もどる

    かけはし2013.年2月11日号

今選挙に反緊縮の出口はない


イタリア

声明:二月総選挙への立場

大衆的大抵抗の組織化へ

道化芝居への参加ではなく

シニストラ・クリティカ(批判的左翼)

 すぐ間近のイタリア総選挙をめぐる情勢は、経済的危機に加え、南欧の中でも左翼と労組運動の方向感喪失が極度に深いことを基礎的条件に、まったく混沌とした状況にある。選挙の場には、新自由主義に対決する明確な選択肢はまったく提示されていない。ポピュリストの跳梁も顕著であり、何か日本の石原や橋下を彷彿とさせるものがあるベルルスコーニやベッペ・グリロの姿を含め、日本の現在と重なるものがあるようにも見える。日本を考える素材としても、以下にシニストラ・クリティカの声明を紹介する。付記されたイタリアの政治勢力に関する解説と共に参照していただきたい。(「かけはし」編集部)
 「イタリアは来月総選挙の投票日を迎えるが、階級闘争派左翼はどうすべきか?」。来るイタリア総選挙に対するシニストラ・クリティカ全国調整委員会のこの声明は、二〇一三年一月二四日に採択された。

新自由主義的反改良隠す大煙幕


 二月二四/二五日の総選挙はわが国の歴史上まったくの例外だ。
 主要三連合(別掲解説参照)間の競合は事実上、それらすべてがモンティ政権を支持していたということを有権者から隠そうとするある種巨大な煙幕である。それは、一四ヵ月というその短い命の中で、勤労民衆の諸権利と主要な獲得成果に対する、猛烈かつ途切れのない攻撃を導いた政権だった。すなわち、福祉システムの中心的領域の破壊(全欧州の中で最悪の年金「反改革」)、法令一八号の廃絶と正当な理由のない労働者解雇の「自由」の再導入、国家財産の売却、公共サービスの私有化、地方自治体支出、教育、さらに保健サービスの巨額削減、つつましい所得また低所得の人々に対する増税があった。より高められた搾取、失業の増大、さらに貧困の拡大に結果したこれらすべての諸方策は、ベルルスコーニ、ベルサーニ、モンティ、そしてカッシーニが率いる諸政党から支持されてきた(解説参照)。
 これらの諸政党はまた、わが国をECトロイカの指令へと結び付け、それによって、今後何十年間も、公共支出の深い切り込みと基本的諸権利への攻撃がやってくることを受け容れる、そのような法令と条約の合意にも賛成投票してきた。それらすべては、均衡予算を憲法に書き込む財政協定と反改革を支持している。
 SEL党(社会主義とエコロジーと自由)ですらが明らかに、現行立法に参加はしていないとはいえ、PD(民主党)との戦略的かつ選挙上の連携を固める目的で、欧州との協定すべてを支持する約束を行った。SEL指導者のベンドーラは事実上、「改憲」に関してモンティと協力する準備がある、と語った。あたかもそのことで、党をすべてを受け容れ可能にするかのように。
 それ故、これらの諸政党が雇用、開発、平等、あるいは公共サービスについて今語っていることはすべて、勤労民衆を欺くための、全面的に選挙目当てのまさに偽善である。しかしながら、主要な中道右翼と中道左翼間のこの実質的な合流は、今始まったに過ぎない何かなどではなく、過去一五年の顕著な特徴なのだ。

新生勢力も緊縮の黒幕を免罪


 上記のものは親緊縮の諸政党だ。ではここから他の選挙名簿を検討してみよう。
 モビメント5ステッレ(コメディアンのベッペ・グリロが率いる五つ星運動)は、イタリアの政治的風景の中では本当の新現象だ。この運動は、寄生的かつ腐敗した政治カーストに対する絶対的糾弾を通して堅固な選挙基盤を築くことを望みつつ、唯一のオルタナティブとして自身を押し出しつつある。グリロは、あらゆる政治屋に対する人々の広範な層の深い軽蔑の波にうまく乗っている。
 しかし、この正しい政治屋糾弾は、今日の緊縮諸政策に真に責任のある者たち、すなわち銀行家、大企業、そして金融業者を無視している。しかしその者たちこそ、政治屋の黙認から利益を引き出した後今、民衆を巻き込み、大衆的支持を勝ち取ることに向け、民主的討論の場としての政治システム解体のために、大衆的不満に乗じつつあるのだ。グリロが「彼の」運動を、全面的にトップダウンのやり方で組織してきたこと、そこではすべての政策や政治路線に関し最終の決定権や拒否権が彼の下にあることは、偶然ではない。また以下のこともその論理的必然だ。つまり彼は労働組合を、その官僚化された性格の故ではなく、彼が思うところ経済発展を抑止しているが故に批判するのだ。同時に彼は恥知らずにも、街頭上の気分の端々をつまみ食いし、そうして移民の権利に関しあいまいな立場を取り、またカサポウンドのようなファシスト組織に関し好意的な公言を発する間違いを犯している。

