツ(同八二〇〇万人)、ベルギー(同一〇〇〇万人)、そしてフランス(同六五〇〇万人)だ。

ショック療法に余地与える危機

――ラテンアメリカにおける債務危機の政治的結果は新自由主義国家の創出だった。これが欧州でわれわれが向かっているものなのですか。

 これは何も今に始まった新しいことではない。欧州では過去三〇年、新自由主義の諸政策が実行されてきた。今回の危機に対して、支配階級、大銀行、大企業の利益を守るIMF、諸政府がまとめ上げている対応は、ナオミ・クラインが描いたような類のショック療法を実行することにある。それは明白だ。それらの狙いは新自由主義の構想の完成だ。何といってもその構想は、一九七九〜一九八〇年に英国でマーガレット・サッチャーによって始められ、八〇年代に残りの欧州中に広げられたのだ。かつてはソビエト陣営の一部であった中欧と東欧の諸国にとっては、それは実際には二五年で二回目のショック療法だ。

――しかし欧州にはまだ一定の社会福祉がありますが。

 今言ってきたことだが、諸政府は、社会協定の破壊と、一九四五年から一九七〇年までに獲得された社会的権利の廃止に着手してきた。これこそサッチャーが始めたことだ。第二次大戦後、そして三〇年から三五年の間に、民衆は一定の勝利を収め、社会的保護の相当に堅固なシステムを獲得した。団体協定、労働法、その他であり、それらは労働者を防護し、臨時労働の乱用を妨げた。サッチャーはそれらすべてを廃止したかった。しかし新自由主義諸政策の三〇年を経ても彼らはまだ、彼らがやろうと着手した破壊的作業を完成していない。いくつかのものはまだそのままだ。

――そして債務危機が、サッチャーが始めたものを打ち固める好機を提供している、というわけですか。

 この危機は、債権者たちと支配階級が八〇年代と九〇年代にラテンアメリカで実行した類のショック療法に余地を与えている。

――ペルーではそれは、一九九〇年八月に実行されました。

 われわれは、公的企業の新たな私有化の段階に入った。欧州では彼らは、まだ残っている重要な公的企業を私有化しようとしている。

――欧州もまた、ラテンアメリカで実行された治安保障の教義に直面せざるを得ないのでしょうか。ラテンアメリカで労働組合は、テロリストと定義されました。

 権力のより権威主義的な形態に向かう傾向が欧州にあることは明らかだ。過去一〇年以上にわたって、社会運動を犯罪とする反テロ法が採択されてきている。抑圧は増大傾向にある。しかし、七〇年代終わりと八〇年代の始めにラテンアメリカにあった事例のような、活動家の肉体的抹殺はそこに含まれてはいない。
 ここでもまた欧州の状況はラテンアメリカ諸国のそれに似ている。血塗られた独裁(アルゼンチン、チリ、ウルグァイ、ブラジル)の後、移行体制(チリ、ブラジル)ないしは過酷な新自由主義的諸政策を実行する民主制が立ち上げられた。欧州でわれわれは、立法権力が押しのけられ、イタリアにおけるように事業家の人間が国家の首脳となり、ストライキ権が制限され、ピケット実施が禁止され、デモが抑圧される、そのような時期を通過しつつある。

主権剥奪と抵抗巨大化の可能性


――これらの緊縮諸策に対して欧州の国民議会はどのように対応していますか。

 トロイカは諸政府に次のように告げた。つまり、「もし貸し付けを得たいのであれば、あなた方は調整政策を実施しなければならない。そして議会で議論するような時間はまったくない」と。それ以来議会は押しのけられている。いくつかの計画は二、三日以内に採択されなければならない。時には二四時間以内という場合すらある。

――ギリシャに見るように、ということですか。

 そうだ。これはまさにギリシャで起こったことだ。トロイカは一つの新しい計画を要求した。それは結局のところ、二月一二日の日曜日夜遅くに議会の賛同を得た。しかし次の日、経済問題欧州理事は、三億二五〇〇万ユーロの追加削減が必要であり、それをギリシャ政府は今後四八時間以内に決定しなければならない、と語った。これが示すことは、ギリシャ議会に決定権は全くなく、政府は事実上トロイカによって管理されている、ということだ。

――その結果は巨大なデモになりました。

 現実にギリシャで起きたが、それだけではなく、これまでのところ激しさの程度はもっと低いとはいえ、ポルトガル、スペイン、フランス、イタリアでも起きた。しかしそれらは必ずもっと大きくなるはずだ。英国を含むいくつかの欧州諸国では、諸々の決起がある。二〇一二年一月末ベルギーでは、われわれはここ一八年で最初のゼネストを経験した。それはベルギーの経済と運輸を二四時間麻痺させた。

