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    かけはし2015.年8月10日号

新しい歴史局面が始まっている


スペイン

15M(5月15日運動)から24M(5月24日統一地方選)へ

ホセ・マリア・アンテンタス


 欧州支配階級による露骨かつ強引なギリシャへの脅迫とねじ伏せは、スペインで進む既存政治システムの分解に対する危機感をも一つの動機としていた。しかしこのスペイン政治の流動化はこの五年、巨万の民衆決起と一体的に底深く進行してきたものであり、脅しだけで抑え込めるものではない。以下ではこの底深い流動化と不確性の高まりがどのようにして進行し、今どの段階にいたっているのかが分析されている。(「かけはし」編集部)

二大政党転落の
現実的可能性が


 今年五月二四日に行われた統一地方選(州及び市町村)は、15M運動と怒れる者たちが象徴した偉大な社会的高揚から四年後に到来した。長期的かつ深い政治的危機の出発点である15Mは、スペインの現代政治及び社会の歴史という枠内における変化と真に原理的なできごと双方をはらむ一時期だった。二〇一一年の五月と六月の民衆的諸決起は、二〇一二年と二〇一三年を通じて、切り詰め、特に公的医療や公教育に関する切り下げに対決するいわゆる「市民の波」へと移された、社会的諸闘争の一サイクルを始動させた。それが具体的な勝利に結実することは僅かだったとはいえ、その「数々の波」は、緊縮策に関する民衆的抵抗の可能性とその限界を示した。
 二〇一一年の15Mが生み出した力学の選挙への反響は、二〇一四年五月二四日のEU議会選になってはじめて感じられた。それらは二重の作用によって特徴づけられた。
 第一に、深い危機がスペイン政治を支配する準二大政党システムに押しつけられた。主要政党である国民党(PP)と社会労働党(PSOE)は各々、四〇七万票余り(二六・〇六%)、一六議席と、三五九万票余り(二三%)、一四議席を獲得した。それらを合わせると、七六六万票余り(四九・〇六%)、三〇議席となる。しかしそれは、二〇〇九年の前回に両党が得たものの六〇%にすぎない。当時両党は、合計で一二八一万票余り(八〇・九%)、四七議席に達していた。
 第二にそこには、一二四万票余り(七・九六%)、五議席を得たポデモスの参入があった。ポデモスは、新参の端役に甘んじることなく、政治地図全体を不安定化するという目的をもって登場した。投票日の夜、パブロ・イグレシアスは次のようにコメントした。
 「ほとんどの人びとはわれわれにとってのこの種の結果を予期していなかった。しかしそれはわれわれが彼らに対する哀悼を求め、彼らを警戒態勢に入らせることを可能にしている。カースト諸政党は、歴史上最悪な部類の一つを得ることになった。しかし言わなければならないことだが、今のところわれわれは、彼らを打倒するという目標をまだ達成していない。……ポデモスは単に傍観する役割を演じるために生まれたのではない。われわれは、すべてをとるために生まれたのであり、今すべてをとる態勢を作りつつある。多くの人々にとってこの結果はいわば成功かもしれないが、われわれは満足していない」と。

ポデモスによる
反緊縮路線強化


したがって、EU議会選後一二ヵ月のわくわくするような世論調査が始まった。そしてそこでポデモスは、PPとPSOE両者への投票予想に追いつき追い越す、選挙関連世論調査における連続的な成長を経験した。二〇一五年一月は、そうした一直線的前進の頂点だった。その時いくつかの調査は、投票意図ある者の中でポデモスを首位に置いた。
その時から統一地方選が視界に入る中パブロ・イグレシアスの党は、世論調査における停滞と下降に向かう傾向を見始めた。この傾向は、ポデモスの指導チームに対するメディアと政治エリートからの強力な攻撃、並びに新たな政治的オルタナティブのメディアを通じたでっち上げを背景として起きた。この後者こそが、一種の「右翼ポデモス」と思い描かれ、TVスターのアルベルト・リベラを指導者に置いた、シウダダノスという名の「理想的な義兄弟」だった。リベラの党は、民主的な再生、反腐敗、また新自由主義的設定課題を変えることのない「合理的な変革」という処方箋に焦点を絞った、さらにポストフランコ移行期の曖昧模糊とした理想化された「合意」精神の復活を狙いとした議論を持ち込んだ。こうしてリベラは、ポデモスの斬新性効果を利用することによってスペイン政治課題内に適地を得ることができ、投票意図をもつ者の中で危険なほどに接近した。
新たなかつ想定外のライバルの出現はポデモスの指導者の中にいくつかの疑念をつくり出した。彼らの中の何人かは、穏健派と政治化の程度の低い中産階級票をめぐるシウダダノスとの競争を目的として、中道に向かう転換を主張した。他の者たちは、その先頭にはイグレシアスがいたが、二〇一四年五月のEU議会選キャンペーン以後失われていた新鮮さを取り戻すために原点への回帰を選択し、その中心として諸々の危機と緊縮に反対する闘争を活用する、そして腐敗を新自由主義政策と結び付ける議論をむしろ支持した。
この戦略の背後には一つの認識があり、それは、ポデモスの本来的選挙基盤は主に、危機にもっとも苦しめられている民衆層から構成されているというものであり、そしてそこには、貧しくされた中産階級と圧倒的な重みを持つ労働者階級が一体となっていた。これらの層の掌握を強化することが、この後の選挙に向けイグレシアスが自らに課した挑戦となった。

