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    かけはし2015.年9月7日号

       実体は不安定雇用の拡大政策


永遠の糊口、青年の雇用20万人

公企業でも新入社員の賃金を30%削減


詭弁に満ちたプロジェクト案

 7月27日、大韓商工会議所で「青年の就業機会20万+プロジェクト」政府―経済界協力宣言式が行われた。その席で、青年の働き口を20万個増やすという政府の計画が発表された。財界の人士たちも積極的に協力していくと応じた。仕事の場を作っていくというのだから、良いことではないのか。よくよくその内容を見てみれば、そんな言葉はあっと言う間に消え去ることとなる。その場で出てきた話の数々をまんじりともせず夜を明かして批判してもまだ足りないけれども、たった一言に要約することはできる。「もっと少ない賃金で、もっとクビ切りやすく!」。
公共部門で4万個の働き口を作るというのはそれとして、あとの16万個というとてつもない数の働き口が、どこでどうやって作られ得るのか、疑わしい。説明を聞いてみると、16万個の働き口のうち7万5千個はインターン、5万個は職業訓練および仕事と学習の併行制度だと言う。結局、16万個のうち12万5千個は不安定労働だ。それでさえも、このような働き口にも財界は恩着せがましく、偉ぶっている。「労働市場の構造改革がキチンとできるのかによって、結果は違ってくるだろう」と語る。ここで言う「労働市場の構造改革」とは、現在よりもさらに労働市場を柔軟に仕立てあげることだ。非正規職1千万人の時代が既に到来したというのに、連中はここでもっと非正規職を作らなければならないと言っているのだ。

さらに青年を喰いものに


強いデジャビュー(既視感)を感じないわけにはいかない。働き口を増やすという名目で青年の雇用を不安定労働へとバラバラ粉々にした後、利益は企業が思いのままに分配しあうこのようなヤバウィ(ぺてん、詐欺のたぐい)、初めてのことではない。私が常日頃「青年労働の大虐殺」と呼んでいる大卒初任給の削減の事態が、この分野の元祖だった。時は2009年、米国発の経済危機によって韓国社会もまた騒がしかった時節だ。
2009年1月15日に行われた第2次非常経済対策会議でイ・ミョンバク大統領は「苦痛分担の次元から、賃金を安定させ実質的に雇用を増やす『ジョブ・シェアリング』(Job Sharing)についての具体的な代案を考え出せ」と指示する。かの有名な「青瓦台(大統領府)地下バンカー会議」だ。同年2月26日付「マニー・トゥディ」の報道によれば、その席で「大卒新入社員の初任給を下げる案が具体的に論議された」という。
青瓦台バンカー会議から1カ月ほど経過した2月25日、全国経済人連合(全経連)は30大グループ(財閥)の採用担当役員らが出席した「雇用安定のための財界対策会議」を開く。そこで全経連は大企業新入社員の賃金を最大28%削減するという計画を発表し、「人件費の削減を通じてインターン職員をもっと採用するための働き口わかちあい」だと発表した。数日後、公企業の経営陣たちも「新入社員の賃金を最大30%削減するだろう」と宣言し、大卒の初の就業者に向けた「大虐殺」が本格的に始まった。
政府や財界は「苦痛の分担」だの「雇用の安定」などのような言葉を吐き散らすけれども、どう見ても真っ赤なウソだった。「みんなが大変だ」と言いながら、財閥の役員らの年俸を削減したという話は、どこからも聞こえて来はしない。かの「働き口の分かちあい」の実体は、初めて社会に進出する若者たちの取り分を奪い、そのカネでもっと多くの非正規職労働者(インターン)の賃金を支給するというもので、雇用の安定どころか雇用の不安定をさらに倍加する最悪の措置だった。
時間当たりの賃金は据え置くが労働時間を減らして働き口を分かち合う「ワーク・シェアリング(Work Sharing)であるならば雇用安定という言葉は、それなりに説得力があったはずだ。だが当時、全経連がやったことは、青年層正規職労働者の賃金だけを一方的に削減して非正規職を増やすというものなので、「働き口の分割」(Job Splitting)と呼ばれなければ正確ではない。ある社会の政治権力と経済権力が特定世代全体の取り分を即座に横取りした、例えようもなく卑劣に世代間搾取の事例だった。
このようなことが繰り返されるのは、すべて理由がある。政府は雇用統計上の数値が上がるのが良いし、企業は本来は青年労働者の取り分に返さなければならないカネをむしろ取ることができるので良い。激しく抵抗する勢力もいないので、同じやり口を言葉だけ変えて続けているのだ。結局、毎回被害に遭うのは青年たちだ。連中、韓国の政治・経済権力は青年らの手足をみなもぎ取って食らい、後はどうせこうなったのだから頭さえももいでくれと事もなげに言うのだろうって。(「ハンギョレ21」第1073号、15年8月10日付、「今週のキーワード/青年の雇用20万」パク・クォニル/コラムニスト)