オルタナティブへの志は迷路に

 この荒れ果てた光景を前に、二〇一二年の最後の月に新しい運動が現れた。それは、過去何十年間も政権にあった他の政治諸勢力すべてに対する透明ではっきりしたオルタナティブとなる選挙連合構築を目標としていた。
 カンビアーレ・シ・プオ(イエス、われわれはものごとを変えることができる)と名付けられた行動へのアピールに、政治活動家、労組活動家、エコロジーや運動の活動家数千人が応じた。数多い参加があり幅広い基礎をもつ一連の会合が開催され、来る総選挙で一つの候補者名簿が日の目を見るという、代わりとなる構想の可能性が浮上した。
 しかし、アピール推進者の内部的諸対立、そして特にPRC、PdCI、LdV、緑のような諸政党の選挙至上主義的猛攻が、この歩みを袋小路に導いた。これらの諸政党は、議会に議席を確保できないのではといった可能性に恐怖を感じていたのだ。そしてその袋小路は、多くの活動家たちに深刻な幻滅を与えた。その後の候補者選出――目立つ形の、そして当惑させるような女性の欠落を伴って――は、これらの諸政党の最悪のやり方を確証するものとなった。候補者名簿は、イングロイアと彼の側近が直接選抜した「市民社会」の代表者の「売り込み」と諸政党間の、押し問答会議が生み出したものだ。圧倒的な数の活動家並びにこの名簿への投票をまさに考えている人々すらもが、上の全過程によってはじき出された。
 これらのできごとに対するわれわれの否定的な評価の結果として、また急進的なオルタナティブを支えることを目的とした、二回の全国会議並びに何十という地方会議への全面的な関与にもかかわらず、シニストラ・クリティカは二〇一二年一二月二八日、この選挙構想に参加しないことを決定した。それゆえまた候補者に関するいかなる「交渉」にも関与せず、いかなる候補者も提案しなかった。
 一二月二八日の決議でわれわれは「現れ出る候補者名簿への投票を呼びかけるか否かに関するわれわれの立場は、候補者の最終的なリスト並びにこの連合の最終的な政治的姿次第だろう」と明らかにした。
 今日、「イングロイア―リボルツィオーネ・シビレ」名簿は大枠確定されている。そしてそれは、カンビアーレ・シ・プオがおしだした何点かを引き継いでいるとはいえ、いかなる明確な階級的立場をも欠く形で政治的には依然あいまいであり、組織犯罪に対する闘いに大げさなほどの過剰な強調点を置いている。それはあたかも、反労働者階級の緊縮政策に対する責任勢力が組織犯罪関係者であるかのようだ。
 それ以上にイングロイアの連合は、PDとの関係に関し原則的にあいまいな立場を維持し、あり得る綱領的な合意についてこの党との討論を追い求めている。この政治的な方向は、上院選挙に向けた何らかの形の選挙協定を求めて、ベルサーニとの交渉を始めようとの下手なもくろみという形でも示されている。
 候補者がどのようにして選出されたのかを熟視した場合、それは、いかなる基層部分の関与も欠いたまま、この連合と連携する著名な諸個人何人かと諸政党間の、控えの間における会合で行われた。事実となったものは、以前の中道左派政権の元閣僚三人が名簿の頂点にいる(それゆえ、この名簿が議席獲得の最低得票率を超えた場合、彼らの選出可能性がより高くなる)、ということだ。しかし彼らは、社会自由主義の経済政策に従い、アフガニスタンへの軍事介入を行ったのだ。これらの政治屋は、「市民社会」代表という旗の中に覆い隠された他のうさんくさい諸個人の広がり全体の中に合流させられている。実践的にはこのすべてが、政治運動や社会運動から出ている相当な数の候補者の政治的波及力を取り除いている。

