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    かけはし2015.年9月28日号

クルドへの攻撃を直ちに中止せよ


トルコ

人民民主主義党(HDP)の訴え

緊急に国際行動を要請する

政府は軍事的な弾圧を止めよ

 トルコのエルドアン公正発展党(AKP)政権が、クルド運動への大々的な抑圧に乗り出している。それ以前に進行していたPKK(クルディスタン労働者党)との和平協議も反故にしPKKへの軍事攻撃を一挙に強化した。その直接的な動機は、六月総選挙で喫した大敗北(本誌七月六日号参照)からの巻き返しであり、クルド運動=テロリズムとの印象をすり込み、先の選挙で大躍進したHDPを議会外に排除しようとの、完全な党利党略だ。したがってHDPに対する暴力的襲撃も、政権の暗黙の支持を受けて頻発している。以下はこの状況に対してHDPが国際社会に向けて緊急に発したアピールを掲載する。(「かけはし」編集部)

反政府派全体が
弾圧の対象に


トルコは度を増して内戦に陥ろうとしている。AKP暫定政権(六月総選挙でAKPは過半数を割り、その後の連立交渉が不調に終わったことを受け再選挙が決まったが、現政権はその時までのいわば選挙管理内閣:訳者)が導く形で、六月七日の総選挙後、暴力による政治がエスカレートしてきた。今日、PKKとトルコ国家との和平交渉過程は停止し、再度戦争が始まった。
先月それだけで、シロピ、リセ、セマデンリ、ユクセコヴァ、ジズレなど数多くのクルドの都市で、激しい衝突が起きた。これらのところでは、住民が国家の部隊から標的にされた。次々に起こる衝突の中で、市民、ゲリラ兵士、また国家治安部隊メンバーが何十人と死亡した。七月二四日以後AKP暫定政府は、そうしていると主張しているようにはISISを攻撃したことはなく、その代わりにクルディスタン地方政府領域にあるカンディール山域を、加えて、クルド人、民主勢力、民主政治、市民、女性、そしてトルコの全体としての反政府派を攻撃してきたのだ。
トルコ国家とAKP暫定政府は、それらが軍事作戦に乗り出したクルド諸都市への出入りを禁じ、電話とインターネットを含むあらゆる通信を遮断し、現地で何が起きているかに関する真実が国内と国外の注意を引くことを阻止するために、報道陣とフリージャーナリストたちを立ち入らせないなど、あらゆる種類の抑圧手法を実施しつつある。
先週二一人の市民が殺害されたジズレ地域では夜間外出禁止令が実行に移された。ジズレ地域は何日間も包囲され、そこでは、食料、水、基本的な医療の利用、負傷者に対する予防処置は深刻な不足状態にあり、その上国家治安部隊によって殺害された人びとの埋葬さえ満足にできていない。ジズレにおける市民虐殺の怖れに関する深刻な懸念が、何人かの議員、また市民社会諸組織から表明されてきた。

全国でHDPが
襲撃されている


この極めて暴力的な情勢の中で、AKPスポークスパーソンおよび親AKPマスメディアによって、HDPもまた標的にされてきた。わが党の公職者たち、特にわれわれの共同議長はほとんど毎日、彼らの「民族主義的で愛国的な」民衆に向けて、標的として置かれ続けている。AKPの数多くの呼びかけと声明は、対HDP戦争に向けた召集に合図を送り続けてきた。AKPのこの暴力的な主張が導いた結果として、数都市におけるわれわれの建物は多くが、レイシストとファシストグループと関係している人びとのグループから攻撃を受けた。彼らは九月八日、アンカラのわが本部を襲撃し建物に火を点けた。特に、わが党の文書と記録が標的にされた。この攻撃では負傷者は一人も出なかったが、わが本部は今深刻な損害を受け、使用に耐えなくなっている。
現在まで党の建物一二八個所以上が全国土で攻撃を受けてきた。その上、警察と国家の他の治安機関は、攻撃を止めるという彼らの仕事をしなかった。改めて強調するが、HDPは、こうした暴力に基づく、戦争志向の諸政策の側に立ってはいない。われわれはHDPとして、戦争の決定作成過程にはどのようなものにも参加しなかった。逆にわれわれは、PKKとトルコ国家双方にこの武力衝突をやめるよう圧力をかける試みを続けている。そして知っておかなければならないこととして、戦争政治を強要し、全土で反民主的手法を実行し続けているのはAKPなのだ。

