もどる

    かけはし2015.年9月21日号

今進展中の労働者民衆の急進化を止めるな


ギリシャ

総選挙についての声明

自立した反資本主義左翼潮流
の建設こそが今の緊急課題だ

OKDE―スパルタコス


 
 以下の声明は二〇一五年八月二九日にOKDE―スパルタコス(第四インターナショナルギリシャ支部)によって発表され、英文訳は九月三日、彼らのウエブサイトに掲載された。

 (1)

 シリザ―ANEL(独立ギリシャ人)政権は、オヒ(ノー)運動並びに国民投票の疑問の余地ない結果を挑発的に無視し、第三次メモランダムに合意し、その実施計画を作成し、またそれを採択した。シリザは、ギリシャブルジョア階級と欧州のブルジョア階級、また「誠実な歩み寄り」に類したいかなるものにも余地を与えなかったその圧力の側に立って、一連の大緊縮諸方策と私有化を適用する義務を引き受けることになった。そして彼らは、同様の義務を負った他のあらゆる政府とまったく同じに、反メモランダム戦士に対する抑圧、警察の暴力、また裁判と一体的に、あらゆる犠牲を払ってもこれらの方策を強制する、と決定した。
この情勢はどこか分からないところから生まれたわけではなかった。これは、深く根を張ったブルジョア国家の政治的管理および階級協調という政策から来る、正常で予測可能な結果だ。そしてその政策は、綱引きのより強い側、資本家階級の側の利益に導くのだ。
労働者階級の戦闘的な諸部分は、シリザの政策に関する、あるいはその政権の結果そうなると噂されたシステムへの破壊的な展開に関する幻想から、抜け出そうとしている。シリザ自身の諸機構は、その基礎と指導部の党員たちの、日々の引き上げによって分解しつつある。

 (2)

 シリザの危機は、継続的で国際的な資本主義の諸危機に直接に結びついた、この政治システムのより広い深刻な危機の一部だ。そしてそれらの危機は、この国では、極度に暴力的な爆発形態となったのだ。
以前のメモランダブロックを構成し連合したブルジョア諸政党は、前述したシリザの危機に乗ずることができないように見える。新民主主義(ND)は、メイマラキスの暫定的な指導性の下での再建という試みを延期しつつある。この者は、対立する諸分派間の一時的調停者以上の者ではまったくない。ポストヴェニゼロス期のPASOKは、パパンドレウ時代の元指導部メンバーを党に戻るよう説得するという、ゲニマタ指導部による試みにもかかわらず、かつての栄光に戻る機会はすべて失っている。
もっとも若く、ブルジョアジーにはもっとも好まれている政党であるポタミは、自分では政権参加を準備中だ。しかし彼らは、一つの政府を率いる潜在力をもってなどいない。DIMAR(シリザからの分裂組織である民主左派党、ND、PASOKとの連立に参加したが、その後離脱:訳者)を憶えている者は誰一人いず、ANELもおそらく同じ運命にさいなまれるだろう。
こうしたことを背景に当座ブルジョア階級は、より信頼に値する諸政党と協調する政権という枠組みにおける、階級的志向を変えたシリザ以外に、オルタナティブをまったくもっていない。

 (3)

 オヒ運動はシリザの意図にもかかわらず、社会内部の極めてくっきりした意見の衝突を明らかにした。一定の間運動にとっての混乱として作用した議会主義的幻想に起因する最初の受動的な立ち位置にも関わらす、労働者および被抑圧諸層の運動が前線に戻った。それは、システムの中に新たな裂け目をつくり出し、メモランダ諸方策に反対する将来の闘争に向け重要な遺産を残した。戦略の真髄となるものは、この潜在力の枠組みの中にある。
ブルジョア国家、EU、そして資本主義それ自身の諸機構との衝突を欠いたメモランダと緊縮への反対という論理は、その限界を示すことになった。新たなメモランダに導いたものはチプラスの政治的ほら吹きではなく、システムとの衝突を欠いた緊縮との対決という政策だ。諸々の危機の中にある資本主義が意味するものは、緊縮と労働者に対する諸攻撃であり、これこそが、あらゆる最初の「反メモランダ」声明にもかかわらず、システムを管理しようと試みる全政府の政策となるだろう。
今日これは以下のことを意味している。つまり、「オヒ」戦線あるいは「最後までオヒ」戦線であってさえ、ストライキや日々の闘争における共同行動のレベルでは必要となる可能性があるとしても、政治的レベルでは完全に不十分だろう、ということだ。

 (4)

