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    かけはし2015.年7月6日号

政府・東電は被災者の声を聞け


6.19

福島の女たちが意見陳述

高裁はこの訴えを聞け!




原発立地の住民
と結びあうこと
 さる二月二六日の「テント裁判」東京地裁判決は経産省前テントに対して、原告の国による請求提訴内容を全面的に認め@テントの撤去A損害賠償金二八〇〇万円を支払え、とするものであり、さらに@Aについて「仮執行宣言」を付す、という不当極まるものだった。被告と弁護士は、この判決に抗議し控訴するとともに、五〇〇万円を供託することで、仮執行を停止させている。
 六月一九日、テント裁判の第一回控訴審口頭弁論が行われ、午後五時半から参院議員会館講堂で報告集会が開催された。最初に、大口昭彦弁護士がこの日の口頭弁論の概要と今後の日程について報告した。第二回は七月二一日、第三回が九月一八日で、この日が最終弁論で結審となり、おそらく判決は一一月から一二月となるだろうという読みだ。大口さんは、二月の東京地裁判決について「当事者が正清太一さん、淵上太郎さんの二人という間違った前提に立った議論を正さなければならない」と強調した。
 この日の弁論では「原発いらない福島の女たち」の三人が意見を述べた。亀屋幸子さんは「皆さんの代表として精一杯訴えた」と切り出しながら、一日四〇〇トンにものぼる汚染水の垂れ流しにもかかわらず、新聞もテレビも福島の現状を正確に報道していないではないか」と語った。黒田節子さんはある精神科医による「喪失の否認」という言葉を引きながら、「喪失という現実」から目をそむけ、直視しようとしない国の姿勢は問題の解決を遠ざけている、と批判した。田村市の渡辺美代子さんも「避難者は指定解除で帰らされているが、戻った人は七〇%。強者はまやかしの言葉を吐いているが、真実と向き合わない人は大事なことを解決することはできない」と語った。
 被告の淵上太郎さんは「亀屋さんは、再稼働について問われ、こんな苦しみを他の人に味あわせたくないと答えていた。三・一一以後、原発立地の人びとは口を封じられてきたところからの転換を開始した。六月二八日、川内原発再稼働に反対し、地域住民の人たちがデモを行うが、そのチラシには今まで黙っていた人が、地域と名前を出して呼びかけている」と、新しい変化について語った。正清太一さんは「原発を必ずやめることになるという確信をもって頑張りたい」と語った。

集会の自由と
公共空間の意義
講演は、憲法学者で専修大学教授の内藤光弘さん。内藤さんは今年二月一九日に、「いわゆる『経産省前テントひろば』に関する憲法学的意見書――表現の自由と『エンキャンプメントの自由』」と題する意見書を提出している。
内藤さんは、憲法二一条1項の「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する」の中で「集会の自由」を表現の自由の一形態として保障していることに注目する。そして「テント」は多くの人が集まって集団で表現活動をする「集会の自由」の一形態であると捉える。
さらに「集会の自由」の実現のための方法として、「テントの設営および泊まり込み」(エンキャンプメント)を位置づける。「エンキャンプメント」による反原発・脱原発への転換の主張と政府への直接請願は、「人間に値する生存」を確保するための主権者による「やむにやまれぬ直接行動」であり、表現の自由の保障のより強い保障がなされるべきである。
表現の自由・集会の自由の実現のためにはそのための物理的空間が必要であり、誰でもアクセス可能な「公共空間」の利用が保障されるべきであり、そうした言論のための「公共空間(パブリック・フォーラム)が必要となる。その際、道路・公園・広場などを「パブリック・フォーラム」と捉えたとき、当該空間の「管理権」と「集会・表現の自由」との利益の比較考量を行いつつ、より「集会・表現の自由」の実現の優越性に重きを置いた判断をすることが可能である。そして内藤さんは「『経産省前テントひろば』のテント設営地は、経産省の北側の交差点角に位置し、経産省の敷地(国有財産)ではあるが、……一般市民の交通などの利便に供せられるべく提供された『公開空地』と評価される」と述べる。それは事実上のパブリック・フォーラムの機能を担っている。
「経産省は、国有財産として管理権を有するものの、『パブリック・フォーラム』としての機能にかんがみ、表現の自由の保障に可能な限り配慮する必要がある」――これが内藤さんの、ラディカルな主張の結論となる。
こうした視点を民衆運動自身が主体化していくことが、いま改めて重要であると認識すべきだろう。とりわけ新自由主義と強権政治に抗して、民衆自身が民主主義を血肉化することが求められている。   (K)

