もどる

    かけはし2015.年8月24日号

日米戦争責任と安倍談話を問う


8・4〜6ヒロシマ平和へのつどい2015

被爆・敗戦70年――論じられるべき課題

いま平和のための闘いとは

加害と向き合い連帯と共同を



戦争法案と改憲
攻撃に対決して
 八月四日から六日にかけて「検証:被爆・敗戦70年――日米戦争責任と安倍談話を問う」をメインテーマにした「8・6ヒロシマ平和へのつどい 2015」が広島市まちづくり市民交流プラザで開催された。
 例年、「8・6ヒロシマ平和へのつどい」は八月五日夜の集会、八月六日の「慰霊・追悼」式典に合わせた原爆ドーム前での集会、市内デモ・中国電力前での反原発座り込み行動を軸に組み立てられてきた。しかし「被爆・敗戦七〇年」の今年、安倍政権による「戦争法案」強行のただ中で、あらためて日本とアメリカの戦争責任、原爆投下責任を問い、かつ「戦後七〇年」にあたって安倍首相が、改憲・「戦争国家」化への攻撃とセットで提起しようとしている「七〇年談話」の意図に対して民衆の運動として、どのように立ち向かうのかを共に論議するために、従来の枠を超えた取り組みを進めていこうという思いを込めて、三日間の取り組みが準備された。そのために地元・広島の運動体だけではなく、関西、首都圏の市民運動とも議論を積み重ね、共同で準備された。
 八月四日正午から始まった「スタート集会」には約二五〇人が参加した。「つどい」代表の田中利幸さんは「被爆と敗戦から七〇年、8・6をめぐってどの新聞も被害一辺倒の報道で、加害の問題はまったく扱われていない。南京大虐殺やマレー半島での虐殺も扱われていない。アメリカの加害責任も追及されていない。これでは『過去の克服』は無理であり、加害責任の克服ぬきに民主主義もありえない」と「つどい」全体の問題意識を提起した。

上野千鶴子さん
が語る戦後責任
続いて、上野千鶴子さん(社会学者)が「敗戦七〇周年の『戦後』責任」と題して講演。
上野さんは「八月の広島」は、四九年前、高校生時代の一人旅で訪れて以来、と自己紹介しながら、団塊の世代が高齢者となり、戦争体験を持った政治家が引退する中で「戦争責任」という問題がますます希薄化している現実に触れて、「八・一五を『終戦』と表現した時に欺瞞が始まった。天皇は自分しか止められなかった戦争を引き延ばして、沖縄戦・原爆投下をもたらした責任を取らなかった。そしてGHQは天皇を免責し、占領統治のために天皇制と旧統治機構を利用した」と指摘し、この「成功体験」への過信がイラクなどでの米国の失敗に導いたと分析した。
さらに上野さんは、「あの戦争に対する戦後責任を戦後の世代が果たしてこなかったツケ」について言及し、その点を在日朝鮮人や台湾人への国籍剥奪(「権利」としての国籍の剥奪)や「人道事業」という名目でなされた「北朝鮮帰還事業」(日本国内での差別を放置したままでの「追放」)について鋭く批判した。
上野さんは「戦争という構造的暴力の不可分の一部としての性暴力」や若者の貧困による「経済的徴兵制」の動向について指摘しつつ、現在の安倍政権の戦争国家法案に対して、国会前で学者と若者がいっしょに行動していることから可能性を見いだす必要についても言及した。

日本軍性奴隷
制度とは何か
次にセッション@「日本軍性奴隷と戦争責任 日本軍による加害に向き合うために」と題して渡辺美奈さん(アクティブ・ミュージアム「女たちの戦争と平和資料館」wam)が報告。
渡辺さんは、「河野談話」から二二年を経た現在、「朝日新聞」バッシングの中で軍隊慰安婦の強制連行そのものが否定されようとしている逆流の中で、あらためて日本軍による加害に向き合うことの重要性を強調した。
「日本軍が侵攻した地域のほぼすべてで慰安所が設置された。沖縄でも一四〇カ所以上の慰安所が確認されている。その中で、国連人権機関による勧告が出され、軍隊慰安婦も問題が過去の話ではなく『現在進行形の人権問題』であることが強調されている。二〇〇八年の自由権規約委員会の『慰安婦』に関する最終所見では『……生存している加害者を訴追し、すべての生存者の権利として適切な補償を行うために迅速で効果的な立法府及び行政府による措置を取り、……被害者を中傷しあるいは出来事を否定するあらゆる企てに反論し及び制裁措置をとるべき』としている。つまり『和解』が目的なのではなく、謝罪・補償・責任者の訴追こそが求められている」。