 反資本主義左翼が言うべきことでもっとも重要なことは、運動には、これまでの年月の労働者と若者たちによる諸闘争との結びつきを作る、そうした新しい局面の切迫した必要性がある、ということだ。行動における統一、並びに闘いを求める人々すべての協調には、最高の重要性がある。われわれは、現場の諸委員会、自己組織化、さらに集中された協調を必要とし、それはその基盤となっている人びとに服さなければならない。こうした諸構造の中では、闘争に参加する意志があるすべての潮流が、すなわち、KKE[共産党](彼らの頑固な拒絶にもかかわらず)、民衆連合、議会外左翼諸組織、アナルコサンジカリストとアナーキスト諸グループが歓迎されるだろう。
アンタルシアは、オヒ運動で果たした中心的役割が残した重要な遺産をもって、この運動を導くことができ、またそうしなければならない。同時にそれは、その政治的、組織的独立性、反資本主義の特性とその綱領を維持しなければならず、それは可能だ。われわれは運動では共に進み、政治的には別々に歩む。幅広い運動内部で区別された極である権利を求めることに、セクト主義にあたるものはまったくない。

 (5)

 移民および難民との連帯は、この運動にとっては一つの重要かつ中心的な目標でなければならない。彼らは、戦争や経済的締め殺しから逃れるために自らの命を危険にさらしているわれわれの階級的兄弟なのだ。難民としての避難、移民すべての合法化と彼らの全面的な権利、国境の開放、さらにまともな住まいと食料支給を求める諸要求は、階級的連帯の基本的な義務だ。運動は、国家、EU、またファシストのレイシズムに対決して、外国人労働者との階級的連帯の壁を築き上げなければならない。レイシズムの毒を吐き出すことによって政治的復帰を果たそうと挑みつつある「黄金の夜明け」には、どのような余地も残してはならない。

 (6)

 しかしながら運動のこうした新しい局面は、千日手にいたるという危険の中にある。それは、この国には対立し合う階級はいないかのような、「国にとっての善」と再結集という、愛国主義的な階級間連合路線という袋小路だ。それは、新たな議会戦略であり、はっきりさせられるべきだがそれはある人びとにとっては、議会に入るための、あるいはそこにとどまるための機会となっている。これらの袋小路は、そのように見えるのだが、P・ラファザニスの下の「民衆連合(PU)」という新たな戦線によって表現されている。
その左翼に向けたPUのシリザ放棄、そして新たなメモランダムに反対する抵抗という彼らの意図は、疑いなく前向きな進展だ。この新戦線は、その基盤に一定数のメンバーを抱えることになり、いくつかの労働組合(および同時にそれらの官僚たち)とつながりをもつことになるように見える。
しかしPUの政治的特性は彼らの善意の意図によって判定されるわけではない。それは、シリザの政治的特性がそれらによって確定されなかったこととまったく同じだ。ラファザニスの反メモランダの、愛国的、民主的、進歩的戦線は、綱領的に、労働者、失業者、また被抑圧層の真の必要からは大きく遅れている。
彼らはメモランダムとユーロに反対しているが、メモランダとユーロに対するシリザの全面的な傾倒を導きだしたものすべてを拒絶しているわけではない。つまり、政権奪取優先論、国家の管理と改良、国民的団結の論理、シリザ選挙綱領それ自身、といったものは否認されていないのだ。その上この組織は、見たところシリザの指導部構造と緩い組織を模倣している以上、それほど民主的であるようにすら見えない。したがって、言明されている諸々の意図とは異なり、PUの客観的な機能は、シリザを離脱している人びとの急進化の封じ込めだ。

 (7)

 シリザに関する幻想が崩壊した後のこの潜在的な急進化は、これが階級意識の前進的飛躍に向かうことをあり得るものとする。そしてそれは、直後における運動経験と関係するだろう。
アンタルシアは、直近時期の政治路線や組織機能の問題があるとしても、ある程度の重要な戦闘的部分を引きつけ、運動内部での認知と聴衆を獲得し、反資本主義左翼の中心点や参照点になることが何とかできてきた。PUの改良主義によって起きるかもしれないような、急進化しつつある労働者階級部分がその進路の中間地点に釘付けされる余地、それを与えないことが今日の反資本主義左翼の義務だ。
同時にアンタルシアは、改良主義の陳腐な指導部との交渉に反対している、こうした戦士たちの新しい層すべてを鼓舞し、それを結集しなければならない。

 (8)

