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    かけはし2015.年6月8日号

空港会社と一体の司法手続き


5・20第5回横堀現闘本部撤去口頭弁論

三里塚空港に反対する連絡会


 五月二〇日、千葉地裁(金子直史裁判長)で成田国際空港会社が三里塚反対同盟(柳川秀夫代表世話人)に対して横堀現闘本部撤去を求めた第五回口頭弁論(朽廃建物収去土地明渡請求事件)が行われた。
 反対同盟は、勝利判決をかちとるために地裁に対して横堀現闘本部の「検証」(「反対同盟や関係者の本件建物の使用や修理を妨げたのは、第一次的には原告が通路を封鎖したことによるが、さらにそれを確固としたのが、鉄板による囲いである。しかし、鉄板による囲いの効果は、それに止まらず囲い内での温気の閉じ込めと、囲い内で発生する自然の強風やジェット噴射による乱気流であり、これらが本件建物の傷みを加速させた疑いが十分ある。ここは建物の傷み具合をつぶさに検証し、その結果を専門家に見て貰う(鑑定して貰う)予定である」)と「証人尋問」(現闘本部の歴史、封鎖の不当性などを証明する)の要求実現と主張の補強にむけた準備書面(要旨別掲)、山崎意見書(要旨別掲)、新証拠として『三里塚に生きる』採録シナリオ(農民の思い、闘争史、生活実態)を提出した。
 しかし、地裁は、反対同盟の要求に対して従来通りの空港会社防衛の立場からの空港会社の「不要」の主張を追認し、不当にも採用しなかった。第五回口頭弁論をもって結審し、次回を判決公判とした。千葉地裁と空港会社が一体となった横堀現闘本部破壊を許すな!

反対同盟準備書面(要旨)

 1 2つの権利濫用
(1)原告の権利濫用は、第1に突然の道路封鎖という極めて乱暴な実力行使から始まる一連の経過と、本訴請求に及んだことの二重に亘るものであり、いずれも「成田空港問題シンポジウム」「成田空港問題円卓会議」を終えてなされた空港公団の熱田派農民に対する約束を一方的に反故にするものである。1983年3月の熱田派、北原派への反対同盟分裂に際し、熱田派反対同盟たる被告が本件建物を、横堀現地闘争本部として建設することを、原告(当時公団)は何の異議も述べることなく、事実上承認していた。これが前提である。
(2)略
(3)被告としては、原告が鉄板塀を撤去し、更に公道からの通路の事実上の封鎖をやめれば、本件建物を修理し、再び使用する意思が十分にある。又、本件建物内には、支援者等の書籍類や裁判闘争資料などの私物が数多く置かれているので、被告が勝手にこれらを処分することはできない。

 2 シンポジウム・円卓会議と政府・公団の約束
(1)略
(2)政府・公団の反対同盟との約束は何も土地収用法の手続に限定されない……(略)

 3 調査団の見解(略)

 4 仮執行宣言について
(1)反対同盟や関係者の本件建物の使用や修理を妨げたのは、第1次的には原告が通路を封鎖したことによるが、さらにそれを確固としたのが、鉄板による囲いである。しかし、鉄板による囲いの効果は、それに止まらず囲い内での温気の閉じ込めと、囲み内で発生する自然の強風やジェット噴射による乱気流であり、これらが本件建物の傷みを加速させた疑いが十分ある。ここは建物の傷み具合をつぶさに検証し、その結果を専門家に見て貰う(鑑定して貰う)必要がある。
(2)反対同盟関係者が本件建物について一歩も近づくことができないようにし、使用や修理・修繕を不可能とし、その結果として本件建物の状態を著しく悪化させておきながら、「建物として朽廃し滅失状態となっている」として、本件建物をゴミ扱いし、建物収去に仮執行宣言を求めるというのは熱田派農民を余りにもこけにした態度であって、到底容認できない。大木よね問題の解決(国・千葉県が大木よねさんの土地を強制代執行で奪ったことを謝罪し、補償を行うことを表明)とは全く違う方向を向いた顔が見える。