来る反民衆政権への闘争準備を

 したがってシニストラ・クリティカは、直接間接問わず、「イングロイア―リボルツィオーネ・シビレ」名簿を支持しない。
 シニストラ・クリティカはそれ故、どのような名簿も支持せず、それらの内のいずれであれ批判的投票をも呼びかけず、またどのような棄権呼びかけキャンペーンにも参加しない。われわれは自分自身の名簿を提出しようとはしないだろう。今日、われわれ自身の名簿に対しても、実効性のある広範な基礎をもつ反資本主義の選挙連合に対しても、政治的かつ組織的な諸条件は存在していない。そのような連合は、諸闘争と社会諸運動を通じて、かつて以上に今構築される途上にある――そしてそれこそが、支配階級の諸攻撃に対して、われわれが作り出すことのできる強力で十分な回答の唯一の道だ――。
 組織は、支持者とわれわれが接触に入るすべての人々に、われわれの政治的立場の背後にある理由を説明するために、われわれの自由になるすべての手段を使うだろう。
 いずれにしろわれわれは、二月の選挙から現れる政権は、その正確な色が何であれ、トロイカとコンフインダストリア(経営者団体)の指令と一致した新たな緊縮局面を解き放つだろう、と確信している(不幸なことだが)。シニストラ・クリティカはそれ故、それが存在しているところではどこでも、これらの政策に対する抵抗と闘争の運動を構築し続けるだろう。それこそが、来るべき時期のわれわれの主な任務となるだろう。(ローマ、二〇一三年一月二四日、デイブ・ケラウェイ英訳)

▼シニストラ・クリティカは元々は、共産主義再建党(PRC)内の、プロディ政権への参加を拒否した一潮流。それはPRCを去り、二〇〇七年に独立した組織となった。イタリアの第四インターナショナルメンバーはこの組織内で活動し、組織はFIとの緊密な関係を保っている。
▼デイブ・ケラウェイは、イタリア情勢を追いかけているIV編集チームの一員。(「インターナショナルビューポイント」二〇一三年一月号)

選挙に参加するイタリアの主要政治勢力についての解説

【ベルルスコーニのパルティト・デラ・リベルタ/北部同盟】

 彼の支持撤回によってモンティ政権の終わりを早めたベルルスコーニは、北部イタリアのほとんど――パダニア――の独立を支持している右翼ポピュリスト勢力である北部同盟との協定を、何とか取り付けようとしてきた。後者は、選挙上の支持下落と歴史的な指導者であるボッシと彼の取り巻きを巻き込んだ汚職スキャンダルを原因とする、大きな危機の渦中に置かれてきた。ベルルスコーニの策動は、彼の党、PDL(自由の党)の分裂に行き着いた。彼は彼のTVネットワーク上ではどこにでも現れる者としてあったが、今は、以前は支持してきた緊縮政策のいくつかに反対し、同時により反欧州的立ち位置をも取っている。彼は、再度首相になるようなことにならないのであれば喜ばしい、などとまで公言した。彼は、ベルサーニを打ち負かすことなどまったくありそうにないということを実感している。それ故何よりも、選挙後の策動の中で「プレーヤー」であることに利を見、PDを含む幅広い協定について今話し回っている。もちろん彼には秘めた動機があり、それは、彼が一定のグループを携え議会内にいるとすれば、それが彼の法的状況と彼のビジネス帝国の助けとなる、というものだ。ホロコースト記念日(!)になされた彼の至近の言語道断な公言は、人種法を別にすれば、ムッソリーニはいくつかよいこともやった、というものだ。
 モンティは、カッシーニおよび彼のUDC(民主的中道連合)のような伝統的中道勢力と共に彼自身の連合を作った。「彼の大きな政治的有用性は、彼が政治カーストの公的メンバーではなかったということだったからには、政党政治という形で彼の手を汚すべきではない」。ラ・リパブリカ編集者のスカルファロのような明敏な評論家たちからこのような強力な助言を受けているにもかかわらず、それでも彼は、先の連合に彼の名前を使うことを容認し、現在、左翼と中道勢力の右派双方を攻撃している。彼はできることなら、ベルサーニの勝利の規模をどのような形でも制限したいと思っているのだ。モンティがそれなりの成果(いわば一〇%以上)を拾い上げることができ、ベルルスコーニが彼の選挙基盤をある程度にまで再結集することに何とかこぎ着けるならば、その時ベルサーニは、もっと不自由になるだろう。いずれにしろベルサーニは、全進歩勢力の、全親欧州の政権を望むと一貫して語ってきた。

