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    かけはし2015.年7月13日号

イスラム原理主義とは何か


6.27

アジア連帯講座

「シャルリー・エブド」、IS問題に即して




アシュカルの
提起を基礎に
 六月二七日、アジア連帯講座は、豊島区民センターで「イスラム原理主義とは何か ジルベール・アシュカル の提起から」というテーマで湯川順夫さん(翻訳家)、国富建治さん(新時代社)を講師に招き、公開講座を行った。
 パリの『シャルリー・エブド』紙本社襲撃事件とそれに続く弾圧、反イスラムの波の高まりに対していかに立ち向かうのか。同時に中東・イスラム世界、原理主義、イスラム国などのテロリストらの分析と批判が求められている。
 ジルベール・アシュカル(レバノン出身/ロンドンの中東・アフリカ研究スクール)は、『シャルリー・エブド』紙襲撃の背景について自著の『中東の永続的動乱』(柘植書房新社 )、『野蛮の衝突』(作品社)をベースにして、「強者の野蛮が主犯であり、それが相手陣営の側からそれに対抗する野蛮の出現を生み出している主要原因である。このような『野蛮の衝突』が『文明の衝突』として誤って説明されてきたし、今なおそう説明されている」、「資本主義と帝国主義の危機の発展力学は結局のところ、『社会主義か野蛮か』という選択以外の余地を残さない」と集約し、国際的な左翼の任務として反人種差別主義、反帝国主義の組織化を訴えている。
 講座では、アシュカルのメッセージを水路にしながら諸課題を掘り下げていった。

ベール着用禁止
をめぐる論争
冒頭、フランスでイスラム系女生徒の公立学校でのベール着用禁止問題を取り扱ったDVD(二〇〇四年製作)が上映された。賛成派、反対派の論戦が繰り広げられる。
湯川さんは、「ベール着用生徒排除の法律に反対する 二〇〇四年二月一四日 『万人のためのグループ』」(反対する理由@平等のために闘うA教育の非宗教性のために闘うBフェミニズムの大きな闘いに参加C社会的公正のために闘うD抑圧の論理に断固として反対する)のデモを紹介し、「欧米的価値観が文明的であり、イスラム世界の価値観が遅れていて野蛮であるからではなく、女性をはじめとする人類が長い闘いのすえに勝ち取った権利を防衛するためにある。ベールについても同じだ。フランスであろうと、イスラム圏であろうと、女性が自由に外出し、自分の服装を自由に選択する権利を擁護し、発展させるために闘うのであって、ベール着用を強制することにも、着用を強制的に禁じることにも反対するのだ」と解説した。

型にはまった
論議の限界
続いて湯川さんは、「フランス『シャルリー・エブド』紙銃撃事件をめぐって」を提起した。
事件に対する評価の特徴として「ヨーロッパ、フランスの社会にある移民に対する根強い差別という脈絡を無視した『言論の自由』擁護のみの傾向。イスラム差別を指摘し、もっぱら風刺画とデモの『反イスラム』について危惧表明の傾向。両方とも『イスラム世界』と『欧米社会』のそれぞれがいつの時代もどこの地域でも同じ均質的世界であるというステレオタイプの見方にとどまっている」と指摘した。

タブーなき言論
被抑圧者に配慮
前提認識として「『アラブの春』を主導したのはイスラム原理主義の潮流ではなく、むしろそれに対抗する勢力だ。イスラム社会内にも階級対立があり、キリスト教徒もいる。クルドをはじめとするさまざまな少数民族もいる。アラブ民族主義派、マルクス主義の潮流も存在する。イスラム教が影響力という点で、たとえば女性の抑圧という点で、フランスの移民社会とサウジアラビア社会とを同列におくことはできない」と強調した。
事件後のフランスのデモを紹介し、「『われわれは皆、シャルリだ』のスローガンの意味は、殺害されたジャーナリストたちへの人間的な連帯の感情、言論の自由の防衛への強い意志だった。さらに、一切の人種差別に対する反対という気分が支配的だった。移民系の人々も何万人も参加。移民系の多くの団体が非難声明を出したが、オランド政権の画策とは区別しなければならない。反資本主義新党(NPA)はデモに参加しなかった。だがデモに参加した圧倒的民衆は、政府が意図したものとは違っていたのだから、共にデモをする中で巨万の大衆と直接に討論する大きな機会だったのではないか」と湯川さんは述べた。
「今後の問題」として@「対テロ作戦」の名の下での軍事作戦のエスカレートに反対する闘いA失業と差別に苦しむ「郊外」の青年の生活防衛のための闘いB新自由主義の福祉削減政策に対する闘いC襲撃からイスラム系の人々を防衛する闘いDイスラム系児童、宗教活動、モスク襲撃に対する防衛E踏絵としての私のシャルリー・フランス語版「日の丸・君が代」問題への注意について取り上げた。
最後に湯川さんは、「言論の自由について」の基本的立場に焦点をあて、「批判について、いかなるものであれ、タブーを設ければ、民衆自身が自由に討論する民主主義は存在しえなくなる。いかなる宗教に対しても例外なくそれを自由に批判する権利を防衛されなければならない。こうした批判は、もっぱら支配的権力、支配層、強者に対して向けられなければならない。宗教が抑圧された人々の側の拠り所になっている場合には、社会の中で人々がおかれている状況(差別、迫害など)に対する配慮が必要である」と提起した。