山崎意見書

 空港会社の横堀現闘本部撤去要求の不当性
空港会社(当時、空港公団)は1993年、事業認定を取り下げ、強制収用による空港用地取得ができなくなった。それ以降は「話し合いによる解決」を図ると確約した。
しかし、空港会社は用地内に点在する一坪共有地などを取得するために裁判所に提訴し、実質的に強制的手段を伴う方法をもって用地を手に入れた。
これは土地収用法による強制執行と何ら変わらないやり方である。今回の現闘本部の建物撤去の訴訟は、そうした空港会社のやり方と一体のものである。
空港会社は裁判によって取得した土地に建っていた建物について、所有者(空港反対同盟)が維持・管理する権利、条件を完全に奪っておいて、「朽廃」して空港機能を拡張する上でジャマだから撤去せよと要求してきたのだ。
空港会社は裁判によって土地を取得すると一方的に建物に至る道路を封鎖し、所有者が建物に近づくことさえ出来なくした。そうして誘導路を建設、供用して建物の維持・管理を不可能にした。これは空港会社が反対同盟の財産を破壊したに等しい行為である。実際、建物を鉄板フェンスで囲ったために傷みが進んだことは明らかである。
横堀現闘本部は建設以来、文字通り用地内に存在する空港反対同盟の拠点として使われてきた。反対同盟の連絡先として、会議や行事の場として利用されてきた。当初は支援者が24時間常駐し、空港用地周辺の工事状況を監視し、記録してきた。また日中は反対同盟も老人行動隊を中心に当番を決めて詰めていた。
常駐態勢が解除された後も、反対同盟や横堀部落の行事などで度々利用されてきた。建物には寝具、炊事用具、テント、コピー機など多くの備品があり、また書籍、資料、監視記録のノートなど貴重な資料も多数あった。
しかし、空港会社が提出した証拠写真を見る限りではそれらのものはほとんど原型を留めない状態となっている。こうした結果をもたらした空港会社の財産権侵害行為には強い怒りを覚え、断固抗議する。
空港会社は口では「話し合いによる解決」を唱えながら、実際にやっていることは力を背景にした一方的な土地収奪、権利侵害である。今回の裁判提訴もその1つであり、断じて許すことは出来ない。

■横堀現闘本部撤去口頭弁論/判決(千葉地裁/九月二日(水)午後二時/六一一号法廷)。

■裁判闘争費用のカンパ(1口 2000円)を訴えます。
振替口座:00290―1―100426 大地共有委員会〈U〉

三里塚芝山連合空港反対同盟(代表世話人:柳川秀夫)/大地共有委員会U(代表:加瀬 勉)
〒289─1601 千葉県山武郡芝山町香山新田 90─5(案山子亭)/電話&FAX0479─78─8101

5.28

戦争法案を廃案にしろ!

逃げとゴマカシの政府答弁

総がかり行動実行委が国会前抗議

 

 五月二六日、戦争関連一一法案(「国際平和支援法案」と一〇法案を一括した「平和安全法制整備法案」)が衆院本会議で審議入りした。二七日には衆院特別委員会での審議が始まった。安倍首相は五月二七日の委員会では、「他国の領域での集団的自衛権の行使はホルムズ海峡での機雷除去以外に念頭にない」と答えたが、その舌の根も乾かないうちに次々に「例外」を認める答弁が出ている。さらには「認めない」と答える場合も、「一般に」は認めていないということで、「特殊」な場合には他国領域での「機雷除去」以外の武力行使を認める余地を残している。
 それは、昨年七月の「集団的自衛権行使容認」閣議決定の「新三要件」(@日本が武力攻撃されるか、密接な関係にある他国が攻撃され、我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由、幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある,A国民を守るために他に適当な手段がないB必要最小限度の武力行使にとどまる)そのものが、意識的に拡大解釈可能なように設定されているからである。したがって「存立危機」「攻撃切迫」「重要影響」など、さまざまな「事態」の区別、区分を問われて中谷防衛相は答弁に行き詰まり、安倍首相は質問者への「ヤジ」(辻元清美議員への「早く質問しろ!」)や同じ答弁の繰り返し、さらにはその場だけの言い繕いでごまかす、という事態が相次いでいるのだ。
 それは自衛隊が米軍と共に地球の裏側まで出向いて武力行使を行うことを可能にさせるというところに、この法案の本質があるからだ。したがって、「湾岸戦争やイラク戦争のような戦争に日本が参加することはない」という安倍発言や、「国連憲章上、違法な武力行使に日本が加担することはない」との安倍首相の答弁は、どのようにも言い逃れることはできるものだ。あのイラク戦争でさえ、「国連憲章違反」とされているわけではない(そのような決議案には安保理常任理事国である米国は拒否権を発動できる)。
 しかし安倍政権は、衆参両院での多数の力を盾に強行突破をはかろうとするだろう。「慎重審議」という建前は語るものの、慎重・ていねいに論議すればするほど、安倍内閣の閣僚は「立ち往生」することになってしまうからである。
 討論で、大きな論点になったのは戦場で危険にさらされる自衛隊員の生命の問題である。アフガニスタン、イラクでの戦争で、自衛隊員は直接の戦闘現場に送られることはなかったものの、給油・補給・輸送業務に関わることで、実質的に参戦した。自衛隊員が受けた心身両面での重圧は過酷なものであった。アフガニスタンとイラクに送られたた自衛隊員のうち五四人が自殺した。
 当初、政府側は「自衛隊員にかかるリスクの大きさ」について否定していた。しかし今回の戦争法が成立した場合、「地球の裏側」にまで派兵される自衛隊員にとっての危険が飛躍的に拡大することは言うまでもない。われわれは、あらためて自衛隊員兵士の政治的・社会的権利、不当な命令に対する拒否権という課題を論議の場に載せていく必要がある。
五月二八日、戦争させない・9条壊すな!総がかり行動実行委は、二回目となる木曜日定例の衆院第二議員会館前行動の二回目を午後六時半から行った。一回目の八五〇人を上回る一一〇〇人の労働者・市民・学生が参加した。
 集会では、生活の党と山本太郎と仲間たちの山本太郎参院議員や社民、共産、民主党の各議員が審議の模様を紹介しながら、戦争法案廃案への決意を語った。日弁連憲法問題対策本部の山岸良太本部長代行、軍事評論家の前田哲男さんも専門家としての立場から、戦争関連法案を厳しく批判した。
 六月一四日、二四日には国会包囲の全国結集が呼びかけられている。全国の労働者・市民の力で、戦争法制を廃案へ! 憲法改悪の道を断とう!    (K)

