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    かけはし2015.年10月5日号

今こそ国交正常化実現へ


9.13

「日朝ピョンヤン宣言」13年

分断克服と緊張緩和への努力を




膠着状況をどう
克服すべきか
 二〇〇二年九月一七日に小泉首相と金正日国防委員長による首脳会談が行われ「日朝ピョンヤン宣言」が発表された。「宣言」では「日朝間の不幸な過去を清算し、懸案事項を解決し、実りある政治、経済、文化的関係を樹立することが、双方の基本利益に合致するとともに、地域の平和と安定に大きく寄与するものとなるとの共通の認識を確認した」として、「国交正常化を早期に実現させるため、あらゆる努力を傾注すること」が表明されたのであった。そしてその「宣言」の精神に従ったかたちで、拉致被害者五人の「一時帰国」が合意されて、翌月一五日にそれが実現されたのであった。
 その「宣言」から一三年が経った。昨年の五月に「日朝ピョンヤン宣言にのっとって……国交正常化を実現するために、真摯に協議を行った」とする「日朝
ストックホルム合意」が発表された。しかし事態はまったく進展することはなかった。
 こうしたこう着状況が続くなか、九月一三日、四谷のアカデミー茗台で「ピョ
ンヤン宣言一三年―日朝国交正常化を求める九・一三集会」が同実行委員会の主
催で行われた。集会には八〇人ほどの参加があった。

ソウル1万人
集会に参加して
集会は主催者を代表して日韓民衆連帯全国ネットワーク共同代表の渡辺健樹さんのあいさつから始まった。
渡辺さんはまず「戦争法案との対決も正念場をむかえており、また辺野古新基
地建設工事も強行的に再開された」として、安倍政権と持続的に対決していくことの重要性を強調した。また八月四日に韓国側の非武装地帯で起きた地雷爆発事
件と、その後の南北軍事緊張状態のなかで開催された八・一五ソウル一万人集会について触れ、その集会で主張されていたのは「米韓軍事演習を中止することと、安倍政権に対する危機感だった」と報告した。さらに「朝鮮半島の人々にとっては日本の敗戦は南北分断七〇年であり、朝鮮戦争がいまだに停戦状態であることを考えると戦後すらない。アジアの人々と対話と交流を深めることこそが重要なのではないか。日朝国交正常化のために運動を進めよう」と発言をしめくくった。

「永住帰国」決定
の裏側で何が?
続いて高嶋伸欣さん(琉球大学名誉教授)による講演。「拉致問題で歪む日本の民主主義―日朝ストックホルム合意と安倍政権」が行われた。
高嶋さんの講演は日本軍慰安婦問題報道に象徴される、日本のマスコミに対する鋭い批判に貫かれるものであった。
北朝鮮による日本人拉致が明らかになり五人の拉致被害者が「一時帰国」してから、日本のマスコミは「北朝鮮が一方的に悪い」というキャンペーンを行った。それは日本の朝鮮植民地支配や強制連行・慰安婦問題などの戦争責任を棚上げし、朝鮮戦争における在沖をはじめとした在日米軍基地と米軍の兵站となった日本の戦後復興の現実を無視するものであり、その後も南北朝鮮の政治・軍事的な緊張関係を煽りつつそれを利用してきた日本の戦後政治を覆い隠し、それらの反省の芽を根絶させかねないものであった。
拉致被害者はそうしたキャンペーンに徹底的に利用された。「ピョンヤン宣言」で合意された拉致被害者の一〇日間ほどの「一時帰国」は、北朝鮮に家族を「人質」として残したまま帰国九日目に小泉政権は「永住帰国」だと発表した。外交合意が反故にされたわけだ。こうした二枚舌外交によって次の一手は封じられた。
資料として添付された朝日新聞(一五年九月六日)の当時官房長官だった福
田康夫元首相への取材記事は実に興味深いものだ。「日朝間の交渉では、あくまで五人は『一時帰国』であり、滞在は一〜二週間を目途とすることで合意していた。……中山(泰子内閣官房参与)氏は『国の意志として戻すべきではない』と主張。福田氏は『北朝鮮に残された(被害者の)家族や子供たちに危害を加えられたらどうするのか』と考え……『……まず、何よりも本人たちの意向を確認すること』を求めた。……今度は安倍晋三、古川貞二郎両副長官らが『五人を戻さない』との方針を掲げた文書案を持って官房長官室に来た。福田氏はそこでも五人の意向を聞いたかを尋ね、確認するよう指示した。……安倍氏が官房長官室に駆け込んできた。『携帯(電話)で全員の確認を取りました。帰らなくてもよいということでした』との報告を受けた。福田氏は『それならば』と五人を戻さないことを決め、小泉首相に報告をあげることにした。……小泉氏は黙ってうなずき了承した。その直後に政府は正式に『永住帰国』を発表した」。
そしてその後、小泉政権は「一時帰国ではなかった」という情報操作を続けた。しかしこうした見え透いた情報操作に対して、日本の主要マスコミはまったく対
抗することができなかったのである。
来年七月の参院選に向かって、安倍政権は何としても政権支持を高めようとしてくるだろう。第二次の「拉致被害者帰国」は大きなカードになる。北朝鮮もそのことは十分に承知しているはずだ。

