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    かけはし2015.年3月16日号

闘った農民たちが語る今の思い


2.22「三里塚に生きる」自主上映会

「生きる」ことの意味を問う

今だからこそ話すべきこと



自分史を検証
しながら参加
 二月二二日、日本キリスト教会館(東京・早稲田)で「映画『三里塚に生きる』(監督・撮影:大津幸四郎、監督・編集:代島治彦)」自主上映会(実行委員会)が行なわれ、会場いっぱいとなる八〇人が参加した。
 上映実行委員会は、代島治彦監督の「配給宣伝・劇場公開をご支援ください」との要請に応え、自主上映と三里塚闘争について語り合う場を東京で創ることができればいいなという思いを込めて二〇一四年一二月に、上映実行委員会が作られた。呼びかけ人は、今も三里塚闘争の支援を続けている繁山達郎さん(研究所テオリア)、芝崎眞吾さん(連帯社)、辻和夫さん(横堀団結小屋維持会/田んぼくらぶ)、和多田粂夫さん(元管制塔被告)、中川憲一さん(元管制塔被告)、平田誠剛さんの六人。賛同人は四一人だった。
 上映時間二時間二〇分。登場しているのは一三人。柳川秀夫さん(元青年行動隊リーダー)、故・三ノ宮文男さん(元青年行動隊リーダー)、小泉英政さん(三里塚に定住した支援者)、島寛征さん(元反対同盟事務局次長)、三ノ宮静枝さん(元婦人行動隊)、椿たかさん(元婦人行動隊)、故・大木よねさん(元婦人行動隊)、萩原勇一さん(元親同盟)、堀越昭平さん(元親同盟)、石毛博道さん(元青年行動隊)、秋葉清春さん(元青年行動隊)、山崎宏さん(団結小屋の住人)、北井一夫さん(写真家)などだ。登場した皆さんは、三里塚の今と「思い」をそれぞれ語り続けた。参加者は、登場するそれぞれの「重い語り」を受け止め、自分史を検証しながら引き込まれていった。参加者のアンケートにも「素晴らしいドキュメンタリーだ」「生きるとは何かを考えさせられた」「三里塚の人々の思いがよくわかった」等々の感想が寄せられている。
 映画を制作したのは、二人の監督。撮影を担当したのは大津幸四郎監督。編集やインタビューを担当したのが代島治彦監督。上映後の代島監督講演会の冒頭、司会の辻さんがあいさつの中で「監督・撮影の大津幸四郎さんが一四年一一月二八日に肺がんで逝去されました。謹んでご冥福をお祈りいたします」と報告した。

観るたびに
新しい発見
代島監督の講演に移った。 
現地に詳しい方々が集まるだけに、「当日どんな意見が出るか、戦々恐々としています」と、事前に語っていた代島監督だが、「会場から笑い声があり、ここで笑うのかと、映画館とは違う体験ができた」と、会場の熱気が伝わったことを述べた。「昔のことは喋りたくねえ」という人々の前で苦労したが三里塚闘争の真実を伝えたかったことを語った。(発言講演要旨別掲)。
現地から駆けつけた石井紀子さん(成田市川上)は、「この映画を観るのは三回目だ。観るたびに新たな発見があり、三里塚の人々の気持がわかってくる。私は一九七五年に東峰部落に入った。三里塚ワンパックを立ち上げて東峰の人たちと一緒にやってきた。空港会社は、小泉英政さんが四三年目にしてようやく大木よねさんの土地に対する強制収用の補償問題を空港会社と小泉英政さんと話し合いを始められるという有様だ。映画で小泉さんの思いが語られていてよかった。
東峰は、北原派、旧熱田派、旧小川派の関係者がいる。あまり多くを語らない、生きていることが闘いだという感じだ。映画を作ると聞いて、何人が喋ってくれるのかと思ったほどだ。いまだから語りたい農民の気持を撮れていた。終わりがない三里塚だといえる」と発言した。
呼びかけ人あいさつが芝崎眞吾さん(連帯社)から行なわれ、かつて現地援農の取り組みのことを紹介しながら決意を表明した。
会場から感想や質問があり、交流の最後に、山崎宏さん(労活評現闘)が、最新の現地報告と「丹波山『共有者の家』撤去策動を許すな! 二・二八現地緊急抗議行動に結集を! 三里塚空港に反対する連絡会」への参加を呼びかけた。
最後に質疑応答などが行なわれ交流を深めていった。        (Y)

