もどる

    かけはし2013.年6月17日号

橋下「慰安婦」差別を許さない


5.25日本軍「慰安婦」問題関西ネット 証言集会

口先だけの謝罪は無意味です

事実を直視し過去を克服すべき

 【大阪】日本軍「慰安婦」問題・関西ネットワーク主催、日本軍「慰安婦」問題解決全国行動協賛の証言集会が五月二五日、大阪ドーンセンターホールで開かれた。ホールは五一五人の参加者で満席となり、入れない多くの市民が出るほどの集会になった。集会は、五月一八日から福山・沖縄・広島・岡山での証言集会を経て開かれたものである。

橋下市長との
面談を拒否する
証言集会に参加した金福童ハルモニと吉元玉ハルモニは、前日二四日に大阪橋下市長と面談する予定になっていた。面談は四月三〇日に申し入れられ、橋下は公の場でならと、マスコミのいる前での面談を了承した。二人は来日する前に、一三日の「慰安婦制度は必要だった」という橋下発言を韓国の報道を通じて知っていたが、証言集会で各地を回っている間に橋下が発言を変えると期待していたという。しかし、橋下市長は主張をその後も変えなかった。口先の謝罪を受けて何の意味があるのかと、直前に面談を中止した。
 面談の予定だった二四日は、大阪市役所周辺で抗議集会が開かれ、約一五〇人の市民が参加。ハルモニに同行している韓国挺身隊問題対策協議会の尹美香共同代表が面談拒否の声明を読み上げた。また、国連社会権規約委員会が五月二一日日本政府に対して「慰安婦」被害者を貶める発言は止めるよう勧告したことが報告された。公人による性差別をなくす会(東京)や日本軍「慰安婦」問題の解決を目指す北海道の会からの参加もあった。
 集会では、橋下市長の辞任を求める発言、安倍政権が橋下発言を引き出したこと、トカゲのしっぽ切りでことを収拾しようとするのは許さない、橋下市長は妄言を撤回し公式に謝罪せよ、ハルモニを政治利用するのは許せない、などの発言が続いた。面談を取材しようと詰めかけていた多くのメディアも、この抗議集会に集まった。なお、当日は、関西ネットワークの抗議文(五月一七日付け)に賛同する五五〇〇人の署名が提出された。
二五日の証言集会では、主催者を代表し方清子さん(日本軍「慰安婦」問題・関西ネットワーク共同代表)があいさつ。昨年八月の橋下発言「強制連行の証拠はない、あるなら示してほしい」に対し、金福童ハルモニはそれなら私が証人として話をすると、橋下市長に面会を求めて来日したが、市長は不在で面会できなかった。それから半年ほどがたったとき、もう一度話してみようと面談を求めた。しかし、その後の橋下発言「……慰安婦制度が必要なのは誰でもわかる」を聞き、これはおかしいと多くの市民が感じたことで、橋下への批判が高まったことを述べ、橋下市長は辞任するしかないと語った。
 辻元清美民主党衆議院議員が、河野談話についての国会報告をし、今日二五日に安倍内閣がようやく河野談話を継承することを認めたことを報告した。このほど繰り上げ当選した尾辻かな子民主党参議院議員も登壇しあいさつした。

軍需工場へ行く
とだまされた
 金福童ハルモニが証言した。ハルモニは現在八八歳になる。戦時下の朝鮮では、男は徴用され、学生は学徒兵に、女性も強制的に募集された。村ごとに数十人ずつ募集せよといわれた。若い娘をもつ親たちは、募集を逃れるため結婚相手を探したが、夫になるような男は、体の悪い人やずーっと年齢の離れた人以外にはいない。募集される人数が足りないと、少女も連れて行った。もし断ったら、家の財産を没収するといわれた。
 金福童ハルモニは、一四歳の時、軍需工場に連れて行くといわれた。しかし実際は暑い国の戦場の陸軍司令部だった。台湾から広東、香港、ジャワ、スマトラ、マレーシア、シンガポールと七年間軍とともに移動した。死にたくてもできなかった。戦争が終わったら、日本軍の陸軍病院で看護婦をさせられ、患者に注射する仕事をした。輸血の血液が足りないときは、私たち少女の血液を使った。いつの間にかみんなは逃げ、私たちだけが残った。米軍が上陸し収容所に入れて調査され、私たちが朝鮮人だとわかり、それから数カ月で祖国に戻ったが、数十人の軍人を相手にしていたことなど誰に言えるのか。自分の胸にしまい込んだ。
 戦争が終わって六八年もたつのに、日本政府からの謝罪はない。たくさんの人を殺して、今また戦争の準備をするとは。日本にも在日同胞がたくさんいる。来たくてきたのではない。戦時中どうしようもなくて来た日本で、日本人と同じように税金も払っているのに差別されている。日本政府は謝罪し、差別をなくしてほしい。
続いて吉元玉ハルモニが証言。戦争すると弱い民衆が苦労する。平和な国をつくらねばと世界各国を回って思った。つらい体を押して日本に来たのは、戦争しないといっていた日本が戦争するかもしれないと思ったからだ。戦争になったらダメと訴えたいために。戦争はダメという思いを胸の中だけでなく、周りにも伝えてほしい。世界中で苦労している人々が使えるナビ(ハングルで蝶の意味)基金をつくった。昔朝鮮は日本に空腹をしいられた。今でも空腹で苦労している人が世界中にいる。自分だけでなく隣もお腹がいっぱいにならないなら、安定して暮らせない。日本の責任者を選ぶときは良い人を選んでほしい。妄言をいっていながらどうして市長ができるのか不思議。背後に安部さんがいるのでは。
続いて、吉見義明さん(中央大教授)が「被害者の声に向き合って:記録し、記憶し、未来へ語り継ぐ責任」と題して講演した。(要旨別掲)
 休憩の後、安聖民さんのパンソリ、李政美さんの歌。最後の歌アリランのとき、吉元玉ハルモニが踊りながら舞台に飛び入り出場したのは、感動的なシーンだった。
 
