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    かけはし2015.年7月13日号

軍事植民地の過去と現在見すえ


6.23

沖縄戦70年の「慰霊の日」

歴史に学び基地撤去へ

安倍首相への怒りの声



第 回国際反戦
沖縄集会を開催
 アジア太平洋戦争において、日本で唯一地上戦の場となり、軍民二〇万人以上の犠牲者を出した沖縄。日本軍の組織的抵抗が終わった一九四五年六月二三日から七〇周年を迎えた沖縄県で、糸満市の米須にある「魂魄の塔」の隣の広場で「六・二三第三二回国際反戦沖縄集会」が一二時四五分から同実行委員会の主催で行われ、約二〇〇人が参加した。

若者たちの
主体的発信
最初に主催者を代表して沖縄一坪反戦地主会の比嘉宏さんが開会のあいさつを行い、集会が始まった。海勢頭豊さんのミニライブに始まり、高江からの報告と沖縄の歌をハワイのフラダンス風にアレンジした踊りが地元の女性たちで演じられた。沖縄の学生でつくる「チーム琉球」のメンバー六人が登壇し、若者や学生たちが少数ではあるが立ち上がり始めていること、様々な問題や困難にぶつかりながらも平和のために学び、発信し、取り組んでいくとの決意が述べられた。

歌や踊りを
交えた交流
続いて集会に参加した市民団体の紹介、「泡瀬干潟を守る連絡会」「てぃーだぬふぁー童唄会とンミー達」「普天間基地でゴスペルを歌う会」滋賀県在住の在日朝鮮人キム・ミガンさんが、それぞれの取り組み報告と歌や踊りを披露し、集会参加者と共に楽しんだ。

山城博治さん
の元気な姿も
集会中盤では病気療養中だった山城博治さんが発言に立ち、参加者から大きな拍手を受けた。山城さんは「入院治療中でしたが今日の日だけはどうしても参加したいと思い、お医者さんに無理いって今日だけ出させてもらいました」と述べ、「七月頃には必ず闘いの現場に復帰します」と強い闘志と決意を表明した。
最後に閉会の挨拶を「基地・軍隊を許さない行動する女たちの会」の高里鈴与さんが行い「一年前、今、吹いている風を感じます。去年六月二三日から今年の六月二三日は激動の一年間でした。七月一日に集団的自衛権行使容認の閣議決定と辺野古への工事強行が同時に行われました。今日も辺野古では朝六時から抗議行動が行われています。島ぐるみ会議も二〇市町村からバスで出発し抗議行動をしています。また、辺野古の闘いは世界の多くの人に広がっています。一年の間に希望をもってここまで来たことに拍手しましょう」と述べ一年間の闘いの成果を参加者全員で確認した。
最後に「私たちはここから、また出発し、つながり、支えながら、希望をもって、それぞれの場に帰っていきましょう」としめくくり、閉会のあいさつとした。

平和遺族会の
闘いの決意
なお、六月二三日は「慰霊の日」として沖縄県内各地で追悼式や慰霊祭が行われる。沖縄県が主催する「全戦没者追悼式」(糸満市にある平和祈念公園内の摩文仁の丘)では翁長知事が平和宣言を読み上げ、辺野古新基地建設中止を求める文言を述べると追悼式参加者から割れんばかりの大きな拍手と声援が巻き起こり、指笛まで鳴らす人まで現れた。逆に安倍首相が登壇すると激しい野次や怒号が飛んだ。「何しに来たんだ!」「参加する資格はないぞ」「戦争屋帰れ!」等々。一人や二人だけではなく、複数の男女からの激しい怒りに満ちた野次と怒号であった。また、沖縄県平和遺族会も追悼の言葉で「戦争につながる基地建設は遺族として断固反対します」と述べた。

キャンプシュワ
ブ前でも慰霊
また、この日は座り込み行動が続く辺野古のキャンプシュワブゲート前でも、慰霊祭が行われた。基地正門前に献花台をつくり、労働者、学生、市民一五〇人が参加した。キャンプシュワブゲートは沖縄戦終了後「大浦崎収容所」として今帰仁村や伊江島などの住民4万人が収容されていた場所でもある。栄養失調やマラリアで亡くなった人もいたが犠牲者数や遺骨の有無はいまだに不明のままだという。
六月二三日は沖縄の人々にとって「慰霊の日」であり「祈りの日」であるとされている。しかし、沖縄戦とは日本軍が上陸したアメリカ軍から住民を守るどころか、軍のために住民を盾にし、自死を強制し、食糧を奪い、安全な壕からも追い出すという蛮行を働いた歴史的事実として沖縄民衆の記憶に刻み込まれているのである。沖縄の民衆にとって六・二三は「5・15復帰の日」以上に重く、なによりもマグマのような怒りがつめこまれている。
日本帝国主義による沖縄への植民地政策、差別は現在進行形で今も変わってはいない。この現実を見据え、本土の労働者、学生はあらためて沖縄の歴史を学び、全ての基地撤去、日米安保条約の廃棄をめざして闘おう。(松田)

声明

神田司さん死刑執行に強く抗議します

2015年6月25日

  六月二五日、神田司さんに死刑が執行された。神田さんは一審の死刑判決を受けて控訴したものの、その後控訴を取り下げて死刑が確定した。その時、神田さんは精神疾患で控訴の取り下げは余儀なくされたものだった。こうした死刑囚への刑の執行は許しがたい。死刑廃止フォーラム90の声明を掲載する。(編集部)

 本日(6月25日)、神田司さん(44歳:名古屋拘置支所)に死刑が執行されたことに対し、強く抗議する。
 これで安倍晋三内閣は、第一次で10人、第二・三次で12人、合計22人という他に類をみない多数の死刑を執行したことになる。安倍内閣の人命軽視、人権無視の姿勢は際立っており、極めて危険な内閣と言うほかない。
 とりわけ、上川陽子法務大臣は、その地元で発生した袴田事件により、捜査機関の証拠のねつ造によって誤って死刑が宣告されることを認識したのであるから、当然に死刑制度を抜本的に見直し、死刑廃止に向けて努力すべき立場にありながら死刑を執行したことは、その責任を放棄したものであって強く非難されなければならない。
 神田さんに対する死刑判決の確定は、神田さんが「10種類以上の投薬を受けており」「(取り下げた当時は)精神病だったと思います」と述べているとおり(2011年FORUM90のアンケート)、精神疾患により控訴の取下げを余儀なくされたことによるもので、無効であるばかりか、憲法が保障する控訴審・上告審の審理を欠くものであって、手続的に重大な瑕疵があり、およそ死刑執行の根拠となるものではない。とりわけ、神田さんと同じく1審死刑であった共犯者が控訴審で無期に減刑されていることからすれば、控訴審が保障されていれば、無期に減刑されていた現実的可能性があったものである。
 しかも、神田さんは、現在、再審を準備している最中であり、そのための弁護人との接見を名古屋拘置所に妨害されたことに対し、国家賠償請求をして勝訴したばかりであった。
 上川法務大臣は、執行後の記者会見で「裁判所の十分に審理を経た上で死刑が確定」したと語っているが、前述のとおり、それは全くの事実の誤認であり、誤りである。
 私たちは、死刑の廃止を願う多くの人たちとともに、また、上川法務大臣に処刑された神田司さんに代わり、そして、死刑執行という苦役を課せられている拘置所の職員に代わって、上川法務大臣に対し、強く、強く抗議する。
2015年6月25日
死刑廃止国際条約の批准を求めるFORUM90


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