代島監督の話から

百姓の闘いは、基地や
原発の問題ともつながる


ここで笑うか?
――新しい発見
今日は三里塚闘争に関係している方が多いということで画面に対して反応が一番あった上映会になった。ここで笑うのかというシーンがいくつもあって今までとは違う体験ができた。
この映画は、大津幸四郎さんに誘われる形で二〇一二年八月、三里塚に足を踏み入れた。最初は大津さんの思いだった。一九六八年の「三里塚の夏」に写っている人たちが、DVD化されるのを契機に今どうしているのだろうかということを一人一人会って話してみたいということだった。
島さんも柳川さんも温かくは迎えてくれたが、「昔のことは喋りたくねえ」「今、生きることで抵抗している。それでいいじゃないか」ということだった。また、「シンポジウム・円卓会議が終わって、それぞれが自由に生きている。今の三里塚を撮れるのか」と言われたりもした。
ドキュメンタリーを作る仲間たちは、東日本大震災があり、被災地を撮りに行ったり、福島原発事故など現在進行形のテーマに入っていた。私は、自分の八〇年代、九〇年代の生き方の反省もあって三里塚に入った。
この映画は、単純に闘争を描くということではなくて、日本の戦後の長い時間の動き、人間ってなんだろうという思いが三里塚の人々と話すなかで深く考えることができた。

真実が見えなく
なった今だから
映画には登場していないが、早くから石井紀子さんとはお話していた。逆に柳川さんは農作業、講演などの喋りだけでインタビューはできませんでした。柳川さんは、そういう方なんですね。生き方です。
山崎さんは、一番最初に登場しています。撮った順じゃないです。ある上映会で山崎さんが三里塚に生きる一人に入るのか入らないのかという質問があったが、僕は「入る」と言いました。三里塚で生きていると感じたからです。初対面なのに色々と質問をした。山崎さんは緊張感を持って答えてくれた。
大津さんが亡くなる前に気にしていたのが、三ノ宮静枝さんだった。周辺の人たちは静枝さんに文男さんのことを聞く人はいなかった。私たちは何回か静枝さんに伺うなかで文男さんの話ができた。静枝さんにとっては、文夫さんのことは過去の話ではない。今も生きている。
一人一人の体験、悩み、苦しみ、うしろめたさ、悲しいことなどの心話(しんわ)を持ち、溜め込みながら人生の心話になっていくんだなと思う。だからこの映画は、一人一人の心話です。
三里塚は、円卓・シンポジウムを反対同盟の側から働きかけ、国と話し合いによって謝らせて闘争を解決したと言う人がいたが、実感としてそう思えなかった。共生という道を選択するが、真実が見えなくなってきた。
この映画の中で三ノ宮文男さんの遺書と大木よねさんの戦闘宣言が朗読される。開港後、北原派と熱田派が分裂し、内ゲバなど色々あったなかで三里塚の真実が見えにくくなっている。多くの人々は、三里塚のイメージが新左翼、過激な暴力という印象が残ってしまった。
若い人たちの中で三里塚って、農民の闘いだったんだと言う者がいた。だからこそ見えなくなっている百姓の闘いである三里塚を撮りたかった。基地や原発の問題とつながっている。
(要約・編集部) 

