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    かけはし2015.年6月29日号

沖縄の闘いに呼応し 戦争法案を必ず廃案に追い込む


6.14 4000人で集会・パレード

集団的自衛権行使を許すな

愛知県弁護士会が呼びかけ




 【愛知】六月一四日午前一〇時から名古屋市の白川公園で「集団的自衛権行使のための法整備に反対する愛知大集会・パレード」が愛知県弁護士会の主催で行われ、四〇〇〇人の大結集で成功した(うち、弁護士が二七〇人)。今年、一月一七日に行われた同じ弁護士会が主催した集会の参加者二五〇〇人を大きく上回る大動員を実現した。愛知県―東海地方では、大小さまざまな学習会やセミナー、講演会、連続街宣、デモを行ってきた。これらの積み重ねによって広範な共同行動を構築し、この集会はそれらの成果として実現することができたものである。
 最初に二人の男女の若い弁護士が司会者あいさつを行い集会が始まった。まず集会実行委員長の村橋ひろし弁護士が開会のあいさつを行った。「集団的自衛権は憲法違反であり、行使することは許されない。圧倒的多数の憲法学者、弁護士が憲法違反だとの認識をもっている。それなのに一内閣が解釈を一方的に変更することは暴挙だ。かつて法律をもって憲法を台無しにした人がいる。それはヒトラーでありナチスだ。安倍は同じことをしようとしている。安倍政権は防衛のためだといる。これは嘘であり事実は『戦争参加法案』だ。国会では反対派は少数だが国民の反対の声は確実に大きくなっている。しかしまだ不十分だ。多くの国民に訴え、集団的自衛権法案を廃案に追い込もう」。

安倍内閣を退陣
に追い込もう!
続いて、名古屋大学教授の森英樹さんが一〇分間講演を行った。
「多くの憲法学者が集団的自衛権行使、安保法制は憲法違反との見解をだしたが、憲法をきちんと読めば当たり前のことであって、立場のちがいだとか、そういう問題でない。『自衛権』という言葉であたかも『守る』ためのものとして多くの国民が騙されている。しかし、こんなものはヤクザの戦争と同じだ。集団的自衛権を行使するための安保法制は、例えてみればアメリカ組の親分と日本組の親分が先に杯を交わしアメリカ組がどこかの組に殴り込みをかける。その時に助太刀してくれ!と目下の日本組に頼む。日本組の親分は『それっ!存立危機事態だ』といって自衛隊を出すのだということだ」。
「秘密保護法との関係で、何が存立危機なのか?と問えば『秘密保護法で防衛秘密だから言えない』と回答される可能性もありる。非常に恐ろしく、あいまいな法律だが核心は政府の意思一つで戦争に参加できる法律なのだということだ」
「反対の声は広がり続けている。軍需産業との関係でなかなか表に出てこなかった連合の会長が反対の声明を出し、自民党や元自民党の幹部からも反対の声が上がっている。雑誌の『週刊女性』や『週刊ポスト』も反対の論陣を上げはじめている。世論調査では八割の国民が今国会での成立に反対している。今がチャンスだ。第一次安倍内閣が倒れた理由は、『消えた年金問題』だ。今回は、漏れた年金が問題になっている。これを機に安倍内閣を退陣に追い込もう」。

弁護士・宗教者
からのアピール
中盤のリレートークでは、名古屋学院大学准教授の飯島磁明さんが「戦争をさせない一〇〇〇人委員会」の立場から発言した。
愛知県医療福祉労働組合連合会の看護師さんは戦時中の戦場での看護師の服「白衣ではなく黒衣」で登壇し、戦争中には三万人の看護師が巻き添えで死んだ事実を述べ、絶対反対を訴えた。愛知県医療協会の医師は医療現場でのポスターやステッカーを利用して病院利用者に訴える取り組みを行っていることを報告した。
リレートークの最後に信州大谷派報恩寺住職の石川さんが宗教者の立場から発言した。
「宗教界でも戦争法案に反対する声が広まっている。宗教者九条の輪の共同声明には一万人の宗教者からの賛同が寄せられました。カトリック教会からも、憲法を守ろう、集団的自衛権反対の声明が出された。東本願寺からもこぞって反対の声明をだしています」。
「殺し、殺されるという事態が目前に迫っています。イラク戦争で派遣された自衛隊員の中で五〇数人の自衛隊員が自ら命を絶った。なぜこうなったのかを政府は考えなければいけない。そしてこんな所に自衛官を、仲間を送ってはいけない。だからこそこの戦争法制を必ず廃案にしなければならないと思っている」。

