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    かけはし2015.年8月10日号

「新国立」問題は五輪の象徴


内閣支持率の維持をねらい計画の見直し

総工費の増大はアベノミクスと表裏一体

上限価格も決めず一切をゼネコンに委ねる


世論が白紙撤回に追い込んだ


 七月一七日、安倍晋三首相は「このままでは国民の期待に応えることはできない」「新国立競技場の計画を白紙に戻す」と発表した。さらに「ゼロから見直す」とも付け加えた。
キールアーチと呼ばれる二本の巨大なアーチで天井を支える「ザハ案」(イラン人建築家・ザハ・ハディドの設計案)は、総工費が当初の一三〇〇億円から約二倍にもなる二五二〇億円に膨らみ、世論の八割が「反対」という数字が出ていた(毎日新聞。七月一二日のニッカンコムのアンケートでは、「新国立の建設についてどう考えるか」という設問に対して九三%が「高い」と答え、八九%「計画を変更すべき」と答えている)。
この世論の動向は野党にとどまらず与党の中からも批判の声があがった。民主党の枝野幹事長は「あまりにもお粗末で心配だ。最近のオリンピックメイン会場はいずれも三桁だ。なぜ東京だけ二五〇〇億円もかかるのか。政府はなぜ、これを強行するのか意味が分からない」と声をあげた。公明党の石井啓一政調会長は七月八日の記者会見で「当初は一三〇〇億円で収まるデザインと認識されていた。非常に甘い認識だったのではないか」「国会でも問題を議論する必要がある」と強調した。さらに自民党の二階俊博総務会長も「国民に説明できない」と批判した。
また、五輪・パラリンピックの誘致運動の一翼を担ったアスリートの中からも批判の声が噴出した。マラソンの有森裕子は「これでは、五輪が負の要素に思われてしまう。それは競技する選手も本望ではありません」とコメントし、陸上競技選手の為末大は「日本でこれから迎える高齢化社会においてはどでかい競技場をつくることではなく、市民が自由に使用できる場にしてほしい」と発言した。ラクビ―の元日本代表であった平尾剛は「政治的に利用されるのはもうたくさんです」と述べている。
また、東京五輪・パラリンピック開会式の総合演出が期待される宮本亜門は「五輪はスポーツ、文化、人間の可能性を新たにつくっていく場所、ハコモノ行政になってほしくない」と注文している。変わったところでは俳優の渡辺謙がツイッターで「不思議ニュース、一杯借金があって(経済を)立て直さなければならないのに大きな体育館を建てるというのに世界は驚いている」とつぶやいていた。
「新国立」の総工費が当初計画の二倍にもなる二五二〇億円にのぼることが明らかになるにつれ世論の批判が高まり、安倍政権の転換につながったのであるが、転換を強制した「最大で最後の力」は「内閣支持率の落ち込み」であった。憲法違反の集団的自衛権を行使し、戦争に道を開く「戦争国家法案」の国会審議はそれまで比較的高い支持率を維持してきた安倍政権を直撃した。七月七日のNNN(日本テレビ)による調査は内閣支持率が四一%に下がり、不支持率が初めて支持率を上回ったと伝えた。
さらに安倍首相と官邸に衝撃を与えたのは七月一四日である。内閣支持率が戦争国家法案の衆議院での強行採決前にすでに三九%まで下がり、「新国立」の計画には七一%が反対していると朝日新聞が発表し、毎日、日経もそれに続いた。七月一五日の強行採決で支持率はさらに下がることは明白であった。支持率の低下を押し止めるために持ち出された苦肉の策が「新国立」の白紙撤回なのである。
「白紙撤回」はこれまでの経過、財政的、技術的な検討は一切なされず、内閣支持率維持のためにのみ「政治的決定」が行われたのである。

