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    かけはし2015.年7月13日号

秘密主義で被害を大きくした政府


MERS、政府と病院がひき起こした犯罪

公共病院が少なく、営利追求の民間病院拡大政策も一因



 韓国で中東呼吸器症候群MERS(マーズ、韓国ではメルスと呼称)の最初の感染者が5月21日に見つかってから1カ月余が経過した。6月21日現在、感染者169人、うち死者25人。隔離対象者は4000人を超えると伝えられている。初期対応の失敗、政府の安逸な対処、収益性優先の病院政策など、さまざまな問題点が指摘されている。(「かけはし」編集部)
 2008年のBSEの事態を思い起こそう。そして香港の経験を忘れまい。2014年、熱い雨傘運動の熱気が残した2015年6月、香港市民団体の活動家たちは「いつ変化が始まったのか」という質問に「重症急性呼吸器症候群(サーズ)の時に香港政府が無能だということを知った」と答えた。
 2003年7月1日、香港で市民50万人が反政府の行進を繰り広げた。1989年の天安門民主化デモへの鎮圧に抗議した集会以降、最大の人波だった。韓国の国家保安法にも似た「国家安全法」制定反対がイシューだったけれども、サーズの対応において北京の顔色ばかりうかがいながら情報を統制し、無能だった香港政府に対する抗議が土台となった。そのように感染病は政府の無能を集約してさらけ出す契機になった。

能力のなさが招いた権威の失墜

 2003年、サーズによって人口700万余の香港で302人が命を落とした。新自由主義の香港で各個躍進(全体の収拾がつかず各個人が気ままに行動をとる)していた人々は、感染病の危機を経験するとともに共同体の重要性を発見した。イ・ミョンバク政府を危機に陥れたBSEの事態も、「個人が統制できない疾病」を輸入しようとする政府に対する抗議だった。
今日、我々は政治の危機が制度政治を越えて、外から触発される時代を生きている。中世の没落を駆り立てた黒死病(ペスト)の事態は歴史書の中の話ではないのだ。ヨーロッパの半分が亡くなったものと推定されている黒死病によって教会の権威は墜落した。黒死病を「神の審判」だと言っていた司祭たちがコロリと倒れ、後には信徒たちを捨てて逃亡した。今日の政府にも似た当時の宗教は不信を買った。
「エボラの話はせず、アフリカにかかわる話もなさらないで。医師の先生方を不安にさせないように」。
「万が一、MERSでなければ当該病院は責任を取れ」。
前者はアフリカ・ガーナに行ってきた人が自らエボラ・ウイルスの感染を恐れて検査を受けようとした時に聞いた言葉だ。後者は中東呼吸器症候群(MERS)の検査を要請した病院に返ってきた答えだ。2つとも疾病管理本部から出てきた言葉だ。チェ・ギュジン健康と対案研究委員は「エボラ当時とMERSの対応が何ら変わらない」と指摘した。そのようにつっけんどんな態度を取っていた政府は、MERSの事態をどんどん大きくしてしまった。
昨年9月21日、ガーナで6カ月滞在した釜山のAさんはエボラが疑われる症状を示し、119番に申告した。後になって彼はマラリア患者だったことが明らかになった。当時、政府は「しいーっ、しいーっ」という態度で一貫し、適切な対応は後回しだった。感染病に備える体制の問題点がすでに明らかになった。当時、釜山消防安全本部が彼を釜山大病院に入院させようとしたが拒否された。「国家指定病院」に行け、というものだった。再び蔚山大病院に行ったけれども同じ理由で入院を拒否した。
当時の事態を追跡したチェ・ギュジン研究委員は「驚くべきことに両病院とも保健福祉部(省)がエボラの対応のために指定した国家指定病院だった」し、「プロットコールを提示して改善点を指摘したものの全く改善されなかった」と語った。それで「手違いではなく構造的な問題」だと言うのだ。
依然として全国17の国家指定病院は他の患者の不安を理由として「秘密」に付されている。17の病院ではMERS患者が増えても隔離する病床さえ不足している状況だ。2003年のサーズ、2009年の新種インフルエンザの危機もあった。周期的な金融危機のように、周期的な感染病の危機が迫り来るけれども対応能力は、むしろ後退した。予告された危機に、準備された限界がMERSの事態を大きくした。

