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    かけはし2015.年8月24日号

川内原発再稼働強行に抗議


8.11九電東京支社前でアピール

規制委の「審査」は無責任

安倍政権の責任を追及しよう


「電力資本の
言うがまま」
 八月一一日、九州電力はついに川内原発1号機の再稼働を強行した。川内原発1号機の再稼働により、二〇一三年九月以後一年一一カ月にわたって「稼働原発ゼロ」が続いていた日本で、ふたたび原子力発電が動き出すことになった。
 あの福島第一原発事故が、依然として「収束」にはほど遠い状況にあり、汚染水を垂れ流しつづけ、メルトダウンした燃料の在りかもわからず――すなわち空前の大事故の原因すら不明の状況の中で新規制基準にもとづく初の再稼働が強行されたのだ。言うまでもなくすべての原発が止まっていたこの二年近くの間、日本の電力は足りていた。電力会社のすべては黒字決算であった。
 ところで「新規制基準」に基づく規制委の審査の内実とはどのようなものだったのか。
 この間、再稼働阻止全国ネット事務局の一員としても活動してきた天野恵一は、この「規制委」がまさに電力資本のお先棒担ぎでしかない実態について次のように語っている。
 「なんと、あきれたことに、『工事計画』認可のための審査以前に、電力会社による工事は行われ続けていたのだ。こんな『審査』が、まともなものでありようがない。『認可』なき工事が許されるのなら……どのような『工事計画』のチェックができるというのか」。
 「また、九電が提出した工事の内容を示す書類(『規制委』がノーチェックでパスさせているもの)は、一応『公開』されてはいるが、重要なデータはまるごと白抜きで、オープンにされていない。『規制委』サイドは、自分たちは見ており、企業秘密なのだから、『白抜き』は問題ないと言い張っている。公開性の原則に立っているはずの『規制委』は、安全などとは口が裂けてもいえないことがバレるデータの開示を拒否している。電力資本の言いなりなのである。彼らはこの『白抜き』による偽装をすらチェックしないのだ」(「大噴火・大地震は自然界からの警告である―川内原発再稼働を止めよう!」(『ピープルズ・プラン』69号)。
 今回の川内原発1号機の再稼働強行、それに続く2号機、そして四国電力伊方原発、九州電力玄海原発再稼働への流れは、原発を二〇三〇年においても「ベースロード」電源として二〇%以上維持し続け、原発の輸出を「成長戦略」の不可欠の構成要素として維持し続けようとする大資本の利害のためであり、さらにその背後には「安保」戦略の隠された課題として「核兵器開発能力」の維持にしがみつこうとする狙いが浮かび上がってくる。

再稼働ラッシュ
にストップを
八月一一日の川内原発再稼働に抗議し、川内原発現地では八月九日に二〇〇〇人の結集で抗議の集会が行われた。東京からも一二〇人が現地行動に駆けつけた。さらに一〇日、一一日と川内原発ゲート前では全国から結集した人たちをふくむ数百人が抗議の意思を表明し続けた。
東京でも八月一一日の再稼働当日、首相官邸前、九電東京支社前などでの市民の抗議が行われた。再稼働阻止全国ネットワークは午後五時半から九州電力東京支社が入る有楽町の電気ビル前での抗議行動を呼びかけ、二三〇人以上の人びとが参加した。
川内原発は、その活動がとみに活発化している日本有数の火山帯が走る地域に位置し、三〇キロ圏の避難計画も整ってはいない。とりわけ高齢者、障がい者などの「要支援者」への避難については事実上放置されたままである。川内原発再稼働の是非を問う世論調査では反対が五七%(毎日新聞のアンケート調査)と賛成意見を大きく上回っている。
川内に続き伊方、高浜など一五原発二五基が再稼働の審査を申請しており、高浜3、4号機、伊方3号機は主要審査を終えている。しかし福島原発災害において東電幹部の刑事責任を問う告訴団の闘いで東電元幹部三人の強制起訴が実現したように、世論の趨勢は依然として「反原発」が多数であり、再稼働ラッシュをはねかえす脱原発の闘いを大きく作り出していくことは可能である。
戦争法案に反対する「安倍打倒」の民衆的気運と結びつき、原発再稼働阻止の行動を再構築しよう。(K)

8.9郡山市議選の結果について

被災地の困難な現状と低投票率

新しい政治的陣形の創出へ


 【福島】三八人の定数に六二人が立候補し大激戦となった郡山市議選は八月九日投票、即日開票で審判が下り、現職二六人、元職一人、新人一一人が当選した。上位には「組織」と「地元」を基盤に持つ候補が並んだが、現職三四人に七万票に対して、新人二七人に四万票が投じられ、新人は四割が当選、議長・副議長を歴任した「大物」を含む現職八人が落選した。全国的にもまれな立候補状況は、四年半にわたる原発震災・放射能汚染下の停滞ムードからの脱却、復興事業促進への参画、市政に新しい風を吹き込みたいとの意識傾向の表れといえるかもしれない。ただし、多数立候補で上昇するとみられた投票率は、過去最低となった前回(43・10%)と同程度の四三・八五%に終わった。

