もどる

    かけはし2015.年8月3日号

本当の「積極的平和主義」とは何か


7.7戦後70年 東アジアの未来へ!市民宣言発表

次の70年をどう生きる――浜矩子さんが問題提起


  【大阪】三九人の呼びかけによる「戦後七〇年 東アジアの未来へ!」市民による宣言が七月七日、おおさかドーンセンターで発表され、二八〇人の市民が参加した。

憲法は平和への
メッセージだ
宣言する市民は、「今年は戦後七〇年、日韓条約から五〇年、村山談話から二〇年の歴史の節目の年、加害の歴史に向き合い、東アジアの人々と平和な未来をつくろう!」と宣言する。
日本国憲法は、甚大な犠牲を強いたアジアの人々への「平和のメッセージ」である。国が新たな戦死者を生み出し、靖国神社の「英霊」として利用することがあってはならない。いまだ果たされていない植民地支配責任・戦争責任と戦後責任は市民にも責任がある(一九八五年ドイツ敗戦四〇周年のときのヴァイツゼッカー大統領演説の言うように)。
日本軍「慰安婦」、強制連行・強制労働、南京大虐殺、在韓被曝者等の問題について、日本政府は責任を認めていない。加害の歴史的事実を否定する歴史修正主義が台頭し、安倍首相も同じ歴史認識に基づいた発言をして、戦後レジームからの脱却や積極的平和主義を掲げ、戦争法案などによる立法改憲、明文改憲まで企てている。八月には、安倍談話が発表されると言われているが、断じて許されない。
宣言は最後に、日本政府が、植民地支配責任・戦争責任と戦後責任を誠実に果たすことを求め、東アジアの人々とともに歩むために平和なアジアを築いていく決意を述べている。

加害の歴史に
向き合ってこそ
宣言は記者会見のかたちで発表され、宣言の趣旨説明がなされ、八月一五日「加害の歴史にしっかり向き合ってこそ、平和な未来を築くことができる」をテーマとする総括集会を開催し、「私たちは行動する」と題する行動提起を行うことが発表された。 
記者会見後、講演会に移った。司会者から、本日七月七日は、日本が七八年前中国への全面的な侵略戦争を開始した盧溝橋事件の日であるとの説明。徐翠珍さんが主催者あいさつをし、「七月七日に市民宣言を出すことの意味をともに心に刻みたい。このような集会で、『私たち』という言葉に戸惑いを感じてきた、『私たち』には私たち在日は入っているのかと。東アジアの平和のために何ができるか、何をしなければいけないか。在日の人々のことを考えずに戦後七〇年の歴史を語ることはできない」と述べた。
丹羽雅雄さんが宣言の趣旨説明をし、「行動する」ということがキーワードであることを強調。宣言発表は、三人が朗読のかたちで行った。
続いて、浜矩子さん(同志社大学大学院ビジネス研究科教授、エコノミスト)が「次の七〇年をどう共に生きるか、本当の積極的平和主義を目指して」と題して講演した。(要旨別掲)
後若干の質疑応答。続いて、中国人強制連行裁判と南京大虐殺についてのアピールがあった。最後に、「共に行こう この道を」の合唱で、エンディング。(T・T)

