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    かけはし2015.年6月22日号

広場の占拠から諸制度の占拠へ


カタルーニャ 変革の震央となったバルセロナ

社会的多数の政治的多数への転換追求続く

エステル・ビバス

 五月二四日のスペイン地方選は既存のスペイン政治構図に大激震をつくり出したが、民族主義的分離主義運動を背景に民族主義右派が政治的主導力を持つことがいわば既定視されてきたカタルーニャで、それは特に強烈な破壊力を示した。以下ではそれをいくつかの側面から分析している。次号以降にはさらに深めた分析も掲載する。(「かけはし」編集部)


 二〇一一年の怒れる者たちの春以来あちこちの広場や街頭で何カ月もの間腹に響くように鳴動してきたこの「ウィーキャン」は今、諸制度に対するある種の地震として、当時は想像もできなかった何ものかとして到来した。アダ・コラウ(住宅ローン被害者団体―PAH―元代表、この闘いで何度も逮捕された:訳者)を先頭に立てたバルセロナ・エン・コムの勝利は、政治の将棋盤をひっくり返すことになった。

今までの境界を
あふれ出た猛攻


われわれは長い間、15M運動が急進的、反システム、として責められるのを聞き、あたかも、怒れる者たちの「民衆的蜂起」が意味したものを絶対的に何一つ理解しないまま、政治は政党政治に限定可能であるかのように、「政治を行いたいのであれば政党を作れ」と告げられてきた。しかし今、エリートの最悪の悪夢が一つの現実となった。
当時多くの場で起き上がりだした、新たな集団的想像力を引き出すことのできる対抗ヘゲモニーの議論は、そしてそれは、経済危機と政治的ハイジャックの間のつながりを明確に示し、三年もの長い年月の緊縮によって打ちのめされた社会の多数を以前では決してないほどに結び付けたのだが、今日諸制度に猛攻を仕掛け、これまで強制されてきた、可能であるものの諸境界をあふれ出している。
問題になっていることは、不均質な運動を単一の党の中で標準化することではなく、街頭の憤りを諸制度の中に向かわせると思われる、そうした新しい政治的道具、方法論、合流、課程を築き上げるという問題だ。それは、真の変革の全進展は集団的自覚、民衆的自己組織化、そして持続的な動員から現れるだろうということを忘れることなく、諸々の社会的危機によって打撃を受けた社会的多数を政治的多数へと転換する問題だ。すなわち、以前彼らが広場を占拠したように、諸制度を占拠し、それらを「無名の者たち」に奉仕するものにする、という問題だ。そしてそれこそ今起きたことなのだ。

「声なき人びと」
の参入と大合流


一年前のポデモスの爆発的衝撃、二〇一四年五月EU議会選での、予想外の一二〇万票獲得と議員五人の当選は、最良の事例だった。ロードマップはそれ以前に引かれていた。二〇一三年四月、新しい政治的社会的多数による下からの構築を訴えつつ、ベネディクト会修道女のテレサ・フォルカデスとエコノミストのアルカディ・オリバレスが率いたカタルーニャの憲法制定運動によってだ。今回の選挙では、さらにグアニエム・バルセロナとアホラ・マドリードの例が続いた。
これは、新しい政治勢力の出現、この間動員され今回は投票したもっとも過酷に打撃を受けた層に届くことのできる社会的合流という結果を伴って、数知れない自治体とコミュニティに拡張されてきた経験だ。
今回の選挙の結果は、フランコ主義からの移行以来われわれが知ってきた政治の鋳型を打ち壊す。テーブルはもはや、たった二つのためにだけ用意されてなどいない。「声なき人びと」の参入、不安定雇用の労働者、不治の病を抱えた人びと、失業者、つまるところ「アウトサイダー」のバルセロナ市庁舎への参入は、われわれは勝利できる、すべては可能だ、ということを示している。