戦後 年続いた
構造を変えよう
 集会の最後に、尹美香さん(韓国挺身隊問題対策協議会共同代表)が講演し、「『慰安婦』問題を日本の右翼政治家やマスコミは日本のみの問題にしているが、戦争下の女性の人権の問題だ」と指摘。「橋下発言は、『慰安婦』問題と女性の人権を同じように考えなければいけないと教えてくれた。どうしてあのような妄言が日本社会で飛び交うのか。一九四五年以来、この問題を軽い問題と考えてきた。戦後六八年間の日本の政治構造に問題がある。一〇年六月の国連報告でも、『慰安婦』問題に対する日本政府の態度は、女性無視の代表的な例だとしている。その間、被害者たちは自分を責めてきた。(『慰安婦』の体に残る刀のさやで殴られたときの疵、タバコを押しつけられできた疵、胸や足に入れられた入れ墨の写真を写しながら)ハルモニたちは社会から断絶させられてきた。夜になると、PTSDのため今でも素足のまま外やベッドの周りをさまよう人もいる。今こそ、問題を解決するときだ。解決とは、犯罪の認定、資料公開と真相究明、国会決議による謝罪、法的賠償、歴史教科書への記録、慰霊塔と資料館の建設、責任者の処罰だ」と述べた。
 そして、挺対協の活動目的を説明した。その中には、日本軍国主義の復活阻止も含まれている。さらに、戦争と女性の人権博物館を中心として行われている活動、学習やセミナーなど、またハルモニが世界各国を回り、性暴力の被害者や食料危機下の子どもたちと交流し、彼女らや子どもたちを支援す活動をしていることを紹介。ナビ基金による支援を、ナビ(蝶)が飛んでいくと表現していたことが印象的だった。ナビ基金は、ハルモニたちが積極的に希望を持って生きるその意志を支えるものでもある。最後に、「六八年続いた戦後の構造を変えるには、国際的な圧力を利用することも必要だ。二人が再びここに来なくてもいいように皆さんが広げてほしい。ともにナビの夢を見よう」と呼びかけた。
        (T・T)
 

吉見義明さんの講演から

連行の形態だけが
問題なのではない

慰安婦制度
とはなにか
 橋下市長は、「慰安婦」制度が性奴隷制度であることを否定し、日本がレイプ国家だと非難され、日本だけが国をあげて、軍・官憲による暴行・脅迫・拉致したから問題だと言われているがそれは不当だ、と主張している。強制連行の形態には略取、誘拐、人身売買があり、これらは当時の刑法でも同じレベルの犯罪だ。しかし、あいかわらず軍・官憲による連行だけを問題にしている。軍慰安所での強制がすべてだ。「慰安婦」は居住の自由、外出の自由、廃業の自由(自由廃業の権利)、拒否する自由のすべてがなかった。戦前の公娼制度ですら、文言上では廃業できても、借金の代わりに公娼にさせられていたから、自由廃業はできなかった(借金を理由とする拘束は違法だという判決が出たのは一九五五年)。ましてや軍慰安所ではなおさらだ。
 河野談話は、慰安所の生活が強制的な状況に置かれていたことを認めている。それが当時の軍の関与の下に行われたという部分は、主体が曖昧である。日本軍と明確にすべきだ。国際法律家委員会報告(九四年)、国連人権委員会クマラスワミ報告(九六年)、国連人権小委員会マグドゥーガル報告(九八年)でも軍事的性奴隷制だったと述べている。ブッシュ政権の国家安全保障会議上級アジア部長は、「慰安婦」とされた人たちが、強制されたかどうかは関係ない、日本以外では誰もその点に関心がない、といっている。
 また、〇七年の歴史認識シンポジウムで東郷和彦氏が聞いた米国人の意見では、日本人の中で強制連行があったかなかったかについての論議は、問題の本質にとって全く無意味だ。慰安婦の話を聞いた米国人が考えるのは、自分の娘が慰安婦にされていたらどう考えるか、という一点のみだ。