ウィメン・ク
ロス・DMZ
ノレの会による民衆歌「反戦・反核歌」、「ソウルからピョンヤンまで」の元
気な合唱に続いて、特別報告「沖縄基地問題と朝鮮半島の平和を考える―朝鮮半
島の北から南へ非武装地帯を越えた各国女性たちの行動―ウィメン・クロス・D
MZに参加して」が行われた。
報告者の高里鈴代さん(基地・軍隊を許さない行動する女たちの会共同代表・元那覇市議)は、七〇枚ほどの写真などを示しながら女性たちの行動の目的や行動の様子を報告した。
一五カ国の女性平和運動家約三〇人が参加した「ウィメン・クロス・DMZ(非武装地帯)」は、五月二四日(朝鮮戦争が開始された日)正午ごろ、北朝鮮側のDMZを通過して韓国の地を踏んだ。しかし板門店を歩いて渡るという計画は、韓国政府の不許可によってバスで京義線を通過することになった。
行動のすべてが女性たちによって仕切られた(通訳も含めてすべてが)。ピョンヤンの出発式は八〇〇〇人の朝鮮女性たちが「women walk to end the Korean war」の横断幕を先頭に掲げる三〇人の行進を見送った。ケソンから板門店に入り、韓国側に入ってから韓国女性たちと合流してDMZをみんなで行進した。
「平和は可能だ」、「小さな一歩が世界を変えられる」という深い思いを胸に
して、「停戦協定を平和協定に、離散家族の再会、制裁処置の撤回、戦時暴力の禁止、慰安婦女性の正義樹立、朝鮮半島の和解と統一」という内容を盛り込んだ「平和と統一のための宣言文」が発表された。高里さんは最後に、日本の戦争責任と沖縄の米軍基地の存在を考えると、沖縄から参加した意義は大きかったと語った。
集会は最後に許すな!憲法改悪・市民連絡会の高田健さん、VAWW RAC事務局長の山田恵子さん、「高校無償化」からの朝鮮学校排除に反対する連絡会の森本孝子さん、韓国良心囚を支援する会全国会議事務局長の石井寛さん、在日韓国民主統一連合副議長のソン・セイルさんからアピールを受けて終了した。        (R)

九・二横堀現闘本部
撤去不当判決糾弾!

