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    かけはし2015.年7月27日号

青瓦台が管制塔となるべきはずが


伝染病安保が見えない

セウォル号に続きMERS対応の立ち遅れ


 5月26日の国務会議(閣議)は格別な時期に開かれた国政最高の会議だった。中東呼吸器症候群(MERS)患者が国内で初めて発生してから6日ぶりに、大統領と長官(大臣)らが集まった会議だった。MERS患者が既に5人にまで増えた状態だった。それも京畿道平沢の病院でMERSに感染した患者がソウルの大型病院などに移送される直前だった。振り返ってみれば「5月26日」は青瓦台(大統領府)がMERSのさらなる拡散を統制することのできた重要な時点だった。けれどもこの日、パク・クネ大統領のMERS関連の発言はなかった。

北韓対抗「安保」の話だけ

 大統領は会議でファン・ギョアン国務総理(首相)候補者の聴聞会通過と公務員年金改革案の処理についての国会の協力、(パク大統領のスローガンである)創造経済の重要性を強調した。大統領が特別に恐怖政治や愛国に言及したのも目につく。
「北韓(北朝鮮)内部の恐怖政治によって住民らの暮らしが崩壊している。このような時、大韓民国の自由民主主義体制を固く守らなければならない。(中略)6月、護国報勲の月を迎え、若い世代に真の愛国の意味を伝えることができるように各部署ごとに事業を発掘して推進することを望む」。
北韓住民らの暮らしまで脅かしている恐怖政治の波長を注視しつつ国家安保と愛国を強調した発言だ。ところで、この日の国務会議で、すぐにもわが国民の生命を脅かしている「MERSの拡散」問題は、なぜ重みのある案件として挙がりもしなかったのか。
これはセウォル号の惨事以後にもパク・クネ政府が国家安保の概念を拡張させなかったからだという意見がある。現代社会は外部の軍事的脅威やテロ、内部の暴動だけではなく自然災難(台風、洪水、暴雪など)、人的災難(崩壊、爆発、火災、船舶の沈没など)、サイバーテロなど国民の生命や安全を危険にさらす要因がさまざまに存在する。MERSの事態で確認できるように、伝染病は死亡に対する不安感を高め社会危機をもたらす。このような諸要素を国家安保のレベルで接近し、素早くかつ集中力をもって危機に対応しなければ国民の生命が危険になる。
国家危機管理学会長を務めたイ・ジェウン忠北大教授は「今や軍事的安保だけではなく経済安保、環境安保、人間安保などを安保の概念に包括的に含めて危機管理をしなければならない。国民の生命や健康を脅かしたMERSへの対応も同じこと」だと語った。ウイルスへ伝染病の拡散を阻む「防疫」も必ずや国家安保という認識が必要だったということだ。
けれどもパク・クネ政府において安保は、南北対峙という特殊な状況を考慮した「伝統的安保」の概念に集中している。パク・クネ大統領はセウォル惨事以後の昨年7月、青瓦台がまとめた「国家安保戦略」の文献において、安保戦略の基調を「しっかりした安保、韓(朝鮮)半島信頼プロセスの推進、信頼外交の展開」と再三にわたって規定した。北韓の脅威を阻み、韓半島の平和のために周辺国を管理することを安保の主たる目標と考えた。
国民がMERSの事態を危機として体感したこととは全く逆に、パク大統領が5月26日の国務会議で北韓の恐怖政治や愛国に言及したのも、安保の概念が国防・外交に狭められているからだと言えよう。MERSの拡散を早期に統制する青瓦台のコントロール・タワー(統制・調整)の機能が不実だったという原因も、安保に対するこのような視角と無関係ではないようだ。