安倍・橋下の
「誇り」を問う
 すべての軍が慰安所をもっていたか?(米軍との対比で)米軍は、認めていない。日本軍は公式に認めている。軍の施設としてつくっていたか?米軍は関わっていない。日本軍は軍の施設として作り、軍が管理していた。例えば、第三五師団司令部「営外施設規定」(中国開封一九四三年)に明確に書いてある。軍が女性たちを集めているか?米軍は関わらず。日本軍は業者を選定し、資金斡旋している。占領地では軍が直接募集した場合もある。植民地の女性を戦地に連れて行ったのは日本軍だけだ。終戦直後にできたRAA(特殊慰安施設協会)の慰安所は日本政府が占領軍用につくったが、数ヶ月で閉鎖された。
 ハルモニの体験を聞くと、未成年の時、騙して誘拐され、慰安所に連れて行かれた。逃亡したが、連れ戻され拷問を受けた。中国人被害者が起こした裁判では、強制連行を認定している。反対尋問の証言も証拠になる。橋下市長は弁護士なのに知らないのか。未成年者の連行は、本人が同意していても当時の刑法に照らして違法である。軍の慰安所に入れられ、それが誘拐であるとわかっても軍は解放していない。
 〇七年六月、櫻井よしこらでつくる歴史事実委員会がワシントンポストに強制連行はなかったという五つの「事実」の意見広告をだした。昨年一一月にも同種の意見広告をニュージャージー州の地方紙にだし、安倍を初め三八人の国会議員が賛同人として名を連ねた。ところが、五つのうちスマラン事件(一九四四年日本軍占領下のジャワ島スマラン近郊で日本軍将校らが、オランダ人抑留所から少なくとも二四人のオランダ人女性を強制的に連行し、慰安所で売春を強要した。四八年、責任者らはバタビア軍事法廷で死刑を含む有罪判決を受けた)を広告から外した。強制連行を裏付ける証拠だからだ。
 橋下市長・安倍首相に共通するキーワードは「日本の誇り」だ。靖国公式参拝、村山談話にいう侵略の定義は定まっていないとの発言、教育委員会制度の見直し、河野談話の見直し、「慰安婦」問題を中心とする歴史認識問題は改憲への地ならしだ。その際の核となるのが橋下流・安倍流の「誇り」だが、事実を直視し、過去をきちんと克服することこそが真の誇りだ。
 (講演要旨・文責編集部)

5.19陸自練馬駐屯地撤去デモ

海外派兵の拡大に反対する

スポーツ祭東京・銃剣道大会にもNO


 【東京北部】五月一九日、「朝鮮半島での戦争挑発を直ちにやめろ!海外派兵拡大反対!銃剣道大会やめろ!5・19 練馬駐屯地撤去デモ」が三二人の参加で行われた。
 スポーツ祭東京(東京国体)の一環として練馬で銃剣道大会が行われる。軍事訓練の一環として自衛隊でのみ行われている銃剣道を自衛隊員だけではなく、高校生も参加させて行うという事態の背景には「国防軍」を標榜する安倍政権の登場や、海外派兵の恒常化・拡大、改憲に向けた動きなどがあることは明白だ。


各分野での闘い
を結びつけて
 東武東上線・東武練馬駅近くの徳丸第二公園で行われた集会ではまず実行委の仲間が基調報告にたち、四月四日の駐屯地祭に猪瀬都知事が参加したことを糾弾、正門前での情宣行動を行ったことを報告した。さらに、オスプレイの飛行訓練、沖縄で米軍新基地建設反対、維新の会・橋本発言を許さず、安倍政権の改憲攻撃と闘おうと訴えた。
 続いて板橋の東京都特別支援学校で、三月の卒業式、四月の入学式での君が代不起立で減給処分を受けた田中さん、埼玉・市民ジャーナルの織元さん、争議団連絡会議、破防法・組対法に反対する連絡会議、北部共闘・連帯ファミリーマート分会の仲間など地域の仲間が発言し、デモに出発した。
 練馬駐屯地正門前では申し入れ書を読み上げて手渡した。解散地では、声を上げる市民の会の発言を受け、さらに、PAC3はいらない習志野基地実行委員会、戦争協力をしない!させない!練馬アクションのメッセージを読み上げて解散した。      (板)


もどる

Back