労働者階級政党推進委員会声明

警察庁は機動隊の栄養士を正規職にせよ

栄養士を使い捨てにするな 

 警察庁は、機動隊の担当栄養士の中で勤続2年目を迎える1期栄養士37人に対して、6月30日付で契約の解除を通知した。2010年警察庁の国政監査では、機動隊の給食費(1食当たり1940ウォン)が小学生の給食費以下であったという事実、各部隊における栄養士と調理師の配置率がたった8・2%という事実が明らかになり大きな社会的な反響があった。それに対して国会は2012年警察庁予算案議決当時、全国138カ所の機動隊集団給食所を対象に、2015年までに3カ年にわたって順次栄養士を採用、配置することを決定した。警察庁は今回、その決定によって採用された栄養士の雇用契約を集団で解除したのである。
 これまで、不衛生な調理環境と栄養度外視の貧弱な食堂等の問題により、警察庁の機動隊の給食はひどいものだった。2013年から栄養士が配置されたため、これらの問題が次第に改善され始めた。栄養士の配置前には定期的な清掃や管理がされていない調理室フードは油がぽたぽたとしたたるほど不潔で、しっかりとした調理器具も備えていないところが多かった。
 採用当時、全国の警察庁配下の機動隊に配属された栄養士の数は44人に過ぎなかった。栄養士の多くは3、4箇所の機動隊を掛け持ちして良質の給食を提供するために全力を尽くした。その結果、機動隊の劣悪な調理環境と供給の実態は目に見えて向上した。
 一年単位で再契約をする不安定な雇用条件で1カ月120万ウォン(約12万日本円)にもならない最低賃金水準の賃金ながらも栄養士たちは、採用当時に無期契約職への転換を何度か約束した警察庁を信じてきた。しかし警察庁は、1期栄養士の契約満了直前で、突然前言を翻した。
 一期栄養士の無期契約職への転換を1カ月後に控えた今年5月8日、警察庁は「2015年6月30日付で契約を終了する」と一方的に通知した。集団解雇の問題の追求が噴出すると、予算不足を理由に無期契約職転換不可の立場を固守した。
 警察庁のこのよう無責任な対応は、さらに常時で継続的な業務に従事している公共部門の労働者を2015年までに正規職(無期契約職)に転換するように促す政府のガイドラインにも反するものである。予算不足を口実に警察庁栄養士を正規職に転換する責任を果たしていない警察庁は、早急に問題に向き合うべきである。
 また、政府の行政機関である警察庁が機動隊の栄養士の集団解雇を強行しようとする事実だけを見ても、政府の非正規職対策がいかに欺瞞に満ちているかが明らかである。朴槿恵政府は、仮にも非正規職問題を解決しようとしているのであれば、政府傘下の機関で行われている期間制労働者の集団解雇を直ちに撤回するべきである。

朴槿恵政府は、公共部門の非正規職労働者を即刻正規職に転換せよ!