急きょ森元首相を説得


安倍首相は「白紙撤回」の記者会見で「一カ月前から官邸内に検討委員会をつくり『新国立』の再検討を指示した」と発言している。あたかも撤回の理由が内閣支持率問題ではないという弁解に聞こえる。しかしこの発言は安倍の常とう手段であり詭弁そのものである。
マスコミによると安倍首相は六月中旬に下村文科相に対して『新国立』の再検討を指示したが、森喜朗元総理が「二〇一九年のラグビーW杯に間に合わせる」ことと「キールアーチ(竜骨)のザハ案」でいくことを譲らず、文科省も首相も官邸も森が主張する「期日」、「財政」、「ザハ案」の三点を認めたのである。
これを受けて七月七日、建設主体の日本スポーツ振興センター(JSC)は、将来構想有識者会議を開き、総工費二五二〇億円の現行案を承認し、スタンド工事を大成建設、尾根工事を竹中工務店が受注する形で工事契約を行ったのである。
安倍の詭弁を裏付けるものとして菅官房長官の発言がある。記者会見でJSCの現行案承認問題を質問されて彼は、「安易にデザインを変更することは、わが国の国際的信用の失墜につながる。あのデザインは国際公約だ」とまで言い切っている。安倍首相もまた七月一〇日の記者会見で「新たなデザインを決めて基本方針をつくっていくということでは二〇一九年のラグビーのワールドカップも、五輪にも間に合わない可能性が高い」と述べている。
戦争国家法案を衆院で強行採決した翌日の七月一六日の夜、安倍の呼びかけで清和会(安倍、下村、森などが所属する細田派、旧町村派)の会合が開かれ、全会一致で森を説得することを決定した。そして七月一七日、記者会見に先んじて安倍、森、下村、遠藤五輪担当相の四者会議が開かれ、「ラグビーW杯での使用は断念する。デザインや工法を大幅に修正することで総工費を圧縮する案」を森に対して飲ませたのである。
「森説得」といわれた問題の本質は、動きだした国家プロジェクトに群がる政治的経済的利権の問題である。これは大成や竹中というゼネコンにとどまらず、三井、三菱、みずほなどのメガバンク、東京タワーに使われた鉄材の一〇〇倍を超すキールアーチを受注する鉄鋼会社、三〇数万トンの土砂を運ぶトラック業者などが背後に存在するのである。
四者会談を終わった後に森は記者団に向かって「僕はもともと、あのスタジアムは嫌いであった。生がきみたいだ」と話し、さらには「我々はクラウンぐらいの車に乗っていたら、後ろから大きなセンチュリーが来て、こっちの車の方がいいから乗せてあげますよと言って、乗ったらパンクしたから降りなさいとなった」と捨て台詞を吐いた。責任は自分ではなく、工事を担うJSCやそれを管理する文科省にあるとでも言いたいのであろう。あるいはともに利権のために動いたゼネコン、メガバンクへの弁明かも知れない。