後退した政府の対応能力

 「火種を撒きちらしたのです」。医師でもあるウ・ソッキュン健康権実現のための保健医療団体連合政策委員長は、MERSへの初期対応をこう語った。最初に確診(確実な診断)患者が出た平沢聖母病院で消極的な対応は失敗し、積極的な対応は検討されなかった。最初に確診患者が出た5月20日から、病院が自主的に閉鎖した29日まで、そこは無防備状態だった。疾病管理本部は第1号患者が出た直後、「確診患者と2m以内の距離で1時間以上、接触した人」だけを隔離対象に設定した。「予防を文字だけで学んだ」結果だ。緊密に接触した人だけが感染するという中東の経験を悩むことなく適用したのだ。
韓国的病院の現実は災央的結果へとつながった。ウ・ソッキュン政策委員長は「韓国の病院は保護者と患者が入り乱れている空間」だと指摘した。韓国の一般病院では保護者が看護士の役割を一部代行し、それだけ看護士の数が少ない。こうして最初の患者と他の人々の隔離は完璧に失敗した。
効率性だけを考える病院の構造もそれに加わった。平沢聖母病院の疫学調査を通じて、病室には換気口と排気口がなければならないが、エアコンだけがあったという事実が明らかになった。当該病院の5台のエアコンのうち3台からMERSウイルスが検出された。実際のところ感染病の病室が大部屋として設計されたことからして問題だった。健康権実現のための保健医療団体連合は声明を発表し、「1人部屋も保険適用の対象ではあるけれども、収益性ばかりを考える国内病院の全般的な商業化が感染拡散の原因中の1つだ」と指摘した。
活動性の強い保護者が病室を行き来し、互いにあいさつをする間にウイルスは病室のドアを越え、階を分かたず広がった。病室のドアの取っ手、トイレのガードレールからウイルスが検出されたが、病院内の人々がこのような所を握って触れて回っていることがキチンと統制されなかった。
感染の事実を知らずに病院を替えた患者もいた。他の病院に移った16号患者から感染した80代の男性が6月4日、結局は亡くなった。政府はキチンと対応できなかった。仮に対応したとしても阻めなかったであろうと考えるとやりきれない死だ。サムスンソウル病院応急室に行った14号患者は、ソウル市の発表で論難になっていた医師を感染させた。遅ればせに5月28日、政府は隔離対象を拡大したけれども、少なくとも30人が平沢聖母病院で感染した後だった。
6月5日、平沢聖母病院に出入りした人の全数調査計画が出てきたものの、見えない火の手は既に外部に広がった後だった。保健福祉部長官の解任程度では到底、受け入れられない「国家犯罪」だった。ラクダを云々している予防策は脈絡のないエピソードではない。魂がこもらずに文字面で学んだ対応策の結果である点では同じことだ。失笑さえ惜しまれる対応は嘲弄の対象となった。政府の無能な対応と共に病院の問題でもある。

