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    かけはし2012.年7月23日号

廃炉・除染作業と労働者被ばく

第1回ふくしまフォーラム分科会から (1)

差別構造の中にある作業員を守るために


50人が参加し
て活発な論議
 震災と放射能汚染後をどう生きるのか。第一回ふくしまフォーラムが六月三〇日から二日連続で行われた。
 初日は「いわき市文化センター」において一〇時半から全体会を実行し、午後一時から「いわき市労働福祉会館」に場所を移動し分科会を開催した。
 「廃炉と除染作業に従事する労働者の被ばく」の分科会は、分科会全体の参加者数一五〇人中五〇人が参加する会となった。
 分科会は、いわき自由労働組合の桂さんがあいさつした後、山谷労働者の支援活動を行って来たなすびさんの司会によって行われた。司会者のあいさつに続いて双葉地方原発反対同盟の石丸小四郎さん、福島第一原発で収束作業を行っているAさん、自分の息子が福島第一原発で収束作業を行っている母親の木田節子さんに続いてもう一人原発で働いている労働者が報告し、いわき自由労働組合の齊藤さんが発言を行った。その後参加者による討論会が行われた。

福島原発と被
曝労働の実態
 なすびさんからは、福島原発において収束作業に就いている労働者への支援の現状について紹介し、今後取り組みに具体的に着手することを考えていることが話された。石丸さんは自分が、福島第一原発から約六キロ第二原発から三キロの地点で四九年近く生活して来たことを話した。その後福島原発のことについておおむね四点にわたって報告を行った。
 第一は福島原発の運転開始時の状況であり、第二は原発労働者の過酷な労働実態であり、第三は東京電力による差別的労働者支配であり、第四に風化を許さない運動が重要となっている実態についてである。
 第一については、運転開始当時からスクラム=緊急停止、が繰り返され、排気筒から放射能を放出し、「建屋内に放射能が降り積もる」と表現される過酷な状況となったことを報告した。
 第二については、七六年頃から、大阪の阪南中央病院と協議し、原発の下請け被曝労働者と原爆被爆者 の健康状態を調査した結果、「原爆ぶらぶら病 」と類似した疾患の存在と共に有病率の高いことが発見されたことが報告された。そして原発の職場は当時から古典的な除染で成り立っており原発事故以降一層数百倍の規模で矛盾が吹き出している、と結んだ。
 第三については東京電力の社員は四〇歳で一〇〇〇万位の年収があるが、下請けは下に行く程条件が下がり、健康保険等の社会保険に加入できず、線量が高くなると首になるのが現実である。特に「アトックス」は下請け労働者を使い捨てにして働かせてきた。原発は暴力団に深く依存しており、原発の収束作業下の労働において舎弟企業はますます力を発揮し労働者を支配する危険な状況に立ち至っていることを告発した。
 第四の風化を許さない運動については、ミスター山下が福島県に入る際最初に訪れたのはいわき市であり、その目的はヨウ素一三一の汚染を隠すことにあった。三月一五日前後に七二マイクロシーベルトに急激に増え断水していたので、外で給水を受けていた。セシウム一三四、一三七そしてヨウ素一三一が南下し、茨城県、首都圏を経て、北風に乗り時計回りに回り福島へ行き当時三四テラベクレルという莫大な量の放射能が福島県土に降り注いだ。
 結果県土の三分の二が管理区域となった。管理区域の基準は、毎時〇・六マイクロシーベルト、一平方当たり毎時四万ベクレル以上であり、たちどころに退去しなければならない地点である。県土の三分の二を占める管理区域に一五〇万人住んでいる。子どもは三〇万人以上であり、学校の七五・九%以上がそこに存在し、これを除染するには表土を深さ五センチで除去する必要がある。その汚染土は一億立方メートルに上り、除染は絶望的である。石丸さんは、参加者に対して「現在福島第一原発で行われている収束作業の推移を注意深く見守ってほしい」と報告を結んだ。