総工費が跳ね上がる構造

 「新国立」の白紙撤回に対して翌日、IOCのバッハ会長はイギリスのセントアンドルーズで記者会見し、「大事なのは、選手や観客のために二〇二〇年には、スタジアムが完成していることで、デザインは重要ではない」とコメントしている。そして七月三一日のクアラルンプルで開催されたIOC理事会でも同じような見解を述べた。
二〇一三年以降、建築家の槙文彦を中心とするグループは、何度となく「二本の巨大なアーチ構造をやめて建設費を一〇〇〇億円レベルに圧縮する案」を提案してきたし、IOCも昨年一二月に開催都市の負担軽減をめざす「アジェンデ2020」を採択している。その意味では何度となく「新国立」問題は転換、修正するチャンスはあったにもかかわらず、なぜ「新国立」の設計・建設を「国際公約のデザインは変えられぬ」と金科玉条としてきたのだろうか。
考えられる第一の要因は、「東京五輪・パラリンピック」に対するアイデンティティの不在である。二〇一三年のブエノスアイレスのIOC総会直前まで開催地候補地としての東京は第三位であった。スペインのマドリードがEUの経済危機に巻き込まれてはずされ、最有力候補地のイスタンブールは隣国シリアで内戦が広がり、国内でも貧富の格差による五輪反対運動が勃発し候補地からはずれた。ブエノスアイレスのIOC総会での「TOKYO」のカードを掲げるシーンは、まさに演出されたセレモニーであった。それにJOCと安倍政権が取ってつけたキャッチコピーこそ「復興五輪」「おもてなし」であった。だがメディアが「復興五輪」「おもてなし」を宣伝するのとは裏腹に、安倍政権はブエノスアイレスの招致演説の「他のどんな競技場とも似ていない真新しいスタジアムから確かな財政措置に至るまで(完全に可能な)東京大会の開催」という方向を選んだのである。それはその後、「巨大な計画を推進する安倍政権の国土強靱化政策と一体」となって動き出した。まさに「アベノミクス」の一つの軸となった。
第二は「東京五輪」の利権に呼応し推進役として登場した財界である。この利権は渋谷・神宮地域と湾岸部、ベイエリアの二つの軸で進められてきた。ベイエリアには中央卸売市場の築地から豊洲への移転、地下鉄八号線の延伸、カジノ計画などがある。週刊誌ネタであるが猪瀬元都知事の失脚もこれらの利権と無関係ではないと言われている。
そして第三の要因は、政治家、官僚、ゼネコン一体構造である。これまでの五輪の主会場の総工費を見てみよう。二〇〇〇年のシドニーは四六〇億円、〇四年のアテネは三六〇億円、〇八年の北京は四三〇億円、一二年のロンドンは六五〇億円である。そして東京は計画段階では一〇〇〇億円と言われていたのに、人件費・資材費の高騰を理由に当初から一三〇〇億円になり、試算の段階で三〇〇〇億円となり、基本設計では一六二五億円と見積もられ、二転三転して開閉式の屋根の先送り、座席の一部を可動式にするとして二五二〇億円に落ちついた。それでもロンドンの約四倍、北京の六倍の額である。
なぜこのような数字が出てくるのかという質問に対して「上限価格も設定せず、施工するゼネコンに設計や積算まで“丸投げ”している異例の発注実態」「その結果、新国立競技場建設をめぐる主な契約の落札率は最低で九九・〇九%、多くが一〇〇%である」(「赤旗」日曜版、7月26日付)、「公共事業の常識からもかけ離れている」「図面を作る『基本設計』、構造上の強度などを計算する『実施設計』、建設材料を定める仕様書などは何度も確認するのが常識だ」(「毎日新聞」7月6日付)。新藤宗幸千葉大名誉教授は当初の総工費を倍以上超えている工事として群馬県の「八ッ場ダム」、青森県六ヶ所村の「核燃料サイクル施設」、原子力船「むつ」などがあり、政治家、官僚、業者が一体となり、情報の公開を拒否し、市民にツケをまわす構造は共通しているという。近くは「原発問題」、遠くは「旧日本軍の『撤退は恥』も同じ構造体質である」と指摘している。国家プロジェクト、国威発揚の新国立の計画はなにをしても許されるという一貫した考え方が権力にも官僚にも残っているのではないだろうか。

名ばかりの「復興五輪」反対


多くの建築家や専門家は「白紙撤回」とは名ばかりで「アーチ」をなくし、「座席の可動部分」を変更するだけで政府は時間がないことを理由にして再びゼネコンに”丸投げ”するではないかと見ている。菅官房長官の「今度は上限をつけ、来春から工事に着工できる」という発言は、上限は白紙撤回以前の真ん中の額を取って二〇〇〇億円でゼネコンとつめる」と言っているに過ぎないとすでに流れている。
なぜなら、「新国立」と隣接する都営団地「霞ヶ丘団地(アパート)は「見直し」からはずされ、すでに取り壊しが始まり、跡地にはJSCの事務所が入るビルの建設計画が進行していることにそれは鮮明である。
「新国立」問題は、東京五輪・パラリンピックの一部分でしかない。これに数倍するカネがベイエリアの再開発に投入されるのである。それは当然にも利権の対象である。「ハコモノ」は今日以降どんどん「負の遺産」に転化していくことは明白である。先日の八月二日、つくば市では住民投票で市が提案していた総事業費三〇五億円の巨額公園整備計画に対して「NO!」が突きつけられ、アメリカの州の中でも二〇二四年の五輪の会場に立候補することを州民が拒否した。一部の資本を富ませるために多くの市民にツケを押しつける五輪やサッカーのワールドカップに対する拒否の動きは少しずつではあるが全世界の中に広がりつつある。
「震災復興」とは名ばかりで被災者を置き去りにする東京五輪に反対しよう。環境破壊を引き起こす五輪に反対しよう。政権維持・財界を肥やすための安倍政権の東京五輪に反対しよう。     (松原雄二)


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