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    かけはし2014.年3月10日号

これでも罪を問えないの!?


3.1福島原発告訴団が被害者証言集会

事故から3年、被害はさらに深刻

「黙って生きる道を選ばない」

 
東京検査審査
会に申し立て
 三月一日、東京・池袋の豊島公会堂で、午後一時半から「福島原発事故から3年 拡大する被害 これでも罪を問えないのですか! 被害者証言集会」が開催された。福島からバス三台に分乗して八〇人が参加した。豊島公会堂の一階は満杯となり、二階席まで入れて八〇〇人以上が参加する熱気に満ちた集会が勝ち取られた。
 福島原発告訴団は事故から一年後の二〇一二年三月に結成され、同年六月には福島県民一三二四人が、東電役員、原子力安全・保安院(当時)の責任者、原発開発を推し進め、「安全」神話をまき散らした学者など、原発事故の責任者・加害者を福島地方検察庁に告訴・告発した。告訴団はさらに全国からも告訴・告発人を募り、最終的には一万四七一六人がこの裁判の当事者となった。
 しかし強制捜査など真相解明に必要な措置が取られないまま、昨年九月九日、福島地検から東京地検に移送された告訴・告発案件は、即日全員不起訴となった。この不当な不起訴処分に抗して、昨年一〇月一六日、一一月二二日の二回にわたって五七四〇人が異議申し立てを行った。また告訴団は、昨年九月三日と一〇月一六日に、汚染水放出事件に関して東京電力と同幹部三二人を公害罪で福島県警に告発している。

原因を作った
のは誰なのか
 福島原発事故から三年になる現在、原発事故の被害は拡大の一途をたどっている。「収束」のメドすら立っていない現実は、大量に漏れ続ける汚染水、山積みにされている放射性廃棄物、甲状腺ガンと健康被害、避難者の苛酷な生活、「子ども・被災者支援法」の有名無実化、拡大する被ばく労働、再建のおぼつかない農漁業などなどに鮮明に現わされている。この日の集会は、そうした福島の被害者の証言を軸に、重大な人為的被害の責任を問い、刑事処罰を求める強い意思をあらためて確認するものとなった。
 最初に告訴団団長の武藤類子さんが発言。武藤さんは、汚染水、放射性廃棄物の累積、被ばく労働の深刻化、一八歳以下の甲状腺がんが七五人に達していることなどについて列挙しながら、事故を過去のものとして終わらせないために被害者が真実を明らかにし続けることの重要性を語りかけた。
 続いて、さまざまな分野からの証言が続いた。郡山市の専業農家である中村和夫さんは、震災以前と比べると半分以下の売り上げに苦しんでいる現実を明らかにし「原因を作ったのは誰かという怒りでいっぱいだ。私たちは追い詰められている。東電社員、霞ヶ関の官僚、国会議員は、全部福島の農産物を買え!」とアピールした。
 郡山市議の蛇石郁子さんは、川内村の仮設住宅の現状について報告。「川内村では役場機能も戻り、生活保障は打ち切られた。しかし完全に村に戻った人は一四%に過ぎず、高齢者・年金生活者などを中心に一八%が仮設に住んでいる。この人たちは村に戻ることができない。そして仮設の生活状況は悪化している。SOSも発せられている。支援体制の見直しが必要だ」。
 塙町の住民で「放射能ゴミ焼却を考えるふくしま連絡会」の和田央子さんは、各市町村が放射能ゴミ焼却炉の建設によって「第二の原発事故」とも言える危険に直面していることを訴え、焼却炉の起工式に石原環境相なども出席してあいさつしているが、住民には説明会すら開かれていないことを批判した。
 広瀬隆さんは、昨年「DAYS JAPAN」の企画で双葉郡の各町に入り、恐ろしいほどの放射能汚染にさらされている実情を測定してきたことを中心に発言した。