コラム

戦後義務教育の大転換


 不登校の子どもを持つ親たちがこの三月に「翼を抱く子どもたちへ〜不登校の親子応援ガイドブック〜」を作った。東京東部で支援活動をする団体を紹介する冊子である。困り、悩んでいる子ども、親たちに「いっしょに考えていこう」と情報を共有するため。学校、図書館などに冊子を届け、インターネットで発信する。全国で引きこもりの子どもたち(15〜39歳)は六九万六〇〇〇人いるという。
 子どもが小学校に上がったのに、学校に行かなくなった。親は学校に行かせたい、子どもは行きたくない。教師はどうしていいか分からない。対立がエスカレートすると家庭内暴力となる。ある両親は交代で半年間会社を休み、子どもに寄り添った。また、追い詰められ、母親が自殺してしまう悲劇もあった。もう少し早く親同士もつながっていたら、こうしたことを防ぐこともできたかもしれない。
 自主夜間中学にもかつて、小・中学校へほとんど行かなかったが、大人になり「就職するに当たり、基礎的勉強がしたい」とやってきた生徒さんが何人かいた。昼は部屋に閉じこもり、夜になると近くの公園に行き、兄弟でキャッチボールをして遊んだ。なぜ、夜かと聞くと、昼・夕方に外に出ると同級生に会うと気づかれ、気まずい思いをするからだと話してくれた。テレビゲームにはまり、昼と夜が逆転してしまい、昼は寝てばかりだ。人との付き合いがほとんどないので、初め自主夜中に来た時、隅っこで様子を見ているのみであった。そのうち、スタッフの女子大生が声をかけ、親切・ていねいに勉強を教えた。半年もするとサングラスをとり、笑顔を見せあいさつをするようになった。
 共に通った仲間と定時制高校に進学した。ここからすべてが順調にいけば「良かった、素晴らしい」で終わるのだが、そう簡単に物事は進まなかった。高校で同級生とトラブルとなり、結局別の高校に転校した。この人たちと出会った時、今回のような親同士、子ども同士のつながりはなかった。家族が崩壊しバラバラになってしまい、彼ひとりが残される形で、独居生活をせざるを得なくなっていた。彼のように不登校生が大人になった後、どのように自活していくのか、そこに社会はどのようにかかわるのか、解決できなかった課題を今の親の世代はもがきながら挑戦している。
 安倍政権は企業のもうけるための環境づくりを推進している。この政策では当然「陰」の部分とも言える子どもの貧困や教育から排除される人たちが生み出されている。フリースクールや夜間中学増設運動が長年続けられる中、ようやく超党派の議員連盟によって「多様な教育機会確保法(仮称)案」が提出されようとしている。「年齢や国籍に関わらず、義務教育を受ける機会を与えられる」という戦後義務教育の大転換を生徒に寄り添い実現していこう。   (滝)


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