蛇石郁子さんの
当選かちとる
党派的には、最大会派の創風会(自民系)が一七、品川市長与党の新政会(自民・民主系混合)七と現状維持、公明は約一五〇〇票減らしたが一〇位以内に四人が入り、共産は三議席を維持、社民は労組票を固め票は増やしたものの四から三議席に、前回三議席の市民派は、郡山の未来をつくる会の駒崎さん、佐藤昌子さん(パナソニック派遣切り裁判原告)共に一〇〇〇票余りで届かず、虹とみどりの会の蛇石郁子さん(一七八八票)のみの議席となった。民主党公認の立候補はなく、社民を除いて連合推薦議員も姿を消した。
女性候補は、前回トップ当選の滝田春奈さんが育児と出産のため見送る中、九人中五人当選にとどまり、前回六人・一五%の女性議員比率は一三%に下がってしまった。
共産、社民、市民派はいずれも、脱原発、戦争法反対、介護・福祉の充実、格差是正等を掲げて闘ったが、全体的な争点となったとは言い難い。選挙結果は、相変わらず「身近」「組織」「地域・地元」「有力な男」が選択の優先基準として続いていることを示している。この状況は、意気を阻喪させるが、それに負けて何にもしないでは事態が悪化するだけである。選挙戦でのスローガンを運動として展開し続けること、一一月の県議選、来夏の参院選に向けた陣形を創り実践すること、それらを通じて政治勢力として自己を確立していくことが市民派、左派に求められていよう。(世田)

コラム

「パイプのけむり」を読んで

 連日三五度を超すのにエアコンがさっぱり利かない。不動産屋さんとはスケジュールが折り合わず、交換してもらう日が決まらず暑さで往生している。
 気持ちを紛らわすため、神保町の古本屋で購入した団伊玖磨の『パイプのけむり 27』を読んでいる。『パイプのけむり』は彼が一九六四年から二〇〇〇年一〇月まで、今は廃刊となった『アサヒグラフ』に長期連載した人気のエッセーをまとめたもの。機会があったら是非読んでみたいと思っていた。偶然ではあったが「27」は「さよなら パイプのけむり」で、文字通り最終号である。一読して人気の秘密が分かったような気がする。彼は同世代の好奇心を揺さ振り、時には喚起し、場合によっては彼流に問題意識に応えるのである。文章が丁寧で分かり易く、その上すぐれた観察眼を持っている。博学であり人脈も広い。それは二〇〇〇年九月一五日号の「広州にて」などの紀行文、一九九九年三月五日号の「菜の花畑」の自然観察などに見事に表現されている。このエッセー集の人気を一言で言うと「彼は彼の世代のあこがれ」であり、「同世代の知識人と呼ばれる人たちの体現者」なのだ。芥川也寸志、黛敏郎、武満徹と並ぶ音楽家という職業も含めて。
 彼はエッセーの中で敵対者をつくらないし、責任を問うことを避ける。この点は活動家である私から見ると問題の核心を曖昧にしているようで物足りない。それは「社会」「政治問題」で際立っている。二〇〇〇年九月一日号の「風化」を取り上げてみよう。
 冒頭、「世間が夏の高校野球に浮かれているうちに、ごんと一発、五十五年目の敗戦の日、八月十五日がやって来た」の書き出しで始まり、そして「……終戦の語を以って敗戦の語と摩り替える事を行った。同じような事は、占領軍を進駐軍という一段とヴォルテージの低い語に摩り替えて用いる事となった。何とも情け無い事である。敗戦は敗戦。占領軍は占領軍と正しく認識し、直視する事が如何に大切であったかは、その後も続く事になる歴史的認識の意図的曖昧さの醸成を許さぬ態度に撃がった筈である」とき然として述べる。全くその通りだと思うのだが、彼は「終戦、進駐軍」という言葉がなぜ定着したのかという知識人内の論争には絶対に参加せず沈黙する。この頃作家の高見順は「自国の政府により当然国民に与えられるべきであった自由が与えられず、自国を占領した他国の軍隊によって初めて自由が与えられた」と主張していたが、それを無視するようにやり過ごすのである。そして「風化」の後半では戦争の原因は「例えば人口の爆発的増加が一因ではなかったか、……これが他国への侵略の引き合いになったのではないか」というふうに誰も否定できないが、戦争責任が特定の政治団体・個人に向かうことを回避する。こうした態度の取り方が「知識人が生き延びるための方策」だと暗示しているようだ。
 「27」を一冊読んだだけなので断定するわけにはいかないが、多くの点での「配慮」は彼の生い立ちと彼の職業にも由来しているようにも思われる。彼の父は戦前財界の重鎮であったが血盟団によって暗殺されたという事実、そしてそれを取り囲む「家系」、すべてを象徴する湘南の白亜の住処、音楽家という華やかな職業、それが「知識人の中の知識人、団伊玖磨」であり「パイプのけむり」だと思う。(武)



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