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    かけはし2015.年8月31日号

誰のための解雇 誰のための安全


日本航空 御巣鷹山事故から30年
8.10JAL不当解雇撤回シンポ

安全の要はモノ言う労組
労働者を職場に戻せ!



 五二〇人が犠牲となったJAL一二三便の御巣鷹山事故は、三〇年前の八月一二日に起きた。単独機では史上最悪の事故だった。その三〇年目を前にした八月一〇日、日本教育会館ホールで「JAL不当解雇撤回シンポジウム 8・10明日への誓い 誰のための安全なのか 何のための解雇なのか」が開かれた。この悲劇をあらためて教訓とし、航空安全に果たす現場労働者と労働組合の死活的役割を再確認し、そのためにこそJALの不当解雇を必ず撤回させようとの趣旨で、「日本航空の不当解雇撤回を目指す国民支援共闘会議」が主催した。

無事故への努力
踏みにじる経営
パネラーは、ジャーナリストの安田浩一さん、JR西日本書記長、国労本部副委員長を歴任した田中博文さん、JAL原告団客乗団長の内田妙子さん、JAL原告団乗員副団長の飯田裕三さん。
安田さんは、さまざまな労働現場の取材に基づいて、「稼ぐ」が高唱される中で進む現場の弱体化が恐怖支配を媒介に安全の弱体化に帰結する論理を指摘、それゆえにこそ恐怖支配をはね返す労働組合が問われると観点を展開。田中さんは、JR西日本福知山線の尼崎事故時書記長であった経験を土台に、労資癒着は問題意識自体をもなくし、様々な規則も闘わない限り風化すると闘うことの重要性を強調、その上で国鉄不当解雇撤回闘争の経験にも立ってJAL不当解雇撤回の展望について発言した。
内田さんと飯田さんは、JAL一二三便事故にいたるJALの重大連続事故の歴史とその間の異常な労務管理を振り返りつつ、それゆえに一二三便事故直後JALは、「四つの誓い」という経営方針を掲げたことをまず確認。ちなみに「四つの誓い」とは、絶対安全の確立、現場第一主義、公正明朗な人事、労使関係の安定・融和だ。このうち三つは明らかに労務管理に関係しているが、ここからは、当時経営者自身が事故と異常な労務管理の切り離せない関係を自覚していたこと、をはっきりと見て取ることができる。二人は、しかしその後、特に経営再建の中でこの誓いは捨てられたも同然となって今があること、その中で邪魔物としてモノ言う労働者が解雇されたこと、そして現場が今不安全事象が歯止めなく続く状況にあることを厳しく指摘した。
そして飯田さんは、「利益なくして安全なし」「御巣鷹山事故はトラウマ」などの稲盛発言を、一二三便事故以後現場が重ねてきた努力を踏みにじるものだと強く批判し、職場には今現場へのレスペクトのない会社に対する不信が充満し要員流出が止まらない(世界的な極度のパイロット不足がそれを後押し)、安全確立だけではなく運行確保のためにも解雇問題の解決が最も有効な鍵と指摘した。
また内田さんは、先の四つの誓いに会社丸抱え多数組合のJALFIOが公然と反旗を翻した(要するに、これまで同様自分たちを優遇してきた差別処遇を維持せよとの要求)ことが負の遺産となっていると指摘、社会的使命を果たせる組合としてCCUを何としても現場で強固にしたいと力を込めた。

「規制緩和」が
大事故を誘発
これらの観点は、新聞労連委員長の新崎盛吾さんの進行により、書面で出された会場からの質問にも応える形で多角的に議論され、経営から独立し経営にとっては邪魔になる労働組合が、公共交通の安全にとって、ひいては企業の存続にとってもいかに重要であり死活的か、が浮き彫りにされた。特に安田さんは「労働組合は社会的存在であり、その自覚に立って何としても見える闘いをやってほしい」と繰り返し強調した。
公共交通は世界的に「規制緩和」が先頭を切って進められた産業部門だ。近年この部門で、航空機、船舶、鉄道を問わず大事故が頻発している。その背景を貫いて「規制緩和」が影を落としていることは容易に推測でき、中でも労働者の地位の貶めと発言権抑圧は、安全を阻害する核心的要因として指摘できる。
その意味で今回の企画はまさにタイムリー。六〇〇人の参加者は、質問を通した議論参加を含め各パネラーの発言に真剣に聞き入り、労働組合の重要な役割への認識をあらためて共有すると共に、JAL不当解雇撤回への決意を新たにした。       (神谷)