中東・トルコ・クルド地域に平和を


これらの逆行的な展開にもかかわらずわれわれは、即時停戦と和平の話し合いをもたらすことへの支援と連帯に向け、すべての国際社会、市民社会組織、そして国際メディアに呼びかけを発する。われわれのアピールは同時に、度を増す国家的暴力、人権侵害、そしてクルド諸都市に加え国の西部地域の諸都市における反民主的諸行為と諸方策に反対する、緊急行動を求めるものでもある。
われわれは今、中東、トルコ、そしてクルディスタンの永続する平和の実現達成のために、かつて以上に国際的な公衆の支援を必要としている。われわれはこうした文脈の中で、すべてのわれわれの友人たち、諸政党、市民団体、ネットワーク、市民社会諸組織、全平和愛好勢力に、われわれとの連帯した行動を訴える。われわれはあらゆる民主的な機関と勢力に、自身の民衆と市民に対するトルコ国家の暴力並びに反民主的な諸行為に反対する具体的な歩みを進めるよう訴える。
(二〇一五年九月一〇日)

HDP対外問題委員会

(「インターナショナルビューポイント」二〇一五年九月号) 

アメリカ

バーニー・サンダース候補支持者への公開状

永続的戦争機構との対決を

ソリダリティー

 

 「ソリダリティー」は、労働者階級と抑圧された民衆の「下からの社会主義」を支持する革命的社会主義者によって一九八六年に創設された。二〇一一年、同組織は第四インターナショナルの支持組織になることを決定した。(「インターナショナルビューポイント」編集部)


戦争と平和を
語ってはいない
 政治的革命が人間的要求に応じるためには、米国の戦争機構と軍産複合体のために使われる何十億ドルもの大金を取り戻さなければならない。それではバーニーの立場はどうなのか。
 民主党の大統領候補指名を得るためのバーニー・サンダースの選挙運動は、多くの聴衆を獲得してロケットのような勢いで発進した。米国における企業の貪欲、不平等、すさまじい社会的不正に対する彼の批判は、興奮と情熱の渦を生み出している。バーニーは、自分が社会主義者であり、彼の政策の多くが、「一%」の支配的な資本家たちや民主党指導部には受け入れられないことは明白だと、公然と語っている。わが国のシステムの何が間違いなのかと彼が述べていることは、とりわけ若者たちや経済危機に打ちひしがれた労働者の情熱をかきたてている。そして疑問含みでスタートした彼の運動は、「黒人の命が大事だ」運動につながる重要な一歩を勝ち取った。さらにレイシスト警察による暴力との闘い、「法執行官(警官)」の軍隊化や「刑務所―産業」複合体との闘いと結びつき、歓迎を受けている。
 しかし経済的・社会的公正を求めるサンダースの政策には、欠陥がある。彼の選挙政策は、いわゆる「外交政策」――戦争と平和、軍事支出、巨大でグローバルな米軍基地網、悪名高いグアンタナモ拘留センター、パレスチナとイスラエル、あるいは中東のすさまじい戦争からの難民をめぐる危機について語っていないのだ。これは抽象的な話なのではなく、幾百万人の生死にかかわる課題であり、バーニー・サンダースが呼びかけている「政治的革命」や大衆的な「草の根」運動の希望にとって、決定的に重要な根本問題なのである。

われわれ自身の
独自の政党が必要
秘密予算の不承認――その半分以上がペンタゴンに関係している。明らかにしよう。人間の必要に応じる経済、環境破局に向かう資本による強制的な死への行進を止めるための経済の建設は、世界的な軍事機構――その約半分は米国が自分で作り上げたものだ――への支出を大幅に削減することなしには不可能である。米国政府の全機密支出の約五四%が、ペンタゴンの戦争機構に使われている。
二〇〇三年に設立された、イラク侵略に反対する約一六五の労働組合の連合組織であるUSLAW(戦争に反対する米国労働者)は、以下の請願を回覧している。われわれは、すべての人びとがこれに署名するよう訴える。
「バーニー・サンダース様。エリザベス・ウォーレン様。そしてすべての進歩派の皆様へ:われわれは、われわれの政治的支持を求めるすべての人びとが、ペンタゴンのお偉方、軍部の取引相手、多国籍企業、軍産複合体よりも、私たち民衆の福祉とこの地球を優先する国家安全保障の新しい定義を明快さと情熱をもって力強く語るよう求めます。――戦争に反対する米国労働者(USLAW)」。
独立した政治的行動を行っている社会主義組織であるソリダリティーは、民主党や共和党候補のだれも推薦しない。われわれは、いずれの党も大企業と利潤のシステムに奉仕していると考えている。われわれは、九九%であるわれわれの独自の政党と、多数の人びとに向かって語りかけるわれわれ自身の独自の政党が必要だと考えている。それは、サンダースと彼の支持者の運動が、政治体制を揺り動かし、われわれの政治的未来にとって決定的に重要な課題を提起しているという事実を無視するということではない。