被ばくの現実
に迫るために
 李政美(イ・ジョンミ)さん、新月灯火(グループ)の歌が披露された後、証言が続いた。この日の集会に参加できなかった伊達町の島明美さんは、代読された手紙の中で「絆」「復興」「風評被害」という言葉への強い違和感を表明。「安全・安心、帰還」キャンペーンに触れて、「汚染水を忘れて生活しろというのか」と批判した。そして「被害にあったことなどなかったようにさせる操作」を拒否することを呼びかけ、「まだ三年しかたっていないが原爆被爆者の気持ちがわかるようになってきた」と述べた。
 除染作業の実態については、元作業員の中村匡庸さんが報告。八畳一間のバンガローに四人が押し込まれ、除染作業をやってきたが一カ月くらいたってから初めて一日一万円の危険手当が出ていることを知って、二五人で争議を行い支給を勝ち取ったことや、雇用形態は五次下請けだったが、環境省基準では三次下請けまでしか認めていないため、形式上三次下請けの雇用形態になっていたことなどを説明した。
 栃木県那須塩原町の手塚真子さんは、「大丈夫」をうのみにした行政の態度を批判し「放射能から子どもを守る会」を作って活動していることを報告。大熊町から会津若松の仮設に避難している木幡ますみさん、美容院をたたんで鏡石町から北海道に自主避難している本田淳子さんも発言した。木幡さんは、大熊町の行政も、「原発事故で被曝している住民も多い」と認めるようになっていることを語り、本田さんは「国が安全と言っているから大丈夫」という意識が根強い中で、住民たちが自ら知り、決めることの大切さを語った。
 この集会で語られた被害者の証言は、いずれも生活感覚に根ざした切実なものであり、この声をできるだけ多くの人たちと共有することがいかに重要かを実感させるものだった。集会アピールを読み上げた後、告訴団副団長の佐藤和良さんが福島原発告訴団のブックレットをできるだけ多くの都民に広げていくことなどを訴えた。
 「集会アピール」は「わたしたちは選ばない/復興と言う祭りに踊らされ/秘密保護と言う目隠しをされ/不当なリスクまで受け入れ黙って生きる道は選ばない」と述べている。この意思をあくまで貫き、東電とその責任者に加害の責任を取らせよう。    (K)

声明

ウクライナとの戦争に反対する!

ロシア社会主義運動中央委員会

2014年3月1日

 ロシア・EUとの関係をめぐるウクライナの政治危機は、親ロ派政権の打倒からロシアによるウクライナ領クリミアへの軍事介入にまでエスカレートした。ウクライナにおける攻防の政治的性格は、ウクライナのファシスト組織の行動が目立っているために、きわめて複雑な様相を呈している。しかしこの闘いの基本的内容は民主主義・自由を求め特権的・強権的支配体制の打倒をめざす民衆的運動である。ロシア・プーチン政権の大国主義的軍事介入を許してはならない。ロシアの同志たちによる緊急声明を紹介する。(「かけはし」編集部)

 戦争が始まった。ロシアとヤヌコヴィッチ一派の支配領域における寡頭特権集団の資産を守り、増やすという目的で、ロシア指導部はウクライナへの侵略に乗り出した。この攻撃は、ウクライナとロシアの民衆、とりわけクリミア自治共和国とウクライナ南東部の工業地帯の住民に破局的結末をもたらす脅威である。
 これはウクライナにとってはエスニック紛争のエスカレーションを、ロシアにとっては独裁権力の強化、弾圧、排外主義的錯乱の激化をも意味する。それによって支配的エリート集団は、深化する経済危機の情勢に対する大衆的怒りを抑えることが可能となる。われわれは、キエフの新政権の民族主義的傾向に対する、ウクライナ南東部住民の憂慮を共有する。
 しかし、自由をもたらすのはプーチンの戦車ではなく、自主的組織化と自らの市民的・政治的・社会経済的諸権利のための民衆自身の闘いである、ということがわれわれの強固な確信である。
 ウクライナ民衆が、自決権、完全な自治と独立の権利を持つことは言うまでもない。しかし現在われわれが見ているものは、大衆の民主主義的意思とは何の関係もない。それは、外国の領土を併合し、ウクライナをロシアの保護国に転換させることを狙ったロシア帝国主義の鉄面皮でシニカルな行為なのだ。
 今や、ロシアの自由のための闘いとは、自らの目的のために機先を制して衝突を求める現政権の冒険主義的外交政策に反対して闘うことである。ロシア社会主義運動は、すべての誠実な左翼、民主主義組織に対して反戦の抵抗を組織するよう呼びかける。
 われわれの要求は以下の通り、
?ロシア・ウクライナ戦争反対! ウクライナでの流血を挑発するな!
?ウクライナとロシアの民衆は相互の争いをやめよう。
?ロシアならびに他のいかなる国の軍隊も、クリミアの事態に介入するな!
?独裁的法令からの自由を、クリミア半島住民の平和的自決権を!
?寡頭支配と腐敗した当局に対するウクライナ労働者の闘い支持、エスニック紛争反対!

 ロシア社会主義運動は二〇一一年三月に二つの組織――社会主義運動フペリョード(前進)[第四インターナショナル・ロシア支部]と社会主義レジスタンス――の統一によって結成された。ロシア社会主義運動は、二〇一一年と二〇一二年の不正選挙反対の抗議運動の中で作られた連合組織・「左翼戦線」の構成組織でもある。(「インターナショナルビューポイント」編集部)(「インターナショナルビューポイント」二〇一四年三月号)



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