民族主義運動と
イスラムの関係
国富さんは、「『イスラム原理主義』あるいは『イスラム過激主義』について」問題提起した。
「帝国主義のアラブ(イスラム圏)支配と民族主義的反帝国主義運動」を概括的に把握するためにナタン・ワインストック『アラブ革命運動史』(柘植書房、1979年)を紹介しながら、「イスラムの矛盾した性格は、それゆえ一方では、西ヨーロッパ支配の土台をひっくり返す民族主義の支柱としての役割を持ちながら、他方では、革命的変革に反対するイデオロギーの防壁として重要な役割を担っているところにある」ことを浮き彫りにした。
また、第一次大戦中の「オスマン・トルコ帝国解体後の帝国主義諸国によるアラブ分割支配の秘密協定(サイクス・ピコ協定)――1916年(英・仏・露による旧オスマントルコの領土分割)……フセイン・マクマホン協定(アラブへの独立の約束)やバルフォア宣言(パレスチナの地へのユダヤ人国家設立の約束)
」という相互に矛盾する「三重外交」について述べた。
さらに@ムスリム同胞団の設立 そして一九三〇年代の人民戦線A第二次大戦後――イスラエルの建設、アラブ民族主義とその挫折Bキャンプデービッド(エジプトとイスラエルの握手)からオスロ協定、そしてイラン革命以後について総括した。

原理主義とファ
シズムの違い
そのうえでアシュカルの「イスラム原理主義とは何か」(『中東の永続的動乱』より)の内容から以下の部分を紹介した。
「原理主義運動の権力のための闘争が、主要に帝国主義と結びついた大『民間』資本に対決するものである時……、またこの闘争が、労働者運動がまったく不在ではないとしても非常に弱く、したがって反共主義が原理主義にとって相対的に二次的な側面をなすようなところで行われるものである時、そのポピュリスト的側面が前面に出てくる。革命家たちが、大衆闘争でイスラム原理主義とバリケードの同じ側に自らを見いだし、『共通の敵』に対して彼らとともに闘うという事実に直面するのは、ここから導かれる。これはファシズムの場合では考えられないことである」「原理主義イデオロギーの特質は、彼らの政治的闘争が提起する戦術的諸問題の複雑性を深めることになるだけである。創設者の民族主義的・人種差別主義的スローガンにもとづいたイデオロギーを生み出すファシズムとは対照的に、原理主義運動は当然のことながらあらゆる新しい教義を拒否し、イスラム教にもとづく何世紀もの歴史を持つイデオロギーを支持する。原理主義は、ファシストイデオロギーや、さらにマルクス主義イデオロギーとも異なり、ムスリム社会の外部からもたらされたものではなく、土着のものだとされている。この問題は、イスラムでは政治と宗教を分離するのが困難であることによって、いっそうむずかしくなる」。
さらに「イスラム原理主義とテロリズムの結合」というテーマの掘り下げにむけてアフガン戦争(一九七九〜一九八九年)、サダト暗殺(ジハード団/一九八一年)、ルクソール事件(一九九七年)を取り上げ、「ソ連のアフガニスタン侵攻、さらにユーゴ内戦の中で『ジハード』組織が作られ、タリバン、アルカイーダは湾岸戦争を契機に形成された。ISは、アメリカのイラク戦争の破綻、イラクの無政府化と社会的崩壊を土台に、アルカイーダの分散的ネットワーク化と、『アラブの春』の衝撃を受けた「別ブランド化」としてあるだろう。「アラブの春」の衝撃とその後退も反映している。こうした事態の中で、『カリフ支配』の再建と『領域支配』をめざしたISが注目を浴びることになった」とまとめた。