軍事への沈黙は
民主党への配慮か
実際、われわれは独立した社会主義者として運動してきたバーニー・サンダースの実績、そしてバーリントン市長、バーモント州選出の下院議員そして上院議員としての活動を賞賛してきた。そして高齢者の要求を代表した上院における彼の努力に拍手を送ってきた。バーニー・サンダース上院議員のウエブサイトは、彼が上院議員として戦争と軍事主義の決定的問題に関して沈黙していたわけではないことを示している――全くそんなことはなかった。
それならなぜ、サンダースの大統領選運動のウエブサイトは、こうした問題に完全に口をつぐんでいるのか。彼が自分の見解を個人的に変えたと考える理由はない。むしろわれわれは、永続的戦争機構や米国の軍事侵略という問題については、彼が選挙運動で闘うことを望まないと判断したと考えるのだ。それは陣営内の「不和」を生じさせ、経済的公正を求める彼の呼びかけを、民主党内で分散させると考えたのかもしれない。
無所属ではなく民主党として立候補することを決めたことで、サンダースはこの資本主義政党の枠組みの中で罠にかかってしまった。民主党は軍産複合体の強い影響下にあり、米国が世界一の帝国主義パワーであるという運命を信じている。バーニーの沈黙は、彼の政策が、若干のバリエーションはあるものの、基本的にはバラク・オバマ、彼の国務長官であるヒラリー・クリントン、ジョン・ケリーの継続であると当然にも想定させる。たとえばドローン戦術を「注意深く」継続するといった彼の幾つかの声明は、この想定と矛盾しない。
サンダースの沈黙は、人道主義の原則への裏切りであり、人間のニーズに応える経済建設という目標と完全に矛盾する。バーニー・サンダースの支持者はこの沈黙を認めるべきではない。米国の戦争機構の致命的なまでの過剰への批判は、われわれすべてが望む政治的革命の不可分の一部である。

緑の党の運動に
注目すべきだ
われわれソリダリティーは、一%の非人間性に反対してラディカルな変革のために闘うという、あなたの願いと約束を共有する。しかしわれわれの側が、われわれの利害を代表する意思などない二大政党を支持し続けるのなら、われわれは決して勝利しない。なぜなら彼らは一%によって所有され、支配され、買われ、支払われているからだ。われわれが必要としているのは、勤労人民が九九%の利益のために活動する新しい、独立した政党である。
われわれは独立政治の支持者として、緑の党のジル・ステインの大統領選挙運動に注目するよう訴える。バーニー・サンダースの運動が終わっても、ジル・ステインと緑の党はその場にとどまり、利潤よりも人びととこの地球を優先するグリーン・ニュー・ディールのプログラムを継続していくだろう。その中で、われわれ自身の間で、そして資本主義が作り出したこの窮地から抜け出す道を探し求めている幾千万人ものアメリカ人に向けて討論を続けよう。
二〇一五年九月一〇日
(「インターナショナルビューポイント」サイト 二〇一五年九月号)

イラク

新たな希望の風

宗派主義NO!民族主義NO!

民主主義と社会公正を求めて

ジョセフ・ダヘル

 七月末以来、イラク市民に対するいわゆるイスラム国による継続的なテロ攻撃にもかかわらず、首都のバグダード並びに国の南部にある数都市で大衆的な民衆デモが起きている。それは主に、この国の腐敗と支配的な宗派諸政党の政治的破綻を厳しく非難するものだ。デモ参加者の要求には注目すべきことに、議会の解散、イラク国家組織に対する聖職者支配を終わらせること、さらに宗派割り当てを終わらせる憲法修正が含まれていた。デモ参加者たちはまた、継続的な失策、停電、公共サービスの悪化、社会的不平等の増大をも強く非難した。
 この広範に広がる怒りの底にある原因は、そしてその怒りの源はもっとはるかに深いのだが、何よりも権威主義の高まり、および社会的公正の欠如であり、そこには、イラク人の三五%以上が貧困ライン以下で暮らしていることが付随している。その上で、バスラ市北部に位置する地域への電力供給を求めた抗議行動に対する、治安機関とシーア派の反動的民兵による弾圧もまた、抗議の種火に火を点けることになった。この弾圧は、一人の死と四人の負傷を引き起こしたのだ。
 政府に連なる保守派諸政党と宗教界の人物が、日和見的もくろみとしてまた運動をなだめやめさせようと、彼らの支持者を動員もせずに、この大衆的な抗議への参加を呼びかけたということがあったとしても、その最大の部分が若者からなり、相当な数の女性の参加のあったこのデモは、全体としての政治システムに異議を突き付けていた。
 こうした数々の大衆的なデモは、スンニとシーアの住民間分割に反対し、ある種の信仰告白国家に反対して一つの世俗国家を求めて、また女性の権利と平等を求めて声をあげ、さらに宗派的諸政党に対するはっきりとした糾弾を呼びかけている。そこで掲げられたプラカードには特に「議会とイスラム国は同じコインの裏表」「ダーイシュは君たちの腐敗から生まれた」「人間は宗教ではなくパンと尊厳によって生き延びる」「宗教を名目に彼らは盗賊のように行動している」「宗派主義ノー、民族主義ノー、人道イエス」「宗派主義と民族主義の体制には腐敗に終わりはない」……といったものが印されている。