好機と並んで
責任も巨大だ


しかし変革の道はたやすくはない。エリートからの圧力、彼らの経済的働きかけからそのメディア機構にいたる圧力が弱まることはないだろう。諸々の障害と資格の不十分さは数多い。好機と並んで責任も巨大だ。
今日、われわれは歴史的な時に生きている。「彼らはわれわれを代表していない」、あちこちの広場がこう叫びを上げた時からもう四年が過ぎた。今回の選挙の政治的地震後には、「そうだ、彼らはわれわれを代表している」との、新しいスローガンがそれ自身に突き付けられる。カタルーニャでは、州議会への選挙が急襲の次の進路だ。マドリードでは、それは国会となる。この歴史的な選挙の夜にアダ・コラウが語ったように、「これは止めることができない一つの革命だ」。
(二〇一五年五月二五日)

▼筆者はバルセロナの多様な社会運動で活動している。多数の著作のあるポムペウ・ファブラ大学社会運動研究センター(CEMS)の一員であり、ビエント・スル誌編集委員でもある。(「インターナショナルビューポイント」二〇一五年五月号) 

パキスタン

ババ・ジャン 大政党
上回る得票で2位に

地域の闘いに重要な足場築く

 六月八日、パキスタンのギルギット・バルティスタン州議会選挙が行われ、獄中から立候補したアワミ労働者党(AWP)のババ・ジャンは四六四一票を獲得し、政権与党であるパキスタン・ムスリム連盟ナワーズ派の候補者に次ぐ第二位(二〇人中)を占めた。これは、パキスタン国会に議席を持つパキスタン人民党(PPP)やパキスタン正義運動(PTI)をも上回る順位で、当選することはできなかったものの、大きな成果を挙げることができた。この選挙キャンペーンには、地元フンザ渓谷の多くの人々が参加し、ババ・ジャンへの大衆的な支持を示した。
 ババ・ジャンは、AWPのギルギット・バルティスタン組織委員会代表であり、AWP全国委員会メンバーでもある。彼は、刑務所収監中の待遇改善闘争を指導したという容疑で終身刑を宣告され、現在も獄中にある。今回のギルギット・バルティスタン州議会選挙には獄中からの立候補が認められ、第六選挙区(フンザ地域)から立候補した。彼は、州議会選挙でAWPから立候補した唯一の候補者だった。この選挙区には約三万六〇〇〇人の有権者がおり、ババ・ジャンらがボイコットした前回選挙(二〇〇九年)ではPPPの候補者が当選した。彼自身は選挙運動に参加することはできなかったが、彼を支持する大衆的な選挙キャンペーンが展開された。
 ババ・ジャンの立候補が明らかになると、AWPに加わっていないグループも含めて、若者の中で彼を支持する動きが大きく拡がった。選挙事務所開きには約三〇〇〇人が集まり、数百台のオートバイ、数十台の自動車によるパレードがおこなわれた。AWPが用意した四〇〇〇枚のポスターは、わずか一日でボランティアの手によって選挙区内に張り巡らされた。
 五月三一日には、フンザ渓谷において、数百台以上のオートバイ、トラクター、自動車によるパレードがおこなわれた。若者を中心に多くの支持者が乗り込み、ババ・ジャンの写真やAWPの旗を掲げながら村々を回った。各村では即席の演説会が開かれ、ファルーク・タリク(AWP書記長)らが、集まってきた多くの人々にババ・ジャンへの支持を訴えた。
 パレードは、ババ・ジャンの故郷の村や二〇一〇年に土砂災害被災者の救援を求めて激しい闘いが展開された(そしてその闘いを指導したことでババ・ジャンらが逮捕された)アリ・アバドの町にも立ち寄った。終着点であるカリム・アバドでは、大きな選挙演説会が開かれ、ファルーク・タリクらが現政権に対する闘いを訴えた。このパレードに対しては、沿道から女性や子どもたちが手を振って歓迎するとともに、地元のタクシー運転手協会が全面的に協力した。
 六月六日には、アリ・アバドで女性によるパレードが行われ、数百人が街中を行進した。選挙キャンペーンでは地元の女性と若者が大きな役割を果たした。AWPはパキスタン各地から活動家を現地に送り込み、選挙キャンペーンを支援した。
 この選挙結果を受けて、AWPはババ・ジャンの釈放と地域における政治的、経済的権利を要求する闘いを引き続き展開していくことを明らかにしている。(大森)