感染の空間となった病院

 「病院というのは病気にかかった人々が集まっている所であり、体が穏やかなでない人々の免疫体系というのは、工場にも似た形で飼育されていつも薬漬けになっているニワトリよりも良いものは1つもない。実際に、サーズは、野心にも満ち満ちている侵入者が世界に進出するのに必要なすべてのものを病院で発見したケースだ。サーズの目にとって病院は数多くの流動人口、絶えず移動している職員たち、汚れた病棟、過度な患者密度、免疫力が損傷した数多くの人々によって満ち満ちた所だ。…サーズは純粋に病院で作られた疾病、つまり病院感染伝染病ということだ」。
21世紀を脅かしている生物学的感染病の報告書であるエンドゥリュー・ニッキフォロクの「大混乱―遺伝子スワッピングとウイルスのセックス」(アルマ刊)に出てくる内容だ。サーズだけではない。MERSは中東において絶対多数が病院感染によって広がった。それぐらいに病院は危険な所であり、病院での予防が重要なのだ。だがこのような現実は考慮されなかったし、病院は治療の場所ではなく感染の空間となった。
オム・ギホ社会学者は「官僚制の核心は責任ではなく、責任逃れ」だと指摘した。MERSの対応において不実なマニュアルも問題だったけれども、マニュアル通りにやったという「責任逃れ」が災央となった。いささかの不運は深刻な危機を招いた。不幸にも伝播力が弱いというマニュアルとは違って最初の患者の伝染力は「異常なほどに」強かった。オム・ギホ社会学者は「今日の官僚制は、予測される災害への対応に焦点が合わされている」「ところが現在、予測不可能な災害が突発している」と指摘した。予測が外れた感染力の前で官僚制は、どうしようもなく崩れ落ちた。パク・クネ政府の失策によって亡くなっている人々がパク・クネ政府の支持層である高齢者だというアイロニーもある。米国政府はエボラ患者が出ると空気感染の危険まで念頭において対案を用意した。また、その動線まで透明に公開した。
「医学的災難は、コントロール・タワーに対する信頼が重要な災難だ。医学情報の非対称性のゆえだ。専門家が情報を掌握しており、一般人は脆弱であらざるをえない。コントロール・タワーが提供している情報が『我々が生きる方向』だという信頼を得なければならない。特に初期において信頼をしっかりと得て進むのが核心だ。1度、壊れれば回復しがたいからだ」。こう指摘したチェ・ギュジン研究委員は「従って非科学的反応さえ政府の責任だ」として話を締めくくった。青瓦台はコントロール・タワーの役割を果たしておらず、大統領は深刻な災難に関心さえないようだった。
こうして市民の自警活動が始まった。ソーシャル・メディア・ネットワークを通じて患者発生病院の名前が回覧され、MERS地図が作られた。患者発生病院の名前を公開しない政府に「人は死んでもよくて病院は滅びてはだめなのか」という反発が大きくなった。自警活動は安全を守る堡塁となったけれども、犠牲の羊を生む危険もある。MERS患者が入院した病院で働いている職員の家族は忌避の対象となった。オム・ギホ社会学者は「国家がキチンと情報を管理したり適切な情報を提供できないので、市民が市民に敵対し、市民が市民を追放する」と憂慮した。
周期的な炎は拡がるのに町内ごとに消防署はない。感染病をめぐる状況は、そうだ。ウ・ソッキュン政策委員長は「公衆保健体系の破産の結果」だとMERSの危機を語った。万が一、地域拠点の公共病院があったならば、初めに患者発生病院の隔離対象者たちを該当地域の公共病院にすべて移すことができたということだ。民間病院は統制が困難だけれども、公共病院は公衆保健のために空けることができる。隔離病室を備えた公共病院に人々を素早く隔離したならば状況は違っていただろう。
ウ政策委員長は「隔離病室は維持費が高く、収益だけを考えれば作るのは容易ではないけれども、ぜひとも必要だ」し「50年分の防備ダムのような存在」だと語った。毎日は出動しなくとも大型の火災を防ぐ消防署が必要なように、全国254の地方自治体に公共病院が1つずつ必要だということだ。
だが経済協力開発機構(OECD)国家の中で韓国の公立病院の比重は最下位のレベルだ。OECDの平均は73%だが、韓国は病院数で6%、病床数で10%にとどまる。周期的な感染病危機の時代に医療の公共性はのんびりした話ではない。公共病院の不在は感染病時代のアキレス腱となった。エボラ感染が疑われていた患者が釜山大病院と蔚山大病院の間で「たらい回し」されていたように、MERS感染のおそれのある隔離者たちも蔚山で拒否されれば慶北・慶州に行かなければならない現実に直面している。

地球化時代の感染病の危機

 韓国人MERS確診患者が香港を経て中国に入国すると、香港と中国当局は断固たる対応を示した。韓国政府の無責任さに対する抗議もためらわなかった。両当局はMERSへの「初戦撲殺」の意志を明確にした。サーズを通して、感染病の危機が政治の危機へと広がった経験からだ。
人間免疫欠乏ウイルス(HIV)感染人をPLと呼ぶ。「People Living With HIV(人間免疫欠乏ウイルスと共に暮らしている人々)」という意味だ。地球化時代の感染病の危機は避けがたい。チェ・ギュジン研究委員は「入って来る感染病をどう阻むのかがカギ」であり、「この次も政府の言葉を信じないようになって一層問題」だと指摘した。我々が生きている時代の地球村を「ウイルスと共に暮らす社会」(Society Living With Virus)」と呼ぶことができるだろう。周期的な感染病の危機にふさわしい官僚制の革新、積極的な対応が必要な理由だ。6月5日現在、韓国でMERSの致死率は2ケタを超えていない。MERAは今のところは統制不可能な災央ではない。ただ管理の可能な感染病を管理できなかった無能さが問題だ。従って、これは政治の問題なのだ。(「ハンギョレ21」第1065号、15年6月15日付、シン・ンドンウク記者)

【訂正】本紙前号(7月6日付)1面6・21福島県中・県南集会記事の下から3段目右から2行目の「糸数恵子」を「糸数慶子」に、3面安次富さん報告の下から4段目右から3行目の「借り来ている」を「借りて来ている」に、4面6・20「つながり直しキャンペーン」の下から3段目左から3〜2行目「存在しなかった」を「存在しなかったこと」に、5面三里塚の呼びかけ文の下から4段目左から7行目「第3滑走路実現する会」を「第3滑走路を実現する会」に訂正します。

  


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