既成勢力の危機
と二大新興勢力


24Mは、今や進行中となった政党システムの深い転換を証明した。すなわち、打撃を受けつつもいまだ沈んではいない二大政党(PPとPSOE)、着実かつ上昇中の次の候補(ポデモス)、そして内輪もめの中にいる四番手(シウダダノス)だ。この最後のものは、得票が期待以下であり、首位をとるというところからはかけ離れていたが(市町村議会選では一〇〇万票、四・四九%、一三の州では二・九%から一二・五%という結果)、強さを得つつあった。
スペイン政治におけるポデモスの浮上後に打ち固められたこの新たな政治地図は、想像を超えた速さで進む沈降傾向にしたがっている二大政党制の危機を特徴としている。前例のない信頼性の危機によって深刻に傷を負いつつも、PPとPSOEはいまだ重要な社会的根を保持し、自由落下モードにはまだ身をゆだねていない。
PPは地方選で六〇〇万票(二七%)獲得した。それは前回二〇一一年より二〇〇万票少なく、マドリードやバレンシアといった彼らの拠点のほとんどで敗北することで、巨大な比率で選挙による懲罰を受けた。
PSOEは一九七九年の初めての民主的選挙以後では最悪の市町村議会選結果となったが、それでも五六〇万票(二五%)を得た。それは前回比で七七・五万票少ないだけだ。そしてこれは、この党がまだ不可逆的な「PASOK(全ギリシャ社会主義運動)化」モードには入っていないということ、依然として政権連合の一部になる大望を抱くことができるということを広く知らしめるものだ。
ポデモスは新生政党としては前代未聞の結果を達成し、変革に向けたオルタナティブを体現するという大望を抱く一つの政治勢力として、例外的な制度上の重みを得た、その土台は、選挙が行われた一三の州で七・九%から二〇・五%の間に広がる得票率(二〇・五%のアラゴン、九・七%のカスティラ・ラ・マンチャ、一三・一%のムルシア、一九・〇二%のアウストリアス、一八・五%のマドリードなど)だ。
これはどの地域でも、PPあるいはPSOEのどちらであれ打倒できなかった。しかしこれらの注目に値する結果はポデモスに、次期総選挙においてPPおよびPSOEに対決して選挙に勝利するために挑む能力に基づき勝利する党となる、という大望を維持する余地を与えている。言葉の真の意味でポデモスそれ自身は、PPやPSOEとの関係で自らを主張できるような党ではない。しかしながら将来に起きることの可能性を捨てることはできない。これこそが現情勢がはらむ逆説だ。

不確実性深ま
る中総選挙へ


ポデモスは州議会選で選挙運動を行ったにすぎず、市町村議会選に出ることは辞退した。その理由は党が認識していたこととして、党は、反対の決定を行った場合必然的に起きると想われた、機関の爆発的成長、つまり何千人という地方議員を職務に就かせる選挙、を管理できなくなるだろうということだ。
市町村議会選では公式の運動を行わないというポデモスの決定は、いわゆる「民衆的統一」での立候補名簿設立に扉を開いた。そしてこの立候補名簿は、地方のポデモス傘下組織、無所属活動家、さらに他の少数派左翼勢力から構成された。この道、つまり市町村議会選立候補方式は、当該地方の諸現実に強い根をもつ、新しい統一と合流枠組みに対する実験的な水路となった。
これらの乗車券は、左翼に対し最良の結果を残し、近年では最も民衆的な社会運動である「住宅ローンに苦しむ民衆プラットフォーム(PAH)」のスポークスパーソン、アダ・コラウが率いたバルセロナ・エン・コムのバルセロナにおける勝利のような歴史的里程標に達した。あるいはその例では二番手となる、マムエラ・カルメナを代表に置くアホラ・マドリードの得票率三一・八五%がある(PSOEの支持を得て市長を得るだろう)。
この市町村議会選の成功は以前には知られていなかった情勢、つまり、制度的権力頂点への新規突破勢力の参入に扉を開いている。それゆえ、新しい時代が現れ、そこでそれらは、マドリードやバルセロナのような当該地方をいかに統治し、不利な諸条件の下で、社会的多数の利益になり、それらのいらつきははやくも明らかとなっている金融とビジネスに反対する、そうした一つの計画をいかに実行するかに向き合わなければならない。
疑いなく、ポデモスと他の民衆諸勢力の信頼性は、これらの新政府の実績表に依存することになるだろう。その結果は、社会変革への期待を減らすか強めるかを助けるものとなるだろう。五月二四日の統一地方選は、15Mをもって始まり一年前のポデモスの出現によって推進された、この長期にわたる政治的危機における一つの適切な画期となった。われわれは24Mをもって一つの眺望、流動的で不安定なそれを得ている。そしてそこでは、底に潜む諸傾向と錯綜した諸運動を識別することは困難だ。
一一月に予定されようとしている総選挙まで僅かの月数しかない中で、伝統的諸政党は情勢を安定化もできず、自らを主張できる新たな突出勢力を得ることもできずにいる。ポストフランコ政治体制は、前例のない危機に打ち砕かれたまま、それを破綻させずに保とうと闘っている者たち、およびアダ・コラウの表現を借りればいわば「民主的な革命」を主張する者たちの両者周辺を等しく取り巻く不確実性を伴って総選挙に向かっている。スペイン国家の歴史における新しい時期が今開こうとしている。

▼筆者はビエント・スル誌編集委員であると共に、バルセロナ自治大学の社会学教授。(「インターナショナルビューポイント」二〇一五年七月号) 



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