メキシコ 総選挙で60%が「ノー投票」

民衆は前例ない規模
で今あるものを拒絶

ギレルモ・アルメイラ


棄権率55%に加
え白票・無効票
 六月七日の選挙を経たメキシコの構図は以下のようなものだ。
 支持なし(意識的にか、それとも関心がないかして棄権した)という「政党」を群を抜いた多数派にした、棄権率五五%。投票した四五%の一〇%弱、あるいは有権者名簿の約四%にあたる白票と並んで、意識的に無効票にした投票者のほぼ五・五%に注目し、その合計を五五%の棄権者に加えるならば、これは、抗議のノー投票の総計をほぼ六〇%(つまり、メキシコ人一〇人のうち六人)にする。
 この道化芝居の選挙に参加した諸政党が得た得票率は、上の数字に照らして計算されなければならない。なぜならばそれらは、投票者数の非常な低さのおかげで誇張されたものだからだ。こうしてPRI(制度的革命党、現大統領与党)の得票率三〇%の現実は、政党を指名して投票した四〇%の三〇%、あるいは全有権者の一三%にしかあたらず、他方PRD(民主革命党、中道左派とされている:訳者)の一一%は、四〇%の一一%、あるいは全有権者の四・五%ちょっとだ。

諸寡頭一族支配
の半国家に転落
この選挙から明らかなことは、今あるものは不信任を受けた少数派の正統性なきシステムということであり、それは、不正に満ちた票の買い取り、文化的酩酊を帯びたメディアのキャンペーン、国家テロと軍事化にもかかわらず、ゲレロ州、オアハカ州、チアパス州という重要な地域でのボイコットも、あるいは、この策謀に満ちた選挙に参加した小政党のほとんどを今や超えている白票や無効票という非難も阻止できなかった、ということだ。
われわれはこれらの結果に、MORENA(国民再生運動、二〇一二年大統領選で現職ペニャニエト大統領と接戦を演じたオブラドールが結成した左派新党:訳者)が得た票はPRIとその支持者に反対するものであり、ある人びとによる現行システム反対の票である、ということも付け加えなければならない。ちなみにここであげたある人びととは、自身を組織し表現するもう一つの方法を自分たちの地域にもてていない人びと、あるいは、この投票の場で制度内の地位を争うことによる闘争形態に信を置いた人たち、ということだ。
真にある情勢は、メキシコ国家がはっきりと半国家として現れているということであり、この国家は「正統性ある暴力の専有」を保持せず、あるいは武器ももってはいず、領域の相当な部分を支配できず、むしろ総意を欠いた寡頭一族たちによって統治されている、ということだ。

反選挙の反抗を
今後への基礎に
この選挙茶番に反対した意識、道義的反対、さらに戦闘的諸労組と草の根グループの組織、こうしたもののレベルは、前例のないものであり、この選挙結果をもってさらに高まるだろう。またそれは、大きな民衆的支えをもったさらに大衆的な動員のための基礎となるだろう。
この不正な選挙に参加した諸政党すべてが票を減らした。PRIは単独での支配は不可能となり、他の勢力内にいるいくつかの傀儡に頼らざる得ず、加えて、PAN(国民行動党、中道右派とされる:訳者)およびPRDとの間での合意に依存せざるを得ない。そしてPRDは、あらゆる賭け率に反して生き延び続けているが、それを犠牲にしてMORENAが成長したために、今や致命傷を負っている。
MORENAの指導部は、PRDを押しのけて議会に議席を得、制度内部に地位を得る以前に、勝利を主張し、その選挙運動路線を正当化している。しかしそれは、この勢力がPRDよりもはるかに少数派の位置にあるという事実を無視するふりをすることによるものだ。
それゆえこの勢力にとっては、二〇一八年に大統領職を奪うという空想的で選挙至上主義的観点を向いた何年か前に採用した路線を変えることは難しい。そこには、この党の政治的保守主義を固定化している垂直的な組織構造という理由もある。
しかし、多くの正直な活動家たちが今回の選挙結果を検討し、彼らの党を社会的闘争に向けようと努めることは、期待されてよいこととして残されている。

▼筆者は日刊紙「ラ・ホルナダ」に定期的に寄稿しているアルゼンチン生まれの大学教授。(「インターナショナルビューポイント」二〇一五年六月号)

 


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