浜矩子さんの講演から

強いものがより強くなっても
「豊かな社会」は作れない

ざっくり分けて四つポイントについて話し、認識を共有したい。

アベノミクスは強いものをより強く

@彼らの安保法制と経済戦略について


アベノミクスという言葉は使わないことにした。アホノミクスという人もいるが、いずれにせよ、そのような言葉ははじめからないことにした。この言葉は、安保法制と表裏一体のものだ。アホノミクスは安保法制の目くらましの材料として、国民を喜ばせるために展開されているというニュースの解説が結構多いが、それは完全な誤解だ。安保法制の目指す国を実現することと一体のものが、アホノミクスだ。安保法制は問題だが、アベノミクスはそれなりに経済の発展に役に立っているから、そちらの方で頑張って欲しいというようなことを考えてはいけない。
アホノミクスと憲法改正で大日本帝国を目指すのが彼らのねらい。アホノミクスは、富国強兵のためのもの。あくまでも強いものをより強く、大きいものをより大きくする、戦争ができる国になることに貢献してくれる人々が潤うことを目指している。強いものがより強くなり、その恩恵が全体に行き渡るようにするためだ、と彼らは言いたがるかもしれないが、それはまやかしだ。彼らは、強いものが強くなりさえすればそれでよい。それ以外のことに関心はない。
強いものがより強くなり、その恩恵が全体に行き渡るというような効果が実現したということは検証されていない。一九八〇年代の英国のサッチャーリズム、米国のレーガノミクスを見よ。これは典型的なトリクルダウン政策だといわれたが、これらの政策が残したものは、貧富の格差の拡大だけ、トリクルダウンすらなかった。下にたれていくというトリクルダウンという言い方自体が差別的で不遜だと、批判を込めて不況下の米国でつくられた言葉だ。下々のものは口を空けて待っておれ!とは何事か、という批判だった。

強い経済、強い日本、日本の誇りを取り戻す

A戦後レジームからの脱却


彼らの目指すところは当面はアメリカ追随だが、それを便法とし踏み台にして、最終的には大日本帝国を取り戻す野望を追求している。今日の日米関係は戦後レジームそのものだ。未来志向ってよく言うよ!彼らの目はひたすら過去にしか向いていない。『日本を取り戻す』とは、なんと後ろ向きの言葉だろう。かつて持っていたものを取り戻すということ。昨年の総理の年頭所感を見ると、わずか八分二〇秒の長さの中に『取り戻す』が三回出てくる。何を取り戻すのか。強い日本、強い経済、誇りある日本を取り戻すなのだ。だから強いものをより強くすることにしかならない。 幸せな日本、金がよく回る日本経済ではない。誇りあるためには、強い存在でなければいけない。けんかが強くてお山の大将でないといけない。これは幼児的で凶暴な発想だ。

B本当の積極的平和主義とは


戦争を放棄することほど積極的な平和主義はない。今の日本国憲法の思いこそ本当の積極的平和主義だ。それを実現するには三つのポイントがある。実現すべき一つのこと・目指すべき一つの場所・用意すべき三つの道具である。

実現すべきこととは、『大人であること』。

 新約聖書の中に、「今や子供じみたことと決別するときがきた」という一節がある。子どもと大人の違いは、人の痛みがわかる・人のために泣くことができるということ。宣言の中にある「加害の歴史と向き合う」というのも大人として重要なことだ。
経済活動を行う人間は、大人でなければいけない。そう言っている人は、アダム・スミスだ。国富論を書くに当たり、経済活動を行うものは、共感性を有する人間だと言っている。強いものをより強くするような人間は、経済活動をする資格がない。

目指す場所とは、『正義と平和が抱き合う場所』(旧約聖書の詩編の一節)

 『慈しみと真がめぐり逢う場所』。じつは、これは難しい。現実の世界では、正義と平和はいがみ合い、慈しみと真はすれ違う。パレスチナ問題、イスラム国問題然り。しかし、積極的平和主義の立場に立つなら、これは目指すべき場所だ。

 平和主義に必要な三つのもの/三つの道具とは、耳・目・手。

傾ける耳。強いものはより強くなり、踏みつけられていく小さなものの救いを求める声が、どんなに遠くて小さくても聴こうとする耳。人の痛みを感じて共に泣ける目。進んで差し伸べる手。この三つは彼らが一番持っていないものだ。彼らのものは、聞く耳持たずの耳、涙涸れし目、奪い取る手だ。
彼らは、「取り戻す」ことに固執し、取り戻したがり病にとりつかれている。ところで、この病気は結構グローバルな病気だ。帝政ロシア時代を取り戻したいプーチン大統領。強いアメリカを取り戻したい米国共和党。二桁成長を取り戻したい中国。これらは、グローバル化がもたらしている反動だ。グローバル時代というのは、自分一人では生きてゆけない時代だ。三・一一により、福島の片隅である小さな部品工場が操業停止に追い込まれた。その結果、米国、アジア、ヨーロッパのすべてにおいて、最大にして最強な自動車会社といえども、最小にして最弱なる工場の助けがなければやっていけず、生産停止になった。
取り戻したがり病は、必ず奪い取りたがり病に通じる。加害の歴史にしっかり向き合ってこそ、平和な未来を築いていくという考えで、これからの七〇年を是非頑張って欲しい。(講演要旨、文責編集部)