イラク政府こそ
ISを誕生させた
前首相のノウリ・アルマリキは、彼の諸々の犯罪と腐敗事件を裁判にかけるよう要求するスローガンを唱和した抗議行動参加者によって、特に標的とされた。二〇〇六年から二〇一四年まで彼が権力の地位にあった八年間は、腐敗に対する十分な証拠のない摘発、権威主義、さらにスンニ派住民の周辺化によって大きくそこなわれたのだが、その彼は今もイラク政権内に、特に治安機関と様々なシーア派民兵に重要な影響力を保持している。
一つのイラク議会調査もまた、イラク第二の都市モスルの陥落に前首相のアルマリキと他の将校三五人に責任があった、と見出した。この都市は二〇一四年六月、何の抵抗も受けずにISが手中にしたのだ。彼に対する告発は特に軍の最高首脳である司令官としてのものであり、彼に奉仕するものとして軍の中央集権的支配を追求し、特に能力よりも忠誠心に基づき選択した司令官を指名することで軍を弱体化する点で重要な役割を果たした、ということだ。
前首相と、あるいはまたイランイスラム共和国(IRI)に結びついた民兵は、バグダードやカルバラといった都市で、抗議活動参加者をナイフで襲うことも実際躊躇しなかった。その間当地の治安機関は何もせず、結果として特にバグダードでは三〇人以上の、またカルバラでは数十人の負傷者を残した。

カルバラ市でも
大衆が決起始まる
これに加えて、シーア派の所在地として高度に象徴化されたカルバラ市でも、イラク政府に対するイランの支配的影響力とこの国の国内問題に対するその干渉を、「カルバラは自由だ、テヘランは出て行け、出ていけ!」と唱和しつつ、大群衆が躊躇せず糾弾した。それは、「民衆決起勢力」という名のシーア派民兵グループとシーア派聖職者が、イランの最高指導者であるアリ・カメネイを称えるスローガンを唱和した後で起こった。ちなみに先の民兵グループは、イスラム国との戦闘のために、IRIの将校の直接的支援を受けてイラク政府が組織し訓練している。そしてこのグループがその時にデモ参加者を襲撃したのだ。
カルバラ市ではデモに立ち上がった人びとがその二、三日後になっても、州と地方政府庁舎を襲おうと試みたが、治安機関が彼らを追い払った。
この大規模な民衆的運動にはまた、私有化に反対し、より良い労働条件を求める、いくつかの部門の、特にエネルギー部門と工業分野のストライキが伴われていた。

いかなる抑圧をも
乗り越えて進もう
シーア派のダワイスラム原理主義運動出身のハイデル・アルアバディ首相率いるイラク政府はこの抗議行動に、新たな反腐敗法の採択によって、またいくつかの重要な政治的職務(特に三人の首相代理、さらにノウリ・アルマリキを含む三人の副大統領)並びに閣僚と議員の特権をなくすことによって応じ、この運動を止めようと試みた。議会が提案した計画もまた、公職者の警護員多数の「即時かつ包括的な削減」、公職者に与えられている「特別支給」の廃止、最後に「宗派割り当て」の廃止を扱っていた。この計画は、政治家はもはや宗教や民族の関係にしたがってではなく、「彼らの能力、正直さ、経験」にしたがって選出される、と提案している。
それにもかかわらずこれらの方策はおそらく、単なる宣伝であり、イラク民衆諸階級の高まる憤りを静める一つの方法にすぎない。なぜならば、宗派体制の主要な受益者はこれらの法を採択した当の議員たちであるからだ。
われわれは民主主義と社会的公正と平等を求め、宗派主義に反対する闘いの中にあるこのイラクの諸大衆への連帯を示さなければならない。彼らたちこそ、数々の現地の抑圧に耐えてきたのだ。その抑圧は、サダム・フセインの独裁から二〇〇五年以後権力を握った宗派的で反動的な諸部分に、加えてISにいたる抑圧であり、さらにIRIや湾岸首長国、国際的な帝国主義という地域への干渉からも来ている。最後のものの中で特筆すべきは、一九九一年の禁輸以後二〇〇三年からの軍事侵攻と占領まで続く米国の介入だ。
イラクにおける大規模な民衆的抗議行動は、血塗られた独裁と反動的な諸勢力によって支配され壊された、この地域内に現れた希望の兆候だ。

▼筆者は、現在スイスのローザンヌ大学の博士課程の学生をしつつ助手も務めている、「シリア革命的左翼」のメンバー。(「インターナショナルビューポイント」八月号)


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