2.20共通番号いらないネット結成集会

住民への管理強化が狙い

個人番号カード申請やめよう

 二月二〇日、共通番号・カードの廃止をめざす市民連絡会は、「共通番号いらないネット2・20結成集会」を千駄ヶ谷区民会館 で行い、八三人が参加した。
 安倍政権による治安弾圧・民衆管理監視強化の一環として住民票がある民衆に個人番号、納税義務のあるあらゆる団体に利用制限のない法人番号を付けようとしている。二〇一五年一〇月には番号通知を行い、一六年一月に強行する。共通番号制度は個人情報のデータマッチング(名寄せ)によって生涯にわたり追跡可能にし、分野を超えてヨコにつなげ一覧可能にする、国による一元管理の監視装置だ。警察、公安機関も利用できるのだ。ネットは、共通番号制度のねらいと危険性を社会的に暴露し、廃止に追い込む取り組みの強化にむけて「共通番号はいらない」「ほんとうに必要なのか」を合い言葉に結成した。
 集会はネットの仲間から結成に至る経過、趣旨説明から始まり、「共通番号は住基ネットの失敗を総括し、当初からデータマッチングを目的とし、市民管理の精緻化が最終的に目指されている。共通番号を最終的に廃止に追い込んでいくために全国的に幅広く呼びかけていく」と述べた。さらにネット世話人として白石孝(反住基ネット連絡会)、田島泰彦(上智大学教員)、石村耕治(プライバシー・インターナショナルジャパン)、末永誠二(弁護士)、田辺由起夫(神奈川県保険医協会)、藤代政夫(千葉県会議員)、新田真澄(プライバシー・アクション札幌)、広瀬正明(共通番号制と監視・管理社会に反対するネットワーク大阪)、上江洲由美子(監視社会ナラン市民ネット沖縄)各氏が紹介された。
 「共通番号・カードにいかに立ち向かうか」をテーマにパネル討論。
 原田富弘さん(やぶれ住基ネット市民行動)は、「自治体に対して危険性を防止するための措置と個人情報保護を最優先に慎重な対応を求めていかなければならない。警察等への提供の規制、DV等の被害や差別的利用など不利益扱いが予想される場合の提供拒否、自己情報コントロール権の保障、中間サーバーや個人番号カードの発行を共同化・委任せず自治体内での責任をもった対応、DV等被害者への番号通知カードの送付方法、個人番号カードの不正取得の防止、『IT弱者』や住民登録がない等の人が不利益にならない仕組みなどの検討と実施を求めていく必要がある」と提起した。
 石村耕治さん(プライバシー・インターナショナルジャパン)は、「個人番号は、漏洩して不正に使われるおそれがあると認められるときには、本人が市町村長に申請し変更を求める、あるいは市町村長が職権で変更しなければならない。この規定によって順法運動を展開し、実質的に使えなくすることも可能だ。マイナンバー制を廃絶に持ち込むために、各地で各市民が頻繁に番号の変更申請する取り組みは有効だ」と強調した。
 水永誠二さん(弁護士)は、「憲法一三条は、人格権を保障している。人格権の一内容として『プライバシー権』がある。『自己情報コントロール権』とも言われる。情報が高度に流通するようになった現代社会においては、自分に関する情報の取得、保管、利用(第三者への)提供の各段階において、その目的を事前に明らかにさせ、そのような目的での取得や利用について本人の同意権の行使により、その流通を国がコントロールして自分のプライバシー情報を守っていくことが必要だ。プライバシーの侵害は萎縮効果を生み、個人が人格的自律を行なってゆく環境を喪失させ、個人を前提とする民主主義の基盤をも掘り崩す結果となる。このインフラは、特定秘密保護法の運用など、監視のためのインフラとして活用されてしまう。歯止めの一つとして『憲法で保障された基本的人権の侵害を止めろ!』と訴えていく必要がある」とアプローチした。

違憲訴訟をも
射程に入れて
藤田倫成さん(神奈川県保険医協会理事、小児科医)は、「横浜市では地域の開業医が中心となり、在宅で療養中の患者の医療等情報をクラウドシステムで共有し、医療・介護の多種連携しているグループがある。だが政府・財界の推進する医療IT化のねらいは、公的医療費の給付抑制、医療産業化のためでしかなく、経済政策としての色合いか強い。生存権とプライバシー保護のバランスを図った医療等情報の活用の道を探るべきだ。そのためにも医療独自の個人情報保護法を整備し、医療等情報の機微性に配慮した上で、活用範囲や方法、罰則などを規定すべきだ」と発言した。
最後にネットは、「共通番号いらないネット 結成宣言」を提起し、「共通番号法は、その後の成立した秘密法、今国会に登場しそうな盗聴法の改悪、共謀罪の新設といった安倍政権が整備する治安立法の一環であることを強調しておきたい。今後違憲訴訟を提起することも射程に入れて運動を進めていこう」と呼びかけた。
とりわけ一五年一〇月に「通知カードが届いて初めて共通番号に向き合う市民に対して、『内国人登録証/国内パスポート』として私たちを識別し追跡監視するICカード=個人番号カードを申請しないよう呼びかける」と当面する具体的行動を提起した。
二一日には、全国交流会が文京区民センターで行なわれた。
原田富弘さん(やぶれ住基ネット市民行動)、黒田充さん(自治体情報政策研究所)から自治体での取り組みなどを提起。各団体から報告と今後の方向性が紹介された。(Y)


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