6.18

告訴団が検察審査会激励行動

今度こそ東電を裁きの場に

被災者切り捨て、事故責任隠蔽を許さない


新提出の書証
が示す新事実
 六月一八日、福島原発告訴団は、前回の五月二一日に続いて(本紙六月一日号参照)に続き、東京第一検察審査会、同第五検察審査会に向けて、再び「起訴相当」決定を出し、原発事故に関する東電幹部の刑事責任を法廷の場で明らかにさせるための「激励行動」を行った。
 一二時から東京検察審査会前で行われた集会には、福島からだけではなく、北陸に避難している被災者もふくめて一〇〇人が参加した。なおこの日、午前一〇時半からは東京地裁で東電株主訴訟の裁判も行われており、この訴訟の傍聴に参加してそのまま「検察審査会激励行動」に参加した人もいた。
 最初に、告訴団長の武藤類子さんがあいさつ。武藤さんは楢葉町への避難指示が盆前にも解除され、賠償や自主避難者への住宅費支援が打ち切られて、原発事故など過去のことであるかのようなムードづくりと「復興」キャンペーンが行われる中で、被災者たちは孤立し、東電の事故責任追及がますますあいまいにされようとしている、と批判。東京第一・第五検察審査会に、なんとしても「起訴」の決定を再度行うよう求めよう、と呼びかけた。
 河合弘之弁護士は、あれだけの事故を起こしておいて誰も責任を問われないのでは「法治国家」とは言えない、と糾弾。「事故の責任を解明することなしに原発を止めることはできない。この訴訟は原発運転差止訴訟と一体のものだ」と強調した。
 海渡雄一弁護士は、新しく発見され、提出された資料について報告した。それは二〇〇八年九月に福島第一原発で行われた東電側の会議の記録である。この会議の資料は、その場で回収され、持ち返ることが禁止となったものだ。その中では、従来の予測をはるかに超える津波に対する専門家の警告に対して「完全に否定することは難しい」「津波対策は不可避」と書かれていた。すなわち東電側は、予測を超える巨大津波の可能性については五年も前から分かっており、その上で何も対策を打っていなかったのである。
 この文書は、四年にわたって隠されていたものだが、ねばり強い追及によってようやく明らかになったものだった。この行動に参加していたサイエンスライターの添田孝史さん(岩波新書『原発と大津波 警告を葬った人々』の著者)は「事故前だけでなく、事故後も隠してきたことに驚いた」と語った。

「復興」宣伝と
孤立する被災者

 つづいて福島や避難先から参加した被災者が発言。郡山の人見やよいさんは「自主避難者が支援の打ち切りによって住宅を取り上げられようとしている。国と自治体がひどいことをやるのは誰も責任を取っていないからだ」と語った。浪江町の門馬さんは「避難して一年後に夫がうつ病になって認知症をわずらい、昨年亡くなった。この責任を取らせたい。日本中の原発をなくすまで頑張る」と語った。
福島から石川県金沢市に避難している人は「北陸に避難した人は四〇〇人いたが、今では二〇〇人になった。その多くは母子避難、父子避難で、家族は別々になっている。被害者が出るのは加害者がいるからで、その責任を取らせたい」と訴えた。
福島市の佐々木恵子さんは、「復興予算五兆円が使われたというが、予算は本当に被災者のためになっているのか。いま汚染廃棄物の焼却処分のために焼却炉が作られようとしているが、そこで有害物質が出るのは明らかだ。それにかかる費用は九カ所で二六〇〇億円以上。しかも仮設の焼却炉なので寿命は二、三年から五年だという。他方住宅支援手当は二八〇億円。いったいどっちを向いた施策なのか」と怒りをぶつけた。
最後に大熊町の木幡ますみさんが、住民をまったく無視した復興政策を厳しく糾弾した。なおこの日、先述した「津波対策は不可避」という二〇〇八年の東電会議記録が追加書証として提出された。午後からは参院議員会館で「高浜原発仮処分決定と全国の脱原発訴訟」をテーマに学習会が行われた。     (K)


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