33の国家危機のパターン


パク・クネ政府のこのような認識は参与政府時代の2004年7月、大統領訓令124号によって施行された「国家危機管理基本指針」で定めた「包括的安保」の概念をキチンと継承していないところによるものだ。参与政府は当時、「包括的安保」を「統一・外交・軍事の伝統的安保だけではなく、政治・経済・社会・環境など多様な分野について国家ならびに国民の総体的安危を確保しようとする拡大された安保の概念」だと定義した。イ・ジェウン教授は「この指針は大統領訓令によって制定され、実際に今日までも有効なものなのに、現政府が(これを実践する上で)極めて不充分だ」と語った。
参与政府は安保の概念を「包括的安保」へと拡張した後、国家が管理する危機の対象も南北関係、軍事・外交に関連した伝統的安保だけではなく、災難(人的災難・自然災難)、国家の核心的基盤の分野へと拡大した。これを土台として参与政府は伝統的安保13、自然・人的災難11、国家の核心的基盤の麻痺(サイバー戦、原発の安全、保健医療、情報通信など)9つなど33個の国家危機のパターンを作った。
今日のMERSのような「伝染病」は11の災難パターンの1つとして管理し、これによって公衆保健の機能が混乱に陥る状況に対しては9つの国家の核心基盤の麻痺のうちの「保健医療」の項目として別に対処した。参与政府は33の危機別に主管部署がどこであり、他の部署の任務は何であるかを定めた33個の「危機管理標準マニュアル」を作った。また1つの危機ごとに連関した8〜9個の政府機関がどのように具体的に動くのかの行動手続きを記録した278個の「危機対応実務マニュアル」を作成した。またここで、現場投入諸機関の行動をさらに精巧に書いた2339個の「現場措置の行動マニュアル」が作られた。「関心―注意―警戒―深刻」という国家危機の警報制度もこの時、初めて導入された。このようなすべての国家危機は大統領直属の国家安全保障会議(NSC)傘下の危機管理センターが「コントロール・タワー」となって統合・管理した。
当時、国家危機管理システムを主導的に構築したリュ・フィイン元NSC事務次長兼危機管理センター長は「伝統的安保のほかに災難、国家の核心基盤麻痺に至るまで国民の生命や安全を脅かす国家の危機と考え、伝染病など網羅して状況管理を行った」と語った。
参与政府の安保概念の拡大に伴った国家危機管理の導入には、政府発足の直前に生じたインターネット麻痺の大乱、大邱地下鉄駅での(爆発・火災)惨事、政府発足直後に発生した重症急性呼吸器症候群(SARS)への対応から得た教訓が大きな影響を与えた。けれどもイ・ミョンバク、パク・クネ政府を経るとともに、包括的安保の概念や国家危機別の対応マニュアルは無視されるか放棄される手順を踏んだ。

「人間安保」と「市民保護」


安保概念の拡張は国際社会の流れでもあった。既に国連開発計画(UNDP)は1994年に「人間開発報告書」を通じて外部の侵入を阻む安保の概念を拡張して「人間安保」(Human Security)という新しい安保の概念を提示した。安保を追求している究極的理由は人間のためのものだと考えた概念だ。従って貧困、差別、抑圧、飢餓、環境破壊、政治的自由、基本権の保障、経済的不平等、疾病の統制など人間の平和を損なうさまざまな要素を安保の概念に含めさせるべきだというのが当時の「人間開発報告書」の主文だった。
ドイツは「人間安保」にも似た「市民保護」という概念に注目した後、2004年5月、「市民保護および災難対応庁」を政府内に設置した。米国は2001年の9・11の事態以後、災難、自然災害、テロに緊密に対応するために2003年2月に沿岸警備隊、出入国管理所、国境警備隊、連邦緊急災難管理庁など22の連邦機関を合わせて「国土安保部」を発足させた。
当時のブッシュ政府は外交・安保分野を担当してきたホワイトハウスの国家安全保障会議(NSC)とは別個に国土安保委員会(HSC)に統合したことも、よくよく注目しておくべきところだ。NSCが軍事・外交だけではなく、既存のHSCが担当していたテロ、自然災害、伝染病などの管理まで担うことになったのだ。リュ・フィイン元青瓦台NSC事務次長は「結局、米国もHSCの業務をNSCに吸収・統合するとともに(災難、疾病まで含めた)包括的安保をホワイトハウスのNSCが統合管理することになった」と語った。参与政府・青瓦台のNSC傘下の危機管理センターがさまざまな国家危機の事態の「統合コントロールタワー」の役割を果たしたのと同じだ。
パク・クネ政府の青瓦台にも国家安保室長が常任委員長を担っているNSCがあり、その下に危機管理センターがある。けれども災難・疾病などさまざまな国家危機の統制(コントロールタワー)まで、ここが担ってはいない。「南北対峙状況を考慮する時、NSCは(伝統的)国家安保に集中する必要がある」というのが青瓦台側の説明だ。
参与政府が災難・疾病・国家の核心基盤麻痺までを包括的安保の概念に含めて青瓦台のNSC危機管理センターが調整・管理したこととは異なった対処の方式だ。その代わりにパク・クネ政府は国民の安全と直結した災難の事態対応や救助などは、セウォル号の惨事以降に新設された国民安全処が担当するようにした。
けれども青瓦台の構想とは違って国民安全処は、さまざまな部署を調整しながらMERSの事態に緊密に対処するということはできなかった。むしろ最初のMERS確診患者が出てきてから18日が経過し、国民が既に知っているMERS予防の基本的心得を携帯電話のメッセージに送り、世論の非難を受けただけだった。また政府は、「中央MERS管理対策本部」(本部長、保健福祉部長官)、「MERS緊急対策班」など幾つかの部分に分けられた対応機構が有機的に動いていないという指摘が起こると、後れ馳せにチェ・ギョンファン国務総理代行が主宰する「日々点検会議」を打ちあげた。
イ・ジェウン教授は「国民安全処がMERSの事態において関与できないまま後れをとっていたのは疑わしいほど」だと語った。国民安全処が作られる時、消防業務と解体された海警(海上警察)の業務をここに兼ね備える式に進めたせいで、安全処が他の部署を調整しながら国家の危機を指揮するのには限界があるとの指摘もある。