【パルティト・デモクラティコ/ソーシャリスモ、エコロジア・エ・リベルタ】

 ベルサーニのPDはベンドーラのSELと連携している。SELは旧共産主義再建党の断片の一つだ。PDの左に立つ他の諸要素すべてと同様、この勢力も、前回総選挙における虹の連合の挫折という形で議会内代表を失った。ベンドーラは、イタリアでもっとも著名なゲイの政治家であることに加えパグリア州知事としても、世間的には高度な知名度をもっている。彼の党は過去モンティの緊縮路線に反対だった。しかし今は、その主要な支持勢力の一つと緊密に連携している。ベルサーニは、その中で三〇〇万人以上が投票した二回の予備選挙を通過した。彼が打ち負かした相手は、フィレンツェ市長でありPD右派をさらに近代主義化した勢力の指導者であるレンツィだ。ベンドーラもまた、この予備選第一回戦に参加し、一八%という相当な成績を残した。PD/SEL名簿上の候補者もまた、そのほとんどがこの予備選を通じて選出された。この名簿はまた、公式名簿上に個人の名前がない唯一のものでもある。そしてそれは、ベルサーニが正しく指摘したように、イタリア政治の状態について何ごとかを語っている。現在時点の世論調査はすべて、ベルサーニが勝者となると示している。彼は多くの折にすでに、PD率いる将来の政権内ではモンティのための職務を承知していると明らかにし、また新聞のインタビューに答えて、PDは安定性と分別のある経済政策の保証人となるだろうと、国際資本に請け合ってきた。

【ベッペ・グリロ―モビメント・シンクェ・ステッレ】

 つい二、三カ月前世論調査は、彼の運動におよそ一八%という支持率を与えていた。これは今、その三分の二近辺にまで下がりつつあるように見える。しかし、彼が新議会内に何人かの代表を確保する、ということはありそうなことだ。グリロの場合、すべては民主主義の問題、並びに政治カースト形成を妨げる規定の問題に切り縮められている。それ故彼の綱領は全面的に、俸給、諸経費、現職として活動できる任期、選挙名簿方式への反対に関する規則関連だ。それと並んで綱領は、インターネットが政治をいかに革命するか、それがいかに政治カーストを破壊するかという、それについての近代化された神話となっている。たとえば彼の候補者すべては、オンライン投票を通して選出された。しかしながらこの運動が成長を果たすと、正常な政治的構造の欠如は不可避的に、厳しい内部紛争に導いた。そこでは選出された代表者たちが排除されることとなり、時として反女性攻撃にさらされた――一人の自治体議員は、そこが彼女にとって心地よい場所だからあまりにTVに出たがる、などと非難された――。このインターネット組織化システムはまた、グリロがウェブサイトを管理している以上、彼のむしろ権威主義的な手法に非常にうまく適合してもいる。左翼労働者政党および労働組合の伝統的なネットワークが弱体化し、安定した職に就こうと一層長い時間を費やしている若者たちの数が増えるにしたがい、疑う余地のないほど、先の傾向にとっての社会的基盤は存在しているように見える。

【イングロイア―リボルツィオーネ・シビレ】

 イングロイアは、シチリアマフィアとの闘いに関与してきた捜査判事(米国の分類による管区法務官に似た拘束権をもつ職務)だ。彼は、IdV(価値あるイタリア)の指導者であるディ・ピエトロの例にしたがっている。そのピエトロもまた、法務から政治に転身することによってこの連合の一部となっている。したがって労働運動への配慮はより後景に下げられている。この連合の他の構成要素は、再建党のもう一つの後継組織、フェッレロ率いるPRC(この組織が党の名前を引き継いでいる)だ。
彼らは反緊縮路線に立ってきたが、地方レベルではしばしば、PD連合の形で統治の責任を負っている。ディリベルト率いるPdCIは、以前再建党にいたが最終分裂よりはるか前に分裂して去った。この勢力は過去フェッレロと共に選挙連合を組んだが、PDとの連携を模索するPdCIの意志をめぐってそこと分裂するにいたった。時はその後進みイングロイアと結びついた好機が訪れた。そして彼らはすべて共に戻っている。緑もまたこの連合内にあり、他の構成政党同様この連合を、議会に返り咲く主要な道であると見ている。興味深いことだが、カンビアーレ・シ・プオのアピールへの元々の署名者はその圧倒的多数が、この運動が諸政党によって占拠された後の最終的なイングロイア構想に反対投票した。しかしオンライン投票では、多数がこの構想に好意的だった。多くの人々は、選挙が終わればこの連合は分裂する、と考えている。議席確保下限得票率の四%をこの連合が超えるか否かは不確実だ。そして現時点の世論調査は、支持率が先の数字を挟んで上下していることを示している。この連合を確立しようとの試みに関係する課題のいくつかは、そのような過程、またはるかに小さな党機構と無党派の人々との間の関係をいかにして民主的に組織するかについて、ここ英国にある課題と似ていないわけではない。  


もどる

Back