アジアからの
厳しいまなざし
セッションAは「日本の戦争犯罪と教科書・領土問題――戦後七〇年でもなお責任を問うアジアからの厳しい目線」と題して、高嶋伸欣さん(琉球大学名誉教授)が講演した。
高嶋さんは、「安倍政権の安保法制に一万人以上の学者たちが反対意見を表明しているが、その人たちがアジア侵略への責任の自覚がどの程度のものなのか。また二〇一〇年一月に「本土」有識者三四〇人による『普天間基地県内移設反対声明』が出されたが、そこでは沖縄差別を継続している『本土』社会の一員であることへの自覚が欠落している」と切り出した。そして一九四一年一二月八日、真珠湾より早くマレー半島から始まった東南アジア侵略戦争の現実に知らぬふりを続けてきた日本社会の在り方を高嶋さんは厳しく批判した。そのことはマレー半島侵攻作戦のために「日タイ中立条約」を意図的に踏みにじって強行した「日タイ戦争」が、ほとんど知らされていないことに如実に表れている、と高嶋さんは語った。
こうしたアジア認識の欠如と差別性が戦後の学校教育の中でも貫かれている、と糾弾した高嶋さんは、とりわけ現在の「尖閣・竹島」などの「領土」問題を口実にした安保法制=戦争国家法案の危険性を指摘した。

「国体護持」と
原爆の惨禍
二日目の八月五日は、午前中に@米軍岩国基地A海上自衛隊呉基地B原民喜の「夏の花」を歩く、の三つのコースに分かれてフィールドワークを行った後、午後にはセッションB市場淳子さん(韓国の原爆被害者を救援する市民の会)の「韓国・朝鮮人被爆者と市民運動」、セッションC天野恵一さん(反天皇制運動連絡会)の「戦争責任と天皇制――日米戦争責任と招爆責任」を同時並行で行った。
天野さんは、神権主義の天皇主権に貫かれた「大日本帝国憲法」下の「国体」が、憲法規定ではありえない「日本国憲法」下の天皇制へと転換したことを無理やり合理化するために宮沢俊義が主張した「八月革命」論(丸山真男のネーミング)が、戦後進歩派の通説として定着したことについて、戦争責任を取らずに天皇制が延命することに加担したものと批判。
さらに戦後五〇年談話をめぐって当時の村山首相が「平和天皇に戦争責任はない」と述べたことを批判して「侵略戦争と植民地支配の最高責任者が『国体護持』の約束をめぐってぐずぐずしている間に、待ってましたとばかりに米国が広島・長崎に原爆を投下した――このプロセスこそが『米日合作』の戦後象徴天皇制を作り出した」と分析した。天皇制の「招爆責任」という言葉はこのプロセスを凝縮した表現である。