三里塚空港に反対する連絡会

 九月二日、千葉地裁(金子直史裁判長)は、成田国際空港会社が三里塚芝山連合空港反対同盟(柳川秀夫代表世話人)に対して横堀現闘本部撤去と土地の明け渡しを求めた訴訟(朽廃建物収去土地明渡請求事件)で、空港会社の請求を追認する不当判決を言い渡した。
 加瀬勉さん(三里塚大地共有委員会代表)は、次のような抗議声明を発表した。
 「―三里塚・不当判決に断固抗議する―我々、反対同盟の横堀闘争本部の土地と建物を鉄板で取り囲み、出入りする私道を消滅させ、『その土地と物件を明け渡せ』とする千葉地裁の今回の不当判決に断固抗議する。我々は寸土も、空港株式会社、国家権力に土地と建物を明け渡すつもりはない。我々は、原発の再稼働に反対し、沖縄辺野古の基地建設に反対し、安倍内閣の戦争法案に反対する人々と共闘、連帯し、三里塚第三滑走路建設計画の野望を阻止するために、さらに戦いを進めてゆく決意である。二〇一五年九月三日」。
 現闘本部の土地は最高裁の不当判決(一三年四月)によって空港会社が所有権を強奪したが、本部建物と各私有物について一切触れることができないでいた。だが空港会社は、羽田空港新滑走路供用開始による成田空港の地位低下、アジア国際空港競争の劣勢挽回のための三〇万回離発着、空港拡張、安全軽視の格安航空会社(LCC)の誘致、離着陸制限時間の緩和圧力を強めながら東京五輪による航空需要拡大などと称して過大需要をデッチ上げ「第三滑走路建設計画」キャンペーンを展開するほどだ。つまり、あせりに満ちた現れの一つが横堀現闘本部撤去なのである。この本質は、過密運行、安全軽視、環境・人権破壊、空港公害の拡大に満ちたものだ。
 地裁は、歴史的に空港公団から空港会社の主張を追認してきた。この延長上において本件裁判の争点を「本件請求が権利の濫用に当るか」と設定し、以下のように反対同盟の反論を排除して、「空港会社の請求を権利濫用という被告の主張を採用することはできない」から「横堀現闘本部撤去と明け渡し」を行えと命じたのだ。
 第一に判決は、(現闘本部を)「承認をしたと評価すべき事実を認めるに足りる証拠はない」と決めつけているが、ならば空港会社の「(一九九八年)一月に開催された旗開き以降は一切使用していない」という主張と整合性がないではないか。空港会社の「所有権に基づく妨害排除請求権の行使」の主張に対して反対同盟は「権利濫用に該(あた)る」と反論したが、横堀現闘本部の存在を認めていたことを前提にしているからこそこのように主張したはずだ。これは完璧な「証拠」である。
 反対同盟は、現闘本部を一九九八年一月以降も諸々の行事や会合で使用していた。だが二〇〇六年七月〜八月、空港会社が横堀十字路から本部に至る通路をバリケードを設置して封鎖を強行し、現闘本部の使用・管理権を剥奪した。そもそも空港会社の「一切使用していない」という主張そのものがまったくの嘘であることが真相だ。
 地裁は、空港会社の道路封鎖強行という「権利濫用」によって現闘本部が「朽廃状態」に追い込まれた事実を無視し、「請求権の成否を直接に左右するものではなく」などと強引に反対同盟の主張を排除し防衛するのである。反対同盟の現闘本部の現状確認のための検証請求も空港会社の「不要」を採用したことにも連動している。

 判決の反動性の第二は、成田空港シンポジウム(一九九一年)、円卓会議(一九九三年)を通して(元)熱田派反対同盟の農民に対し、今後『あらゆる強制的手段』によらないと約束しているにもかかわらず、現闘本部が存在する「横風用滑走路の計画用地及び地上通路の用地の取得については、少なくとも、強制的手段を用いない旨が明確に合意されているわけではない」と根拠も提示せずに「約束」を切り離してしまった。
そのうえで一坪共有地裁判の「全面的価格賠償の方法による共有物分割」を前面に押し出し、「信義違反」の事実をことごとく排除した不当判決を土台にして空港会社の土地強奪を防衛しぬき、現闘本部の「土地が原告の単独所有に帰していることを前提として審理するほかない」と居直るほどだ。ダメ押しで「円卓会議において用いられてはならないこととされた強制的手段に当たるとは解し難い」と強調する始末だ。

 反対同盟は、空港会社の「信義違反」と「権利濫用」の証拠として@黒野社長の「暫定滑走路に関わる謝罪」(「回答」〈二〇〇五・五・九〉/「東峰区の皆さまへ」〈同〉)/A公団の浅子直樹用地業務推進室長(当時)が北原派反対同盟に属する共有分割請求訴訟での記者会見(二〇〇二年一二月二四日)で「他の共有地については引き続き任意交渉し、訴訟で取得を求めるのは今回が最後である」と述べていた(毎日新聞〇二・一二・二五)ことを提出した。
ところが地裁は、「これらの情報に接した被告の構成員が、本件各土地や本件建物に関し、原告から訴訟されることはないとの事実上の期待を抱いたとしても、そのことのみによっては、本件請求が権利の濫用であることを基礎付けるに十分ではないといわざるを得ない」と手前勝手に判断し、黒野発言と浅子発言という明白な証拠を「期待を抱いたとしても」などと罵倒し投げ棄てたのである。
判決は、「仮執行の宣言は、相当でないから付さない」としたが、これも現闘本部は「朽廃」状態にあり、周囲を鉄板塀で囲った不当な状態を追認したにすぎない。
なお空港会社の夏目誠社長は「当社の主張が正当と認められたと理解している。成田空港のさらなる機能強化が求められている状況のなか、当該用地を活用していきたい」とコメントを出し、三里塚闘争への敵対を打ち出した。千葉地裁の反動判決を糾弾し、空港会社の野望を粉砕していこう。


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