8.8-92015山谷夏祭り

天候に恵まれ盛り上がる

音楽、盆踊りで楽しさ満喫


 【東京北部】八月八日、九日の両日、玉姫公園で山谷夏祭りが行われ、多くの仲間が参加した。昨年は台風が上陸する中での祭りとなったが、今年は天候に恵まれ成功した。
 八日初日、実行委員会の仲間は一一時に山谷労働者福祉会館に集合し、打ち合わせのあと、物資の運搬と設営を行う。
 玉姫公園では盆踊りのヤグラ、屋台、そしてトラックの荷台を利用してのステージや照明などが次々に作られていく。
 そろそろ夏祭りの雰囲気が漂い始める頃には、反原発のデモなどに参加しているブラスバンドのノラ・ブリゲートの仲間が演奏しながら山谷地域一帯を回り、ビラを手渡して夏祭りをアピール。ドヤの仲間たちも思わず窓から身を乗り出してくる。
 今年もアルミ缶の交換が行われ、Aコースは相場よりも少し高い一キロ一五〇円で一人一〇キロまで、Bコースはアルミ缶一〇個で「五〇ワッショイ」(50円券)と交換。
 屋台はビールなど酒類が一〇〇円(ウーロンハイは無料)のほかは五〇円で統一されているので、お金のない仲間でもアルミ缶を拾ってくれば祭りを楽しめる。

様々なジャンル
の音楽が共演
四時半の共同炊事と共に祭りがスタート。この日のメニューは豆腐と茄子のマーボ丼。
山谷争議団の仲間の開会あいさつの後、実行委員会の仲間の乾杯でステージも始まる。
この日のステージは昨年も来てくれた仙台のフォーク歌手、苫米地サトロさん、三・一一では自らも被災しながら歌い続けている。続いて一九六〇年代からフォークを歌い続けている中川五郎さん、今回で二回目の登場だ。最後は山谷夏祭りには何回も出てくれている、缶カラ三線の岡大介さん。昭和歌謡や壮士演歌などを現代によみがえらせ、歌い継いでいる。
最後は恒例の盆踊り大会。山谷の玉三郎を先頭にヤグラの周りに輪が出来る。
翌九日は二時半に公園に集まり打ち合わせ、前日と同じように四時半から共同炊事、この日のメニューはカレーライス。
ステージはカラオケから、約一〇人が自慢ののどを披露した。続いて初登場のロックバンド蟹座。そして夏祭り恒例のswingMASAさん、死刑廃止運動などにもコミットしているサックス奏者で、ニューヨークのハーレムと大阪を拠点に活動している。
この日も盆踊り大会で盛り上がり、今年の夏祭りは終了。その後、その日のうちにすべての撤収作業を終えた。(板)

8.10一坪反戦が官邸前行動

辺野古工事一ヵ月停止
から建設自体の断念へ

 八月一〇日、沖縄・一坪反戦地主会関東ブロックが呼びかけて、首相官邸前で辺野古の基地建設強行を無期限にストップし、計画そのものを断念するよう求める行動が行われた。言うまでもなく、八月四日に菅官房長官が行った八月一〇日から九月九日まで辺野古の工事を一カ月停止し、沖縄と集中的に協議を行うという発表に対応するものである。翁長沖縄県知事も、工事中断中は辺野古の「埋め立て工事中止命令」などの行政措置を取らないことを確認した。
 安倍政権の「工事の一カ月停止」の発表が、戦争法案への批判の高まりと連動した辺野古工事強行への反対世論のいっそうの拡大をかわそうとする「政局的」配慮から発せられたものであることは明らかだ。「沖縄一坪関東ブロック」の木村辰彦事務局長は「今回の工事中止は、沖縄での海上阻止行動・基地ゲート前座り込みなど、現地のねばり強く拡大する運動を基礎にした島ぐるみの闘い、そしてヤマトでの戦争法案反対の波に追い詰められている安倍政権の危機の表現だ。われわれは一カ月の『工事中止』ではなく、工事の永久の中止と辺野古基地建設の断念を求める」と訴え、「工事中止」を利用した安倍政権の巻き返しのたくらみに警戒してさらに安倍政権を追い詰めよう、と強調した。
 沖縄環境ネットワークの花輪伸一さんの発言に続き、反安保実行委を皮切りに参加した各グループからの連帯発言が続いた。そして最後に、辺野古実の仲間から戦争法案反対国会一〇万人行動とともに、九月一二日の国会包囲行動への大結集が呼びかけられた。        (K)