7.25 オスプレイの横田配備許さない

「基地の町」の現実と戦争法案

反対集会とデモ行進でアピール



配備発表直後に
ハワイで墜落
 七月二五日、米軍・空自横田基地に近い福生市民会館で「オスプレイの横田基地配備を許さない! 7・25横田集会」が開催された。主催は立川自衛隊監視テント村、うちなんちゅの怒りとともに!三多摩市民の会などで構成する横田行動実行委員会。集会には約五〇人が参加した。
 五月連休明けに突然、横田基地へのCV22オスプレイの配備を二〇一七年から始めることが発表された。そして横田配備発表から間もない五月一七日にはハワイで訓練中のMV22オスプレイが墜落して炎上し、乗員二人が死亡し二一人が重軽傷を負うという大事故が起きた。この事故は、開発過程から多くの死亡事故を出した危険性という欠陥が本格配備以後も未解決であることを示すものとなった。
 また七月一五日には、米国防総省が自衛隊に売却予定のMV22オスプレイ一七機のうち、第一陣となる五機について計三億三二五〇万ドル(約四一〇億円)でメーカーに発注したと発表した。米国がオスプレイを外国に売却するのは初めてだという。また一七機全部の価格は推定で三〇億ドル(約三七〇〇億円)となる。日米新ガイドライン、新たな戦争国家法案が意味するものは、日米軍需産業が巨額の利益をむさぼるという何とも分かりやすい現実だ。
 この日の集会は、安倍政権の戦争国家法案が、事故や騒音被害と日常的に向き合う「基地の町」ではどのような現実として現れることになるのかを訴えるものとなった。

反対の訴えを
広げるために
最初に「リムピース」の頼(らい)和太郎さんが「オスプレイ その危険性」と題して講演。横田に配備されるCV22は特殊作戦軍輸送部隊であり、CV22の横田配備とは、すなわち特殊作戦軍輸送部隊が横田に配備されることを意味する。
特殊部隊の潜入、活動、脱出のためには秘匿性が求められるため、夜間の低空飛行が絶対的条件となる。それは横田基地の夜間飛行制限が実質的に無視されることを意味する。MV22と比べてもCV22の方が危険性が高くなる。
ハワイでの事故機はMV22だが、米国の軍事専門誌によれば、事故機が着陸直前に四五秒間空中でホバリングした際に、左エンジンが砂ぼこりを吸い込んで停止、右エンジンも同様に砂を吸い込んでいたため出力が低下し、着陸に失敗したのだという。エンジンが砂を吸い込んだため墜落などというのは、きわめて単純な構造的欠陥ではないか、と頼さんは指摘した。CV22の場合には「対テロ戦争」に使われるという運用形態の特殊性から見ても、危険性は一層高いと、頼さんは語った。
さらに自衛隊へのオスプレイ売却の問題は何か。頼さんは、その構造的欠陥のためにオスプレイは災害出動には使えないと指摘し、償却コストを下げるために自衛隊に売りつけようとしているのではないか、と批判した
集会ではさらに日野市議の有賀精一さんが、市議会では民主党会派までが賛成して「安全保障法制」の「早期成立」意見書を採択するなどの惨状だが、この間、市民レベルでは戦争法案に反対して日野市で五〇〇人ものデモがなされるなどの活発な動きが展開されていることが報告された。
さらに連帯のアピールが、辺野古への基地建設を許さない実行委の中村利也さん、基地撤去をめざす神奈川県央共闘の檜鼻達実さん、パトリオットミサイルはいらない!習志野基地行動実行委のやまぐちちはるさん、米軍基地に反対する実行委の大森進さんから行われた。
集会の後、横田基地に向けたデモが行われ、オスプレイ配備反対の声を市民に届けた。      (K)


もどる

Back