安次富浩さん
が沖縄の報告
つづいてセッションDの安次富浩さん(ヘリ基地反対協共同代表)を講師とした「沖縄・辺野古新基地建設阻止! 安保・自衛隊・米軍再編」に移った。
前日の八月四日、菅官房長官が辺野古新基地建設関連工事を八月一〇日から九月九日まで一カ月間中断し、県側と集中的に協議すると発表した。これに対して翁長沖縄県知事は、政府が作業を中断している期間中、辺野古沿岸部での埋め立て承認の取り消しを判断しないという考えを示した。事態は、辺野古新基地建設をめぐって政府と「オール沖縄」の闘いのぎりぎりの攻防戦に入っている。
安次富さんは、まずこの「一カ月間工事中断」の政府決定が、長期にわたる辺野古の闘い、とりわけこの間の海上阻止行動や、ゲート前座り込み行動の不屈の持続的闘いに支えられた「島ぐるみ」の闘争の結果であることを鮮明に確認し、「一カ月の中断」ではなく「永久的な中止」にしていくために全力をあげると訴え、「われわれの抵抗によって海は守られている」と宣言した。
安次富さんはさらに一九九七年一二月の名護市民投票以来の一八年間の闘いを振り返りながら、とりわけ二〇一四年の各選挙での勝利と各市町村での「島ぐるみ会議」結成と辺野古基金の創設の意義を説明した。安次富さんは最後に、構造的沖縄差別の撤廃と平和的生存権、永田町や霞が関に沖縄の将来を委ねない「自己決定権」の確立、スコットランドの住民投票に学び自治州や「独立」についての論議を深めていくこと、そして東アジアの一員としての「東アジア共同体」に向けての国際的展望を切り開いていくという方向性をも示していった。
安次富さんの報告に続いて、ピースリンク広島・呉・岩国のメンバーであり、岩国市議の田村順玄さんが発言。田村さんは「今年で岩国基地も七〇年、私も七〇年」と紹介しながら、岩国市の年間予算が七〇〇億円程度であるのに、この一〇年間で四七〇〇億円もの予算を使って、米軍岩国基地の沖合移転が進められ、生コン車が一日一五〇台から二〇〇台も市内を走り回る状況になっていることを説明。
「普天間から一五機の空中給油機がすでにやってきた。なんでも岩国に持って行けというのが政府の方針だ。二〇一七年にはF35が海外での初めての配備として岩国にやってくる。岩国はあらゆることの実験場となっている」と田村さんは怒りを込めて訴えた。

立憲主義破壊
のクーデター
中北龍太郎さん(関西共同行動、弁護士)によるセッションE「戦争法制と明文改憲――戦争法案を廃案に」の提起に移る。中北さんは安倍内閣が今の国会会期を大幅に延長して成立させようとしている安保法制=戦争国家法案が、憲法学者の圧倒的多数が違憲と断ずる立憲主義破壊のクーデターであり、集団的自衛権の際限なき拡大とは侵略戦争の当事国となることだと簡潔に説明し、「積極的平和主義」と「戦後レジームからの脱却」という安倍政権の立場が際限なき侵略国家の道であることを明らかにした。
そして憲法九条を実現するための闘いを、安保と米軍基地そのものへの批判、辺野古基地建設阻止闘争との連動、「中国・北朝鮮脅威論」を克服した「アジア不戦共同体」の展望で闘うことを呼びかけた。
続いてピースデポ代表で「ヒロシマ平和へのつどい」前代表だった湯浅一郎さんが発言。「北東アジアの冷戦構造は依然として続いている。冷戦が終わらないまま続いている現実をいかに終わらせるかが課題だ。安倍政権は、継続している東アジアの冷戦構造をさらに悪化させようとしている。九条を外交政策にどう生かそうとしてきたのかが問われている。平和の担保は軍事力だという力がつねに働いている中で、九条を国際政策に生かす努力を朝鮮半島、東アジア全体に作り出そう。国境・国益を超えていくような思想性が必要だ」と強調した。