 時を同じくして、PUが代表する政治的論理の圧力はアンタルシア内部でも強まっている。これはたまたまの問題ではない。事実の問題としてこれは、MARSとアル・アラヴァノスのプランBとの連携を既に押しつけてきた同じ戦略の論理的帰結だ(これらはPUにすぐさま合流した最初の勢力であり、この方向を何とか阻止してきた、とこの時まで思い描いてきたアンタルシア内のすべての者たちに失望を与えたこともまた、注目すべきことだ)。
それは、OKDE―スパルタコスが長い間述べ闘ってきた人民戦線戦略だ。MARSはラファザニスに向かう一歩以上のものではまったくなく、そう理解しなかった者たちすべては今、この方向をよく検討しなければならない。「共通の方向」への言及は、反資本主義戦線は乗り越えられ、われわれは今やもっと幅広い左翼の戦線――これは今日オヒの政治戦線となる可能性があると考えられる――を必要としている、との考えを基礎にしていた。この路線はもはや、政治的に独立した反資本主義の極を追求する計画とは両立できない。

 (9)

 PUとの政治的また選挙上の協力がありそうもないことははっきりしている。いずれにしろ問題がそこに関係する限り、折り合える点はまったくなく、これは、PUとアンタルシア間諸討論を通して鮮明となった。関係した問題は、何人かの同志たちがそこに彼らの批判を集中させているのだが、そして今日、反EU闘争は非常に重要なのだが、それでもEU離脱の要求を掲げる点で彼らが強調点を低めたことだけではない。
主要な問題はPUの中心的な路線と関係している。つまり、それが事実上元々のシリザへの回帰以外ではまったくなく、その選挙を通じた政権獲得戦術プラス国民通貨を求める要求、の路線になっているということだ。PUの展望は、資本主義内部における自足的国民的生産力再建の一段階であり、その高名な党員たちすべてによって確実に確証されることができる何ものかだ。
反メモランダ、反ユーロ綱領は今日、ブルジョア階級のどのような部分からも容認される可能性はないという議論、それゆえPUは客観的に反資本主義の方向に動かざるを得ないという議論は、一月にシリザを支持した諸潮流の議論以上に妥当性があるわけではまったくない。当時それらは、債権者団の容赦のなさがその政権を決裂に進むよう押しやるだろうと考えたのだ。そしてあらゆる者たちが何が起きたかを見ることになった。
予想可能な綱領的両立不可能性と並んで、PU自身の政治的特性が、アンタルシアの反システムイメージと特性を深刻に掘り崩すと思われるがゆえに、彼らとの政治的連合を有害なものにするだろう。PUの指導者たちは、改良主義および労働組合主義官僚制の中での仕事という長い歴史をもっている。そして特につい先頃、国家の官僚制と深く関係を結んだ。
その特質は、四人の閣僚たちの六カ月の業務、つまりEL・PE(ギリシャ石油会社)の事案、スコウリエス金鉱山事案、ピレウス港におけるコスコの投資、イスラエルとの軍事連携に関係した業務、その上に、極右のANELとの政権連立への賛成投票、また二〇〇八年一二月運動に対する弾圧の指導者P・パヴロウポウロスのギリシャ大統領の地位への選出に対する支持投票、これらだけで十分だ。
これらの理由からわれわれはOKDE―スパルタコスとして、PUとの政治的なまた選挙上の協力にそのはじめから、そして綱領的な必要条件に基づけばなお一層、同意しなかった。そしてわれわれは、新諸方策に反対する共同行動に向けた一つの呼びかけを逆提案した。
PUとの協力はいずれにしろ、戦術的な面でも何の意味もなさない。PUは一月のシリザに反して、政権を求めて挑んでいるわけではない。それゆえ誰も、力関係全般を変えるために彼らに賭けることはできない(われわれとしてはこれらの批判基準を共有してはいないとしても)。その上反資本主義左翼は、指導的な個人、名称、指導部などといったすべてがそれらのための討論にゆだねられているというような、その戦線内部でのヘゲモニーに向けた競合で、政治的重みを得る何らかの機会を前にしているわけでもない。

 (10)