憲法・危機に
立ち向かおう
後半では若手弁護士二人の安倍政権を皮肉る漫才を披露した。集会宣言を久保弁護士が読み上げ、全員の拍手で採択された。最後に、出発宣言を愛知県弁護士会の会長である川上明彦さんが行った。
「戦争は最大の人権侵害だ。弁護士会は絶対にこれを許さない。集団的自衛権の行使は憲法違反でありこれも絶対に許しません。今、政府は追い詰められている。ここにいるみなさんが戦後七〇年の中で最も危機にある憲法を救う歴史的な位置にある。頑張っていきましょう」。
すべての発言を終え、参加者は名古屋市内のパレードに出発した。四〇〇〇人の長蛇の隊列は沿道の労働者市民から圧倒的な注目を浴び、パレード参加者は元気よく「集団的自衛権に異議あり!」「戦争する国に異議あり!」のコールを響きわたらせた。
愛知県、岐阜県、三重県では今後も大小さまざまな行動が連続して予定されている。労働組合の中からも新しい青年層の動きも始まろうとしている。これらひとつひとつの闘いや、新しく動き始めようとする青年層の取り組みを発展させ、結び、これまでの限界を突破する労働者民衆の大闘争を組織するために奮闘しよう。       (越中)

6・5

基地を拒否する沖縄からの訴え
島ぐるみ会議全国キャラバン
平良朝敬さん(かりゆしグループCEO)講演

 【大阪】島ぐるみ会議全国キャラバンin大阪実行委員会主催の集会が六月五日、エルおおさか南館大ホールで開かれた。大阪平和人権センター、「しないさせない!戦争協力」関西ネットワーク、Stop辺野古新基地建設!大阪アクションが協賛した。
実行委員会を代表して中北龍太郎さんが開会のあいさつをし、「二〇一三年一月沖縄県四一全市町村の代表がオスプレイ配備撤回・普天間基地閉鎖撤去・辺野古新基地建設断念の要求を掲げた建白書を安倍首相に突きつけ、昨年七月島ぐるみ会議の結成に至った。新基地建設を許さないオール沖縄の運動体だ。沖縄県民の新基地建設を許さない闘いは、大きなうねりとなって日本全体を席巻している。辺野古現地では、体を張った抵抗が続いている。にもかかわらず安倍政権は、巨大な基地を辺野古に建設しようとし、ますます沖縄への基地集中政策を強めている。沖縄の闘いは、日本が本当に独立国家なのかをも問うている。アジアの人々と共に平和な社会をつくっていくために、辺野古の基地建設はつぶしていかなくてはならない。平良さんの話をしっかり心に刻もう」と述べた。

今、沖縄の将来
を決する時だ
続いて、沖縄県翁長知事に同行して訪米していた平良朝敬さん(島ぐるみ会議共同代表、かりゆしグループCEO)が、「観光と基地」と題して帰国直後に講演をした。
平良さんは、一九六二年に両親が開業した観光ホテル沖之島の経営を受け継ぎ、現在グループ企業一二社(国内一一社、海外一社)のかりゆしグループのCEOで、グループ全体の従業員数は一六〇〇人。ホテル業の他に、農業生産法人やエステサロンなど五つの事業を展開している。選挙ではこれまで自民党側の応援をしてきたが、名護市稲嶺市長を表立って応援したのが、基地建設反対側の応援の初めだった。「基地問題は保革・与野党の問題ではなく、イデオロギーの世界を通り越していて、本当にこれでいいのかという沖縄のアイデンティティーの問題だ。沖縄の将来を決する時期、今行動しなければ、一生後悔する。これまで先人たちがひもじい思いをしながら、命をかけてたたかって守ってきた沖縄の土地・自然を破壊させてはならない。我々責任世代として、子や孫に胸を張れる行動をとる」というのが、平良さんの決意だ。講演はパワーポイントを使って行われた。(要旨別掲)
続いて、大阪平和人権センター、米軍Xバンドレーダー基地反対近畿連絡会、Stop辺野古新基地建設!大阪アクション、沖縄意見広告運動の四団体からアピールがあり、最後に、陣内さん(全港湾大阪支部)から閉会のあいさつがあった。      (T・T)