ISはアラブの
春への反革命
そのうえで国富さんは、「ISは、『アラブの春』に対する反革命としての存在である。この点を明確にしなければならない」と強調した。
この論点に関連して栗田禎子さん(千葉大教授)の問題提起を紹介し、とりわけ「本当にアル=カーイダは完全に影響力を失い、人びとの意識や政治の舞台からウソのように消えてしまうという状況がありました」「民衆が街路を埋め尽くして、民主主義や社会的公正を求めるとき、テロリスト集団は太陽にさらされた雪のように溶けて消えてしまう。ですから、イラクとシリアに本当の意味で民主革命が起これば、テロリストの付け入るすきはなくなるということです」(『現代思想』3月臨時増刊号)という提起に注目する必要があると指摘した。
国富さんは、再度、「われわれの基本線はこの点に置かれるべき。ISがなにか民衆を代表する存在であるかのような錯誤への厳しい批判が必要である。そして『アラブの春』の再生をめざす民衆との連帯を。パキスタン、バングラデシュ、インドネシア、そしてフィリピン(ミンダナオ)における仲間たちの運動に注目を!」と集約した。(Y)

投稿

韓国でのMERSの感染拡大は
利潤追求がもたらした人災だ

木下

 韓国のMERS(中東呼吸器症候群)の感染が報じられてから二カ月以上経った。感染拡大の原因として、まず韓国政府の初期対応に問題があったといえる。MERSの感染拡大を遮断するための隔離等の措置が不十分であった。
 最初の患者が入院し多数の感染者が発生した平沢聖母病院のある京畿道の平沢市では、バス会社の役員のMERS感染者が確認された後、市民の問い合わせに対して保健当局は、実際は隔離していないにもかかわらず役員と接触したバス会社の職員全員を隔離したとの嘘の回答を行っている。保健当局は正確な情報公開、積極的な感染防止のための対策どころか、人の命にかかわる最低限の情報の提供すら怠っていた。感染者が出た医療機関名が長期間公開されなかったことも大きな問題であった。長期間感染者が出た病院名が公開されなかったことにより、「受診のはしご」が感染を拡大させた要因となった。感染者が「受診のはしご」をした各医療機関で、二次感染、三次感染が広がっていった。
 韓国の全医療機関に従事する労働者のうち非正規労働者の割合は平均で約二二%であるが、労働組合のないサムソンソウル病院では、平均よりも多い約三五%(2183人)が非正規労働者である。そのうち一五〇人以上が感染確定者、自宅隔離者となった。これだけ多くの非正規労働者がいるにもかかわらずサムソンソウル病院は当初、非正規の職員を管理対象外として隔離者リストから外し、感染からの隔離等の管理を怠っていた。同病院では過去にも新型インフルエンザが流行した際、非正規の職員にはマスクすら支給していなかった。一三七番目の感染者である非正規の職員は、MERS発症後も通常どおり地下鉄で通勤していたという。
 韓国の医療は、一九八〇年代の韓国の労働者・民衆の運動によって獲得されてきた。一九八〇年代後半に全国民保険制度が導入され、医療の需要が高まった。しかし高まった医療への需要に対して韓国の歴代政権は、その需要に見合うだけの公共の医療機関の整備を怠ってきた。公立の医療機関の役割が縮小し続ける反面、その穴埋めを担ったのが、医療分野での営利を狙うサムソン、現代等の一部の巨大財閥、財閥グループに寄生する外資が「経営」する民間の医療機関だった。
 MERS感染が最初に平沢市の一カ所で確認された際、MERS感染者、または感染が疑われる患者を収容する国家指定の隔離病棟を検索することすら困難な状況であった。公立の医療機関は医療機関全体の一〇%に満たない状態では、当然、地域での防疫体系も機能しなかった。その結果、ほんの一地域での伝染病の感染が、全国規模の感染に発展したのである。大規模感染・感染の疑いが確認されてからもパク・クネ政権は、労働者・民衆よりも財閥や資本家に配慮して政府としての迅速な対応を怠った。
 今回のMERSの感染拡大は、新自由主義の市場原理のもとで国家と資本が結託して引き起こした犯罪であり、医療の民営化・医療における利潤優先の政策がもたらした人災である。特に金大中政権以降の政権が推進した新自由主義の論理による規制緩和、民営化、非正規職化によって、医療の安全性が根底から崩壊してきた結果である。韓国の労働者・民衆は、医療における情報公開を含む患者の人権を0獲得するとともに、人の命よりも利潤の最大化しか眼中にない資本の支配から医療産業を解放していかなければならない。
 パク・クネ政権は、直ちに公共医療の整備をはかり、資本を優先する医療民営化と医療における営利中心政策を即刻中止しろ!


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