戦後国家めぐる
原理次元の闘い
八月五日の集会の最後のメイン集会は「安倍政権を葬るなかで新しい世界を視野に捕える 戦後日本国をめぐる原理次元での対決」と題した武藤一羊さんの講演。
武藤さんは「安倍政権の危機」について事態は「決壊」状況に入っていると指摘した。その契機となったのは憲法学者のほとんどが「法案全体が違憲」と断じたことだった。安保法制は、「戦争する国」という問題を提起し、そのことが若い人たちの「神経にさわる」事態を作り出した。
安倍政権は何をやろうとしているのか。この問いと切り離して「平和」について語ることはできない。安倍政権は「戦後レジームを変える」と公言し、それをやり始めている。かつて中曽根康弘は「戦後政治の総決算」を主張したが、そこに手をつけることはできなかった。しかし安倍はそれを実行するある種の「体系」と、とんでもないスタッフを手に入れた。日銀総裁、NHK会長、法制局長官に自らのスタッフを任用した。それは一種のクーデターである。
安倍は憲法を変えるために最初に九六条改憲を打ち出したが、それが圧倒的に不評だったことを見て、裏口からイレギュラーな手段で「改憲」に踏み込んでいる。安倍自民党に投票した有権者は昔の自民党だと思っているかもしれないがそうではない。安倍内閣を支えている社会的基盤は弱いが、強固な右翼の基盤に乗っかっている。安倍は「日本を取り戻す」と言っているが、何から取り戻すのか。それは「不幸な時代」としての「戦後国家」から取り戻す、という意味だ。
武藤さんはここで改めて持論である戦後憲法の平和主義・アメリカの覇権への追随・大日本帝国の継承という相互に矛盾をふくんだ三つの原理の絡み合いからなる日本の戦後国家の在り方が根本的に問われる時代状況の中で、アジアを米国の世界戦略の中心に据えた米中の「複合覇権」というあり方と対峙し、「平和原理」を強力にして安倍が依拠する「大日本帝国継承原理」を完全に打ち負かし、戦後体制をわれわれの側から乗り越える「原理の次元での闘い」を訴えた。それは東北アジアの状況を変えるための「太平洋の非覇権化」(米国と中国双方の非覇権化)であり、その要となるのは沖縄の非軍事化である、と強調した。
二日目の集会の最後に、一九八六年から続いているピースサイクル全国ネットのあいさつ、安次富浩さんによる沖縄の闘いの報告、再稼働阻止全国ネットからの八・一一川内原発再稼働阻止に向けたアピールが続いた。そして木原省二さんから「広島市民による『被爆・敗戦70年談話』」が読み上げられ、拍手で確認された。

原爆ドーム前
集会と市内デモ
三日目の八月六日は、平和記念公園で開催された「原爆死没者慰霊式・平和祈念式」に参加する人びとへの「第九条の会ヒロシマ」の新聞意見広告や「被爆・敗戦70年談話」の配布を早朝から行った。平和祈念式には五万五〇〇〇人が参加したと発表された、広島平和式典での安倍首相あいさつには例年は言及されていた「非核三原則」という用語が見られず、戦争法案の中で自衛隊が行う「弾薬の運搬」の中に法案上では「核兵器の運搬」も排除されないとする中谷防衛相の答弁ともあいまって、参院で審議中の戦争法案に対する深い不信と怒りがいっそうかきたてられることになった。
原爆ドーム前では、「8・6ヒロシマ平和へのつどい」に参加した人びとを含めて午前七時四五分から集会が行われた。集会では沖縄の安次富浩さん、上関原発反対SLAP訴訟に取り組んでいる仲間、郵政ユニオンの仲間、安全保障関連法案に反対する学者の会から上野千鶴子さん、そして東京の反安保実、関西共同行動などの仲間から次々に安倍首相の押し進める戦争法制・原発再稼働などへの怒りの発言が続いた。
午前八時一五分、サイレンの音とともに「ダイイン」を行った参加者たちは、さらに八時四五分から平和記念公園から広島の中心街を中国電力本社前まで三〇〇人以上で「原発再稼働阻止・安倍政権打倒」のデモ行進。午前九時半から一〇時半まで中電前で「脱原発座り込み」と集会を行った。
「ヒロシマ平和へのつどい2015」の参加者たちは、さらに一二時からセッションF「反戦反核(無責任システム批判)運動の総括」と題して「まとめ」の討論を行い、「集会決議」を採択して三日間の討論をしめくくった。
安倍政権による改憲と「戦争法案」成立に向けた攻撃、「戦後七〇年」の安倍談話、沖縄の島ぐるみの反基地闘争、そして原発再稼働に対して多くの人びとが危機感をもって闘いに参加している。そうした中で、広島での集中した討議をこれからの闘いの中で生かしていこう。    (K)


もどる

Back