 来る総選挙でのわれわれの主な目標は、今後の闘争に役に立つ、あらゆる種類の改良主義から独立した、戦闘的な反資本主義左翼の出現だ。選挙をめぐる期待と議会主義の幻想という一サイクルは終わらなければならない。それは、街頭への復帰のスローガン、および労働者と被抑圧層が自らに立脚して立ち上がる必要性を携えた、そしてシステムとの全面的な衝突を求める、独立した(あるいは望むらくは、そこにまだ参加していない革命的な諸組織と共に拡大された)アンタルシアだ。
アンタルシアが独立した選挙キャンペーンを選択した場合、選挙に関してPUへの参加を選択する組織やメンバーがもはやアンタルシアには同時に留まれないことは、言うまでもない。アンタルシアは今日われわれの権利を求める闘争は資本主義それ自身に反対する戦争であるということを理解している闘士たちのための空間である以上、そこには二重の政治ゲームを演じる者たちの余地はない。
選挙での飛躍に向けたどのような幻想ももたない、労働者権力の路線と一体となった、真に反資本主義的な過渡的綱領を基礎とした選挙キャンペーンは、アンタルシアを左翼へと導き、それ以前のごまかしを克服することを助ける可能性をもっている。指導部多数派にとってこの路線は、経験主義と確かとは言えない基準に基づく選択となるだろうということ、それゆえその選択は過去にわれわれが見てきたこととまさに同じく、将来における脅威となるだろうということ、われわれはそれを承知しつつも、提出済の集団的起草成果である「反資本主義かつ革命的アンタルシアのために」の全般的方向での一致の中で、アンタルシア内部での反資本主義的/革命的潮流の形成に向けて闘う。(二〇一五年八月二九日) 

追悼

フランソワ・ヴェルカマン

わが同志の死を心から悼む

ダニエル・タヌロ/トーマス・ウェイツ

  第四インターナショナルで指導的任務を負ってきたフランソワ・ヴェルカマンが約三カ月前に亡くなった。享年六九歳。大きなニュースが続くなか掲載が遅れたが、遅ればせながら訃報をかねたベルギー支部の同志による簡単な追悼文を掲載する。ヴェルカマンは、一五回世界大会任務報告起草者であり、特にこの大会を前後する時期のインターナショナルの路線設定に重要な役割を果たした。また、一九九六年の労働者欧州マーチ組織化でも中心的な組織者だった。(「かけはし」編集部)

 われわれの友人であり同志であったフランソワ・ヴェルカマンは、二〇一五年六月一六日死去した。フランソワは何年も病床にあり、最後の数カ月はある研究所で医療を受けてきた。彼は、彼のパートナーであるリーが見守り、彼の愛する者たちの愛情に包まれる中で安らかに去った。
 フランソワの意識的な政治生活は、搾取され抑圧された者たちの解放に向けた闘争に全面的に捧げられた。アントワープの港湾労働者の家庭に生まれたフランソワは、極めて若い時期に革命的マルクス主義と第四インターナショナルに獲得された。彼は、労働者階級に関する深い知識、大きな歴史的文化および戦略的な見方を通して、最初はベルギーで、次いで欧州で、急速に第一級の一指導者として自身を確立した。
 フランソワはベルギー支部内部では、特に労働運動の強さと弱みのすばらしい分析から、特にFGTB(ベルギー労働総同盟)の彼が「抵抗的改良主義」と名付けたものから注目された。数多くの労組活動家たちは、浅薄さのないやさしさをもち、権威主義のない教育的な彼の洞察から利益を得てきた。
 第四インターナショナル内部ではピエール・ルッセと共に、アムステルダムの国際教育・調査研究所(IIRE)の設立に参加した。彼はその中で、ロシア革命および彼がおおいな称賛者であったレーニンの思想に関する彼の知識を完全なものにした。
 フランソワは彼の最後の活動年月の中で、彼の強みと知性を「欧州専制原型国家」の分析並びに欧州反資本主義左翼(EACL)建設に投じた。彼は大陸の一方の端から他の端へと常に旅しながら、特にイタリアのPRC(共産主義再建党)、スコットランドのSSP(スコットランド社会党)、デンマークの赤緑連合、ポルトガルの左翼ブロック、さらにフランスのLCR(革命的共産主義者同盟)間の結びつきの建設に精力的に関わってきた。
 二〇〇五年フランソワは、彼の精神的父親であったエルネスト・マンデルを記念した、彼の死の一〇年後のシンポジウム組織化に重要な役割を果たした。彼を知った人びとは、気さくで希望に溢れ、解放の大義に全面的に献身し、栄誉やそれを追い求める者たちを軽蔑した一人の男の記憶を今も持ち続けている。
 フランソワは手強くかつ非妥協的な議論好きだったが、論争の中では、彼が人生を捧げた原則や理念の部分を決して捨てない、そうした者だった。特別な偲ぶ会がブリュッセルで二〇一五年七月三日に開催予定だ。この場でわれわれは、フランソワの人生をすぐさま思い返すだろう。
 われわれはLCR名で、リーとフランソワの家族に心からの深いお悔やみを表す。闘争は続く。


もどる

Back