返済の一方的凍結こそが回答


――この難局から抜け出すためにギリシャがやるべきことは何ですか。

 債務の返済を一方的に凍結することによって、トロイカの指令に服従することを止めなければならない。それは不利な条件の下での交渉を債権者に強制するためだ。二〇〇八年一一月にエクアドルがやったようにギリシャが返済を止めたとすれば、すべての債券保有者はそれらを、額面価格の三〇%で(高くても)売り払うだろう。これは有価証券保有者の立場を危険にさらすことになり、こうしてギリシャ政府に、この不確かな苦境においてさえ、より大きな交渉力を与えるだろう。
 エクアドルは債務監査の後二〇〇八年一一月に、今日のギリシャほどには貧困に窮してはいなかったにもかかわらず、諸証券に対する支払いを止めた。アルゼンチンは、ギリシャと似た状況の中で、二〇〇一年に返済を止めた。実のところギリシャとの比較は、返済資金に不足していたアルゼンチンとの間の方がより適切だ。この国は返済を止め、金融市場に関しては三年間(二〇〇一年一二月から二〇〇五年三月まで)返済を再開しなかった。パリクラブに関しては、まだ返済を始めていない(つまり、一〇年以上)。そうするにしたがってアルゼンチンは、経済成長を再開し、債権者には、当初債務額の六〇%での返済計画繰り延べを強制した。

――その結果としてアルゼンチンは、今日まで金融市場から閉め出されていますが。

 その通りだ。しかしアルゼンチンは、過去一〇年金融市場から閉め出され、同じ期間以上パリクラブには何も返済せずにいるのだが、年平均八%の成長率を享受している。それは、ある一国は金融市場を離れても別の資金源を見つけ出すことができる、ということを示している。エクアドルもまた、市場向けの新証券はどのようなものも発行していない。そしてその成長率は二〇一一年に六%だった。一方でギリシャのGDPは、七%も下落した。

――しかしエクアドルは、極めて高い利率で中国から借り入れています。

 それは本当だ。エクアドルは、これらの新しい資金源に関して、主権を守る道を見つけ出さなければならないだろう。これこそが、「南の銀行」(訳注三)が機能するようになることが極めて切迫したものである理由だ。

社会運動の強化が何よりの課題

――ギリシャに戻りたい。あなたを含む多くのアナリストは、ギリシャ債務のほとんどは不法なものだ、と主張しています。

 もちろん。

――しかし確かなことは、監査を通してはじめて決めることのできるものです。

 欧州の社会運動の側は、ラテンアメリカの経験から教訓を引き出してきた。市民の債務監査の設立というわれわれの提案は広く取り上げられてきた。市民監査は、いくつかの欧州諸国(ギリシャ、フランス、ポルトガル、スペイン、アイルランド、イタリア、ベルギー)で、いかなる政府の支えもなしに、現に進行中か、もしくはそうなりかけている。

――あなたの考えるところでは、それは、特にギリシャで、公式の債務監査に導くと思いますか。

 今に分かるだろうが、それは政府の変更を必要とするだろう。そしてそれが意味することは、債権者を有利にする政府の解決策に終止符を打つよう、また代わりとなる政権を権力に就けるよう、社会運動が十分に強くなることが必要だ、ということだ。そこに達し始めるまでに、ラテンアメリカは二〇年を要した。
 それゆえ、ギリシャ政府の方針のような欧州の諸政権の方針にわれわれが変化を見る以前に、行うべきこととして必要なことがまだたくさんある。実際現在の危機は一〇年から一五年続くかもしれない。現在は抵抗の最初の段階にすぎない。それは長く厳しい闘いとなるはずだ。欧州の社会運動にとって最も緊急を要することは、ギリシャの民衆に対する活力ある連帯を示すために、そして不法な債務を取り消させるよう、緊縮策に対する抵抗の共通の欧州政綱を設定するために、諸勢力を結合することだ。

▼エリック・トゥサンは、政治学博士であり、第三世界債務帳消し委員会(CADTM)ベルギー代表、世界社会フォーラム国際評議会の創立以来のメンバー、さらにATTACフランス科学委員会メンバーでもある。『債務、IMF、世界銀行、六〇の疑問、六〇の回答』はじめ著作多数。(「インターナショナルビューポイント」二〇一二年三月号)

訳注
一)一九八三年三月に当時のブレイディ米財務長官がブレトンウッズ委員会年次総会で発表した新債務戦略。債務の株式化の潮流を強め、九〇年代証券投資の基礎となった。九〇年三月、まずメキシコで実施に移された。
二)主要七カ国を中心に一九カ国で構成する債権国会議。その他に、IMF、世銀、UNCTADなどが参加。事務局はフランス財務省内。一九五六年に第一回会議。
三)南米内部での資金融通を目的に構想された金融制度。設立は合意されているが、まだ実効性をもつまでにはいたっていない。  

【訂正】本紙前号(四月九日号)二面「北朝鮮の人工衛星打ち上げ問題」論文二段右から六〜七行「朝鮮労働党一四回大会」を「朝鮮労働党代表者会」に訂正します。


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