コラム


ともに撃ちつつ……

 「戦争法案」に反対する大衆運動が衰えることなく持続している。ここには二つの政治意識がからみあい、「アベ政治を許さない」という一本の筋につながっているようだ。
 そのひとつは、「殺すことも殺されることも拒否する」という根強い平和意識。それは、戦争が具体的な姿をとって間近に迫っているというより、かつてのアジア侵略戦争を正当化する安倍政権(「首相府」といったほうが妥当だろう)が、戦争ができる国家に向けて舵を切ろうとしているという危機感だ。
 もうひとつは、法案の法的正統性への強い疑念。安倍は集団的自衛権行使を閣議で合憲と解釈し、内閣法制局長官の首をすげかえてその合法性を自作自演した。だが、多くの憲法学者から「法案は違憲」とされ、首相府からは「法的安定性なんて関係ない」という本音が漏れ出てきた。だから、安倍政権の発する言葉の一つひとつが誤魔化しで信用できないという印象を、多くの人びとに拭いがたく植えつけてしまったのだ。
 安倍にとって「戦争法案」は憲法改悪の部分的先取りであり、労働者派遣法や労働基準法などの労働法制改悪をつうじた「世界で一番企業が活躍しやすい国」、いいかえれば「世界で一番労働者が生きづらい国」づくりと一体のものである。
 今のところ、国会周辺の行動では、共産党、社民党に加えて民主党議員さえも廃案と安倍退陣をアピールしている。他方で自民党は、岩手県現知事の無投票当選を受け入れ、今国会での残業代ゼロ法案=労基法改悪を断念し、辺野古新基地建設一カ月「休戦」という姑息な対応をした。創価学会内部で法案に対する疑念が出ているようだが、上部からの指示がなければ動かないこの会の性格からして、あまり期待はもてない。逆に、民主党内部に「共産党と一緒に行動すべきでない」とする圧力が絶えず働いていることは軽視できない。
 こうしたなか、復古主義的な「自民党憲法草案」があらためて注目されている。憲法を軽視してゴリ押しで「戦争法案」を通そうとする安倍は、「護憲か改憲か」という従来の対立軸さえも変えてしまった。集団的自衛権行使容認の前に改憲すべきという順序の問題を超えて、そもそも憲法は国家を縛るものか国民を縛るものか、つまり立憲主義か否かを問うものになってきた。そしてまさに「自民党憲法草案」が立憲主義を真っ向から否定していることが、あらためて注目されているのだ。
 ここ数年、自民党は六人に一人の有権者にしか積極的な支持を受けていない。にもかかわらず、衆議院で自公合わせて三分の二以上、参議院で過半数の議席を有している。そのうえでさらに安倍は、憲法からも議会からも自民党からさえも統制されにくい首相府の主導で「戦争法案」を成立させようとしている。しかもその内容は、時の内閣の判断で武力行使できるという「首相府独裁」ともいうべきものなのだ。
 こうして、「ブルジョア自由主義」対「ボナパルチズム」という古典的な対立軸が形成されていく。この大局から召還することなく、ともに撃ちつつ別個に進む道はどこにあるのか? 首相府は何のために、どんな戦争を準備するのか? そんなことを考えながら、ガタピシ軋む老骨を街頭に運ぶ昨今である。   (岩)


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