 口先では非正規職問題の解決をうんぬんしながら、実際には公共部門を筆頭に全労働者の雇用と労働環境をさらに悪化させるのに余念がない朴槿恵政府の反労働政策を葬り去るために、われわれは最後まで闘い抜いていく。
2015年6月8日

労働者階級政党推進委員会

コラム

呑み鉄乗り鉄 恐山居酒屋紀行 其の壱

 じゃーん。お盆休みを使って下北半島の霊山恐山に行ってきた。それも鈍行列車、汽船、バスを乗り継いだ三泊四日の遠回り。単純に東北新幹線と大湊線を使えば、最短で五時間もあれば到達できるのに、へそ曲がりなボクはあえて年甲斐もなく「青春18切符」を使って恐山へ向かったのだ。
 恐山と言えば、よくあの世と現世を結ぶ「イタコ」を連想する輩が多いが、ハッキリ申しあげてイタコはいつもはおりませぬ。イタコの口寄せが行われるのは七月の大祭と一〇月の秋詣りのときだけ。しかも八戸や青森からこの期間中だけ出張してくるのだという。また、恐山菩提寺は、イタコについて全く関与していない。口寄せが始まったのは戦後になってからのことだと聞いた。きっと恐山の醸し出す地獄極楽の風景と、イタコが持つ霊的な力がどこかで結びついたのだろう。
 ボクが恐山に詣でるのは今回で二回目、三〇年ぶりのことだ。当時の手帳を見ると五月の連休を利用し、磐越西線、羽越線、五能線を乗り継ぎ、弘前に一泊。電通労組の仲間と桜祭りで大酒を呑み下北に向かったとある。まあ、今とやっていることは同じです。進歩はまったくありませんな。
 さて、今回はというとダイヤ改正のお陰により18切符一枚で青森(日本海まわり)まで行けるようになったと知ったのがまずかった。「よしゃ、行ってやるぞ」と呑み鉄乗り鉄の精神的昂揚がボクの沸点を超えたのだ。しかし、一日で青森に到達するためには、東京を早朝五時台に出発する高崎行に乗車しなくては無理。そこでボクは一計を案じ、前夜に高崎まで進出することに決めた。翌朝七時台の高崎発水上行きに乗れば列車ダイヤはすべて青森までつながるからだ。
 ボクが乗り鉄とあわせて止められないのが呑み鉄である。もっともボクの呑み鉄は列車の中というより、旅先での居酒屋探訪。もちろん昼も夜も関係ない。呑みたくなったら呑み時をモットーにしている。そしていつも目指すのは少しねっとりした地元の店。観光客などひとりもいない居酒屋が一番だ。
 お盆前の一一日、仕事を早めに切り上げ高崎へ。投宿後、ふらふらと当たり前のように呑み屋街に向かうボク。もちろん土地勘はない。しかし、嗅覚というか酒覚というか、路地の奥に見つけました「庄助」というお店。店名の雪洞に導かれ、のれんをくぐり引き戸を開けるとカウンターと左手に座敷一間。親父さんがひとりで切り盛りしている小料理屋である。先客は馴染み客の青年がひとり。ボクはカウンターの丸椅子に腰掛け、親父さんの「ちょっと待っていて」と手を動かす合間に、壁に貼られたお品書きをじっくりと眺めると、ありました気になる一品が。刺身、焼き魚など五品ついて何と一五〇〇円というお一人様セット。酒はホッピーひと瓶に、中が三杯ついたホッピーセット九〇〇円に決定。注文すると、「観光?」と親父さん。18切符で青森まで行くと話すと、鉄道好きらしく、手を動かしながら「羽越線は、海沿いを走るからいいよね」とうれしいお言葉。鉄道の四方山話に花が咲き高崎の夜は更けていく。肝心のお会計は、ホッピーセットをお代わりして締めて三六〇〇円という安さだった。〈話しの続きは次回に〉
(雨)

 


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