収束作業の当
事者から報告
 続いて現在福島第一原発で収束作業を行っているAさんが報告を行った。Aさんは四点にわたる提起を行った。その第一は誰が収束作業を行っているのかということであり、第二に原発の差別性についてであり、第三に収束作業における被曝状況の過酷な実態に認識を求めるものである。そして第四に現在の反原発運動に対して、この講造を理解し問題とする運動へと転化することを求めるものである。
 第一の問題について、「福島原発に入る前自分は、収束作業を行っている原発労働者作業員の多くが寄せ場労働者であると思った。しかし七割以上は原発立地町周辺の労働者である。いわきは原発の前線基地でありながら住民は、親類縁者、及び友人が原発で働いている等、原発労働に何らかの関わりがあるとし、第二の原発の差別性については、東京都や首都圏は原発を立地町などに押しつけてきたが、収束作業の現場についてほとんど関心をもっていない」。
 原発の被曝労働は在日朝鮮人・部落・黒人・日雇い労働者等被差別層の労働者が行ってきた。シュラウド交換の時には一番危険な作業のほとんどは黒人労働者が担った。現在も変わりはない。一番危険な、水処理、ガレキ撤去等の仕事に従事しているのは、社会が予め策定した、犠牲になってよい者である、と語った。
 第三の過酷な収束作業の現状については、休憩をしている「免震棟」は線量が、 現在一〇マイクロシーベルト/hもあり事故前だったら座ることさえ許されない所である。比較的線量が低い所で作業をしていた自分の被曝線量は七ミリである。石丸さんが白血病に罹った労働者の労災申請をしたがこの労働者の被曝線量は五ミリシーベルト。ハッキリ言うと収束作業に関わった労働者は全員が労災認定の対象である、とした。
 第四の問題については、脱原発運動の現状は被曝労働について余りにも鈍感である。反原発派であっても推進派であっても同じである。原発の収束作業は誰かが勝手にやってくれていると思っている。東京の反原発運動の中に廃炉の問題や差別の問題そして、労働組合の旗を持ち込むことも禁止されているところがある。反原発を言う時、自分たちが一方的被害者であるとの認識から脱却して欲しい。差別労働、原発を押しつけてきたこと、被曝労働を押しつけてきたことを問い直して欲しい、このことなしに新しい社会を作り出すことも原発をなくすことも出来ないと結んだ。


息子が原発で
働く母親から
 次に発言したのは、現在福島第一原発で収束作業に就いている労働者を自分の息子さんに持つ木田節子さん。
 木田さんは、富岡町の住民であり現在、自宅は警戒区域になっている。木田さんは、テレビに移った脱原発のデモに参加する自分の母親の姿を見た息子さんと対立する困難な状況にある。木田さんは現在の自分が思うことについて、「息子は現在も原発は日本に必要と思っている。悔しい。犠牲的精神は分かるが止めて欲しいし、抜け出すことなしに本当に原発から抜け出すことはできない。二〇年間これまで気がつかなかった。息子に自分の気持ちが通じない。六カ所村の人に使用済み燃料押しつけてきた、申し訳なかった。息子とAさんの違いは勉強しないこと、理由は怖いから」等と発言した。
 次に急きょ、現在福島原発において仕事をしている労働者が、福島第一原発内における労働者の状態 について三件の報告をした。報告の第一は、労働災害の発生状況についてであり原発内で発生した労災事故のうち、心筋梗塞及びクレーンによる下半身切断事故の二件について報告し、第二は、東電社員のうち現地採用の労働者の被曝線量が高くなっていることであり、第三は危機管理の問題についてである。
 東京電力が危機管理にふさわしくない理由として三点にわたりその問題点を指摘した。その一つは第一原発内で労災が本人申告制になっていることであり、二つ目に現場で開催している安全対策協議会が、労働者にとって締め付けになっている現状であると告発し、そしてこれまで原発で終息作業についた労働者全ての健康調査を継続するべきであると提起した。

改正除染電離
則について
 齊藤さんの発言は原発に関する論議の際の、対立構造の括り方についての問題提起、そして、除染電離則等についてである。第一の例は東京電力の原発で収束作業をしている労働者と、本社勤務の社員を同列に扱ってはならない、ということである。
 そして電離放射線管理規則については、改定の背景についてはなした。野田政権は昨年一一月に、三月に引き上げた規制値=毎時二五〇マイクロシーベルトを毎時一〇〇マイクロシーベルトに引き下げたが、一部職種を経過措置として例外規定を設け、今年四月には、一二月導入した除染電離則の改正を行った。このことは昨年一二月に野田政権が原発事故収束宣言を行ったが放射性物質による汚染の拡散は続いており、除染電離則と改正除染電離則の導入はボランティア等に対して放射線の計測が代表者で可能とする等尻抜けになっていると発言した。
 発言の後討論が行われ分科会を終わっていった。分科会は終始、報告者の発言をはじめとして率直な内容だった。最後に司会の、なすびさんが、地元紙にこの日(福島民友六/三〇)掲載された、除染の現実―年間五〇マイクロシーベルト超の地域(警戒区域等)で五年間除染業務従事した場合の被曝放射線が法定線量(除染電離則)=五年間一〇〇マイクロシーベルトを超え一二九マイクロシーベルト(環境省計算)高線量地域効果低く一〇〜二〇%」を紹介し、東京でのとり組みとその結果を、関係省庁と交渉したが彼らは既定の要件(2.5mSv超える場合のみ、線量計は個人携帯それ以外は代表者計測)を変えるつもりはない、と報告し地域での取り組みが必要であると考えている、と補足した。
 福島原発の収束作業員を犠牲にしてはならない。除染電離則により作業員を護ることはできない。改訂除染電離則も、避難準備解除地域における除染以外の業務に従事する労働者をまもることもまたしかりである。        (浜)