平良朝敬さんの講演

観光こそ平和産業の中心

基地は経済発展の阻害物

母が取り出して
きたアルバム
稲嶺さんの決起集会に出るとき、大丈夫かと母が心配した。誰かがやらなければいけないのですよと話した。このときは、会社のみんなと話をして決意した。このとき母が出してきたのが、石川収容所(戦後、沖縄の人たちの多くは米軍の収容所に収容された)に収容されている時のアルバムだった。初めて見た。母は、一六歳の時にこの収容所に入った(一四枚の写真)。
沖縄戦では、二〇万人が死亡し、うち日本人は一八万八〇〇〇人だ。その日本人の中で、沖縄県民は一二万二〇〇〇人。その県民のうち、民間人は九万四〇〇〇人だ。沖縄の人口は、一九四〇年〜四五年までで二四万七〇〇〇人減少しており、沖縄戦の犠牲者数を差し引くと、残りの一二万五〇〇〇人が不明だ。原因はわからないが、疎開、移民、自然死として処理された。
沖縄で戦後使用された通貨は軍票B円だった(米軍はA円)。沖縄では、琉球時代は琉球通貨、廃藩置県で日本円に、戦後の一三年間は軍票B円、一九五八年から一四年間米ドル、復帰後は日本円だ。
大田昌秀知事の時代に軍用地の代理署名を拒否し、九七年の住民投票では辺野古基地反対が多数を占めたが、比嘉市長が辞職と引き替えに受け入れを表明した。稲嶺恵一知事の時は、基地問題打開のため条件付き(軍民共用、一五年間の期限付き)で容認し、岸本名護市長も受け入れを容認した。また返ってくるのだから、ベストではないがベターだという考えだった。稲嶺知事の二期目の時、一本の滑走路がV字型に、航空母艦が接岸できるバースがつくられるというように、日をますごとに条件が変わっていくので、日米に対して不信感が増していく。沖縄にはいつでも燃えたぎるマグマがある!。

私のハラが
決まった時
二〇一三年一月二八日、建白書を安倍首相に提出したが無視される。同年一二月二五日、総理官邸で首相と会談した仲井真知事が、「これはよい正月になるなぁというのが私の実感です」と発言し、二七日、五年以内に普天間基地の運用停止を条件に辺野古の海の埋め立てを承認した。私はこれで腹が決まった。
日本の米軍基地の七三・
八%(面積で)が沖縄に。沖縄の米軍基地の七五・七%を海兵隊が占めている。この海兵隊は、年間九ヶ月は海外遠征していて、沖縄には居ない。海兵隊は朝鮮戦争のあと一九五三年八月岐阜県と山梨県に配備されたが、住民の反基地運動の高まりの中で、五六年二月米軍政下の沖縄に移転した。戦後の沖縄米軍基地は、住民の居るところでは銃剣とブルトーザーで、居ないところでは勝手に土地を取り上げてつくられた。海兵隊は、沖縄に居なくても機能する。海兵空陸機動部隊が機能する状態なら、沖縄でなくてもどこでもいい(二〇一二年一二月二五日森本元防衛相の離任会見)。つまり、沖縄基地問題は、軍事問題ではなく日本国内の政治問題だ。一九九五年の沖縄少女暴行事件のあと、日米で普天間基地の全面返還が合意されたが、辺野古基地建設のことは隠されていた。沖縄の闘いの原点は、一八七九年の琉球処分、一九四五年の終戦と米軍政下の二七年、本土復帰後四三年間何も変わらない基地の押しつけだ。

見すかされて
いる安倍首相
沖縄経済に占める基地経済の割合は、初期の一五・五%から現在五%台に低下している。新都心の実例を見よ! 各国の海外観光客の受入数は、日本は世界で二七位、アジアで八位(二〇一四年)。これまでは国際観光の中心はヨーロッパだったが、今後はアジアが急成長する。観光は平和産業だ。
沖縄の人口は現在一四〇万人。日本全体が、少子高齢化社会になっている中で、唯一定住人口の増加が続いている。日本のピークは二〇〇八年だったが、沖縄は二〇二五年。沖縄の地理的位置は、軍事的優位性から経済的優位性へ。抑止力は軍事的抑止力から、交流と物流へと変わっている。基地は経済発展の阻害要因である。沖縄県の国土面積は全国の〇・六%だが、排他的経済水域に占める沖縄県の海域は日本全体の二〇%である。沖縄県の財政移転は突出していない。国庫支出金は全国で一四位、地方交付税は一八位だ。 
(最後に訪米の報告として)ワシントンDCで面会したのは五五件、シンクタンクは三件。日本政府は何も伝えていない。安倍首相が約束した普天間基地五年以内の運用停止のことも米政府には伝わっていない。軍事委員会の委員一五人とも話した。「辺野古基地はキャンプシュワブの敷地内だから新しい基地ではない。海兵隊抑止力は、日本政府から求められている。米国には金がないから、ぜひ日本が一緒にやって欲しい。翁長知事は理想主義者だ、あるいは、翁長知事の言動は沖縄に予算を取ってくるためのパフォーマンスではないのか」という感じ。安倍首相は、見透かされていると感じた。ハワイ州知事にも会ったら、州知事は沖縄の海兵隊はハワイで受け入れてもいいと明言したが、行かないでくれと言っているのは、実は日本政府の方なのだ。
(講演要旨、編集部)


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