「指令塔」不在が明らかに


リュ・フィイン元NSC事務次長は「大統領中心制にあっては結局、青瓦台が(伝統的安保と災難・疾病状況を含めた)コントロールタワーにならなければならない」と語った。彼は「青瓦台は方向を決めてやる『頭』となるべきであり、国民安全処はさまざまな部署を統合調整する体、現場で動く諸機関は手足とならなければならない。頭、体、手足がそれぞれの役割を果たしつつ連携しなければならない」と強調した。
南北対峙状況にあって「伝統的安保」に大統領の意志を集中するのか、「包括的安保」の概念へと拡大して青瓦台が別の国家危機まで主導的に管理するのかは国政の責任者の判断に左右されるだろう。ただ、MERSの事態は伝統的な安保論者たちにとっては、また別のパターンの安保の危機を経験させる事例となった。チョン・ウクシク平和ネットワーク代表は「過去には意識することのできなかった問題(国家危機)まで(安保に)包括しようということが対北安保態勢の弱化を意味するのではない。むしろ安保を強化すること」だと語った。
軍事安保という意味で認識されていた安保は「安全保障」の縮めた言葉だ。国民の安全を保障する「MERSの防御」がすなわち安保だという言い方は全く不都合な表現ではない。(「ハンギョレ21」第1066号、15年6月22日付、ソン・ホジン記者)

勤労挺身隊のハルモニ、戦争企業三菱重工業に勝訴

日本軍慰安婦問題で未だ謝罪なし

左派労働者の会、ANC韓国委員会


強制労働の違法
性が確認された
 6月24日、勤労挺身隊ハルモニたちは、三菱重工業を相手に起こした損害賠償訴訟の控訴審で勝訴した。少女時代の13歳、14歳の時に始まった戦争と強制労働の違法性が七〇年ぶりに再び確認されたのである。
 原告の5人は1999一年3月1日、日本政府と三菱重工業を相手に日本の裁判所に損害賠償請求訴訟を出したが敗訴した。しかしこれに屈せず、14年後の2013年11月に韓国の裁判所で訴訟を起こし、1審で勝訴、今回の光州高裁の2審で再び勝訴した。
 安倍政権はいまだに軍国主義に向けた野心を捨てられずにおり、従軍慰安婦被害者に対して謝罪すらしていない。さらに過去の歴史を恣意的に歪曲した教科書制定など、ありとあらゆる画策に奔走している。このような状況のなか、日本軍国主義の象徴のひとつである三菱重工業の戦争労働についての違法性が認めたということは大きな意味を持つ。

日本の人権活動家
と連帯活動を実現
勤労挺身隊のハルモニたちの70年ぶりの勝利を歓迎する。今回の裁判を傍聴するために、日本から直接光州まで来られた日本の人権平和活動家たちにも感謝の気持ちを伝えたい。日本の人権活動家たちは、日本の三菱本社前で毎週1回1人のデモをするなどの闘争を展開している。
6月12〜22日に行われたAWC日本連絡会議全国巡回に参加したAWC韓国委員会と左派労働者の会のメンバーは、今回の裁判の意味を共有している。光州高裁で開かれた今回の裁判では、左派労働者の会の光州地域の会員も参加した。
日本のとどまるところを知らない戦争への欲望と平和憲法九条を無力化させようと行動に遺憾の意を表する。反転、平和、脱原発、生態のために闘う左派労働者の会は、AWC韓国委員会とともに軍国主義反対と平和憲法九条を守る平和のための闘いに連帯する。最後にもう一度、勤労挺身隊ハルモニたちの勝利に祝福の言葉を送りたい。

  2015年6月24日

左派労働者の会、AWC韓国委員会


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