7.7追い出しやめろ緊急デモ

美竹公園・渋谷区地下駐車場
からの野宿者排除を許さない


兵器産業と政
治家との結託
 七月一一日、東京・文京区民センターで「沖縄・普天間基地へのオスプレイ配備中止を求める集会」が首都圏の沖縄連帯・基地撤去を闘う仲間たちの呼びかけによって開催され二一五人が参加した。沖縄・一坪反戦地主会関東ブロックの木村さんが「オスプレイは四月モロッコ、六月アメリカで墜落事故を起こしている世界一危険なヘリだ。六月三〇日米政府は正式に普天間基地への配備を通告した。日本政府は日米安保条約上、拒否できないとしている。沖縄は八月五日に、一〇万人規模の反対県民集会を決めた。首都圏でもこれに応えるために日本教育会館での集会を決めた。ぜひこの行動を成功させ、オスプレイの配備を中止させよう」と主催者あいさつをした。
 オスプレイの事故・その危険性や沖縄国際大学へのヘリ墜落事故を扱ったDVDが上映された後、栄野川安邦さん(普天間爆音訴訟団幹事)が沖縄からの訴えを行った。
 「オスプレイは『空飛ぶ恥、空飛ぶ棺桶、未亡人製造機』などの異名を取るほど危険なものだ。なぜこんなものを作ったのか。開発から二五年がかかっているが、兵器産業と政治家の深い結びつきだ。軍産複合体が強力で、戦争を起こさなければならない構造が出来上がっている」。
 「オスプレイはオートローテーションがなく、バランスが悪いから事故が起きる。当初那覇軍港に持ってきて組み立てるとしていたが、岩国で組み立て普天間基地に持ってくる。そして日本全国で低空訓練飛行をするという」。
 この後、沖縄国際大学への大型ヘリの墜落事故や一九五九年の宮森小学校へのジェット機墜落事故についてふれた。最後に栄野川さんは「県議会が主導して八月五日島ぐるみ抗議大会に向けて動いている。素手の住民平和運動が、武器を動かす戦争勢力に勝つか。沖縄は今、歴史の岐路に立っている」と重大な状況にあることを説明し、闘いの奮起をうながした。

高江ヘリパッド
建設を許すな
 次に、呼びかけ団体の平和フォーラム、全労協、沖縄の闘いと連帯する東京東部実行委、辺野古実、沖縄意見広告運動、ジュゴン保護キャンペーンセンター、ゆんたく高江実行委、ファイト神奈川、練馬、東京・沖縄県人会が発言した。
 ゆんたく高江のさっちゃんは「高江にヘリパッドを六カ所作ろうとして、七月一〇日に座り込みの前に車を縦に並べ、工事の準備を始めた。現地はたいへん緊張した状況になっている。現地の生活者は日常生活があるのに、防衛施設局は昼夜関係なく突然やってくる。東京では想像できない程たいへんだ。しかし、二〇代〜三〇代の若者たちががんばっている。六月一七日の上野水上音楽堂のコンサートには一三〇〇人が集まった。七月一九日、デモグッズづくり大会をやり八・五の成功にむけてがんばっている」と報告した。
 東京・沖縄県人会の宮城さんは「県人会は一九五六年に平和で豊かな郷土をつくろうと結成された。兄弟・友人が宜野湾に多く住んでいるが本来なら県人会が先頭に立たなければならないのに参加が少ない。これではいけない。今後は共に配備断固阻止で闘っていきたい」と熱い呼びかけを行った。
 全国署名を成功させ、八月五日日本教育会館を埋め尽くそうと閉会のあいさつと団結がんばろうでオスプレイ配備阻止への団結を固めた。       (M)



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